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女神様の眷属  作者: みぬま
フォンファール帝国編
83/113

◆クラスメイト:桜庭花子・4

 ◆ ◇ ◆



 神界に来てからどれくらい経っただろう。

 現在私は神界に留まり、ストレイル様やスワイズ様のご厚意に甘えて武術や魔法の修練を積んでいた。


 と言ってもストレイル様やスワイズ様から直接だと私が萎縮して、うまく動けなかったり頭が働かなかったり……それ以前に声を出すことすら畏れ多くて会話が成立しないから、武術はストレイル様の眷属であるマリアールさん、魔法に関しては白夜さんから教えてもらっている。


 一方その間、クライルさんはサリスタ様の許にいた。というのも、肉体から離れかけていた魂を定着させるのに時間がかかっているからだそうだ。


 そもそもなぜ、肉体から魂が離れかけるなんてことが起きてしまったのか。

 それは偏に、クライルさんが過去に一度命を落とし、サリスタ様の力で生き返ったという経緯があるからだそうだ。

 今回は星喰いの呪いによってクライルさんに与えられていた神の力、つまりサリスタ様の力を奪われた。その結果、サリスタ様の力で肉体に定着させていた魂が離れるという事態に陥ったのだとか。


 その話を聞いた時、私は頭が真っ白になった。

 正直に言えば信じられない話だった。だってクライルさんはそんなこと微塵も感じさせなかったから。

 けれど現状を思えば信じざるを得なくて──




「クライルが目を覚ましたよ」




 マリアールさんと剣を打ち合わせていると、白夜さんが声をかけてきた。思わず動きを止めた私にマリアールさんは剣を収め、優しく微笑む。


「行ってきなよ」


 勇気づけるような彼女の微笑みに背中を押され、私は居ても立ってもいられず駆け出した。


 先導する白夜さんに続いていくと、やがて美しい女神様の姿が見えてくる。その正面に、こちらに背を向けて立っているクライルさんの姿が。

 たまらずその背中に飛びついた。


「うわっ!?」


 びっくりした声。その声を耳にした途端、張りつめていたものが切れた。

 涙腺が緩んで涙が零れ、言葉にならない声が喉の奥から溢れ出る。


「ハナコはずっとそなたのことを心配していたのだ。安心させてやれ」

「そうなんですか? えぇと、ハナコ殿。ご心配をおかけしてすみませんでした。私はもう大丈夫ですので……あの、泣かないで」


 目一杯腕に力を込めていたはずなのに簡単に外されて、かと思ったらこちらに向き直ったクライルさんが宥めるように私の肩に手を置いた。

 その手は温かくて優しくて、見上げたクライルさんは命の危険に晒されていたとは思えないくらいいつも通りで。

 そのことに安心したらさらに涙が溢れてきて、今度は正面からクライルさんに抱きつく。


「よかっ、よかった……! クライルさんが助かって、本当によかった!」

「ありがとうございます。ハナコ殿も無事でよかったです」


 戸惑いながらもクライルさんは受け止めてくれた。

 それが嬉しくて、触れていると安心して、きゅうと胸が締め付けられて。


 ああ、私、この人のことが……。


「アキ……んん、クライル。とりあえず再度魂を定着させたが、まだ万全ではない。しばらく神界で療養するように」

「いえ、でも」

「無茶ばかりしてあまり妾の寿命を縮めてくれるな」

「……はい。度々御力を使わせてしまい、申し訳ありません」


 自分の気持ちを自覚したせいか、抱きついていることが急に恥ずかしくなってきて内心悶えていると、頭上からそんな会話が聞こえてきた。

 クライルさんすごい。サリスタ様相手に普通に会話してる。


「そこは気にするところではない」

「でも……いえ、ありがとうございます」

「ふふ。頼むから妾との約束を忘れないでくれよ」

「もちろんです」


 クライルさんがサリスタ様に請け合うのと同時に空気が緩み、ふわりと柔らかな何かが私の頬に触れた。それがサリスタ様の手だと認識するなり動揺する。


「妾がいてはハナコは会話もできないようだ。それを思うと、本当にそなたは不思議だな」

「ああ、そこに関しては最近気づいたんですけど……たぶん俺、色々鈍くなってるんですよね。特に恐れの感情が薄い気がします」

「そうか……それはきっと、妾がそなたの魂をうまく繋ぎ止められなかったからだな」

「おかげで呪いも恐くありませんでしたよ」

「そこは恐がってくれた方がよかったかもしれぬ」


 ふふふ、と優しい笑い声がして、頬に触れていた手が離れていく。


「ではな。あとのことはストレイルとスワイズに頼んである。十分体を休めてから地上に戻るといい」

「はい、ありがとうございます」


 そのやりとりを最後にサリスタ様はいなくなったようだ。周囲の空気が変わって、緊張から解放される。


「……ええと」


 しばしの沈黙の後に、困ったような声が降ってくる。

 困らせているのが自分だとわかっていても、どうしても離れられない。というか、恥ずかしくてクライルさんの顔が見られない。それと同時に、私の顔も見られたくない。だって絶対に今、私の顔は真っ赤だもの。

 それに。


 思い出すのは、自分の体に刻まれた呪いの紋。効力こそ消えたものの、紋は消えずに残っている。

 こんな姿、見られたくない。


 けれどクライルさんは紋に気が付いたようだった。


「これは……消えないのか」

「呪い自体は消えたはずなんだけどね」


 白夜さんの返答にクライルさんは黙り込んでしまう。すると僅かな沈黙を経て白夜さんが続けた。


「とりあえず今スワイズ様が紋を消す方法を探ってるから、その成果に期待するしかないね」

「……そうだな」


 ふたりの会話が途切れる。

 白夜さんと話すときのクライルさんは素の話し方をしていて、どこか気安い雰囲気がある。だからだろうか、もっとふたりの会話を聴いていたかったなと残念に思っていると、優しく声をかけられた。


「もう怖いものはいませんから、安心してくださいね。いっそのこと、ハナコ殿は紋が消えるまでここにいた方がいいかもしれない」


 その言葉に思わず顔を上げると、こちらを見下ろしているクライルさんの顔が正面にあった。仮面に覆われていて表情を読み取ることはできないけれど、その口許には柔らかい笑みを浮かべている。


「ああそれと、紋が気になるなら私のように仮面でもつけますか? 地上でよさそうなものを探して──」

「それならこれを使ってくれよ!」


 唐突に、クライルさんの言葉を遮って声が割り込んできた。さらに私とクライルさんの顔の間に何かが差し込まれる。

 横を振り向いたクライルさんは、どことなく嫌そうな響きの声で「テックス様……」と呟いた。

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