第1話:ダンジョンを行く
整然と敷き詰められた石畳に、無機的な装いで続く壁面。跳び上がっても届かない程度に天井は高く、等間隔に支柱が配された人工の通廊。
先駆けた冒険者達が設置する松明や照明灯が、ぼんやりと迷宮の道を照らしていた。光源の傍以外は闇が覆い隠し、道行の先へ何が待っているか判然としない。
足場は途切れることなく延々と伸びている。侵入者を暗黒の虚へ招いているようでもあり、歩みを認めず拒絶しているようでもある。
場所によっては一本道。だが進んだ先で複数に分岐し、曲がりくねり、弧を描き、更に枝分かれ、交錯して、奥まった闇へ続いていく文字通りの迷宮だ。複雑な構造は歩む者の方向感覚を狂わせ、疲労を科し、注意力の衰えたところへ罠や魔物が襲い掛かる。
隠された財宝を発見すれば見返りは大きいけれど、死の隣り合う探索行が無事に成功するかは分からない。それでも挑む者が後を絶たないのだから、ダンジョンが持つ魅力は抗い難いものなのだろう。
迷宮や魔宮と呼ばれるダンジョンが、この大陸にはある。
いつ、誰が、何の目的で造り出したのか、詳しいことは分かっていない。
遠い昔に栄えた『古き民』が築いた遺跡とも言われている。彼等が絶えた後、魔物達が住み着いて繁殖し、現在のダンジョンが出来上がったのだと。
或いは天上の神々が試練の場として設け、武勇と知力で難関を越えた者に褒美を与えているのだとも。
様々な俗説が囁かれる中で、唯一不変の理『罠や魔物が蔓延る迷宮内には、多種多様な財宝が眠る』。
それは魔法の道具であったり、優れた武具であったり、珍しい宝石であったり、地上では見かけることのない品々だ。無事に持ち帰れば商人や好事家が高額で買い取ってくれる。自身が装備として利用すれば、強大な力が与えられる。どちらにせよ、豊かな価値がそこにはあった。
だからこそ一攫千金を夢見る命知らず達は、危険なダンジョンへと自ら踏み込んでいく。
底深き迷宮はただ口を開け、闇の敷かれた内奥へと冒険者を迎え入れるのだ。
「よぉ、そこの兄ちゃん。ちょっとええか?」
長く続く石畳を見据えながら闇間を歩いていると、横方向から声を掛けられた。
足を止め、そちらへと視線を向けてみる。今進んでいる一路と合流する横道があり、その接点部に1人の青年が立っていた。
緑色の髪をオールバックに撫で付けた、長身の男だ。年齢は20代前半といったところ。
へらりとした笑い顔に、細い糸目。厳つい雰囲気はなく、寧ろ軽妙な気配がある。
黒のスラックスに黒のベストを合わせ、黒いロングコートを羽織るという黒い出で立ち。
腰の左右へ大振りの短剣を差し、ベストにも鞘へ収められた短剣が吊るされている。
「なにかな」
「警戒せんとってーな。ワイは一介の冒険者や。こないな所を歩いとるんやから、兄ちゃんも同業やろ?」
「そうだけど」
「実はワイな、パーティー組んでダンジョン探索に来とったんやけど、他の連中がとんだ腰抜けでなぁ。ちょっとバケモンに襲われたらビビこいて、逃げてもーたんや。そんで今は独りっきり」
笑い顔の青年は、眉根の下がる不満顔で言葉を紡ぐ。
時折吐かれる溜め息には、落胆と呆れの成分が強く含まれていた。
それにしても独特な訛りが特徴的だ。この口調は西方の商業地域出身者に多いと聞く。
「どーしたもんかと思ぅとったところに、同じく独り歩きの兄ちゃんを見付けてな。そんで声掛けてみたんや」
「つまり、単独探索者同士で即席パーティーを組もうと?」
「そういうこっちゃ。いざって時は、一人より二人の方が生存率も上がるで」
危険の多いダンジョンでは、徒党を組む冒険者は珍しくない。
仲間がいれば危難の発見もしやすく、いざぶつかっても対処の幅も広がるからだ。
ただし信用できない相手に背中を任せるのはリスクが高いし、人数が増えれば儲けの分け前で揉めることも多い。パーティーの結成は一長一短でもある。