いのり
「マルトレンを襲った魔物の半数は駆けつけた神の眷属たちが討伐したけど、残りは方々に散ったみたい。何で魔物がマルトレンに集結したのかは不明。現在調査中だって」
全力で走りながら白夜の報告を聞く。
丸一日走りっぱなしだけど、今回ばかりは俺の無茶な行軍に文句を言う者はいない。体力的についてこれなかった花子さんや洋介は、巨大化した白夜の背中に乗ってもらっている。
「瑠璃!」
前方に魔物の気配を察知するなり、俺は瑠璃に呼びかけ錫杖を振るった。俺の意図を正確に読み取った瑠璃が錫杖に巻きついて鞭のように伸び、目標に到達。魔物と接触する瞬間にその体を鋭い刃に変え、魔物を切り裂いた。
手元に戻ってきた瑠璃を錫杖に巻きつけたまま、走る、走る、ひたすら走る。
さらに一日走り続けてさすがに限界を感じ始めたころ、視界の先に目的地が見えてきた。
「秋生くん! 交代しよう!」
白夜の背中から花子さんが呼びかけてくる。けれどゴールは見えているんだ。あと少し頑張ればいい。
俺は「大丈夫!」とだけ答えてそのまま走り続け──
そこにはもはや、以前の面影はどこにもなかった。
人でごった返していたメインストリートがどこなのか、領主邸がどこなのか、見ただけでは判断がつかない。それほどまでに街は破壊され、建物という建物が瓦礫と化していた。
その隙間には人の亡骸があり、建物が崩された際に火が上がったのだろう、ほとんどの人が黒く煤けている。
「こんな……」
「うぅっ」
あまりに悲惨な光景に言葉を失う洋介。口元を押さえる花子さん。その傍らで俺は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
何を思えばいいのかわからない。現実だと理解しているのに、まるで夢でも見ているように足元が覚束なくて──
「クライル殿!?」
不意に名前を呼ばれてそちらを振り返る。
仮面をつけていてよかった。正直今、自分がどんな顔をしているのか全く想像がつかない。
「やはりクライル殿でしたか……」
そう言いながらやってきたのは見たことのある顔。と言っても名前までは思い出せない。エインルッツの王城で見たことのある兵士のひとりだった。
その向こうには彼に続くようにこちらに向かってくる兵士たちの姿が。手にスコップが握られていることから、マルトレンの惨状が報告されたあとに派遣されてきたのだろう。
「お久しぶりです」
「お久しぶりです。ここでお会いできるとは思いませんでした」
とりあえず無難に挨拶をすると、兵士からも挨拶が返ってきた。続けられた言葉には曖昧な笑みを返すことしかできない。
「もしや、そちらにいらっしゃるのは」
「ええ、救世主のヨウスケ殿とハナコ殿です」
人前なので聖職者モードで応じると、洋介と花子さんもこちらに駆け寄ってきて兵士に会釈した。
「ご無事で何よりです」
「ありがとうございます。でも、マルトレンは……」
応じた花子さんが悲痛な面持ちで周囲を見渡す。つられるように全員がその光景を視界に収め、自然と沈黙が落ちた。
「……城に報せが届いたのは、一昨日の深夜でした」
耳が痛くなるほどの沈黙を破ったのは、最初に話しかけてきた兵士だった。
「伝達の魔法で、マルトレンが魔物の大群に襲われていると。すぐに駆けつけようとしたものの、再び連絡が来て、マルトレンはもう助からない、無駄な犠牲を出さないよう距離的に近いドイロックの方を頼む、と」
その連絡を受けて城ではどう対処すべきか迷いが生じたそうだ。けれど最終的に、伝達魔法で伝えられた内容に従ってドイロックへと急行した。
ドイロックに到着すると今度は斥候を出してマルトレンの状況を確認。マルトレンがすでに壊滅状態にあること、街の人間の生存は絶望的であること、神使が数人駆けつけて魔物をいくらか減らしたこと、残った魔物が方々に散ったことを確認し、兵士たちがマルトレンに駆けつけたのはつい半日前だと言う。
「ここでサリスタ様の神使様であるクライル殿にお会いできたのも、神のお導きでしょうか。もしよろしければ、彼らのために祈ってくださいませんか? 安らかに眠れるように。そしてその魂が再び巡るように」
切り出された提案に、一瞬言葉を失ってしまった。
なんちゃって聖職者の俺が祈って何か意味があるのだろうかという疑問が浮上して言葉が出てこない。けれど。
「大丈夫。キミの祈りならサリスタ様に届くよ」
傍らから声をかけられて振り返る。すると腰程度の大きさに変化した白夜が隣にいて、俺を見上げていた。
「キミの祈りだからこそ誰の祈りよりも強く、確かに、サリスタ様に届く」
念を押すようにもう一度言われて、「そっか」と返す。
ならやってみようか。似非聖職者だけど、マルトレンで命を落とした人々の魂の循環をサリスタ様に祈ってみよう。
サリスタ様から授かった錫杖を、地面に突く。シャンと涼やかな音が響いて風に流れていった。
俺は視界を閉じ、黙祷を捧げるのと同じ要領で祈る。
街で会った迷子の子供たち。子供たちを見守っていた露天主たち。街の安全を守っていた憲兵たち。楽しげに買い物をする街人たち。親切に店を案内してくれたヴェントさん。洋介たちを逃すために手を尽くしてくれた領主様。
みんなみんな、どうか安らかに眠れますように。その魂が循環し、次こそはその人生を全うできますように。
サリスタ様、どうか彼らをお導きください。
『承知した。しばし体を借りるぞ、アキオ』
不意に、つい数日前にも聞いた美しい声が聞こえてきた。かと思ったらぐいっと引っ張られるような感覚を経て意識が引き上げられる。
びっくりして視界を開くと、さっきとは見える景色が全く異なっていた。
色とりどりの光が地面を埋め尽くすように漂っている。その光の中に洋介や花子さん、白夜、そして兵士たちが立っていて、みんながみんな、驚いたような表情で俺を──いや、俺の体に憑依したサリスタ様を見つめている。
「妾は滅びと再生、挫折と再起、停滞と循環を司る神、サリスタ。我が眷属の祈り、確かに聞き届けた。この地で失われた命を、魂たちを、必ず魂の循環へと送り出そう。そして再び生まれ変わるその時にはこのような不幸に見舞われることのないよう、妾を含め全ての神々で見守ることを約束しよう」
シャン、とサリスタ様が錫杖を振るう。すると地面を埋め尽くしていた光がまっすぐ空へと昇っていった。その光が見えているのだろうか、洋介も花子さんも兵士たちも、全員が見送るように空を見上げている。
「確かに、引き受けたぞ」
その言葉とともに俺の意識が引き戻される。同時にサリスタ様の気配が遠ざかっていった。
改めて周囲を見回せばそこに先ほどまで見えていた光はなく、瓦礫に埋め尽くされた地面が広がっていた。
「今のは……」
兵士のひとりがぽつりとつぶやく。するとひとり、またひとりと俺を振り返り、先ほど幻視したであろう女神様の姿がそこにないことに気がつくと、今度は手を組んで祈り始めた。
「女神サリスタ様、心より感謝いたします」
誰からともなくそんな言葉が零れ出る。
そうして兵士全員が祈る姿を、俺たちは静かに見守っていた。




