8.誕生日パーティー【開始:その前に】②
身体が軽くなって、理性の箍も軽くなって弾け飛んでしまったのか。
冷静になると、憤死してしまいそうな羞恥が押し寄せてきた。
先程の行動は、イタい。
でもそれを指摘してくれるツッコミ的存在は今現在の公爵家には、生息していないのだ。
どんなに後悔しても、事前に引き止めてくれる存在は居ないのだから自分でマインドをコントロールしないとならない。
それが至極、至難の業だった。
幼いからか直情的で、こうと感情の方向が決まると、猪突猛進、突っ走ってしまう。
前世ではもうちょっと理性的だった。
と言うか、自己主張はほとんどせず、云われたことをこなすタイプ。
主体性がなかった気がする。
前世の自分の為人、それを深く掘り下げようとすると、途端、ジャミングされたように記憶が乱れ、ホワイトアウト。
前世の記憶へのアクセスが切られたような、強制シャットダウン状態。
ーー何で? ただわたしが、どんな人間だったか思い出そうとしただけなのに…?ーー
不自然過ぎる記憶への妨害に、心臓がキュッと絞られるような、言い知れない恐怖が胸に迫る。
知らず、胸の前で強く握り合わせた手を、小さな体と共に小刻みに震わす。
そんなわたしに、いや、私に優しく触れる、良く知った体温。
肩に触れる長兄の手に、強張った身体が弛緩する。
「ライラ、大丈夫か? 顔色が悪い…、無理をしないと、約束しただろう? 今からでも、戻って休息をとったほうが良いんじゃないか?」
頬や頭を優しく撫でる手の温もりで、先程まであった身体を支配する恐怖は霧散して、今では安心感が溢れ、凍えた胸を満たして解凍しきっていた。
「ん~ん、ヘーキ! お兄しゃまのおててで、ライリャゲンキなったぁ~♡ あぃがとぉ♡」
にへら…と顔面崩壊なほどに笑み崩れていたことだろう。
長兄が苦虫を噛み潰したような渋面のジト目で見返してくる。
ーーあれあれ? お兄様、おこなの?? そんなに眉間にしわが寄るほど、ヤバさが過ぎる顔面だったでしょうか???ーー
今まで優しい表情だった長兄が、初めて(転生を認識してから)見せる苦り切った表情に、俄に緊張する。
目を左右にこれでもかと泳がせながら息を詰めて長兄の次なる言葉を待つ。
「やはり、挨拶は遠慮したほうが良い…。 一人で返す事は出来ない…か、仕方ない。 ライラは部屋の外で待っておいで。」
「ふぁおっ??!」
ーー廊下に立っとれ!…的な?! えぇっ!? 何で、そんな羞恥プレイ?? ならいっそ、『ハウスッ!!』と云ってくれたほうがマシなんですが?!? 絶っっっっっ対に!帰らないけどね!!ーー
もう『?』の乱舞。
目まで?になってしまいそうな程、困惑しかない長兄の発言に、後ろからダラダラ~っと歩いてやっとこちらに追いついた次兄が、訳知り顔でうんうんとしきりに頷く。
「そうだねぇ~、それが良いよぉ~~。 悪い虫が付かないように、顔合わせはしない方向でぇ~、けって~~い!!」
藪から棒でのシスコン発言。
ーーちょっと冷静になって下されよ、お兄様方! 身内への贔屓目が過ぎるってもんだぜ?!ーー
確かに可愛らしい容姿なのは同意しかない。
自画自賛で恥ずか死にそうだが、前世のワタシとは比べるまでもなく、ライリエルは愛らしい。
顔の造形も、この親にしてこの子あり、を体現していて、実に可憐なのだ。
顔面偏差値は前世の私のそれを、100倍は軽く凌駕している。
黙っていれば極めて可憐で、悪役令嬢化するとは到底思えない容姿だった。
ぱっちりお目々に、それを縁取る長い睫毛。
ラピスラズリの瞳も、光が当たる角度で輝きが変化して、ずーーーーっと見ていたくなる美しさなのだ。
それにこの髪も。
今はキレイにセットしているが、普段は自然におろしたままの、緩くウエーブの掛かった薄水色を刷いた銀髪が、顔の横でふんわり揺蕩う様は、女子なら一度は憧れる“お姫様”っぽくて、密かにお気に入りなのだった。
でも待って欲しい、今現在の私は、弱冠3歳のちんちくりん幼女なんだ、ゼ☆
これじゃあ、ヤベえロリコンしか寄ってこないさ。
そして今、挨拶に向かっている件の攻略対象者達は、そんなヤベえ嗜好はしていない。
片や、将来を嘱望される、エリート出世コース待ったなし!な紳士の中の紳士、羨望を集める、想像できうる理想通りの騎士様。
片や、私の2歳年上、おそらく現在は5歳と思われる、ゲーム開始時は王太子の側近兼護衛を務め、王太子からの信頼も篤く、将来有望な出世株、安定収入間違いなし☆な、穏やかな笑顔が眩しい爽やかイケメン(予定)。
なのにこの兄達は、私に何と言ったのか…?
ハイスペック顔面偏差値ハイタカ親子、そんな2人の、今しかお目見えできない、貴重且つ、二度とは無いこの瞬間を、会わずに、待って居ろと?
ーーバッッッッッッッッッカ? バァッッッッッッッッカなの?!ーー
そんな愚行をこの私が取るとでも?
後悔しか残らない、悶絶必至な過ちを、私が大人しく勧められるままに、唯々諾々として従うとでも?!
ーー否! 断固として、全面拒否!! 徹底抗戦を辞さない構えを、崩す気は毛頭なし!!!ーー
私が今、取れる行動は一つ。
最善にして最高の必殺技、それは……。
「ライリャ、虫さん、なの…?」
「「え?」」
俯ききってぽそっと、聞き取れるかどうかという声量を心がけて、悲しみを滲ませた声音で呟く。
バッチリ聞き取った兄2人が、ピッタリ同じ言葉を返す。
「ライリャ虫さんだかりゃ、ごあいさつ、ダメなのぉ?」
「「「 !!?? 」」」
涙は、自然と溢れてきた。
だって、ここで会えなかったらもっと泣く。
本日晒した大号泣2回を、よっゆう~♪で凌駕する、降涙量を御覧じれる自信しかない。
うっるうるに潤んだ瞳のまま、悲壮感をこれでもかっ!と詰め込んだ表情の顔面を上げ、家族の目に晒す。
ポロッポロに、これみよがしに零された涙に、兄2人+お父様追加で、落雷被害発生。
ーー効果は抜群だぁあ~~~っ!! こいつぁ、チョロ過ぎでさぁ、げっへっへぇ〜♪♪ーー
予想を遥かに上回る、高効果・高ダメージ。
3人は最早、息も絶え絶え、瀕死の重症だ。
決して、彼らの名誉の為に敢えて云うが、決して、この3名の頭脳の出来は悪くないのだ。
ただ、弱いだけ。
末っ子幼女の泣き落としに、ぐぅの音も出なくなってしまうくらいに。
優秀な頭脳の一部が、機能停止して正常な判断が下せなくなるくらいに、末っ子幼女の存在にぐっらぐらのよっわよわなのだった。
それを逆手に取る。
人道に反する恥ずべき行為であることは、重々承知の上だ。
良心の呵責がないわけではない。
だからって背に腹は代えられない。
ーー引くに引けない、否、絶対に負けられない戦いが、ここにはある!!ーー
なんのかんのと、グダグダ言い募ったが、望みは単純明快。
ーー見たい、触れたい、触りたい!ーー
これですよ、これに尽きるんですよ!!
私の第二の人生の外せない抱負、それを履行することこそが、至上の命題。
多少の犠牲、大義の前には塵芥のごとし…!!
外道と罵られようと、悪役令嬢、なんならラスボスらしく、高笑いとともに、甘んじて受け入れてやるわ!!
完全勝利を確信して、ダメ押しの一言。
「ライリャ、虫さんだから、いっしょにごあいさつ、ダメなのぉっ?」
「「「 それだけは無い!! 」」」
「ごあいさつして、いいの? みんな、いっしょ?! うわぁ~~い、あぃがとぅ! だぁ~~~いしゅきっ!!」
ーーこれにて、一発K.O~~~!! 華麗に急所に打ち込んでやったわっ!!!ーー
眼の前で悶える公爵家の男性陣が正気を取り戻して反対意見が出る前に、今できる限りの早口で話しを完結させる。
チョロ過ぎな公爵家の男性陣は、3歳児の泣き落とし攻撃に敢え無く陥落し、翻弄されて、首を縦に振るしか無くなった。
私はといえば、勝利のVサインも高らかに、凱旋パレード気分の有頂天だった。
妖精の如き可憐な公爵夫人は、愛する夫と息子たちが末の娘に良いように翻弄されるさまを静かに見守っていた。
始終絶やさない、いつもと同じ穏やかな笑顔で。
「うふふ。 ライラちゃん、今日はいつにも増して元気いっぱいねぇ。 まるで、今朝とは別人みたいだわぁ。 子供の成長って、早いものね…。」
薄く開かれた瞳で娘を見つめる。
その瞳には、子どもの健やかな成長を喜ぶ母親としての感情と、その奥に簡単には窺い知れない感情が潜んでいた。
少し離れた場所で独り言のように呟かれたその言葉は、他の家族の誰の耳にも届くことはなかった。
気を取り直して、別館にあるオーヴェテルネル公爵一家が本日滞在する客室を目指す。
別館についた際お父様はオズワルドへ耳打ちし、パーラーメイドに先触れに行かせるよう指示を出していた。
そこからは、止まること無く目的地に直行している。
本当に、止まる気配がない。
客室は別館1階の南側、一番豪華で広い部屋とのこと。
今回選ばれた別館はコの字型をした3階建ての、比較的こじんまりした建物、らしい。
選んだ理由は、本邸に一番近いからだとか。
道中、拙い滑舌で必死に疑問に思ったことを質問しまくった。
脈絡がなかったり、聴き取り辛くても、嫌な顔一つ見せないで家族の誰かが、ちゃんと答えてくれる。
向けられる優しい眼差しにも背中を押され、質問が後から後から尽きることなく口をついてでた。
私の誕生日、つまり今日は冬期で年の瀬に近く、後数十日で年が明ける。
我が公爵領は雪は滅多に降らない地域だそう。
でもそれなりに寒い、はずなのだが…わからない。
というのも建物内は廊下も含め、魔導具をフル活用して空調魔法を随時展開している為、どこもかしこも快適な室温に保たれている為だった。
本邸から別館へ渡る際に、1度屋敷の外に出るには出た。
しかしお父様が皆に魔法を施してくれたので、どれくらいの寒さなのかイマイチピンとこないままなのだ。
些細な弊害は大なり小なりあるがそれを抜きにしなくたって、絶対に思う。
本当に、魔法って便利。
自在に操れるお父様を、超リスペクトゥ!!
似合わない口髭から、ちょっと残念系なキャラクター像を連想してしまったけど、実際のお父様の魔法の腕前は、我が国で上から数えたほうが早いのだとか。
正確には、どのくらいの位置付なのか情報が少なすぎてわからないけど…。
人って見かけによらないわ、ホント。
外見だけじゃ本質は見抜けない。
人生経験が乏しいから仕方ないけど、今のところ第一印象どおりの人物は居ない。
家族全員、一緒にいると新たな一面がどんどん発覚して、ゲームのキャラクター設定集だけでは知り得なかった側面が見えるてくる。
悪役令嬢の家族なんて、アルヴェインお兄様以外、しっかり詳細まで載ってはいないのだから私が持っている知識はほんのさわり以下、だったけれど。
延々と続くかと思うほど、真っ直ぐに延びる廊下をお父様に続いて歩く。
軽いハイキング並みに歩いている気さえする。
でも息が切れていないのも、ひとえに、お父様の魔法のおかげだった。
どういう原理かは全く不明だが、ドレスにかけた軽量化魔法と同じ系統なのかな?と何となく思った。
魔法があれば体を鍛えなくても生きていけそう、とか考えてしまう。
しかし、お父様の身体はしっかりバッチリ鍛え上げられている。
ーー何故知ってるのかって? そんなのぉ、エリファスお兄様の窃盗事件の騒動を治める際、“魔法の言葉”を教えられている間に、バッチリ観察済みですからぁ♪ーー
口髭で負の数まで減点された心象が、着痩せマッチョと発覚して正の数に+修正された。
さらに、魔法の腕前をこれでもか!と見せられて、その後の追加点が半端ない。
今では軽く、お父様信者に成りかけているのだ。
後どれだけ凄い魔法をこの目で見て、実際に体感できるか、考えるだけでワクワクしてしまう。
そしてその度に、お父様への尊敬の念がグングン上がる。
先頭を歩くお父様の背中を眺めながら、無駄な肉が一切ついていない様に目を爛々とさせて、凝視してしまう。
大丈夫、ハァハァはしない、今回は絶対。
何とな〜くお母様が怖くなる気がするから…、君子危うきに近寄らず。
ーー空気読むのって、大事♡ 一番必要な欠くことのできない処世術よね♡♡ーー
そうこう考えていると、やっと廊下の突き当りに辿り着いた。
今はコの字の、上の横棒の付け根部分だ。
つまり、一番広い部屋は、横棒部分全体なのだ。
すんごい贅沢な部屋割りの仕方に、貴族の屋敷だということをここぞと実感する。
無駄に大きな扉のドアノブを、ノックもなしにいきなり掴み開けようとするお父様に、慌てて呼びかける。
「お、父しゃま、コンコンは?」
焦ったせいで語彙力までもが死んでしまったか。
わざとでなく、自然と言葉が幼くなってしまった。
今の身体に合った喋り方を無意識で選べるほど、幼児語に馴染んでしまっただろうか?
またも自尊心をグリグリと、硬く握り込んだ拳骨を左右に捩じりながら、力を込めて押し付けられるような尾を引く疼痛がさいなんでくる。
「大~丈~夫ぅ~~、先触れはしてるからぁ~。 このまま突入ぅ~~っ! やぁ、セヴィ、しばらくぶりだねぇ~、やっほ~~!! 元気にしていたかなぁ~? 邪魔するよぉ~~!!!」
バッタ~~~ンッ…タ~~ンッ……タ~ンッ………。
この日初めて、余韻を響かせるほど盛大な音を立てて開く扉を見て、やっぱり音が出るのが普通よね、と妙なところに関心がいってしまった。
ーーこれも一種の現実逃避かしら?ーー
勢いよく開け放たれた扉の先に、これまた眼福すぎる美形な人々が、自ら発光しているかのような輝きを纏い、応接セットのソファで長旅の疲れを癒やしているところだった。
突然の騒音にも、さして驚いていない。
この公爵家への宿泊は初めてのことではないそうだ。
きっと過去にもこのように突発的な乱入をされていたのだろう。
なんとも、迷惑極まりない家主の登場の仕方だ。
拒みたくても、拒めないなんて…。
ちょっと、いや、かなり、恥ずかしいな。
今この瞬間に至っては、誰かに『お父様です♡』と胸を張って紹介できそうもない。
エリファスお兄様に続いて、家族として紹介できないトップ2にランクインした瞬間だった。
うなぎ登りだったお父様への評価は、ここに来て打ち止めと相成った。
これは至極正当で真っ当な、極めて理性的な判断だったと断言できる。




