第8話:落着
「アカン、アカンでぇ!」
ラウルの上ずった悲鳴は、あつてない切迫感を持つ。
気持ちは痛いほど分かる。敵に攻撃を許せば、僕達の負けだ。迷宮での敗北とは、即ち死。
空中でまともな回避行動がとれない今、デッドスパイダーの跳躍、吐き出す粘糸、何をされても受けるよりない。
だったら取るべきは先制攻撃。攻められる前に、最大威力の一撃を叩き込む。
「この距離なら!」
極限まで高まる緊張感の中、僕は押し込み続ける遺物弓の指掛けを放した。
その瞬間、長方体の側面に灯る蒼光が前へと伝い走り、四角い先端部へと集約する。
半拍後、遺物弓の同点から一条の光矢が射出された。僕達の前方へ閃光が飛び、強烈な反動が全身を襲う。
遺物弓を握る両腕が跳ね上げられる衝撃と共に、踏ん張りの利かない体は落ちるのとは逆方向へ対する吹き上げを受けた。僕とラウルは上下の圧に挟まれ、自分でもそれと分かる空中での停滞を得る。
真下では撃ち出した光がデッドスパイダーの背中へ命中していた。直撃部から円形に魔物の体は削り取られ、大蜘蛛の胴体を丸々飲み込む程の空洞が生まれる。
あらゆる武器を寄せ付けないというデッドスパイダーの頑強な体だが、遺物弓の威力はそれを上回ったらしい。
相手の行動が始まる前に、大部分の肉体を奪い沈黙させる。後には肉片も体液も残っていない。僕の遺物弓が効果範囲内の一切を消してしまったからだ。
信じ難い光景だ。人を数倍する怪物が、たった一つの光に抜かれた直後、膨大な質量が消失してしまうのだから。先手の一発が、まさかそのままトドメになるとは予想外。
前々からこの遺物弓は強力だと思っていたけど、その認識はまた一つ更新された。
「うおおお! やった、やりよっ――ぶへ!?」
眼前の光景に感極まったラウルの声が響くより先、僕達は改めて始まった自重落下で床面に達した。
さっきまで大蜘蛛の背中があり、今はもう消滅して出来た空洞へ、二人ともが落ちる。
高所から掛かっていた速度は弓撃の反動でゼロとなり、最悪の事態は免れた。綺麗な着地とはいかず、体を丸めるようにして落転する。
硬い床面にぶつかって、鈍い痛みを感じながら一度、二度と転がった。少し離れた場所で、ラウルの潰れてくぐもった呻き声がする。
何が起こるか分からないダンジョン内で、いつまでも寝ているわけにはいかない。体が安定感を取り戻したら、すぐさま立ち上がり状況へ備える。
周囲に視線を走らせ、耳をそばだて、全身の神経を研ぎ澄ました。他に敵の姿はないか、攻撃の気配はどうか、罠の反応は感じないか。
体の異変としては、両腕が強く痺れている。遺物弓を大威力で撃った影響だろう。今は満足に動かせそうもない。
「いたたた……あん距離でも落ちると痛いもんやなぁ」
しばらく警戒を維持してみるが、特に異変はない。
ラウルが腰をさすりながら立ち上がり、長々と息を吐いているぐらいだ。
どうやらこの空間は今のところ安全らしい。やはり最大の脅威はデッドスパイダーだったか。
「その様子だと無事そうだね、ラウル」
「いやはや、おかげさんで生き永らえとるで。ようやってくれたなフユ!」
「まさか落とし穴の先にデッドスパイダーとは予想外だった。けど、まぁなんとかなって良かったよ」
「ホンマに一発で仕留めてまうとわ、心底から恐れ入ったで!」
「僕も、ここまで綺麗に勝てるとは思ってなかったよ。そこは驚いてる」
「あないな大物倒して、ワイらも生きとる。こりゃ大快挙やで。もっと喜んだらどうや!」
安堵と勝利で満面の笑顔を浮かべ、ラウルは何度も僕の肩を叩いてきた。
喜びの感情が気分を高揚させているのか、遠慮なくバシバシやられて肩が痛い。未だ痺れが治まらないから尚更だ。
僕はラウルから逃れるべく、それとなく一歩退いた。
「此処はまだダンジョンの中で、しかもけっこうな下層だ。自分達の現在位置も分からない。無事に戻れるかも未定。この状況じゃ、勝っても手放しには喜べないよ。心配事の方が多い」
「そらそうかもしれへんが、倒したんはデッドスパイダーやで。何人も冒険者が殺されとる。最悪魔物の筆頭や。撃破の証拠を持って帰れば、報奨金が出るんとちゃうか」
「証拠って、この頭でも引き摺っていくかい? そもそも持って帰るにしても、此処から外までどう進めばいいやら」