45.クーチュリエ、クーチュリェール、来襲。①
五等客室【蒲公英】に運び込まれた1着のドレス。
正真正銘、この世にたった1つしかないオートクチュールドレス、今はまだヴェールによって覆い隠されているけれどお母様が見立てられたならまず間違いなく素晴らしいドレスに仕立て上がっているはずだ。
ーーだってお母様のドレスはいつだってため息が出るほどお母様の可憐さを最っっ高に引き立てているのだもの!!ーー
お姉様もさぞかしドレスの出来栄えが気になって仕方ないことだろう。
早く見たくてソワソワしているだろう仔犬さん状態のお姉様を脳裏に思い浮かべながらその人物を見るとーー。
ーーあらら? お姉様ったら、双子様に目が釘付けだわ!! 興味関心が自分のドレスよりも双子様の美貌に根こそぎ持っていかれてしまってるなんて、同意しか無い!!!ーー
お姉様の視線を辿って、大変眼福な双子様を控えめに見遣る。
ーーだってだってぇ~、じっくりと見てしまったら、また時間も忘れて魅入ってしまえるんだものっ!!ーー
誰に対しての言い訳かわからない弁解の言葉を唱えつつ、それでも視線が自然と引き寄せられてしまうのを阻止することができない。
ーー駄目だわ、美しさの引力に逆らえないっ! どうしたって視線が釘付けられてしまうぅ~~っ!! もうっ、自分の正直者っ、でもそんな欲望に忠実な自分は好き♡ーー
双子の美貌に見惚れ過ぎて2人から投げかけられた挨拶の言葉に対して返事もできず、ご尊顔の類稀な美しさに見つめ続けることしか出来ないでいる私の呪縛を解いたのは、例に漏れずいつでも情け容赦の欠片もない私の乳母兼侍女のメリッサだった。
サイボーグな侍女から何度か放たれた咳払いでは私を覚醒させるには威力が足りず、痺れを切らした(らしい)メリッサは躊躇なく物理的に覚醒させる方法を選び取った、つまりは実力行使に及んだのだ。
ぺしっ。
軽い音を響かせて軽くはたかれた事で別の衝撃を受けて意識が覚醒を果たす。
ーー私にはしきりに礼儀の大切さを説いて厳しく注意してくるのに、メリッサが私を叩くのは彼女の中で許されることにカテゴライズされているの? それって、なんだかとっても…メリッサらしいわね!! そんな自分ルールに忠実に従ってしまうメリッサも、問題なく推せるわ♡ーー
1度懐に入れてしまえば何でもかんでも許せてしまう、短所でさえもメリッサらしくて愛しいと思えてしまうから、今生の私は愛情の匙加減が普通の人よりも甚大に大雑把な丼勘定だろうと思う。
そんな私の一推し侍女は、個性の強すぎる双子様に恐れをなして(多分にそう感じた、苦手なタイプで間違いない)何事かの準備をするという言い訳の元、この部屋から辞した後だ。
ーー見事な逃げ足、いつもの倍は気配を殺してこれ以上目をつけられないように出ていったわね、いと珍か~な光景だったわぁ~♡ーー
尻尾を巻いて逃げだした、影が極限まで薄くなった侍女の背中が扉に続く通路に消えていくのを面白そうにニマニマ笑いながら見送ったあと、美の化身の双子様が口を開き、初対面の私のために律儀に自己紹介をしてくださった。
お2人は双子の兄妹で、オートクチュールブティック:天上の至福のオーナーを勤め、且つ新進気鋭のデザイナー兼裁縫師としてもその腕をふるっている。
2足ならぬ3足の草鞋を華麗に履きこなすこの双子様が起ち上げたブティックは、今や押しも押されぬ大人気ブティックへと破竹の勢いで急成長し、オーダーメイドの依頼が途絶えない嬉しい悲鳴を上げる毎日だそう。
カスティオール・ディオスクロイエ(18)
双子の兄君、一人称は僕、髪色は右側がパステルピンク、左側がパステルブルー、瞳の色は右がエルムグリーン、左がローズピンク、服装は妹君と揃いの意匠で造られた袖が長すぎて手が隠れてしまっている個性的にアレンジされたスーツもどきを可愛らしく遊び心満載に着崩している。
男目線から女性に着て欲しいドレスをデザインし、自分の好みを主として可愛らしさを上手く取り入れつつどこか男らしい紳士服もデザインする、タイユールでありクーチュリエでもある。
人と話すことが大好きでオーナーとしての仕事では主に諸々の交渉を担当している。
ポルクスィーヌ・ディオスクロイエ(18)
双子の妹君、一人称は私め、髪色は右側がパステルブルー、左側がパステルピンク、瞳の色は右がサルファーイエロー、左がホリゾンブルー、服装は兄君と揃いの意匠で造られたカッチリしたパンツスーツを女性らしいシルエットを余す所なく強調しつつ、上品にきっちりと着こなしている。
女目線から男性に着て欲しい紳士服をデザインし、自分の好みを主として格好良さを全面に押し出しつつ女性らしさも損なわない、相反する2つの性質を見事に調和させたドレスもデザインする、タイユールでありクーチュリェールでもある。
計算が得意でオーナーとしての仕事では主に諸々の経理を担当している。
タイユールは紳士服の仕立て屋のことで、クーチュリエ/クーチュリェールはドレスの仕立て屋のことを指す言葉だった。
限りなく濃い個性の塊でもある美しい双子様は、とっても気さくで仲の良いご兄妹、ツーカーとは正にこのお2人の為にある言葉であると思わされてしまったほど双子マジックによる卒がない以心伝心ぶりだった。
そしてお2人の共通し一貫している趣味嗜好は『可愛いと綺麗が大好物♡』ということだった。
1度会ったら(色んな意味で)忘れられないお2人を決して忘れないためにまたじっくり見入ってしまいそうだったところをカスティオール様に声をかけられたことで中断させられた。
私は最早パーソナルスペースと言っても過言ではないくらいしっくりくる、定位置となったソファーの上で寛いで座し、テーブルを挟んだ向かい側に新しく用意された2脚の椅子の向かって左側、つまりは私の正面にカスティオール様が座している状態だった。
「それでは改めまして、ライリエルお嬢様のことは今後なんとお呼びすれば良いでしょうかねぇ?」
「お好きなようにお呼び下さって結構ですわ。」
素敵なテノールで紡がれた言葉は、一瞬音楽か?と錯覚しそうなほど滑らかで自然と耳に侵入しててうっとりと聴き惚れてしまえるお声だった。
私が物思いに耽っている間に、メイヴィスお姉様とポルクスィーヌ様はフィッティングのために用意された衝立の向こうに移動していたようだ、まったく気付かなかった。
ーー危ない危ないっ! ホント気を抜くと際限なく思考の海に潜り込んでしまって、一体一日に何回緊急浮上すれば気が済むの?!ってくらい、頻回過ぎて自分に引いてしまうわ…。ーー
なんとかぎこちなくない笑顔を顔に貼付してカスティオール様の問いかけに無難な答えを返す。
ーーしかし呼び方を気にされるなんて意外な質問だったわ。 今の呼び方では何か不都合でもあるのだろうか。 知り合いか他の家族に同じ名前の人物がいるから呼び辛い…とかだろうか?ーー
ライリエルとして転生してこの方、屋敷に居る以外の人物との交流は誕生日以前にはまったくの0人だった。
だから本当のところはわからないが、私が考えるに“ライリエル”という名前は珍しくてそう何人も居ないのでは?と勝手に思い込んでいた。
それになにより、1番濃厚な推察の根拠はズバリ私が『悪役令嬢』だからだ。
誰がラスボスになる人物と同じ名前を他のキャラクター(モブ含む)に使い回せるようにするだろうか?
勿論『この世界が真実乙女ゲームの中の世界であれば』が大前提の話だけれど、主要キャラクターと被る名前など他に割り当てるはずなど無い。
「本当!? じゃぁ遠慮なく! 実はひと目見たときから決めてたんだぁ~♪ ビビっと閃いたっていうか、こう…パッと頭に浮かんだんだよねぇー!! ねぇ、ポーリー! 同じこと考えてないかなぁって思うんだけど、どう思う?!」
私の返答を聞いて、パッと顔を明らめてウキウキと何事かを自慢気に語り始めた。
そして衝立の向こうにいる妹に愛称で呼びかけて無茶な質問を投げかけた。
「カーティーも?! 実は私めもそうだったのよぉっ!! せーので言っちゃいましょうよ、もういっそ!! 回りくどいのはやめやめぇ~~♪」
「良いね! そうしよう、じゃあ良い?」
「「せーのっ、赤ちゃん♡」」
「へぇっ?!」
「ふぁえぇっ??」
お2人の声が再び寸分の狂いなくキレーにハモった、綺麗すぎるくらいに、まったく同じタイミングだ。
ーーあ……赤児扱い…だとぉっ?! 呼び名っていうか、愛称?? はじめましてからの愛称呼びは、ちょっと、距離の詰め方がエグい気が、一足飛びっていうか、十足かそれ以上かるーーーく飛び越えてしまっていませんかね??ーー
私の間抜けな声と、衝立の向こうの焦ったようなお姉様の声がバラバラに被さってゴチャゴチャっと部屋に響いた。
流石に初対面の相手に話の弾みとは言え、二言三言の後に愛称候補をぶっ込むなんて、それは如何な了見なの?と思ってしまう。
ーーだって私は腐ってもやんごとなき公爵家の令嬢なのだから、そこのところは忘ず押さえておいて下さらないと困るわ! 愛称で呼ぶのならもう少し順当に、着実に段階を踏んでもらわないとね!!ーー
「「正解!!」」
「素晴らしい! やっぱり同じことを考えていたねぇっ♪ やっぱり赤ちゃんしかないよねぇー!!」
「勿論よぉ! 他に相応しい呼び方なんて思い浮かばないわぁ~っ♡ ね、私めの可愛い赤ちゃん♡♡」
「はぁ~いっ! 好きなだけ貴女の赤ちゃんとお呼び下さい♡♡♡」
キャッキャウフフ♡と仲良し双子のキャピった会話が行われ、最後にポルクスィーヌ様が衝立の向こうからヒョイっと顔を出して、愛し気に微笑みながら寄越した言葉にあえなく撃ち墜とされ撃沈、白旗を振り回す猶予さえ与えられなかった。
「僕だって呼びたいっ! というか、呼ぶよ!! 赤ちゃん、こっちを向いてその可愛らしい顔を良く見せて?」
「はわわぁっ、勿論ですぅっ! 貴方様も赤ちゃんと呼んで下さってかまいませんともぉっ!! こんな顔で宜しければ穴だらけになるほどに気の済むまで見てやって下さいませぇっ!!!」
と、言いつつ、すかさず鼻を両サイドから両手で挟み込むように覆い隠す。
ーーやっべ、鼻の粘膜が弾け飛びそう!!ーー
空気が通る隙間さえ許さず、鼻を両側面から力の限り内側に向かって圧迫する。
ーー美しすぎる虹彩の色が違う両の瞳が私だけを映しているぅ~~~っ! 駄目だぁっ!! ご尊顔から発せられる眩い光に当てられすぎて、このままでは…、ッ跡形もなく蒸発してしまうぅ~~~っ!!!ーー
見ることを盛大に許可した手前、『やっぱり見ないで下さい♡』とは言い出せない。
かと言ってこのまま容認してしまったら、蒸発して昇天してしまう。
『それはそれで…有りかも♡』とわりかし本気で考えたのは、それ以上深く考えない方向で。
勝手に万事休すな状態になっている私の耳に、ポルクスィーヌ様のよく通るメゾソプラノの美声が届いた。
「完成!! んん~~~っ! 不味いわねぇ、私めとしたことがっ!! これは予想外だわぁっ!!!」
「ふぇえっ?! な、なななっ何が、不味いのでしょうっ?! そっれは、もしかして…! わたっわたたたたっ私の、顔…でしょう……か?」
「まっさかぁ~! 貴女の顔は最っ高に可愛いわよ!! 私めが保証してあ・げ・る♡ 可愛子ちゃん安心していいわ!! 私めが言いたかったのは…想像した以上にこのドレスが貴女に似合いすぎてしまったこと!! その類稀なマリアージュ具合にっ、感動してしまったのよぉ~~~っ!!!」
「「 !!? 」」
衝立の向こうから魂の叫びが轟いた。
恐らく扉と壁、窓の向こうまでにも轟渡ったと思われる。
そう考えた根拠は、この部屋の大きな窓から見える手入れの行き届いた庭園に生えた一本の木の梢から数羽の鳥がタイミング良く飛び立っていったからだ。
勿論驚いたのは鳥たちだけではなく、私とメイヴィスお姉様も驚いて少しその場で軽く跳ねてしまった。
衝立に隠されたお姉様のお姿は確認できなかったけれど、着地したような靴音が聞こえたので間違いない。
会話の内容から察するに、フィッティングは無事に終わり、あまりの調和した出来栄えに打ち震えて叫んでしまった、と云ったところだろうか?
ーーうんうん、わかるわかるぅ~! 似合うだろうなぁって夢想したものを、実際にその状態なったものを直に見たなら感慨もひとしおだもの!! 叫びたくなったその気持、同意しか無いですとも!!!ーー
心の中で首を上下にブンブン振って同意を示していると、正面に座すカスティオール様が待ちきれなくなったようにポルクスィーヌ様に向かって声をかけた。
「ポーリー、勿体ぶらずに早く僕にも見せておくれよぉ~~っ!! この瞬間を心待ちにしていたのはポーリーだけじゃないんだからさぁ!! 早く早くぅ~、待ちきれないよぉ~~~っ!!!」
最後の方はもう只の駄々っ子の言い分になりながらも、その言葉に込められた『ドレスを着た様を見たい』という思いが溢れ出るほど伝わってきた。
「ごめんね、カーティー! さぁさぁっ、お待ちかね!! ドレスの全貌お披露目だよぉ~~っ♪」
衝立からの後ろから姿を現し、片手を軽く顔の前にかざして謝罪の言葉とともにウインクを投げて寄越した、その仕草で再び撃ち墜とされてしまった私の心臓は瀕死の重傷だ。
そして気を取り直すように調子を明るく変えて、メイヴィスお姉様の姿を隠していた衝立をゆっくり焦らすように取り払った。
「凄く……ッ可愛いです!! とってもとぉ~~ってもっ♡お似合いですぅ♡♡メイヴィスお姉様ぁっ♡♡♡」
思わずソファーから滑り降りて床に仁王立ちした格好で、語彙力の無さが浮き彫りになった拙い賛辞の言葉とともに、小さな手を必死に叩き合わせて小刻みな拍手をおくってしまう。
「素晴らしい!! 本当に、想像以上だ!! 僕が思い描いた以上に似合ってる、ホントの本当に、最高だよぉ!!!」
椅子から立ち上がり、ツカツカとメイヴィスお姉様の元へ歩み寄りながら、自分のデザインしたドレスを着たメイヴィスお姉様をとても眩しそうに、はにかみながらじっくりと見つめる。
「季節に関係なく着られるドレスが良いとの要望にバッチリお応えしたつもりだよ☆ その袖は取り外しができるんだぁ♪ ドレスの雰囲気もちょっと変えられるから、季節と言わず、パーティーの種類なんかも関係なく着られる幅が広がる親切仕様、だよ~~~んっ♪♪ どぉどぉ~~? 気に入ったぁ、お気に召してくれたかなぁ~~~?? もしそうなら笑顔を見せて可愛子ちゃん! ほらほら、涙を拭いて、笑ってご覧よぉ~!!」
ドレス制作に当たって、本人の要望も事前にヒアリング済みだったらしい。
ーーそれはそうよね、本人の意見を無視してなんて作れないわ、今回はサプライズプレデントではないんだもの、でも、季節に関係なくってことは…妹さんへのお下がりもバッチリ考えて、よねぇ。 お姉様らしいわね。ーー
自分の為だけに仕立てられたドレス、当たり前だが寸分の狂いなく身体にジャストフィットしている、それがここまで本人の魅力を引き出すものなのかと驚かされる。
メイヴィスお姉様も私が思ったことも含め、その他諸々の喜びに彩られた感情によって歓喜の涙を止め処なく流しているのだろう。
見ているこちらの涙腺まで緩んでしまいそうで、気を散らすためにメイヴィスお姉様から視線をそらし、ドレスの発案者であるカスティオール様に話を振る。
「本当に素晴らしい意匠のドレスですね! ドレスの制作依頼の際私の母も同席していたのですよね? 母の見立てや意見が採用された箇所はどこかあるのでしょうか?」
シーーーーーン。
ほんの思いつきで投げかけた質問を聞いた途端、室内は水を打ったようなかつてない静寂に包まれた。
ーーえ…? 何で?? 私なにか、質問の意図を読み取りにくくするような変なことを言ったかしら???ーー
限りなくストレートに、極々自然に頭に浮かんだ疑問をそのまま舌にのせて言葉にしたつもりだったのに、そのうちの何がこんなに、この部屋の空気を可怪しくさせる要因になり得たのか?
「私の質問…どこかおかしかったでしょうか? 何か答えに窮する要素が、ございましたか??」
「「君のせいじゃないよ!」」
「えーっと…、奥様は同席されたけれど、意見を挟まれることはないのよねぇ…。 私め共に丸っとお任せくださっているので、いつもありかなしか、決めていただくだけなのよ♪」
「はっきり言って、奥様は…美的感覚が常人の理解の範疇から一線を画してるというかそもそものはなし領域から隔絶しているんだよねぇ! もうどうしたって生来からこのときまで時間をかけて成熟されきった感覚だからこればっかりはなんとも!! 仕方ないよね♪」
ーーえぇ…と? 詰まるところ、その言葉が意味することって、お母様はセンスが壊滅的って、こと?? うわ、マジか、それはちょっと、知りたくなかった個性だわ…。ーー
ひたすらに、ショック。
何がこんなにショックなのかすら、わからない。
婉曲な言い回しでもたらされたお母様に関する残念なお知らせに、心の何処かが疼くような、なんとも言葉にし難い感情が衝撃をやり過ごす私の胸中をじわじわと浸蝕していくのだけが、嫌にはっきりと感じられた。




