◆クラスメイト:桜庭花子・5
◆ ◇ ◆
私たちがフォンファール帝国を後にしてからは、一気にいろんなことが起きた。世界が変わったと言っても過言ではないかもしれない。
まず私と秋生くんがフォンファール帝国を発った二ヶ月ほど後、フォンファール帝国で内乱が勃発。しかしすぐに事態は終息し、第二皇子であったソアル皇子が帝位に就いた。
ソアル皇子は世界の危機にあって救世主の意思を無視した行為──つまり誘拐を企て実行した皇帝と、それに加担した兄皇子を激しく糾弾。味方につけた貴族や民衆とともに武器を持たずして皇帝派を追いやった。
この一件に関しては被害者当人である瀬良くんたちや、神の眷属であるミニスさんたちが第二皇子に味方したのも大きい。
瀬良くんたちは突然帝国に連れ去られてきたこと、そんな自分たちをソアル皇子が保護してくれたことを人々に伝え、一方で神の眷属たちは神の意思は救世主を無理矢理戦わせることではなく、誤って召喚されてしまった彼らを無事に元の世界に帰すことであると口を揃えて訴えた。これが効いた。
信心深いこの世界の人々からしたら、神々の意思に反することを行った皇帝派を戴くことは神の怒りに触れるという恐れに繋がったのだろう。
皇帝派にも神の怒りを恐れた人たちがいて、あっという間に前皇帝と第一皇子は劣勢に立った。あとは捕らえられ、譲位と皇位継承権の放棄を認めさせられて幽閉……という流れになったらしい。
こうして一滴の血も流すことなく、且つ迅速に事を起こして鎮静化させたソアル皇子とティエラ皇女の手腕には感服する。
その流れを受けて、エインルッツ王国に救世主の引き渡しを要求していたほとんどの国が手のひらを返した。これまでの態度を一転して、救世主を元の世界に帰すために協力すると言い出したのだ。
ラクロノース様が眷属を遣わして神の意思を伝えても重く受け止めなかった各国上層部が、フォンファール帝国の一件で民衆の信心深さと神の言葉の影響力を目の当たりにして震え上がったのだろう。
その結果、エインルッツ王国を中心に据えたひとつの同盟が発足する。その目的は救世主を元の世界に帰すことだ。
同盟に参加しなかったのは、ミールグレス王国だけだった。
当然ミールグレス王国は孤立した。けれど強気にも周辺国へ侵攻を開始。数で負けているにも拘らずミールグレス王国は快進撃を続けた。
しかしそれもおよそひと月ほどで収まった。ミールグレス王国が「守護神」と呼んでいた存在が消滅したからだ。
「守護神」の正体は、ミールグレス王国の聖域と呼ばれる地に囚われていた低級神だった。無理に力を使わされ衰弱していた低級神が、遂に力を使い果たして神としての死を迎えたのだ。
低級神に無理矢理力を使わせ、個々の兵力を底上げしていたミールグレス王国はその加護を失って弱体化。なりかけとは言え神に行われた仕打ちを知った民衆が蜂起。混乱の中、ミールグレス王国の国王が死亡、加担した者たちも処刑された。
その後は王族や貴族の横暴から民衆を守り、導いた人物が祭り上げられ、仮の王として国の立て直しをすることになった……という話だ。
「何だか、物語みたいな話だよね」
「まぁ瀬良くんたちと違って俺らは直接関わってないし、現場も見てないから実感ないよな」
今私たちはエインルッツ王国の辺境都市ロンティアにいる。質実剛健を具現化したような街並みに、一見するとミスマッチなほど長閑に暮らす人々の間を通り抜けて目指しているのは仕事斡旋所。今から今日の成果を報告しに行くところだった。
瀬良くんたちと再会したあの日からすでに四ヶ月、そしてロンティアに来てから大体三ヶ月が経過している。
すっかり街に馴染んだ私たちは、いつも通り斡旋所での報告を済ませて明日の仕事を受託してから帰途につく。
「神界からの連絡だと、星喰いは今は他の大陸にいるみたい。あと、シェラは無事保護されたけど、ヨウスケは相変わらず行方不明だって」
「そっか……でもサリスタ様からは何も連絡ないし、大丈夫だろ」
白夜さんの追加報告に秋生くんが相槌を打つ。
秋生くんが言うには命の循環はサリスタ様の領分だから、万が一大島くんが命を落とすようなことがあれば知らせてくれるだろうとのこと。今のところそのような報せはない。だから大島くんはどこかで生きているだろうというのが秋生くんの見立てだった。
ちなみに。すっかり存在を失念していた通信用魔法道具でも大島くんに連絡を試みてみたけれど、どうやら大島くん側の魔法道具が壊れているらしくて通じなかった。
魔力なしで使える通信用魔法道具の開発に手こずっているらしいテックス様も、壊れていては位置の特定はできないと頭を抱えていたのだとか。
「早く見つかるといいね」
「だな」
星喰いの件もあるからかかりきりで探せないとは言え、神様まで総出で探しているのに見つからないというのも不思議な話だと思う。でも私も秋生くんも、大島くんの生存を信じている。
一日も早く無事な姿を確認できるよう心の中で祈っていると、白夜さんが秋生くんの肩から私の肩へと移動してきた。
もうすぐ宿に着く。宿に着けば当然部屋は別になる。なのでその間、白夜さんが私の護衛をしてくれているのだ。瑠璃さんも分裂して腕輪に擬態してついてきてくれている。
こんなにがっちり守ってもらっていることを申し訳なく思いつつも、秋生くんからもその方が安心だからと言われてしまえば断れない。
「それじゃあ、また明日」
「うん、また明日」
秋生くんと部屋の前で別れる。
三ヶ月近く過ごしている宿の部屋はすっかり自室のようになっていて、私はいつも通り上衣を丁寧に畳んで備え付けの椅子の上に置いた。そしていつも通り、白夜さんに声を掛ける。
「白夜さん、今日もお願い」
「わかったよ。それにしても、ハナコも頑張るね」
呆れたような声。けれどそこに優しい響きが含まれていることも知っている。
だから私は微笑んで見せた。
「だって、頑張らないと守れないもの」
何を、とは言わない。言わなくてもわかってくれているから、今日も白夜さんは協力してくれる。
「そっか。じゃあ、今日も頑張っておいで」
「うん。ありがとう白夜さん。瑠璃さんも、今日もよろしくね」
瑠璃さんに話しかけると、応じるようにぷるんと揺れた。次の瞬間には目の前の景色が一変し、淡い色を混ぜたような、けれど限りなく白に近い空間が広がっていた。




