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女神様の眷属  作者: みぬま
蝕まれる世界
97/113

◆クラスメイト:桜庭花子・6

 ◆ ◇ ◆



 商業都市マルトレン。

 私はこの街が活気づいていた頃を知っている。その時に出会い、知り合った人もいた。


 けれどその全てが失われた。目の前に広がる凄惨な光景に言葉が出ない。

 あったはずのものがまるで最初からなかったかのようなありさまに、涙が込み上げてきた。


 大島くんも言葉を失っていて、秋生くんは──仮面に隠れてその表情を窺い知ることはできないけれど、ただただ立ち尽くしていた。


 ショックを受けていないはずがない。それでも秋生くんは声をかけてきたエインルッツの兵士さんにいつもの調子で対応していた。

 そして兵士さんに請われて、サリスタ様へ祈りを捧げ始める。


 その姿はとても様になっていた。そして秋生くんの祈りは無事サリスタ様に届いて、サリスタ様が秋生くんの体に降臨した。途端に秋生くんの姿がサリスタ様の姿そのものに変わる。


「妾は滅びと再生、挫折と再起、停滞と循環を司る神、サリスタ。我が眷属の祈り、確かに聞き届けた。この地で失われた命を、魂たちを、必ず魂の循環へと送り出そう。そして再び生まれ変わるその時にはこのような不幸に見舞われることのないよう、妾を含め全ての神々で見守ることを約束しよう」


 シャン、とサリスタ様が錫杖を振るう。するといつの間にか地面を埋め尽くしていた光がまっすぐ空へと昇っていった。

 その光を目で追っていると、「確かに引き受けたぞ」というサリスタ様の声が聞こえてくる。その言葉とともにサリスタ様の気配が遠ざかり、秋生くんの姿がサリスタ様のものから秋生くんの姿に戻った。


 あっという間の出来事だった。けれど呆けたように秋生くんの姿を確認した兵士たちは神の奇跡を目の当たりにしたのだと確信すると、サリスタ様に感謝の祈りを捧げ始めた。

 その光景を、私たちは静かに見守っていた。




 兵士たちが一頻り祈りを捧げたあと、私たちは埋葬の手伝いを申し出た。

 次々と運ばれてくる亡骸を掘られた穴に丁寧に下ろし、上から土を乗せていく。


 それをひたすら繰り返していたからだろうか、私はいつの間にか思考の渦に落ちていた。そして無意識のうちに、元の世界のことを思い出していた。




 この世界に来る前、元の世界にいたときの秋生くんはそんなに目立つ存在じゃなかった。

 誰が相手でも無難に対応して、和を乱さず、深く付き合うこともなく、まるで空気のようにそこにいた。


 大島くんもそんな感じだったけど、秋生くんは大島くんよりも存在感が薄かったように思う。

 けれどそれは、敢えてそういう風に振る舞っていたんだと今ならわかる。


 この世界に来てからの秋生くんは正体を隠してはいたけれど、かなり行動的だった。

 そしてその行動によって私たちから絶望を取り除き、生きて元の世界に帰るのだという意識と希望を持たせることに成功している。


 そのことから、本来の秋生くんはやろうと思えばできる人なんだとわかる。けれど目立つのが苦手で、だから無難なところに収まるよう振る舞っていたんじゃないだろうか。


 その性質は残したまま、それでも私たちを見捨てることもできずに奔走してきた結果が今だった。

 私たち二年C組に脱落者は一人もいない。唯一、秋生くん自身が命を落とし、元の世界に帰れなくなっただけ。私は──これは完全に不可抗力だからノーカウントで。つまり、秋生くんは私たち全員を守り切ってくれたのだ。


 そんな秋生くんにどうしたら報いることができるだろう。そう考えた時、私は愕然となった。

 だって何もできない。何をどうすれば恩を返せるのか、私にはわからなかった。


 けれどひとつだけ、私にできることがあると気がついた。

 だから白夜さんに協力してもらって、瑠璃さんにも協力してもらって、毎日一日の終わりに神界に行っていたのだ。


 その甲斐あって、私は私の望む力を手に入れることができた。

 秋生くんはまだ気がついていない。神気を感じ取れないというのは本当だったみたいだ。


 この力を手に入れたことで、結果的に秋生くんの「全員を元の世界に帰す」という願いを踏み躙ってしまったかもしれない。それでも私は後悔していない。

 例え秋生くんが望まないことであっても、私は私で決めたのだ。必ず秋生くんを守るのだと。サリスタ様との約束を──サリスタ様の願いを、必ず叶えさせてあげるのだと。




 ふと思考が途切れて、私は周囲を見回した。

 すでにかなり日が傾いてきて、空がうっすら茜色を帯びている。


 秋生くんや大島くんを探してみると、ふたりは黙々と瓦礫の撤去作業をしていた。

 見える範囲の亡骸は埋葬したけど、瓦礫の下にまだ見つけられていなかった人がいるかもしれないからだ。


 派遣された兵士の数が多いから埋葬は進んでいるものの、瓦礫の撤去作業には相当な時間を要するだろう。


「クライル殿」


 視界の端から、派遣部隊の隊長さんがやってきた。声をかけられた秋生くんが作業の手を止めてそちらを振り返る。


「王城と連絡を取ったのですが、クライル殿と合流したことを伝えたら明日にでも王都に向かってもらえないだろうかと、陛下から伝言を承りまして」

「そうですか。ここはお任せしても大丈夫ですか?」

「はい。それと今しがた魔物に対処してくださった神使様がたが戻られて、クライル殿にお会いしたいと」


 告げられた言葉に、秋生くんは何気なく白夜さんを見遣った。白夜さんが頷くと「わかりました」と答える。


 そのまま今日は引き上げる流れになり、私や大島くんも秋生くんと一緒に兵士さんが用意してくれた天幕に移動した。

 そこには初めて会う人たちがいて、けれどその神気から彼らが神様の眷属であることを理解する。


「右から紹介するね。ラクロノース様の眷属で農村にいるヨウスケを発見したクレン。その隣がストレイル様の眷属のソッド、その隣がスワイズ様の眷属でイゼッタ。で、一番左端がテックス様の眷属にしては珍しく武闘派のワイード」


 白夜さんがさっそく彼らを紹介してくれた。続いてこちらの面々もあちらに紹介してくれて、互いに簡単に挨拶を交わす。


「さて、状況は刻一刻と悪化しているから手短に調査報告をしようか」


 そう言って切り出したのはイゼッタさんだ。背の高い男装の麗人で、この場にいるひとりひとりを見据えるとこう続けた。


「まず今回の魔物襲来について。これはもう疑いようもなく原因は星喰いにある」


 その一言に、場の空気が張り詰めた。

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