女神様の眷属
翌朝、俺たちはソッドたち神の眷属とエインルッツの兵士に見送られてマルトレン跡地から出立した。
白夜経由でもたらされた神界からの情報によると、星喰いは無限に神の力を喰らい続けることができるわけではなく、ある程度喰らうと一定時間休息を取ることがわかったそうだ。
故に、あまり焦らなくてもいいというのが神々の見解だった。
そんな悠長に構えてて大丈夫だろうかと思いつつ、お言葉に甘えて王都には歩いて向かっている。その道中で俺は星喰いとの戦いについて思考を巡らせてみた。
けれど、呪いには気をつけないとなぁとか、誰が参戦してくれるのかなぁとか、ぼんやりとしたことしか思い浮かばない。
というのも、現状ではわからないことや確定してないことだらけだからだ。
いずれにせよ、俺の頭では大したことは考えられないんだなと実感しただけに終わった。
こんなんで戦いに挑むタイミングの見極めを任されるとか、本当に大丈夫なんだろうか。不安しかない。
「おっ、見えてきた!」
「何だか久しぶりな気がするね」
思考が一区切りしたところで、タイミングよく洋介と花子さんが声をあげる。視界を前方に向ければ、そこにはエインルッツの王都が見えていた。
「洋介、頼むから呼び間違いだけは気をつけてくれよ」
「わーかってるって。クライルさん、クライルさん、クライルさん……」
自信満々で請け合った割に不安なのだろうか。洋介が素振りならぬ素呼び? を始めた。
その後もぶつぶつと呟いている洋介を引き連れて検問に並び、順番が回ってきたところで検問官に声をかけられて用意されていた馬車で王城に向かうことに……なんだこれ、デジャヴだな。
王城到着後はそのまま謁見の間に通されて、今俺たちの目の前にはエインルッツ国王陛下がいる。
うん、やっぱり前にもあったな、こんなこと。
「クライル殿、突然の呼び出しに応じてくれたこと、心より感謝する。そしてハナコ、ヨウスケ。ふたりも無事でよかった。そなたたちと再会できたことを嬉しく思う」
そう言って王様は相変わらずの笑顔で歓迎してくれる。だからだろうか、ここに来ると戻ってきたなという感じがする。
「勿体ないお言葉です」
「うむ……さっそくで申し訳ないが、クライル殿。そなたに確認しておきたいことがある」
鷹揚に頷いた王様は、珍しく急くように本題を切り出した。
「確認したいこと、ですか?」
王様の言葉をついそのまま返してしまい、さすがに失礼だったかと口を噤む。しかし王様は気にした風もなく頷き、話を続けた。
「今この世界に起こっている異変についてはロイヤー殿から聞いている。そしてマルトレンが何故あのようなことになったのかも。しかしそれらとは別にもうひとつ、ロイヤー殿から聞いた話がある。それは異変の原因……星喰いに関しては、クライル殿を中心に対処するという話だ。これは本当だろうか?」
告げられた内容に俺の思考が停止する。
あれ? 俺は対峙する時期を見極める係だったのでは?
そんな疑問で頭の中が埋め尽くされた。
そのままうんでもすんでもなく、ただ沈黙する俺からどんな答えを導き出したのだろうか。王様が気遣うような眼差しを向けてくる。
「世界を危機に陥れるような存在を相手にするなど、私には想像もつかない。しかしロイヤー殿の話が本当であるならば、何か私に──我々に、できることはないだろうか」
投げかけられた問いに、止まっていた思考が再起動する。
王様の言う私、我々というのがどの範囲を指しているのかはわからない。けれど何かできることはないかと問われたのなら、俺の答えはひとつしかない。
「ございます。とても重要で、皆さま方にしかできないことがひとつ」
「それは、どのようなことだ?」
問いかけられて、俺はきっぱりと答えた。
「何が何でも生き残ること。ただそれだけです。けれど何より重要なことです」
真っ直ぐ見据えて答えると、王様は僅かに目蓋を持ち上げた。その様子を視界に収めながら続ける。
「星喰いによってこの世界は魔物の増殖などよりも遥かに危険な状態に陥ってます。何故なら、星喰いが神の力を喰らうことで神の手によって封じられていた危険な魔物たちの封印が、いつ解かれてしまうかわからない状況だからです」
この情報は王様も、静かに控えている重鎮の面々も知っているのだろう。驚くことなく耳を傾けてくれている。
「しかしそれらの魔物に関しては神の眷属たちで対処します。そして元凶たる星喰いも、我々が必ず排除してみせます。だから今しばらく耐えて欲しいのです。命を落とすことのないよう、みんなで生き残ることを真剣に考え、備え、耐えて欲しい」
何せ星喰いがいなくなったあとも俺はこの世界で生きていくのだ。壊滅し、荒廃した世界を見たいわけがない。
「そなたは……かの強敵に必ず打ち勝ち、生還すると?」
「もちろんです。誰一人として死なせるつもりはありませんし、私自身も死ぬつもりはありません」
まぁすでに一度死んでいることとか、そのあとにもう一度死にかけたことに関しては目を瞑るとして。
断言する俺に、王様は「なんと」と呟いた。それに構わず話を続ける。
「今の私の望みはただひとつ。それは救世主たちを全員無事に元の世界に帰すことです」
そのためにも、帰還の儀に干渉してくるであろう星喰いは絶対に排除する。
「しかし私にはその先にもひとつ、果たしたい約束が──大きな望みが、あるのです」
これは女神様の眷属となった俺の、生きる目標とも言える。
「その望みとは……?」
王様の問いに、俺は口許に笑みを浮かべる。そしてはっきりと告げた。
「それは、この世界で自由に生きること。私がサリスタ様と交わした、何にも替え難い大切な約束です。決して違えることはありません」
強い意志を込めて告げれば、場がしんと静まり返った。けれどその沈黙は王様の「なるほど」という声と、優しげに緩められた表情によって破られる。
「クライル殿はサリスタ様とそのような約束をされていたか。ならば我々も、クライル殿が望む未来を用意せねばならんな。それくらいしなければ、これまでの恩に報いることなど不可能であろう」
王様のこの言葉に、重鎮からも同意の声が上がった。
俺としては自分が望むままにやってきただけで、大層なことはしていない。けれどこんな風に応えてもらえたことが嬉しくて、「ありがとうございます」と深く頭を下げた。
きっとこれくらいなら、サリスタ様の神威を落とすこともないだろう。




