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転生して悪役令嬢な私ですが、ヒロインと協力して何とかハッピーエンドを目指します!  作者: 胡椒家-コショーヤ-
○●割愛拾い上げ劇場●○ 〜かつあい〘名〙(スル) 惜しいと思いながらも省略したり捨てたりすること。〜
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[003]【年末年始の忙しない日々】Le cas.公爵家嫡男:アルヴェイン③

 短くない時間を費やすことにはなったが、大分落ち着けたと思う。

時計の盤面をチラリと横目で見て、まだもう少しだけ気持ちを落ち着かせるのに時間を費やしても大丈夫そうだと忘れずに確認する。


冷静な思考が戻ってきた確認として、侍女の表情が僅かにでも綻んだ要因は何だったのか、について物の試しに考えを巡らせてみる事に決めた。


そして程なく、幾許も考えない内にある結論が導き出された。


 ――深く考えるまでもない、メリッサの不調の原因はエリファス以外に有り得ないだろう。 メリッサの感情をいつ何時でも変わりなく、その場に居なくとも乱せてしまえる存在は他に思い浮かばない。――


メリッサにしては珍しく、相当参っていたらしい。

日頃の気の置けない口論だけでは溜まった、短い期間で急激に蓄積されてしまった心労を発散しきれなかったようだ。


ライラが伏せっている間中ずっと、エリファスは毎日欠かさず、時間を見つけては何遍でもライラの私室へと足を運んでいた。

この見舞いと称した連日の迷惑+妨害行為で、昇華しきらずに蓄積された心労がメリッサの許容値を超過していたらしく、本人も無自覚なまま精神が摩耗していたと見える。


完璧に仕事を熟す完全無欠な侍女の精神は、表情と同じように鉄壁に守られているか、鋼鉄製であると信じて疑わなかったが、どうやらその認識は間違っていたようだ。


僕が咄嗟に捻り出したあんな拙い労いの言葉で表情が緩むなんて、相当だ。


 ――いつも思うが…不思議でならないな。 普段からあれ程わかりやすく険悪であるのに、何故かどちらも“専属侍女”の変更を願い出ないなんて…。 それともあの2人は“喧嘩するほど仲が良い”、と云う仲なのだろうか?――


顔を合わせ、口を開けば犬猿の仲でしかない有様。

それなのにエリファスはメリッサ以外の侍女を、とは一度も口にしてこなかったし、考えてもいないだろう。

メリッサの方も同じで、時たま飲み込みきれない常日頃の不満を愚痴として説教に織り交ぜながらも、エリファスの専属侍女を辞めたいとは願い出ない。


エリファスの誕生から現在に至るまで、身の回りの世話を一手に引き受けてきた関係で、特別な何かしらの情が少なからずあるのだとは思う。


それに、阿吽の呼吸、と云えばいいのだろうか。

一々言葉にしなくとも、ちょっとした仕草や声の出し方だけで、精度高く相手の考えが筒抜けており、意思疎通が可能となっているようなのだ。


それを裏付ける事例には、驚く程事欠かない。

ある時、こんな場面に出くわしたことがあった。

あれは、丁度この部屋の直ぐ外、僕たちの私室の前の廊下で起こった一幕だった。


屋敷の奥行きと同じ長さの直線的なこの廊下は、東壁面に沿って伸び、左手側に僕らの私室があり、右手側に天井まで届く高さの書架が並木のように立ち並ぶ壁面がある。

それが所以(ゆえん)か、この廊下はいつの頃からか書架の並木道アヴニュ・ドゥ・ラ・ビブリオテックと呼ばれるようになっていた。


元は窓もない殺風景な壁面に、等間隔に年代物の絵画が飾られて続く、何の変哲もない通路だった。


それが今の状態になったは、忘れもしないエリファスの4歳の誕生日、『何か欲しいものはあるのかしら?』と優しく問いかけた母上の言葉に、短く答えた『書架』という単語に続く内容が実現されたからだった。


冗談半分(本人に確認してはいないが恐らく、本気ではなかったと信じたい)でエリファスが零した『自分専用の書架が欲しい、できれば沢山、部屋の前の廊下の端から端くらいまで。』という己の煩悩に忠実な具体的すぎる規模の要望。


『それは流石に聞き入れられないだろう』と否定的な考えが頭を過るくらいには無茶な要望を、驚くほどあっさりと、首肯1つですんなり受け入れた父上の鶴の一声で、今の状態へと瞬く間に変貌を遂げた。


父上がこの屋敷に限らず、どの屋敷の内装にもこだわりなど持ち合わせていない、とは薄々感じていたが、こんな大規模な変更を子供のために行うとは思っていなかった。


当時はまだ、父上の瞳の奥には冷たさしか宿っていないままだった。

それなのに何故父上がエリファスの要望をすんなり聞き入れたのか、今考えればその理由は明白で、母上がその場に居たから以外に有り得ないと直ぐに理解できる。


けれど、あの当時の僕はまだ、父上にとっての母上がどれだけの存在であるのかが良くわかっていなかった。

その為に理由がわからず、相当な衝撃を受けてしまい、今も忘れられないほど鮮明に記憶に残っていたのだ。


そんな経緯があり、面白味のなかった廊下が今のような状態へと様変わりしたわけだが、エリファスが『自分専用の』と要望した書架郡は、現在は僕ら2人で等分して使用している。


と云うのも、実際に完成した書架郡を直に見てやっと、流石に自分一人では埋めきれない規模である、と遅まきながら理解したらしい。


『う~~ん…、やっぱりどー考えても1人じゃ埋めきれないよねぇ~。 そ~だ、良いこと考えたぁ♪ 兄さんも好きな本ここに並べてよぉ~、折角場所が余ってるんだしぃ、一緒に使ってこぉ~~♪』


さも、名案を思いついた、と言わんばかりの良い笑顔で提案された。

『気付くのが遅すぎるだろう』と呆れつつも、僕としても断る理由がなかった為、弟からの提案をすんなり受け入れた。


その当時の僕は7歳、図書室にも問題なく、自由に出入りできていた為、父上に願い出てまで自分専用の書架が欲しいとは思っていなかった。


対して、エリファスの図書室への出入りが解禁となるのは翌年、図書室を我が物顔で取り仕切る支配人(・・・)が定めた“鉄の掟”に殉じて5歳となる年を待たなければならなかった。

そのあと1年が、暇を持て余し始めたエリファスには待てなかったようだ。


けれどいざ部屋の前に書架が出来てみると現金なもので、僕の既存の考えは180度転換した。

当たり前だが、移動距離を考えると此方のほうが断然近いので、ちょっとした調べ物を、と思い立ったときなど、大いに助かっている。

それに何より、あの支配人と司書たちの、此方の動向を逐一監視するような、何処へ行っても付き纏ってくる視線を感じなくてすむのが、何より有り難い。


…話が逸れたが、歴史の浅いこの書架郡は、僕とエリファスの興味関心を反映した蔵書を順調に増やし、並べ方も各々の好みに合わせた法則で納められている。


僕は大まかな種別ごとに分類してから、シリーズ(セリ)毎や著者の名前順、本の題名順に整理している。

僕の採用している整頓方法が一般的な並べ方だと思うのだが、エリファスに言わせると『わかりずらい』との評価が下るのだった。


僕に言わせてもらえるのなら、エリファスの並べ方の方こそ『わかりずらい』の代表格だと声を大にして言ってやりたかったのは、ここだけの話。


とにかく見辛いし探し辛い。

そして何度見ても並べ方の法則が全く見出だせない。


判型、著者名、題名、本の種類(ジャーンル)、どれもこれもがごちゃまぜになって並べられているい。

そしてその並べられた背表紙は、当然のように整然とはしていない。

つまり、ガタガタして凸凹しているのだ。

あの書架から真剣に本を探そうとするといつも、目が疲れる前に頭が痛くなってくる。


一度だけエリファスに『本の並びを変えてみる気はないか?』と駄目元で持ちかけてみたが、『残念でしたぁ~、変えてみる気は一生おこらないよぉ~~♪』とにこやかな良い笑顔でにべもなく断られた。


その言葉のとおりであるなら、今後改善の兆しとなる機会は皆無のようだ。

時折文字通りの頭痛の種になる、持ち主と同じで厄介極まりない書架に納められたこの本の並び。


何年経とうと、エリファス以外に理解し得ないと思われた摩訶不思議な法則を見事に看破してみせたのは、他でもないメリッサだったのだ。


あれは昼食の後、珍しくエリファスと連れ立って自分たちの部屋に向かっていた時だった。

部屋で読む本を見繕うと云うエリファスに倣い、僕も空いた時間に読めるよう自分の書架から本を選んでおくことにした。


時間をかけて選んだ数冊の内、1冊は自分で持ち、残りは後ろに控えていたメリッサが当然のように差し出した手に預けて持たせる。

自室へ向かう短い道すがら、部屋に戻るのを待てず歩きながらパラパラと本を捲っていたエリファスが突然ぼやいた。


『あ~…失敗。 これじゃなかったなぁ、あっちの方が良かったみたい。 ってなわけでぇ~、これをあの位置に戻してこれがあったとこの隣の本持ってきて。』


“これ”だの“あれ”だの、抽象的な言葉しかないこんな指示では、たとえ指差しで場所を示されたとて不明瞭が過ぎやしないだろうか。

仮にこの指示に従って間違えたとして、憤慨されて文句を言われようものなら理不尽だと感じるし、何なら普通に怒れてしまう。

それでも、この欠陥だらけの指示を受けたメリッサは困惑することもなければ、聞き返すでもない。

そして断ることもせず、何事かを思案してから確認の言葉を静かに口にしただけだった。


『…今お持ちするのはあちらの1冊のみで宜しゅうございますか?』


 ――?! “あちら”とは、どちらのことだろうか? メリッサは、あんな抽象的な指示と微妙な指差しだけで…理解できたとでも……??――


『ん~~…、そ~だなぁ、取り敢えず今はあっちの1冊だけで良いや。』


背後に居るメリッサを振り返ること無く、背を向けたままで欠伸しながら指示を出すエリファス。

信頼しているからなのか何なのか、横柄が過ぎるとも取れる対応をされても、メリッサは全く気にした風もない。


『かしこまりました、ではそのように。 お持ち致しますのでもう少々お待ちくださいまし。』


かしこまって短く了承の返事を返すと、踵を返して迷いなく先程までエリファスが彷徨いていた書架の前に向かう。

そこからこの侍女がどう行動するのか。

何故か少しハラハラしてしまいながら、固唾を飲んで見守っていると程なくして、書架に向かった足取りと同様に迷いなく伸ばされた手が1冊の本を棚から音もなく抜き取り、続いて少し離れた位置にエリファスから手渡され、手に持っていた間違えたらしい本を差し込んだ。


 ――なぜああも迷いなく行動できるのか…、謎で仕方がない。 だが今はメリッサのとった行動以上に気になってしまうのは、受け取った時のエリファスがどんな反応を示すのか、だな。――


行動に迷いがないのは自信の表れ、けれど、その自信は一体何処からやってくるものなのだろう。

エリファスのもとへ本を手渡しに戻っていく侍女の姿を目で追い、その手に持つ本に視線を移してから直ぐ、エリファスの反応を確認するため弟の顔に視線を定めた。


長く伸びた前髪に邪魔されて表情は判別し辛いが、全く見えないという程ではない。

眠たそうに緩み中途半端に開かれた瞼、それに半分以上覆われたスフェーンの瞳が差し出された本の表紙を軽く撫でるように流し見た。


『ん、良いね、今度は大丈夫そう。 あ~そぉ~そぉ、ついでに(部屋の)中にある本も適当に片してってぇ~~。 積み上げてあるまんま(の並び)であそこの空いてるトコ、入れといて。』


受け取って直ぐ先程と同じように読み始めたエリファスは、今思い出したように追加の用事を言い付けた。その際、エリファスの視線はずっと本に書かれた文字を追っていて、侍女の方に一瞥もくれることはなかった。


『読み終えられたのなら速やかにお戻しくださいと、何度も申し上げてきたはずでございますが、記憶に無いと暗に仰っしゃっておいででしょうか?』


『え~? そんなような事を言われ覚えはあってもぉ、ボクの残したいと思う記憶の中には含まれてないみたいだからぁ~、記憶にないかな♪』


雲行きが怪しくなってきたので、理不尽な理由で巻き込まれる前に静かに自室へと戻って扉を閉めた。


今のはほんの一例で、この他にも似たような場面を何度目の当たりにしたかわからない。


仲裁される度に、実母より年上の侍女と“夫婦(めおと)”扱いの揶揄を寄越されるエリファスの心境は…全く察しきれないが、この場合は仕方ないと思えてならない。


常日頃から衝突していて、概ね反目し合っていながらも、決してお互いを憎みきるには至っていない。

どこかで程よく諦めて、ある程度の理解を示し、適度な許しを与えている。

付かず離れず、適切な一定の距離と絶妙な均衡を保って接しているのだ。


お互いがお互いの中に各々の居場所を持っており、それを暗黙の了解のように知った上で、側にあることを許し合っているかのように、目に見えない確かな“絆”で結びついている。


2人の間に確立されたこの不思議な関係を何と表現すれば良いのか…。


普通の主従の域を超えているとしか思えない上に、“義母子”の関係にも残念ながら当てはまらない。

それもそのはず、当人たちは無意識にでもそんな素振りは一切見せないからだ。


エリファスはメリッサを“母親”や“母親に相当する人物”とも見做していない。

甘えているわけでも何でも無く、ただ単に誂って相手が返してくる反応を逐一愉しんでいる、と云う程度の興味関心しか持ち合わせていないように見える。


メリッサは乳母だったからといって、エリファス相手に母親のように振る舞って接することはない。

あくまでも、仕えるべき“主人”への最低限の礼節を保った、分別のある対応を取っている。


 ――2人が口論する度に仲裁に入る父上が、“熟年夫婦”と揶揄したくなるのも…頷ける。――――


全てを飲み込んで、一歩退いて主人を立てる様は、あたかも古き時代の夫を立てる良妻の様相を想起させてしまうから、父上もあの言葉を口にしてしまうのだと納得してしまう。

それ故今現在、“熟年夫婦”以上にしっくりくる、適切な表現は見つけられそうにない。


捻くれ者の代表格なエリファスにとっても、やはり乳母(ヌーリス)とは特別な存在なのだろうか。

僕に乳母はいなかった為、その特別な感覚は理解の範疇になない。


昔ちらっと、何故僕には乳母が居ないのか母上に聞いてみたが、曖昧に微笑って誤魔化されてしまった。

そのいつもとは若干異なった微笑みに引っかかりを覚え、何かあるのかと不思議に思ったのを良く覚えている。

けれど、深く追求してまでその理由が知りたい、と云う程の熱意もない細やかな疑問程度だったので、不在なことに特に意味はないのだと理解した。


侍女を変えないのなら、侍従くらいは本人の意向を尊重して選ばせてやるべきではないだろうか。

そう考えて、僕の侍従が決まったと父上から説明があった際、話が出たついでにエリファスにもそれとなく要望を問うてみたところ、『必要ない』と即座に拒否された。


侍女の変更を望まなければ、新たな侍従も望まない。

どちらの回答も『面倒くさいから』との理由でもたらされ、『新たな人間関係を構築するのが死ぬ程面倒臭いのだ』という、取り付く島もない文言を重ねることで片付けられた。


我が弟ながらとても面倒な性格をしている。

一応今のところライラ以外にも、両親や僕の言葉には耳を傾け、偶に素直に聞き入れる姿勢を見せているのがせめてもの救いだと思う。


 ――気紛れな猫よりも質が悪い。 飽き性であるのに、興味関心を抱く基準に拘りだけはしっかりと確立されているのだから…、面倒な性格以外の何ものでもない。 エリファスに好かれる人間が血縁者でなければ…相当苦労しそうだな。――


但し、とすぐに注釈が追加される。


 ――ライラ以上に、エリファスが関心を寄せて、愛情ないし好意的な感情を抱ける相手が見つかれば、の話だろうが…な。――


ライラに対してああ(・・)なったのも驚天動地な出来事であったのに、家族でもない赤の他人に対してエリファスが視線をまともに向ける様子は………、残念ながら今の段階では想像すらできない。


友情にしろ、恋情にしろ、何かしらの“好意的な情”を宿した瞳を他人(だれか)に向けるエリファスを、まっっっっったく、断片すらもこの脳裏に思い描けない。


自分の事は棚上げにしたまま、『弟が今後まともに交友関係を構築できるのか』という内容に考えが移り変わってしまった。

急遽持ち上がったこの難題に、お節介にも真剣に考え込み、底なし沼に飲み込まれるが如く、時の経つのも忘れて熟考に耽っていった。


自身で懸念していた通り、自室で時間を持て余すとろくな事にならない、をまたもや実演してしまった。

折角の早起きが帳消しとなる失態に、自己嫌悪するばかりだ。


我に返ってからすぐ、何とか気を持ち直して食堂へと急ぎ向かったが、今回の遅れを取り戻すことは出来なかった。


辿り着いた食堂には父親の姿だけでなく、メリッサに後回しにされた弟の姿までもが当然の如くあった。

先に来ていた2人に対して遅れたことを謝りつつ、簡単に挨拶をしてからいつもと同じ自分の席へと向かう。


席につくと直ぐに、温かな湯気の立つ食事がのった皿が僕の前のテーブルに置かれる。

嫌に静かなエリファスに疑問を感じつつ、何も始まらない今の内に食べ進めてしまおう、と心に決めてカトラリーに手を伸ばす。


最初の一口を口に含んだ瞬間、それまで沈黙を保っていた問題児がここで口を開いた。


「にしてもぉ~、兄さんってば遅かったねぇ、二度寝でもしちゃったのぉ~~? 誰かさんが『2人を待たせるな』的な事を言って急かしてきたのに、実際ここに着いてみたら父さんしかいないじゃなぃ~? こーゆー場合ってさぁ~、どうするべきだと思う~~? ボクは無駄に急かされた事を急かした相手に文句を言えば良いのかなぁ~?」


メリッサから小言を食らったのを、さも僕のせいであるかのように言って、ここぞとばかりに当て擦ってくる。


一瞬でも気を抜くと咀嚼する顎の動きが乱れておかしくなりそうだ。


エリファスに、できることなら言ってやりたい。

『メリッサに説教させているのはお前だ。』とか、『お前の日頃の行いが全ての元凶だ。』等といった文句が、喉のここまで出かかったが、何とかぐっと堪えた。


けれど、続いて喉元までせり上がってきた溜息は、一切堪えること無くそのまま出るに任せて吐き出してしまった。


 ――…はぁ、面倒臭い。 本当に、なんでこんな面倒で厄介な性格になってしまったんだ? 母上とライラが不在なことが、今は特に悔やまれる…。 こうなったエリファスの話は長い。 この愚痴なのか八つ当たりなのかわからん話がいつまでも、エリファスの気の済むまで続けられるのかと思うと……、駄目だ、抑えようとしてもイライラしてしまう、そして頭が痛い…!――


いつ終わるとも知れない弟からの恨み節を、聞こえてくる側から右から左へと聞き流していく。

そして鈍く痛みだした頭を両手で抱える代わりに、左のこめかみを人差し指の背でグリグリと抉り込むように強く刺激する。


 ――これは違う。 未だに燻っていたこの怒りは、エリファスだけじゃなく他の誰にも、八つ当たりで発散して良いものじゃない。 正統な怒りの矛先は先日、僕が直接言って解雇したのだから、それで溜飲を下げなければ…。――


鎮火しきらずにくゆっていた悪感情に今のイライラが飛び火したことで怒りが再燃し、勢いを取り戻してしまったようだ。

じわじわと(はらわた)を炙ってくる怒りを、表面には出さずに何とかやり過ごしたいと望む。


グリグリ、グリグリグリ!


無理矢理にでも強い痛みで気を散らしていないと、理性が直ぐ様散り散りになる。

朝から不必要に怒鳴り散らしてしまいそうだったが、そうなっては手遅れでなので死力を尽くして抑え込むことに執心する。

正統な理由なく怒りに任せて喚く、そんな失態は絶対に犯したくない。


自分が不当に当て擦られたからと言って、これ幸いと仕返しよろしくエリファスを八つ当たりの標的に定めて良い謂れは存在しない。

自分がされて不快なことを相手に仕返したいとは思わない、どれだけ精神的に追い込まれようとそれくらいの理性は保てる自分であれると信じたい。


実のないエリファスの長話が終わる頃には、自分の感情を抑制するのに疲れ、すっかり疲労困憊しきってしまった。


話が一段落して途切れたところを見逃さず、丁度食べ終えられたことに安堵して席を立ち、そそくさと食堂から逃げるように立ち去る。


折角幾分か回復していた気分はすっかり消沈してしまったし、同時に気力も削ぎ落とされてしまっていたので、あれ以上気の置けない家族がいる場に留まってしまったなら他にどんな失態を犯すかわかったものではない。

たとえこの後、食堂に残してきた2人に何と言われる事になろうと、これ以上あの場には長居していたくなかったというのが、この時の僕の正直な気持ちだった。


昼食の時間となってやっと、慌てて身支度を済ませて来たと見えるライラが食堂に姿を表した。

起床が遅くなってしまったことを誠心誠意謝ってくれるライラに対して、疲れを隠しきれず力無く微笑むことしか出来なかったこの時の僕の心情を理解して欲しい、とまで高望みはしないが、少しくらい慮って欲しいとは望んでしまう。

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