1.ハッピーバースデートゥー、ミー? ①
今日は私のお誕生日。
ライリエル・デ・フォコンペレーラ、本日で3歳になりますわ!
今日という良き日に、私は重要な事実を思い出したのです。
そう、何を隠そう私、…転生しておりますの。
前世で唯一プレイした、乙女ゲームの世界へ。
大好きな乙女ゲームの世界に転生できたなんて、何っっっって幸運なの、素敵♡♡
と、喜んだのも今は昔。
私が誰に転生したか理解して、天にも届くかと上昇しきっていた私の心は、即・急転直下。
奈落の底へと撃ち堕とされてしまいましたわ…。
悪役~だって、だって、だって~詰・ん・で・い・る♪
バッド・エンドまっしぐら、ラスボスにまで立身出世を果たす悪役令嬢その人なんですもの~~~~!!
こんなニューボーンは望んでない!!
でも、推しに会える世界最高♡尊い♡好き♡
でもでも、推しに倒される未来一択なのがツラーーーイ!!!
今は、3歳児には広すぎる自室に一人。
猫脚が可愛い椅子に腰掛けて、スカートに隠れた足を緩くぶらつかせながら、百面相をしつつ、己の現状を誰にともなく説明する。
勿論、声には出していないが。
はぁ、誕生日なのに…ツラタン。
せっかく世界一可愛い♡とメイド達にも太鼓判を押されまくった現在の装い。
肩まで届くかという長さの、薄い水色がかった銀髪を、両サイドで編み込んだ三編みと合わせて、首の生え際で1つにまとめ、青色のリボンでキレイに結んである。
ドレスは、リボンと同じ青色で、上部が濃い色味で、裾に向かって薄くなる、グラデーション仕様だ。
勿論、オーダーメイドの一点物。
ライリエルの為だけに誂えた、ライリエルの為だけに準備された、今日のパーティーの為だけの装い。
そうなのです、生まれ変わって間もない私でも、わかるくらいにこの公爵家は、「幸せな家庭」なのだ。
もっと言うと、使用人達も幸せそうに、毎日心から楽しんで働いて見える。
えぇ~~~?
悪役令嬢が育つ環境と、かけ離れてませんかねぇ??
これで道を踏み外すなんて、どぉ~~んだけ捻くれガールだったの?
ライリエルちゃんったら、とんでもなく、天邪鬼さん♡だったのね、あるある、高位貴族の令嬢にありがちだよね~~~!
っっっなーんて、現実逃避かましちゃってみたけど、本当に不思議。
家族に問題あり?
いやいゃ、それはないか。
前世の記憶と今世のまだ少ない記憶を照らし合わせて、現在の家族についてちょっと考えてみる。
公爵であるお父様は、王国魔術師団・副師団長。愛妻家の名をほしいままに、恥じることなくむしろ誇りを持って、王都近郊まで広くその名を轟かせている。
お母様は、12歳差をものともしない万年夫ラブ♡を公言してやまない。実質公爵家の主導権を握る、微笑みを絶やさない、心も顔も永遠の少女な公爵夫人。
一番目のお兄様は、王立学園入学を見据え、父の伝手を頼り率先して見識を広げ、勉学と自己研鑽に勤しむ頭脳明晰なインテリ眼鏡男子。因みにゲームでの攻略対象の1人。
二番目のお兄様は、少し…、訂正、かなり変わっている。何と言うか…変わっている。表現しにくいが、ある一点に極めちゃう感じのイッちゃってる系な変わり方だ。今はもっぱら、昆虫に夢中になっている。
どのように夢中なのかは、知りたくない!
そして来年には、家族が増える。ゲーム公式サイトで見た悪役令嬢のプロフィールには家族構成も書かれていたので知っている。産まれてくるのは弟だ。
ざっと家族構成はこんなもの。
確かに、ちょっとした不安要素は若干名含まれているが、家族仲は不思議なことに全くの良好。
家族が皆、お互いを愛してる。
それぞれの表現でちゃんと伝えてくれてる。
それは使用人に至っても同じ。
私達家族のために、心から仕えてくれてる。
たった一度のパーティーのために、家族だけでなく公爵家の使用人一同全員が率先して準備に携わり、今日という日を、無事に、何の問題もなく迎えられた。
問題ではないが、不安要素があるとすれば、たった一つ(次男の事は今は除く)。
転生している事実を思い出した私。
こんな恵まれた生活環境で、人間関係も良好な何の不安もないはずの、勝ち組な第二の人生の幕開けを、手放しで喜べない、私を除いては。
何で私だったのか。
前世では平凡な、たった16歳の女子高生だった。
何の特技も、特出した才能もない、ただの未成年の子供だったのに、何で?
神様的な存在からのテンプレな説明も、間違えて転生させちゃいました、的な流れも、何もない。
確かに、そんな転生ばかりじゃないし、そもそも転生してると気付くこと自体珍しいことだと思う。
でも、懇切丁寧にわかりやすく、第二の人生をどんなふうに過ごすか導いてくれる、そんな存在が、居て欲しかった。
だって、不安しかない。
こんな最高の環境から、悪役令嬢を経てラスボスになり殺される為に、生きないといけない。
前世の人生より、たったの一年だけ、長く。
私が前世の記憶を思い出した、引き金となった出来事を思い起こす。
この解消できない不安や焦燥が、付き纏い始めた、事故の瞬間を。
★★☆☆★★
心から、今朝は、心から誕生日パーティーを楽しみにしていた。
待ちに待った、私の為に開かれるパーティーにワクワク、ドキドキしていた。
だって初めてのパーティーだったから。
朝食の席でも、家族皆からお祝いの言葉をもらった。
心から祝ってくれてるのがわかる、優しい笑顔で。
自室に戻りしばらくして一回目の間食、再び食堂で昼食を終えて、午睡のために自室へ戻り、起きてもまだ…。
どれだけ時間が経っても、まだ今朝と同じように、ワクワク、ドキドキしていた。
全く落ち着けず、このまま大人しく部屋で待っていられず、気晴らしに散歩でもしようと、侍女も呼ばず一人で廊下に出て、階段を目指す。
嬉しくて、浮足立っていた。
だからちょっと、うっかりして、階段を踏み外しそうになった。
その時に、感じた既視感。
以前も体験したかのように、生々しい感覚。
浮遊感の後の一瞬の静止、そして重力に絡め取られて一気に、硬い地面が眼前に迫る。
記憶に引きずられ、踏ん張った足の膝から、力が抜ける。
落ちる……!!
また、落ちてしまう。
せっかく今度は幸せになれそうだったのに……?
今度って?
おかしいわ、何で私はそんなことを?
段々と視界が暗くなる。
怒涛のように押し寄せる、私であって私でない、膨大なキオク。
ワタシが私に、私がワタシに。
急速に混じり合う2つの記憶に頭が捻れるような不快感。
そんな頭にも、今この時、自身が直面している危機的な状況は理解できた。
スローモーションになる暗い視界で、迫りくる己の結末が浮かんで見えた。階段の下へ転がり落ち、高い天井を見上げている。 #現在__いま__#の私。
その顔は、………?…………!…………!??!
悪役令嬢!!!
わ、わ?! わたくし……!!??
がぁぁぁあぁあぁぁああ!!!!
それまで暗かった視界がパッと色を取り戻した。
明るくなった視界でサッと素早く自分の現状に目を向け、傾く身体を止められる術が無いか素早く考え、思い出す。
そうだ、魔法!!
私、魔法、出来る!!
使える~~~~~!!!!
?
あら??
どうやって???
思考停止、したい。
せめてもの救いとばかりに、再び、コマ送りに戻る視界の中で…。
オワタ………。
人生終了のお知らせ。
階段の上を転がり落ちる自分が再び思い浮かぶ。
段々近づく未来予想図通りの自分の姿。
なんて、……簡単に諦めきれない!!!
推しとのハッピー(とは一概に言えない)学園ライフ!!!
ガンバレ!私!!
やれば出来るさ!!
でも、ざんねーーん!!
ゲームでは魔法の#理__ことわり__#はふわっと、本当にふわっっと、しか!説明がない!!
さっすが~~~!!
乙女ゲームは初心者でも気軽に楽しめて、安心安全、不安に少~~しサヨナラ★な選択肢式ですから~~♪
そうよ~選択肢を一つ、ポチッと選択すれば、魔法が使えるの♪
悪役令嬢の最初の魔法使用シーンは、アニメーションだったなぁ~~。
足元の影が拡がって、身体を包み込んで、地面に吸い込まれるように消える。
そうだ、そうだった。
影、と云うか闇、それが私が使える魔法の属性だ。
思い出せ、どんな感じだったか。
パッとは消えなかった。
包み込まれてた、影に優しく。
頭の中で、その様子が鮮明に像を結ぶ。
瞬間、想像した通りの現象が起こり、ついに最初の段差に激突するーーー
まさにその、瞬間に、私は……。
人生二度目にして、初めての魔法を使った。
平凡な元女子高生だった私は、前世で憧れた魔法を使える世界へ悪役令嬢として転生した。
そして、魔法を使った後のことを真剣に考えなかった事を深く後悔した。
どうやったら、魔法を解けるのか、この後30分かけて3歳児の幼い頭をフル回転して、消えるのでなく、現れる自分をイメージすることに専念する。
そして、何とか自室に戻れた。
幸運にも、誰にも気付かれることなく、服装の乱れも最小限で。
このときはそう信じていた。
波乱万丈な第二の人生は、多大な不安を孕んだまま静かに幕を開けていたことを、この時、理解した。