聖剣の言い分
「ティルフ!?」
突然土下座してきた少女に度肝を抜かれていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返るより先に、視界に探し人──洋介の姿が映る。
「お前ら、ティルフになんてことさせてんだ!」
声をかけようとしたものの、少女に駆け寄った洋介がこちらを睨みつけてきた。その剣幕に思わず閉口する。これは相当お怒りだな。
それに、この反応からすると記憶喪失っていうのも本当っぽい。そうなるとどう声をかけたらいいのかわからなくなる。
「や、やめて! その御方に逆らわないで!」
どうしたものかと頭を悩ませていると、慌てて少女が止めに入った。この少女がティルフさん──つまり聖剣の精なのだろう。
白夜の話によると相当な力を持っているらしいけど、そんな存在が土下座とか……改めて考えると何かこう、強い力を持った聖剣の精というイメージが崩れていくような。
「その御方って──」
勝手に幻滅していると、改めてこちらを見た洋介が目を見開いた。かと思ったらすぐに頭を抱えてうずくまってしまった。
「うぅっ、頭がっ……!」
「あああああ、ごめんなさいごめんなさい! すぐに記憶を戻すから許してー!」
苦しむ洋介、涙目で謝り倒す聖剣の精。
事情を知らないコレンさんと呼ばれていた男性と、中途半端にしか事情を把握してない俺たちは、ただただ反応に困って立ち尽くすことしかできなかった。
とりあえず洋介が本気で痛がっている様子だったので、「あれ、何とかできます?」とティルフさんに声をかけたらブンブンと音がする勢いで首肯され、すぐに対処してくれたっぽく、間もなく洋介は痛みから解放されて気を失った。
で。いま俺たちは洋介とティルフさんが住んでいる家の中にいる。
村人代表としてここまで案内してくれた男性コレンさんが同席し、ティルフさんからちゃんとした事情を聞くことになったのだ。
「そんで、ヨウとティルフちゃんは本当はどういう事情でこの村に来たんだ?」
コレンさんに怒っている様子はない。ただの確認という感じで切り出して、それでもティルフさんは申し訳なさそうに項垂れた。
「実は私、聖剣ティルフィールの精なんです」
第一声からコレンさんの顔が疑問符だらけになる。けれど視線を床に落としているティルフさんはそれに気づくことなく話を続けた。
「聖剣ティルフィール……つまり私なんですけど、私はその昔、強い力を持っていたことで人々の争いの種になってしまって。それで神々に封じられることになったんです」
ちら、とこちらを見てくるティルフさん。怯えた眼差しで見られると地味に傷つくな……。
「私も封じられることを受け入れていたのですが、流石に何百年、何千年と時が経つとただ封じられている状況に飽きてしまって」
スケールがでかすぎて想像もつかないんだけど、それだけの時間を飽きたの一言で片付けられるとちょっと笑ってしまいそうになる。しかしここは笑うところではないのでぐっと堪えた。
「そんな時、突然私を封じていた神の力が消えたんです。いきなり解放されたことにびっくりしていたら誰かに掴まれて、そのまま一緒に落下して、このままじゃ地面に叩きつけられて壊れると思って魔法を使って」
神の力が消えた。その言葉に思うところがあって、俺と花子さんは顔を見合わせた。
「気がついたら彼と一緒に崖の下にいたんです。そうしたら山の上からおかしな気配がして、怖くて隠れなきゃって思って、自分と彼の気配を隠蔽して……」
ここまでくればわかる。ティルフさんが封じられていたのはエンディルの棲み処であったあの山のどこかで、神の力が消えたというのは星喰いが封印に使われていた神の力を喰らったから。
そして山の上から落とされた洋介が助かろうとして掴んだのが封印から解放されたティルフさんで、結局一緒に崖から落ちて……という流れだったんだろう。
「私、解放されたのが嬉しかったんです。自由を取り戻せたんだって嬉しくて、けれど彼からはラクロノース様の神気が感じ取れるし、目を覚ましたら私の封印が解けたことをラクロノース様に知らせるんじゃないかと思って……その、それで、彼の記憶を、封印してしまいました」
ティルフさんはますます小さくなって蚊の鳴くような声で続けた。そして「ごめんなさい!」と、再び深く頭を下げてくる。
「えーと……とりあえず頭を上げてください。私としては、洋介を放置せず保護してくれたことに感謝しています。ただ」
俺の言葉にティルフさんは顔を上げた。不思議そうな表情を浮かべながら続く言葉を待っている。
「すでに神々は洋介を保護しているのが聖剣であることを知っています。つまり、もう逃げ場はないのです」
「そんな! どうにかしてやってくださいよ、神使様! ティルフちゃんはずっと封じられて不自由してたんだろ? なのに──」
どうやらコレンさんは感受性が豊からしい。ティルフさんの話に感情移入してしまったようで、訴えながら迫ってきた。
しかしその言葉は途中で遮られる。
『なるほど、そういうことだったのか』
唐突に聞こえてきた美しい声。
この声って、まさか。
その神聖な気配に引き寄せられるように、全員が窓辺へと視線を移す。するとそこには一羽の鳥がとまっていた。
美しい深い藍色の羽毛。瞳も同色で、そこにいるだけでひれ伏してしまいたくなるような存在感。
実際にコレンさんはその姿を視界に収めた瞬間に平伏していた。
「サリスタ様……?」
俺の声に応じるようにその鳥は窓辺から飛び立ち、俺の肩にとまった。
『そうだ。そなたから譲り受けた神鳥の卵を我が力でもって孵し、妾の遣いとして育てたのだ。今は憑依中というやつだな』
おお、あの卵がこんな形で活かされるとは。
『ともあれ、ティルフィールよ。そなたが救世主を救い、守ったことは賞賛に値する。妾が他の神々にも取り成してやろう』
「本当ですか、サリスタ様!」
喜びのあまり瞳を輝かせたティルフさんに、神鳥が頷いた。
『もちろんだ。ただ、もし可能ならでいい。そなたに手助けしてもらいたいことがある』
「手助け?」
ティルフさんが首を傾げる。すると神鳥は再び頷いた。
『そうだ。この世界には今、星喰いが襲来している。それに対抗する戦力としてそなたの力を貸してほしい』
サリスタ様の言葉にティルフさんは瞳の輝きを消して沈黙を返した。これは拒否されてしまうのだろうか。そう思った次の瞬間。
「……久々に、力を発揮できるんですね!」
ティルフさんの瞳に、メラメラと燃える炎が見えた気がした。




