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60.妖精の庭、散策?!

 妖精(ジャルダン・)の庭(フェーリック)はお母様をイメージして整えられた庭だそうだ。

花月(フロレアール)産まれのお母様のために(プランタン)の代表的な花々を中心に敷地いっっっぱいに所狭しと色とりどりな華やかさとなるよう植えられている。


ここでは金皇(きんこう)の放つ鋭さの強かった光さえ鈍く滲んで見える。

不思議なことにこの庭に足を踏み入れてから冬らしい寒さがない、ここだけ一足先に本当の春を迎えてしまったかのように心地よい暖かさしか感じられない。

時折吹き付ける風も一切寒さを運ばず、(ぬく)めるような暖かさしか連れてこない。


 ーー妖精に(いざな)われて異世界に迷い込んでしまったみたい……って?! いやもうすでに異世界に転生完了済みだったわ!! NOWもナウ、常に現在進行でアイムイン異世界だったわ!?ーー


自分の考えに自分で突っ込むこの虚しさよ…。

でも誰にも突っ込んでもらえないのだから、自己処理するしか溜飲を下げる方法がない、それが悲しいし侘しい。


「降りたくなったのかい、ライラ? もう少し辛抱しておくれぇ、後ちょっとでメリッサが準備したピクニックする場所に着くからねぇ~。 着いたら降ろしてあげるから、あと少しだけ我慢しておくれぇ~?」


モゾモゾと怪しく蠢き出した(わたくし)に頭の横から声がかかる。

こちらも現在進行形でお父様の腕に抱っこされたままで移動中だった為、私の動きは隠し立てなどできるはずもなくお父様には逐一ダイレクトに伝わりっぱなしだったのだ。


「! わかりました、お父様! 身動ぎせずに大人しく辛坊致します!!」


いつもより高い目線、これがお父様がいつも見ている景色、世界の広さなのだ。

こんなに高い目線には前世の身長でも届きはしない、初めての高さから見る風景だけにより一層現実味が希薄なのかもしれない。


「あっはっはっは! そこまで身構えなくて良いだろうにぃ~、ライラ一人暴れたくらいでぇ、揺らぐほどヤワな鍛え方はさせてもらえなかったからねぇ~~? 安心して暴れてくれていいともぉ、絶対に何があっても、取り落としたりしないと約束するからねぇ~!!」


 ーー細マッチョ、恐るべしっ! お父様が格好良くってツライっ!! 自分の父親がごく自然に格好いいって思えてしまうのって、ムズムズするし、すっごく気恥ずかしいっ!!!ーー


確かにお父様の言葉の通り、先程2回も命綱的役割をバッチリ果たして下さった事でも実証済みだけれど、私がモゾモゾしたくらいではまったくびくともしていない。


 ーー『ヤワな鍛え方はさせてもらえなかった』って仰っていたけれど、お父様を鍛え上げたのって老師様以外にいらっしゃらないわよねぇ…。 この国の魔術師団って、ブートキャンプが必須項目なのかしら? 何か今まで抱いてきた魔法使いのインドア派一択で固着していたイメージが清々しいまでにゲシュタルト崩壊してしまうのだけど??ーー


腕の筋肉だけでもセルヴィウス卿に負けず劣らずな気がする、国で有数の魔導師だから筋力が必須なのだろうか。

お父様の抱っこが抜群の安定感なのは疑う余地もないけれど、何処にも掴まらずに自分の上半身を垂直に維持するのは難しく、お父様の肩に手をついて歩く動きに合わせてゆらゆら揺れ動いてしまう上半身を支える。


 ーー触れてみてわかったけど、やっぱりすんごく鍛え上げられている! 皮下脂肪が有るのか疑問なくらい、カッチカチなのだもの、ビックリするわ!!ーー


進行方向ではなくお父様の肩、を見るふりをしてそこから見える範囲の身体に視線を滑らせてパーツ毎に視線を止めてじーっ、とガン見してしまう。

その視線に耐えられなくなったようで、昨晩のエリファスお兄様のように破顔しながらからかい口調で見ていた事実を指摘された。


「ははっ、体中が穴だらけになってしまいそうだねぇ~。 どうしたんだいライラ? じぃ~っと観察してぇ、私の何がそんなに興味を引いたのかなぁ~~??」


 ーー!? バっ、バレてたっ!! やっべ、恥っず?! いや違う、現行犯だわっ、しかも逃げ場がないっ、オワタ!!!ーー


いやまだ終わってない、訴えられたら敗訴確定で幼女の身空で社会的にバッドエンドだけれど、まだ状況証拠の段階、挽回する余地は十分にある…はず!?


「お父様は魔導師?なのですよね? 我が国の魔導師になるには鍛え抜かれた鋼のような肉体も必須なのかと、不思議に思ってしまったのです。 とっても格好良いですけれど、ここまで鍛えるのはさぞ大変でしたでしょう?」


 ーー私、ヤヴァイ発言していないわよね? オタク感丸出しのヤッヴァイセリフになっていないわよね?!ーー


ちょっと身体の描写がオタク感がそこはかとなく滲んでいた気もするが、概ね正常で健常な疑問的セリフに纏められたと思う。


「あっはっはっは! 魔導師になるのにそんな条件は課されていないよぉ~!? あっはっは、ライラは、くくっ…、面白い発想を、するんだねぇ~~?! 確かに並大抵の訓練量ではなかったけれどねぇ、私の訓練内容が異例だと気付いたのはぁ~…、っはーーーーーーーっ!! ちょと、思い出したくないねぇ~、思い出すとどうしてもぉ、っ込み上げる怒りが押さえきれなくなりそうでねぇ~~っ!! まぁ、あれだよ、私の立場上仕方なかったのさぁ~、微妙にごたついていた時期だったからねぇ~~? 舐められたら終わり、みたいな感じでねぇ~??」


遠い目をして明後日の方向を見遣る疲れた表情のお父様が物珍しい。

どうしてここまで疲れ切っているのか、『もう沢山、思い出したくない』と顔にありありと書いてある。

そんな疲労困憊な表情を見てしまうと、それ以上突っ込んで聞き出すのは無粋であると理解するしかなくなる。


 ーーそれにしても『舐められたら終わり』って、何? そんなヤンキー社会みたいな状況になることって、あるっけ?? 王城では誰かに絡まれたら肉弾戦でやり返せないと駄目、みたいな変則ルールでも課されているのだろうか??? そんな体育会系な魔術師団、嫌だなぁ…。ーー


知らずに門戸を叩いたら後悔しかない、灰色一色の日々確定だ。

微妙な雰囲気になったまま、瞬時に気分を明らめる気の利いたチョイスできる話題など見事なボッチ人生を謳歌した私のボキャブラリーにストックされているはずもなく、最終到達目標地点に到着するまでの間は常春の庭に相応しくない苦い沈黙が流れ続けた。



 ピクニック、と聞いたら芝生の上にレジャーシート的な敷物を敷いてその上に座すもの、と勝手に前世のイメージで定着していたため、簡易的なテーブルと椅子が2脚据え置かれ、日差しよけのパラソルまで準備されている様を見て、目が点になり絶句してしまった。


 ーーそーいえば、私は今超ハイソなお貴族のお嬢様だったわ、ね? ピクニック…これもまたゲシュタルト崩壊案件だわ……。ーー


結局この妖精(ジャルダン・)の庭(フェーリック)に(お父様が)足を踏み入れてから1度も地面に下ろされること無く、お父様が軽く引いて下さった椅子の座面に直接おろされそのまま腰を落ち着けることとなった。


サワサワ、カサカサ。


チチチ…、チチッ。


風にそよぐ緑の音も、梢の間で囀る鳥の鳴き声も、この幻想的な空間に程よく溶けて、風景の一部に違和感なく組み込まれていくようだ。


カサカサ、ガサッ。

コトン、コトッ。

カチャ、……コポポポポ…。


テーブルの上にバスケット(パニエ)から取り出した軽食と飲み物を手際よくサーブして下さるお父様の動きをもじもじしながら見守る。

手伝いを申し出ても断られる未来しか視えないので、不毛な質問はせず大人しく待つことに決めていた。

それでも酷く落ち着かない、屋敷の使用人に準備されるのには流石に慣れきったいるけれど、相手がお父様だと思うと勝手が全く違う。

大人しく座って”お客さん”しているのが現状が得も言われぬ罪悪感を植え付けてくる。


 ーー家長に給仕させるなんて、私は一体何様なの…って話じゃない? お父様はふつーにやってくれちゃてるけれど、高位貴族としてこれは全く普通ではない状況よね…?!ーー


準備しただけで辞すことを許されたメリッサ、普通だったらこの場で私たちの到着を待って給仕までしていくのが普通だと思える。

その考え方が主流であるはずなのに、この場には私とお父様以外に誰の気配もしない。


ここまで場が整えられていると、お父様が私を急遽ピクニックに連れ出してくださった本当の目的はたったの1つしか思い至れない。


私の前に準備された軽食をぼんやりと見つめる、私の分は食べやすいように小さく切り分けられている、食材も昨日に引き続き、消化に良さそうなもので厳選され量も控え目だ。


「さぁ、いただこうかぁ? ライラはもう空腹を超えてしまったかなぁ~、だいぶ時間を取られてしまったからねぇ、勿論悪いのは私なんだがねぇ~~?! わかっているさぁ、父親の私が気遣って然るべきだったんだ、失念するほうがどうかしているというものだよねぇ~??!」


テーブルを挟んでお互い向き合って座っている。

真っ直ぐ正面に座すお父様は、気不味そうなとほほ顔で苦笑いしながら私を責めているのではなく、自分の落ち度であることを再度口にする。


「だが如何せん、経験がなくってねぇ~、自分が親にされた記憶が多少でもあればできたかもしれないんだがぁ…、いやいや、これも言い訳でしかないねぇ~~!! さぁさっ、早いとこ食べてしまおうかぁ、これだと直ぐに鮮度が落ちてパサついてしまうからねぇ~!?」


無感情に顔だけは笑顔のままで、自分の過去を振り返りながら独りごちるように静かに呟いて、気を取り直したように途中からはいつもの調子で茶化して流されてしまった。

それでも誤魔化されずに、お父様が零した言葉を拾って、考える。


 ーーお父様も、小さい頃に家族とこうやって過ごした経験がない…、の? わたしだけじゃなくて…、わたしと、同じように…?ーー


不思議な気持ちだった。

わたしと同じ経験をした人物なんて、この世界にはそうそう居ないのだろうと、勝手に思い込んでいたから。

こんなに身近に、すぐ側に居たなんて、思いもよらなかった。


促されて、のろのろと他事を考えながらも目の前の軽食に手を伸ばす。

今は外であるためか、持ち運んだバスケット(パニエ)の中にあった食器は必要最低限、コップのみでお皿は準備がなく、軽食は紙に(くる)まれた状態で個々に分けられていた。

なのでお父様が言ったように早く食べないと鮮度維持はされないのでどんどんとパサついていってしまうのだ。


のろのろは継続しながらも、心持ち急いで手に持った本日の軽食、サンドイッチにぱくつく。

しっとりと焼き上げられたパン生地は柔らかく、中の具材も少し歯を立てるだけで自然にホロホロと崩れて難なく飲み込めた。

消耗しきり、疲れすぎてて食欲も失せてしまっていたのが先程までの正直な感覚だったのだが、味覚が刺激されたことで減退してふて寝していた食欲が一気に呼び起こされた。


ぱくぱくと食べ進めて、自分に用意された分を今までで最速・最短記録を更新して完食し終えた。

食べることに夢中になっている間、余計なことは一切この頭からシャットアウトされていた。

食べ終えてしまうと、シャットアウトされていた余計なことはすぐさま舞い戻ってきて、この頭に居座ってきた。


一気に曇ってしまった表情を取り繕おうとして、楽しくなれるような事柄を思い出そうとして失敗する。

もういっそのこと、テーブルに頭を乱打して物理で以て気分を憂鬱足らしめるあれこれを追い出そうかと考えた時、正面に座すお父様が俯き気味な私の視界に潜り込ませるように手を差し出してきた。


「食事も済んだことだしぃ、ちょっと散策をしてみませんか、お嬢さん(マドモアゼル)? 勿論、無理はさせないと誓うともぉ、今度こそ本当に本当だ! お父様を信じてくれるかなぁ~??」


戯けた口調なのに、少しだけ…ほんの微かな不安を滲ませた言葉。

それでもいつもと変わらず優しく、迷わずに差し出して下さる右手に自分の左手をのせてから、少しでも安心させたくて自然と微笑むことができた。


「…それは勿論、エスコート宜しくお願いしますね紳士様(ムッシュー)?」


私の了承の言葉に嬉しそうに表情をなお一層緩めてくださる、笑いの形に細まった目元がアルヴェインお兄様にもエリファスお兄様にも重なって見えた。

親兄弟の似通った箇所を見つけるのも密かな楽しみになりつつある、棚ぼたでの予期せぬ発見に私も表情が緩んでいく。

それなのに…。


 ーー信じている、信じられる、でも付き纏う不安は拭い去れない。 そしてそれを誰にも打ち明けられない。ーー


心のなかでは全く微笑めそうにない、ちぐはぐな感情で心の中が捩れる、その状態はいつまで経っても解消される目処が立つ気がしない。


あと一体どれだけ、同じような葛藤を胸に秘めながら過ごしていかなければならないのか。

推しを愛でて愛を叫ぶ心も本物、でもこうやってふとした瞬間、何気なさを装って忍び寄ったくる負の感情を喚起するモノが私の心に巣食っている。

気を抜いた瞬間に影が差すように暗い感情に足を取られてしまって、瞬く間に侵蝕されてしまう。

植え付けられた暗い感情が目に見える現実を疑わせてくる、それをあと何回独りで耐えしのがなければならないのか。

いつだって狙われている、引きずり込めるその時を心の水底の奥、暗闇に沈んだ澱の中から今か今かと待ち構えられている。


追い払えない心を翳らす存在をせめて思考からは追い出したくて、握り返してくださったお父様の温かな手を1度だけぎゅっと強く握って、少しだけでもいいからお父様の持つ勇気を分け与えて貰えるよう祈りをこめてから、強めた力をすぐに解いた。



 腰掛けていた椅子から降りるのも介助してもらい、降り立った芝の上を歩き出す時には来た道中と同じように優しく手を引かれ先導してくださる。


 ーーこんなに優しいお父様が、前世のわたしと同じような経験をなさっているなんて……不思議。ーー


全くそんな過去を窺い知れなかった、お父様が教えてくださらなかったらこのまま一生知る機会が訪れたかどうかもわからない。


 ーー『悪い夢』の中では、一度だって語り聞かせて下さらなかったのに…どうして今、私に話してくださったのかしら?ーー


サクサクサクサク。


芝生の上は柔らかで、生い茂った草葉は歩くたび踏み出す足の下で優しく鳴る。

音の発生源が近いせいか、草を踏みしめる音がやたらと注意を引く。


サクサク、さわ…、サクサク、さわさわ…。


その音に混じって、段々と耳に大きく聞こえてきたこれは……せせらぎの音だ。

程なくして目の前の足元に清水が流れる川が見えてきた。

…訂正、川のように見えただけで幅が大層広いきちんと整備された水路が見えてきた、だった。

しかもおかしい、近づくにつれてそのおかしさがより顕著に見て取れた。

水路の手前、その際で止まり呆然としてしまう。


今の私の身長で見渡せる限り周囲を俯瞰して見た結果、この水路を渡れる橋も対岸へと続く陸路も見つけられないからだ。

目の前の対岸は剥き出しの地面は見られず、花壇になっているようで、目の前の水路に直結する縦の水路で区切られた区画毎、それぞれに違う色で統一された花々が境界一杯に植えられているばかりだ。

その先も水路を挟んで花壇、その先は……霞んでいて何か塔のような影がぼんやりと見えるだけで、その全貌をはっきりと確認できない。


 ーーこれは…、泳いで渡れってこと? それともここで行き止まりってこと?? はたまた、この水路に沿ったハイキングコースになってるとか???ーー


水路はのぞき込んで見ると底まで見通せる澄み切った透明度の水で満たされ、見える水底はかなり深い場所にありそうだ。

どれくらいかと云うと、私の身長は軽く超えていそうなくらいに深く掘られている、泳ぐのはちょっと怖くて無理だ。


そして水路沿いに歩くこともできれば避けたい、これ以上ハイクしてしまったら筋肉痛になるより先に心肺機能が限界を迎えて今度こそ呼吸困難になってしまいそうだからだ。


戦々恐々として目の前に立ちはだかる水路を睨みつけていると、手を繋いだ先のお父様が私の考えを見抜いたようにクツクツ喉の奥で笑ってからこれからの道程、この水路の攻略方法を説明して下さる。


「…っ心配無いよぉ、ライラ。 くくっ、恐らく今ライラが考えているような事はしないからねぇ~? ここからは私の得意な方法で渡って行くんだよぉ、アヴィとはいつもそうして散策しているんだぁ~!」


「お父様の得意な方法…? それは、……つまり一体?」


「まぁまぁ、百聞は一見に如かず、だよぉ? このまましっかりお父様の手を握っておいで、怖がらなくていいともぉ、何も怖いことは起こらないからねぇ♪」


そう言い残してお父様が一歩踏み出す。

踏み出した先には勿論、踏みしめられる地面はもう無い、あるのはただ水路をなみなみと満たす水だけだ。


「お父様っ!? 行っては駄目ーーっ、あ、っと? あれ? あれれぇ~??」


慌てて繋いでいるお父様の手を必死に引っ張って、なんとかこちら側に留めようと足を踏ん張ってみたけれど、その努力も虚しくお父様の足は水の上に踏み出しきってしまい、戻ってきては下さらなかった。

だからといって、お父様はそのまま水中に沈むこともなかった。


今現在のお父様は片足は地面に、もう片方の足は水面に置いて、問題なく立っていらっしゃるのだ。

水面に置かれた足は若干ゆらゆらしているが、私が想定したようなぼちゃんと落ちるような気配は一切無い。

お父様の足元の水面はお父様の重さぶん少しだけ沈み込んでたわんで見える、アメンボのように水面に浮いて乗っかっている、といった方がわかり易いかも知れない。


 ーーお父様の得意な方法って、魔法を使うってことだったのね!!ーー


ホッとしたようなビックリ顔、自分でも言ってみてとても矛盾を感じる想像し難い表情になりながらお父様の無事な姿をまじまじと見る。


「あっはっはっはぁ~! ビックリしてしまったかい~?! やっぱり母娘だなぁ~、驚き方がアヴィにそっくりだ!! 最初の頃は慣れるまでずっと、毎回同じように驚いて、同じように心配されたものだよぉ~、懐かしい思い出だなぁ~~!!!」


私の表情の中にお母様に通じる似通った部分を見出して嬉しそうに笑ってくださったお父様。

今日のお父様は本当に楽しそうに、頻繁に笑ってくださる。


「これでわかったかなぁ~? ライラにも同じ魔法をかけたからねぇ~、安心して踏み出してくれ給えよぉ! ライラにとって記念すべき初めての()()()()と洒落込もうじゃないかぁ~♪ さぁ、そのまま一歩踏み出してごらん、お父様と一緒に行こう!!」


少年のような無邪気さで誘われて、お父様の無事を確認してからはどきどきとわくわくで忙しなく逸りだしたこの好奇心をどうにかこうにか抑えようと必死だった私は、言葉の終わりと同時に緩く引かれた手に限界を迎えていた我慢が取り払われ辛抱たまらなくなって勢いよく一歩駆け出してから両足で踏み切って水面に()()()()()


通算2回の人生で初、揺蕩う水面に見事両足で着水した感想はといえばーー。


 ーーぷよぷよ? ぶよんぶよん、ん~…、ぽよんぽよんっ!! でもないかぁ、難しいなぁ~、もにょんもにょん…、ぷにょんぷにょん……、あぁーーーーーっ、駄目だぁ~~っ、相応しい擬音表現に思い至れないぃーーーーーーーーーっ!!!ーー


靴を隔てた足下に感じられる、この絶妙にもにゃついて、それでいて弾き返してくるようなぽよ具合、なのに粘り気はなくてサラサラ~~とした絶妙な纏わりつき加減(つまり纏わりついてこない)、これをそのものズバリ・ドンピシャリに表現しきれる擬音が降って湧いてこない。


奇跡のように感動的な瞬間を適切な擬音とともに記憶に刻み込みたかったけれど、ボキャブラリーの乏しい私にとってそれは非常に難しい高難易度ミッションであることを自発的に理解してこれ以上擬音を稽えるのを断念した。


それからは頭を180度切り替えて、お父様の手を逆に引っ張りながら水面の上を右往左往してから奥へ奥へと先程見た霧の中に何があるのかを確かめるため先を目指して歩をすすめる。


確かめたいことがあったので途中で立ち止まり、お父様と繋いでいた手を一旦離して1人で水面に立つ。

この魔法の効果があるのは足元だけのようで、しゃがんで水面に手を触れてみると弾かれることなく、通常通りに水中へと手を沈み込ませることができた。

水も冬とは思えないほど程よくぬるまっていて、どこもかしこも春一色だと改めて不思議に思う。


 ーー冷たいけど凍えるほどは冷たくない…、空気も温かいし、ちゃんと外にいるのに、何で??ーー


ちゃぷんと音を立てて水に潜らせていた手を引き上げ、濡れた手を風に晒しながら不思議に思って首を傾げる。

ポケットにあるハンカチを取り出そうと立ち上がろうとして、うまく立ち上がりきれずに尻もちを付きそうに態勢を崩してしまう。


 ーーわああっ?! ヤヴァイ、これ、溺れるやつぅっ??!ーー


足元にしか魔法はかけられていない、そのことが今しがた信憑性を得られたばかりで確定はしていないけれど、手をついて支えることはまず以て不可能だということは立証されてしまっていたから、さぁ大変!?


 ーー転ばぬ先のっ、ぅをとーーさまぁーーーっ!!?ーー


あわや背面入水かと思われたところを危機一髪、間一髪でお父様が危なげなく支えてくださった。

往路の失敗を教訓に、お父様は私から目を離さないよう心に決めていたらしく逐一逃さず行動を観察していた結果により、事なきを得た。


「あっはっはっは! ライラは急に大人びたかと思ったのにぃ、やっぱりまだまだお転婆さんな面もちゃぁ~~んと残しているのだねぇ~?! 老婆心かとも思ったけれどねぇ、見ていてよかったよぉ~!! 好奇心旺盛なのはいいがぁ、ちゃぁ~んと気をつけないといけないよぉ~~?? 私がいつも今みたいにすぐに気付けて、大事に至る前に必ず助けられるとは限らないのだからねぇ~、宜しく頼んだよぉ~~!?」


「うぅ、はぁい…。 わかりましたわ、十分に骨身に染みました、から。 ありがとうございますお父様…♡」


最後の『♡』はなけなしの努力、精一杯の平気なフリの結果何とか胡麻すりの一環として紡ぎ出せたものだった。



 そこからは余計なことはあまりせず、目的を果たすため恐らくこの水路の根幹だろう謎の影の本を目指す。

近づくにつれ水音が大きくなる、滝のように上から下に落ちる水音だと気付いたのは靄つく霧が急に吹き付けた強い風で散らされて、その影の正体が垣間見えたこともさることながら、水音の大きさが半端なく轟音だったのが大きな理由だろうと思う。


 ーー何故こんなところに轟音轟く滝壺が? 庭園って、こう云うものだったかしら…??ーー


水が落ちてくる滝もどきの天辺が、見えない。

だからってこれ以上近づけやしない、絶対に。

風が吹く前から水飛沫がぱっしゃぱしゃ飛んできていたけれど、このまま進んで轟音のたもとに近づける自信はない、全くと云って良い程チャレンジ精神さえ欠片も湧いてこない。

飛沫の威力が段違いで幼女には耐えられないだろうし、もっと云うと今でさえ立っているのがやっとくらいに水面が揺れまくってて、それだけでもう荒波の上の船上宜しく波酔いしてしまいそうだったからだ。


ここが限界、そう諦めてお父様とは手を繋いでいない右に向かって踵を返そうとして、そうは出来なかった。

左手の先、つまりはお父様が動いてくださらないのだ、滝の頂点があるだろう場所を見つめて微動だにしない。


「お父様…?! ここに長くいたら、私、恥ずかしながら転覆してしまいそうなのです!! なので、早く安定した大地に舞い戻りたく願ってやまないのですが…、おとーーさまぁーーーーっ?!!」


轟音に掻き消されないよう、声を張り上げてはるか上方にあるお父様の頭部、そこに付随された耳なる器官に届くよう目一杯お腹に力を入れて喉が潰れるかってくらいに叫んだ。


しかし振り仰いだお顔はこちらには動かず、じーーーっと頂点を見据え続けている、私の声はお父様に届いていないようだ。


「今ならそんなに強く風に煽られることもない、かなぁ?」


見上げた先のお父様の口元が微かに動く、何事かを呟いたようだが独り言くさい。

その呟いた内容が何だったのか、知る由もないままでいたかった。


イイ笑顔でお父様が私を見下ろしてきなすった、と思ったらその表情のままでお父様がちょっと良くわからない提案を投げて寄越してきた。


「折角だから、登ってみようか!!」


「……はいぃっ??!」


「うんうんっ、元気で宜しーいっ!! よいしょっと、しぃっかりと掴まっておいでよぉ、ライラ!! ちょ~~~っと、揺れてしまうかもしれないから、ねぇっ?!」


 ーー待て待て待てぇーーーーーぃいっ!! 違う違うっ、断じて違うっ!! 了承してないっ、了承じゃないぃっ!! 私がさっき言った『はい』は了承の返事のそれじゃなくって、意味が解らなくって口をついて出た聞き返しの『はい』ですからぁ~~~っ!!!ーー


じたばたして力の限りに抵抗を試みたいけれど、今の状況でそれをやってしまったら自殺行為でしか無い、その為大人しくお父様の腕の中に回収されてしまい、態勢を整え終えてしまったお父様は次の瞬間ーー。


水面を普通の地面と同じようにしっかりと踏み切って、驚きの跳躍を果たしてみせた。


 ーーえ……と? これも、魔法…??ーー


そう疑問に思うほど、重力・引力、この世にもあるだろう物理法則の軛を無視して中空へと軽やかに躍り出た身体。

自分の状況が上手く把握しきれないまま、短くて長い、突発的な滝登りが今正に開始されてしまった。

それをただ、父親の(かいな)(いだ)かれて唯々諾々として受け入れる他に、私に取れる選択の余地は存在しなかったことに涙しか無い、実際に号泣しなかった自分が此のときばかりは少しだけ誇らしかったことだけがせめてもの慰めになった。

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