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13.誕生日パーティー【宴も酣:騒動あり(起)】

 危険の伴う、ある意味(わたくし)にとっては死地と化したパーティー会場から、なんとか無事に逃げ果せた。

今現在は目的地である休憩スペースとして開放されている客室の前に辿り着いている。

だが部屋の中へ、いま一歩踏み出せずにいる。


着いて早々、ハプニングがあった直後、という場面に出くわしたのだ。

勿論私には何の被害もない。

ただ招待客の子女どうしで何かいざこざが有った事は容易に推察できる。

だって、状況証拠満載だったのだ。


床に零れた飲み物、色から見て恐らくオレンジジュース的なもの。


 ーーそういえば、果物とかって、前世と同じでは無いのだったかしら?ーー


そして、飲み物が零れた床に、その飲み物が注がれていたと思しきコップが、液体の雫を撒き散らした軌跡を残して転がっている。

ガラスではなかったようで、割れたり、破損したりは、していない。


 ーーでも待てよ、魔法が使えるのだから、何かしらの魔法が施してあったのかも。 ガラスかもしれないわねぇ。ーー


そして、決定的にいざこざと思える要素の代表格は、ドレスに盛大な染みをこさえて、顔を覆い身を震わす少女の存在だ。

部屋の中央あたりで立ち尽くしている。

コップは彼女から大分離れた正面に転がっている。

なので、自分で零してしまった可能性は極めて低い。


 ーーとんでもないかまってちゃんの自作自演でも無い限りは、どっかのいじめっ子にやられたと思えるわよねぇ。 私と同じ年頃だもの、そんなやべえ性格が今の段階で形成されてたら、本家本元の悪役令嬢も真っ青だ。 熨斗をつけて、悪役令嬢の称号をお譲りしてやりますわ!! ……それ、とっても魅力的な可能性ね、確かめてみましょう、そうしましょう♪ーー



 思わぬハプニングで、悪役令嬢の配役を譲渡できる相手が見つかる可能性が緊急浮上!

足の痛さは、どっかいった。

それどころではない、最重要案件だ、至急事実確認せねばっ!!


挙動不審にならないように逸る気持ちを抑えつつ、ここは慎重かつ大胆に、だけど自然に見えるよう細心の注意を払って距離を詰めることにする。

早速、部屋の出入口で止めていた足を一歩、部屋の中へと踏み出す。


その瞬間に、微かに不自然で不快な感触がした。

廊下とは違う、生暖かい空気の壁を通り抜けたかのような気持ちの悪さが、確実に過ぎった。

しかしその違和感は部屋に入った時だけだったようだ。


念の為少し動かずにいたが、それ以降全く感じられないので気のせいだろうと断じた。

きっと、空調魔法用の魔導具の影響だろう。

廊下と部屋では温度差が出ても仕方ないだろう、と。


このときは失念していたのだ。

パーティーの前に、パーティー会場から別館の客室まで、()()()()()()()()のことを。

その際にどこを通っても、温度差など()()()()()()()()()()事を。


違和感のことは既に記憶の果てに追いやって、少女の元を目指す。

その途中で飲み物が置かれたテーブルにも寄り道する。

乾いたナプキンを探すためだ。


でもとっても不思議なことに、誰も少女に声をかけていない。


 ーー何故なんだろう?ーー


室内には男女同じ人数の割合で、私より少し上の年齢層が多めな感じ。

それが皆一様に壁際に寄り、遠巻きに少女を眺めるのみ。


 ーーそういう遊びでも、流行っているのだろうか…?ーー


そういえば、この部屋のメイドや従僕は、何処に?

招待客が全員帰るまで、誰か1人は必ず各部屋に控えているはずなのに。

勤務時間中に持ち場を離れるような、不心得者は公爵家で継続雇用は望めない。

当たり前だが、雇用契約の文言以前の問題だ。


今この場に、お兄様が同伴していなくて本当に良かった。

天使なお兄様が怒ってもきっとそれほど酷い処罰(コト)は無いだろうが、今の状況では弁明の余地はない。


居ないものは仕方ないので、後で考えることにする。

何とか背伸びをして、乾いたナプキンをゲットして準備は万全。

遂に件の少女へ声をかけるべく足を向ける。



 しっかし、誰もがものの見事に見てみぬふり、だなんて…。

可怪しすぎる。

余程の問題児過ぎてのボッチ令嬢でない限り、誰かしらは声をかけて然るべき案件だ。


見たところ、私より年下は見受けられない。

まぁそれは大前提、ここに1人で居させても問題ない子女しか居させないはずだ。

よっぽどの放任主義な親か、もしくは猫被りの達人な子女か。

後者が紛れていた場合、非常に厄介だ。


善悪の判断がまだ未熟な段階で、悪知恵が働き要領良く親や大人の目を欺けるなら、何をやらかすか…。

軽いイタズラ感覚で問題を引き起こしたら、どう後始末を付けるつもりなのか。


そんな世間知らずでお馬鹿な子女は居ないはずだ、そう信じたい。

公爵家より高位な家柄は、大公家だが、現在は空位だったはず。

その上にはもう王家しか無い。

そんなトップ・オブ・ハイソな公爵家で、招待客の分際で、問題をこすなんて、そんな馬鹿はここには存在しないと思いたい。



 一抹の不安が拭えないまま、私は遂に少女の側に辿り着く。

そして近づいたことで、嗚咽を堪えて泣いていると理解る。

必死に堪えて、それでも漏れてしまった小さな泣き声を聞き、演技では決して無いと確信する。


「ダイジョウブ?」


一声掛けただけ。

途端にビクリッ、と体を震わせて、その後眼の前の少女は硬直してしまう。

全くこちらを見ようともしない少女に、他に何とアプローチ出来るか、必死に考える。


そんな私を見つめる周囲の目は、極度の緊張を孕んでいた。

息を詰めて、顔を蒼くしている者さえいる。


 ーー私、そんなにとんでもない声の掛け方、しましたっけ?! マナーがなってないって?! そんなの、3歳児に言われましてもっ!! 間違ってるなら、なにか言ってよぉ~~~っ!!!ーー



 異様な雰囲気になった室内を、見回そうとして、止める。

少女が、ガクガクと激しく震えだしたからだ。

振動していると言って、差し支えない程に。


 ーー悪魔憑きでいらっしゃったのかしら?! 何で急にこんなに振動していらっしゃるの、この方!!ーー


訳も分からず、少女をまじまじと見ることしか出来ない。

用心しながらじっくりと観察して見て、そして気づく。

手の下に覆い隠された少女の蒼紫色すぎる、異様な顔色に。


 ーーなにコレ、この子、…息してない?! 何だっけ、コレ、この状態、チアノーゼ? 酸欠、いや、窒息してる、の?!!ーー


指の隙間から見える少女の目は、白目を剥いている。


 ーーヤバい、これは、相当ヤバい!!ーー


人命の危機、早急な対処が必要だ。


 ーーでも、何をどうしたら…?ーー


3歳児ではなくても、女子高生までしか経験の無い私では、こんな時に取れる手立ても、何の有効手段の知識もない。


 ーー心肺蘇生は、授業で習ったけど、でも…!ーー


寝かせようにも、少女はこんなに激しく痙攣していても倒れこむ気配もなく直立不動のまま、なのだ。

これは、何かの魔法によるものなのだろうか?

そうであれば、私が何をしても無駄である可能性が濃厚だ。


 ーーお兄様…! いや、お父様を…?! でも、きっと、そんな時間、この子には耐えられない!!!ーー



 どうにかして助けてあげたい!

こんなに、苦しんでいるのに…!

少し前に私も同じ体験をしたのだ、その苦しみは…分かりすぎるほど、理解る。

訳もわからないまま、呼吸する自由を奪われる恐怖。

今も、思い出すだけで、身体がブルリと震える。

そんな恐怖の只中に、この少女は囚われている。


目の前で、同じ年頃の小さな女の子が死に瀕しているのに、助けないなんてありえない…!!

でも、救う手立てが、まるで無い……!!!


何とかしたい、と思う心は嘘ではない。

助けたい、と思う心に偽りはない。


無いのに、心のなかでもう一人の私が、目を背けたい昏い本音を呟く。


『自分のことで、一杯一杯なのに、何で他人の生命まで、背負い込まないといけないのか、よりによって、私のはじめての、誕生日パーティーでなんて…!』


私が居ないところで、やってよ。

私が感知していない、見ていないところで、起こって欲しかった。

こんなの、背負い込めない。

背負いきれない、トラウマ案件だ…。


こんな時に、こんな場面で、こんな事を思ってしまう。

私は、薄情だっ……。


自分の非情で利己的、排他的な考えに、失望する。

醜い本音に辟易するのに、自分可愛いさに容認してしまう。

自己嫌悪と自己愛が、心の中でせめぎ合う。



 考えている間にも、少女は覆った手の裏で、泡まで吹いて、意識は完全に手放している。

なのに、立ったまま。

何かに縛りつけられて上から吊るされてるみたいに、倒れられないでいる。


ぽとり…。

手に握りしめていたナプキンが床に落ちる。

ただ手の中に包み込んておく握力さえ、上手く入れていられない。


 ーー怖い、恐いよ、こんなコト。ーー


耳の中で自分の鼓動の音が強く響く。


 ーー本当に、現実に起きてることなの…?ーー


目の前の事象が現実離れしすぎて、思考が逃避してしまいたくなる。


体が震える。

抱えきれない恐怖から悪寒がして、肌が粟立つのを抑えられない。

それなのに、頭は茹だるほど熱せられ、その熱に炙られているように全身が熱い。


耳の中で響く鼓動の音が、次第に大きくなる。


段々と、動きが鈍くなってきた少女を、見ていることしかできない。

時間にすれば、数分も経っていない、ほんの短い時間で、この少女は瀕死になっている。



ドク、ドク、ドク、ドク。



自分の大き過ぎる鼓動の音が、他の音を掻き消していく。



ドク、ドク、ドク、ドク。



鼓動の音に合わせて、上に留まっていた熱が徐々に移動する。


脳を茹だらせた熱が、頭から引いていく。

引いた熱が、下へ、下へ、(はらわた)に降りていく。

腸に降りて溜まった熱は、蜷局(とぐろ)を巻くように、渦巻き、撹拌され、更なる熱を生み出し、その温度を灼熱へと高め、腸を煮立たせる。


灼熱を取り込んだ怒りは、元は恐怖だった感情(モノ)が姿形を変えたものだ。

過ぎた恐怖が、激しい憎悪までもを孕んだ怒りに成り変わる


もしこの場にこんな状況をつくった、そんな人間が居るなら…何をするかわからない。

この滾る怒りのすべてをぶつけても、なお、憎悪は消え失せない確信が、今の私にはある。



感情の坩堝(るつぼ)の中で体に溜まった灼熱の憎悪が溢れ出し、私の体内(ナカ)に元からあったナニカに辿り着く。

冷たく凍てついた氷に封じられた、そのナニカを覆い尽くす氷を溶かし、急速に成長を促し、育む。


自分の中で、そのナニカが音を立てて芽吹いた。

きっとこんなに早く芽吹いてはいけない、危険なモノが。

しかしソレがもたらしたものは、今の自分には必要な能力(チカラ)だった。



 その能力がもたらした変化は劇的だった。


視える、そして、理解(わか)る。

死に瀕した少女を縛る、呪縛の正体が。

先程までは、顔に伸ばされた腕に邪魔されて見えなかったが、今なら容易に視ることができる。


今の私の目に、魔法が絡んでいて見通せない事象(モノ)は無くなっているようだ。

視界の様子からして様変わりしている。

今の私の視る世界には、白か黒、そして……、禍々しい赤。


有機物は白く、無機物は黒く、そして、今視える赤は魔法に関係しているモノを表しているのだろう。

意識して見れば、濃淡が変わり透過度も変わるようだ。


少女の首にはめられた細い金属性の環。

その環の中心に埋め込まれた、紅く煌めくそれほど大きくない魔核石。

それこそが、魔導具の要であり、少女の自由を奪う魔法の根源であった。


私は、未だに湧き上がり、溢れ出し、フツフツと煮え滾る怒りの感情が導くまま、本日3度目となる魔法を行使する。


この時の私は魔法を、と意識はしていない。

ただ破壊すること、それだけを望んだ。

この訳のわからない騒動の原因が、破壊されることだけを渇望して。


幼い少女の生命を脅かし、不条理な制約を強制する、この眼に視た魔導具の存在を。

私をこれほどにまで怯えさせた、元凶を。

在りもせず、抱く必要のない罪悪感を植え付けてきた、根源を。


 ーー消えて。 眼の前から、私の前から、消えて、無くなれっ!!!ーー


願望をのせた怒りが弾ける。

それに呼応するように、私の瞳が一瞬で、ルビー色に光り輝き、彩りが塗りかわった。


そして発動された魔法が展開する。

破壊の意志を伴った闇が顕現して、細く鋭い1つの矢のように形を絞り、捻れ、螺旋を描いて絡まり、凝縮される。

そして、番える弓の弦を必要とせず、それはただ静かに号令を待つ。


 ーー壊して…!!ーー


そう、短く心に呟いただけ。

それで全ては終わりを迎える。


闇から生まれ出た矢を象ったものは、初速からトップスピードで、目標に向かって一直線に音もなく疾走した。

残像も陰も、目視で認識できないほどのスピード。

そのさまは、レーザー光線が照射されたと例えたほうが的を得ていただろうか。


逸れることなく、魔核石、その真心を正確に撃ち抜く。

少女の首元をも撃ち抜いたかのように見えたが、凝縮した闇の矢が通り抜けた後の首元には、傷跡も流血もない。

私が心に望んだ通り、魔法の根源のみを破壊したようだった。


魔核石の破壊と共に、魔法による呪縛から解放された少女の身体は、小さな音をたてて膝から床に倒れ伏す。

心肺停止状態の少女に、すかさず駆け寄る2人の少女。

呼吸の有無を確認して、脈拍もみる。

こちらでも心肺蘇生法は同じようで、赤毛の少女が手際よく心臓マッサージを開始している。



 止まっていた時計が動き出したように、慌ただしく部屋に居合わせた皆が行動を再開する。

2人の令嬢をサポートする為に行動するもの。

極度の緊張感からの開放された安心感から泣き出すもの。

未だに緊張感に囚われたまま震え上がっているもの。


そんな中で、私はと言えば…。

どの行動にも当てはまらない。

呆然と、天井を見上げていたからだ。

自分が生み出した闇を凝縮して矢を象ったもの。

その行方を、見守っていた。


生み出された矢は魔核石を撃ち抜いた後も消えず、少女の体を通過して尚減速すること無くひた疾走る。

そして天井も通過して、肉眼では見えなくなる。


私のこの目以外には、その先を見ることは適わなかっただろう。

天井に吸い込まれ消えた後も、ハッキリと視通せた。


ソレはすぐさま宙空に至り、公爵家全体を覆っている膜のような何かに迫る。


ドンッ!!


そして程無く、その膜を破壊せしめ、その際に生じた衝撃に相殺されて膜と共に消失した。

けして小さくない衝撃波が起こり、しかし屋敷全体が震えたのはほんの一瞬で。

衝撃の余韻で、天井から吊られた照明がゆらゆらと、緩く揺らいでいるのみ。


俄には信じられないが、魔導具の破壊に至るまでの時間と、恐怖を味わわされた時間とは、同じだけしか時計の針は進んでいない。

それでも、この瞬間になってやっと極度の緊張状態から脱せたと実感でき、心の底から安堵できた。


騒動の首謀者も、発端も何もわからないまま。

それでも、1人の少女が生命を失わずに済んだ。

その事実が、この心を一時でも晴れやかにしてくれた。

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