第7話:穴の行き先
「落ちとる落ちとる! 際限なく落ちとるで!」
「何処に続いてるかは分からないけど、普通に考えれば迷宮の下層だろうね」
「ヤッバイはな、こりゃ! 下の下まで行って、上がってけるんかいな!?」
「それ以前に、このまま落ちて下が固いと、僕達は落下の衝撃で死ぬ」
「ぎゃぁぁぁーー!」
「下に落とし穴用の罠が仕掛けられている可能性もあるし、魔物の巣に通じてないとも限らない」
「絶望やんけぇぇ!?」
「控えめに見ても状況は最悪だ」
周囲の空気はひたすら上へと流れ、僕達の声も出した端から置き去りになる。
暗闇の中を落ち続け、未だ終わりはこない。
この穴はかなり深い。高低差だけでもかなり危険だ。
「お宝に目が眩んで死ぬんか。こんなんがワイの終わりかいな」
「諦めが良すぎるね、ラウル。冒険者なら、生き残るためにあらゆる手段を講じるべきだよ」
「短剣投げてどっかに突き刺さらんか考えもした。せやけど、ワイと結んで繋げるもんがないねん」
「僕に一つ案がある」
「ホンマか!」
「僕の遺物弓は威力の調整ができるんだ。スケルトンとの戦いでは最低威力に抑えてあった」
「なんの話や!?」
「威力を大きくしないのは、破壊力に応じて撃ち出した際の反動も大きくなるからでね」
「そういや、あん時も一発で腕ごと跳ねよったが。だからなんやねん!」
「底が見えたら威力を引き上げて、遺物弓を撃つ。その時に発生する衝撃はこっちが吹き飛ぶほどだ」
「そ、そうか、分かったで! その反動でワイらの落下速度を相殺するんやな!」
「正解。底面に殺人トラップや魔物がいても、高威力の弓撃で破壊できるしね。このまま無策で落ちるよりは遥かにマシだろ」
「それやそれや! それでいこ!」
「ただ下が酸の池だったりすると、流石にどうにもならないけど」
「運を天に任すしかないっちゅーことか!?」
言い合っている間に、下方へ小さな光が見えた。
それは凄まじい勢いで近付いてくる。刻々と大きさを増し、四角い口が僕達の足元へと迫り来た。
実際にはこちらが落ちてだけ向かって行っているのだけど。
「穴の終わりやな!」
「そうらしい。ラウル、掴まって!」
「よっしゃ!」
ローブ越しに、肩を掴まれる感触が伝わってきた。
どうにか背後に回り込んだラウルの手だ。
そのすぐあと、真下に届いた光の口を通り抜ける。
闇の世界が消え、色と形が視界へと戻ってきた。
僕達の体は高所にある。俯瞰的できる眼下の様子は、広い部屋。石造りの床や壁は、上で見た造成と変わらない。
落ち続ける僕達の真下には、巨大な何かがある。
8本の肢を持つ、大型の蜘蛛だ。人の3倍はあろうかという巨体。頭部にある12個の赤い複眼は正面だけを見て、僕達に気付いている様子はまだない。
「デッドスパイダーや!」
後ろからラウルの叫び声が聞こえた。
遭遇した冒険者が悉く負けて喰らわれることから『冒険者殺し』とも呼ばれる大型魔物の名だ。
耐久力に俊敏性、どちらも非常に高く、正面から戦っても勝ち目はないとされる。
僕達は奴の巣に出てしまったのか。
どうであれ、このまま落ちるに任せるわけにはいかない。
遺物弓を引き抜くと、両手でしっかり構え、長方体の前面を巨大蜘蛛の背中へ定めた。
持ち手から続く指掛け部を、人差し指で素早く二度内側に引く。指を曲げて指掛けごと内に押し込む形で止めると、遺物弓から甲高い音が鳴り始め、側面に蒼白い光が灯った。
これで魔力の充填形態に移る。指掛けを押し込んでいる間、黒い遺物弓の内部では魔力が蓄積されていく。
漏れ出した音が長く尾を引き、その間にも落ち続けている。
大蜘蛛の背中がグングンと近付き、全体を覆う斑色の剛毛がよく見えた。
「近いでヤバイで! フユ、どないした!?」
「ギリギリまで床に近付かないと意味がない。もう少し!」
背後からラウルの叫び声が届く。
焦りと緊張は僕も同じだ。でもより生存率を上げるには、底面に近い方が確実。逸る気持ちを抑えて、限界まで引き付ける。
「お、おい、アレ見ぃ!」
しかしそう上手くは運ばなかった。
僕達の真下で停止していたデッドスパイダーが、上体を持ち上げ始める。
とうとうこっちへ気付いたらしい。