再び地上へ
自らストレイル様に申し出たこととは言え、真の地獄を味わった俺はようやく療養期間とリハビリ期間を終えて地上に下り立った。傍らには委員長もいる。
「ええと、ハナコ殿。下りた場所が魔獣の森……フォンファール帝国なので、一旦瀬良くんたちのところに顔を出してからエインルッツに戻ろうかと思うのですが」
「うん、その辺の判断は倉田くんにお任せするよ。ただ、その……敬語はやめて欲しいな。あと、ハナコ殿っていうのも」
地上に下りたこともあってつい聖職者モードで話しかけると、困ったような顔でそんなことを言われてしまった。確かに、もう正体を明かしてるのにこれは他人行儀すぎるか。
「あー……わかった。けど、クラスメイトとかほかの人がいる時は敬語になるけど、その辺は勘弁して」
「うん、そこは私も合わせる」
了承して頷いてくれる委員長。
ついでだし、もう一つお願いしておこうかな。
「あと倉田じゃなくてクライルの方で呼んでもらっていい? 咄嗟に倉田の方で呼ばれると困るというか、実は洋介には正体バレてるんだけど、あいつしょっちゅう呼び間違えそうになっててさ。慣れって結構重要だと思うんだよ」
そう告げると、何故か委員長は複雑そうな表情を浮かべた。
「えーと。もしかして、倉田呼び以外だと呼びにくい?」
「えっ? あっ、ちがくて、その……私も白夜さんみたく、周りに人がいないときは倉田くんのこと秋生くんって呼んじゃだめかなって……」
「へ?」
名前呼びですかい。思いがけない申し出につい間抜けな声が出てしまった。
「もっ、もちろんほかに人がいる時はクライルさんって呼ぶようにするから」
「そう? なら好きなように呼んでくれて構わないよ」
委員長なら呼び間違えることもなさそうだし、まぁいっか。
そう判断して承諾すると、委員長は嬉しそうに顔を綻ばせた。その屈託のない笑顔にドキリとする。
よく考えたら俺、女子に対する免疫がないんだよな……。今までは当たり障りなく無難に対応してたけど、今後行動を共にする委員長に対してはそうもいかない。いざちゃんと向き合おうと思ったら、ちょっと意識しすぎているような気がする。
それでも何とか心臓を落ち着かせて平常心を取り戻すと、ふと呼び名で思うところがあってひとつ頷いた。
「それじゃあ、花子さん。改めてよろしくな」
「うぇっ……あっ、はい!?」
名前呼びがいいんなら合わせてしまおうと思ったんだけど、委員長が挙動不審になってしまった。やっぱり唐突すぎただろうか。
「あー、えっと、やっぱり委員長って呼んだ方がいい?」
「いいいいやっ、あのっ! 花子でいいです!」
「そう?」
「お願いします!」
がばっと頭を下げられて、その勢いに気圧される。
けどまぁ、本人がいいと言うのであれば名前呼びでいいよな? 俺が委員長って呼ぶせいで、この世界の人に花子さんの名前は「イインチョウ」なんだと思われたら何だか申し訳ないし。
そうは思うものの、何となく落ち着かない空気から逃れるように視線を森へと移す。
ちなみに俺の視界の特殊性やら義眼については伝えてあるから、俺が何かを確認しようとしているのは花子さんにもわかったのだろう。同じように森の方へ顔を向けている。
「なんかこの感じ……覚えがあるな」
気を取り直して周囲の気配を探っていると、何かが意識の端に引っかかった。俺の言葉に反応して白夜もきょろきょろと周囲を見回す。
「魔物の気配以外は何も感じないけど……」
白夜はどうやら魔物や星喰いを警戒しているみたいだけど、それとは全く別種の何かが引っかかる。俺はその違和感に導かれるように、目の前の、丘の上に一本だけ生えている木を見上げた。
そして気付く。
「ああ、あれだ」
ぽんと手を打ってから跳躍して木の枝に乗る。そのまま天辺近くまで上り、木に寄生するように生えているそれを見つけて「やっぱり」と声を漏らした。
そこには柱状の結晶が寄り集まったような形の、薄らと緑色を帯びた半透明の石があった。
「希少石だ……」
星喰いと遭遇した時は気付きもしなかったけど、特に異変のない状況であれば意識の端に引っかかる程度に希少石はその存在感を放っていた。
本当にわずかな、何かがあるぞ、くらいの感覚だけど。
「希少石?」
木の下から花子さんの声が聞こえてくる。それに対して白夜が説明している間に俺は希少石を回収し、木から飛び下りた。そして改めて希少石を眺める。
前回は土の中にあって黄色っぽい色をしてたけど、今回は木の上にあって淡い緑色をしている。あった場所も色も違うけど、これは希少石だと不思議と確信が持てる。
「よく見つけたね」
「何か違和感があってさ。ちなみにこれってスワイズ様に預かってもらえるかな」
「うん、すごい喜んでるから大丈夫。転送してあげるよ」
どうやらスワイズ様は俺たちの様子を見ていたらしい。
白夜に希少石を差し出すと、すぐに手の上から消えた。無事神界に転送されたようだ。
「それじゃあ、森から出ようか」
そう白夜に促されて、改めて周囲を見回す。
うーん……どっちから来たかさっぱりわからん。
「白夜、道案内よろしく」
「はいはい。正面に出てくる魔物は片付けるけど、ほかは自分たちで何とかしてね」
「了解。行こう」
花子さんを促して、白夜の後についていく。来る時とは違って帰りはしっかり周囲を警戒しながらのんびりと戻る。
途中、正面から飛び出してきた魔物を白夜が切り裂き、横から襲いかかってきた魔物を俺と花子さんで切り払う。花子さんも神界で厳しい鍛錬を続けていたからか、脅威度4級程度と思われる魔物であれば余裕を持って倒せている。
そもそも俺の療養とリハビリに神界時間で十ヶ月近くかかってたしな……。そのあいだ真剣に鍛えていた分、相当な力を身につけているのがはっきりとわかる。
そうして苦戦することなく森を抜け、魔晶石もしっかり回収して、皇都ランゼイを目指し歩いていく。
その道中はこれまでとは違い、花子さんが疲れる頃合いを見計らって定期的に休憩を入れることになった。
「いや本当に、ハナコさまさまだよ」
休憩によさそうな場所を見つけて食事の用意をしようとポーチを漁っていると、不意に白夜がつぶやいた。
自然と全員が白夜に注目する。
「もしここにハナコがいなかったら、アキオは休みなく二日三日と走り続けるからね。ついていけなくはないけどさ、ボクだって休憩くらいしたいじゃん?」
「えっ、秋生くんそんなに走り続けられるの? あ……でもそうだよね。だって秋生くん、ストレイル様の特訓についていってたもんね……」
おっふ、これはドン引きの顔だ。正体を偽っていたことは引かれなかったのに、思わぬところで引かれてしまった。
「いやいや、二、三日通しで走ってた時は急いでたから休憩しなかっただけで、別に急ぎじゃなきゃそんな強行軍しないよ? あと長時間走れるのはサリスタ様の加護とストレイル様の加護のおかげだから、俺が化け物ってわけじゃなくて」
「ね? だからハナコがいてくれてよかったよ」
ね? って何だよ、ね? って。
俺は化け物じゃないって言ってるのに、「この通り化け物だからさ」という白夜の心の声が聞こえた気がして閉口する。俺のことそんな風に思ってたのか、白夜……。
ちょっとだけ悲しく思いながら携帯食料を取り出していると、瑠璃が慰めるように背中を叩いてきた。瑠璃の優しさが心に染みた。




