急転
事態が急転したのはその日の午後のこと。
ミニスの指示で修行に打ち込んでいる瀬良くんたちを眺めていると、隣にいた白夜がぴくりと耳を動かした。かと思ったら目を細め、長い沈黙のあと「……わかった、伝える」と呟く。
伝達の魔法か何かで誰かから連絡が来たことはすぐにわかった。けど、何故だろう。とてつもなく嫌な予感がする。
その予感を肯定するように、見上げてきた白夜の目はいつになく真剣で、「アキオ、落ち着いて聞いて」と呼びかけてきた声も深刻そうで。
「何かあったのか?」
「うん、よくない知らせだよ。あのね……」
そうして語られたのは、エンディルの棲み処が襲撃を受けたというものだった。
「さっきエンディルから連絡が来てね。今朝襲撃を受けたらしいんだけど、その際にニムとカント……エインルッツの兵士が重傷を負って、ヨウスケとシェラが崖下に落ちて行方不明。ハナコが連れ去られて、それを阻止しようとしたエンディルも崖下に落とされたらしい。ついさっき意識を取り戻して、急いで連絡をくれたんだって」
瀬良くん、岩井くん、鈴木さん、ミニス、レニィさん、ゼケットさん、会議中で捕まらなかったソアル皇子の代理でティエラ皇女を集めて、白夜は改めて状況を説明した。
「エンディルとシェラがいたのにそんな結果になったの? 本当に?」
信じられないと言わんばかりの顔で問いかけたのはレニィさんだ。ミニスは無言で何かを考えている様子で、ゼケットさんは「信じられません……」とレニィさんの意見に同調する。
「エンディル様というのは、武聖エンディル様のことですか?」
確認するようにティエラ皇女が問い、白夜は頷いた。
「エンディルはマルトレンの近くに棲み処を構えててね。ヨウスケとハナコをエンディルのところで匿ってもらってたんだ。だけど……」
どういうわけか、洋介たちの居場所がバレたのだろう。
だとしても、だ。シェラさんの実力は知らないから何とも言えないけど、少なくともエンディルがいたのにこれだけ悲惨な結果になったというのがどうにも納得できない。
「エンディルが言うには襲撃者はひとり。そして恐らく襲撃者の正体は、低級神じゃないかって話だった」
低級神。ここでその名が出てくるのか。
「なるほど……なりかけとは言え神が相手ではエンディルやシェラでも荷が重いですね」
「まぁね。でもエンディルは悔しがってたよ。信頼して任せてもらったのに、期待を裏切ってしまったってね。ボクとしては、低級神相手に生き残っただけでも奇跡だと思うけど……」
ゼケットさんの言に、白夜が応じる。その声をどこか遠くで聞いているような心地で俺は俯いた。
俺にはなりかけの神がどれほどのものかはわからない。けど、今回のことで神の眷属がふたりいるくらいでは敵わない相手だということはわかった。その事実を突きつけられて目の前が真っ暗になる。
もちろんエンディルは何も悪くない。これだけ守りを固めれば安全だと確信し、気を緩めた俺の見立てが甘かった。その結果、瀬良くんたちに他のみんなも安全な状態だと豪語したのに、それが嘘になってしまった。
だけど、一体どうすればよかったんだろう。
どうすれば、みんなをちゃんと守れたんだろうか。
どうしたら、みんなをちゃんと守れるんだろうか。
これから、どうしたら……。
「クライルさん」
ぐるぐると思考の渦に埋もれていると、不意に声をかけられて顔を上げる。そこには真剣な表情の瀬良くんと、何やら使命に燃える目をした鈴木さん、意外にも静かにこちらを見ている岩井くんの姿があった。
「きっともう、どこにも安全な場所なんてないんだと思います。だから僕たちは、僕たち自身が強くならなきゃいけない」
「そうです! いつまでも頼ってばかりはいられません。私たちは自分自身のためにももっと強くならないと!」
「そーそー。だからそんな思い詰めんなよ。クライルさんが色々頑張ってくれてるのはみんなわかってるんだしさ」
どうやら自責していたのを見抜かれたらしい。励まされてしまった。ちょっと恥ずかしい。
でも、肩の力が抜けた。自然と口元が緩む。
「ありがとうございます」
けれど、すぐに緩んだ気持ちを引き締めた。
「それはそれとして、私はハナコ殿を探しに行きますね」
「場所はわかってるの?」
「ミールグレス王国中央の聖地」
ミニスの問いに迷わず答える。するとレニィさんが首を横に振った。
「そんなわかりやすい場所じゃないと思うよ。情報を集めるから、少しだけ待てない?」
「あてがあるのですか?」
「君は知らないだろうけど、五柱の神とその眷属が動いたことでそれぞれの神を信仰する信者や眷属の弟子たちも動いてるんだよ。このとてつもなく大きな情報網なら、君が走り回るよりずっと早く有力な情報が手に入ると思うよ?」
ニヤリと笑うレニィさんの言葉に、俺はすとんと椅子に座り直した。そして頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「はいはい、よろしくされたよ。じゃあちょっと待っててね」
そう言って目を閉じたレニィさんを横目に、白夜が話しかけてきた。
「とりあえず先に言っておくけど、エンディルの救助とシェラとヨウスケの捜索にはラクロノース様の眷属が動いてるからね。それとヨウスケに関してはシェラがついてるだろうから、そのうち連絡があると思う」
「うん、助かる」
「何もキミが全部考える必要はないし、全部キミがやる必要もない。何なら神々にだってもっと協力を仰いでいいと思うよ」
今度は白夜に励まされてしまった。
本当に冷静じゃないんだな、俺。あれもこれもと気づいたことは全部自分がやらなきゃいけない気がしてたけど、確かにこんなのひとりでどうにかできるもんでもないし、できると思ってたならそんなものは自惚れ以外の何物でもない。
もっと落ち着いて考えないと……と思っても、また同じようなことをやらかしそうだ。
「何度も言ってるけど、キミにはこのボクがついてるんだからね? もっと気楽にしてなよ」
確かに、白夜からは定期的に自分がついてるんだからと言われてる気がする。
すると腕輪に擬態してた瑠璃も肩に移動してきて、ぽよんと揺れた。自分もいるよ、と主張しているらしい。
「白夜も瑠璃も、頼りにしてる」
「ふふ。ボクと瑠璃はキミの保護者で相棒だからね」
そう言って胸を張る白夜と瑠璃を撫でていると、さっきまで感じていた焦燥が消えていくような気がした。




