さすがファンタジー世界
結論から言えば、瀬良くんも鈴木さんも岩井くんも魔物相手に十分戦えていた。初見の魔物が相手だと多少手間取るものの、それでも着実に対応できている。
ちなみに俺が近くにいると弱い魔物が近づいてこないから離れた場所から見てたんだけど……こうして遠くから見てるとよくわかる。ソアル皇子が護衛につけてくれた兵士たちがとんでもなく優秀だ。魔物との戦いには手を出さないけど、隙なく周囲を警戒して瀬良くんたちをきっちり護衛している。
その身のこなしから実力の片鱗も窺えるし、もし瀬良くんたちがヘマをしても彼らがうまくカバーしてくれるだろうという確信がある。
ともあれ、今のところ瀬良くんたちはヘマをすることなく順調に魔物との戦闘をこなしていた。たまに遭遇するやや強めの魔物には苦戦するけど、何やかんやで討伐できているから問題ないだろう。
問題があるとすれば、やや強めの魔物程度では上質な魔晶石が手に入らないことだろうか。
「この魔晶石も不可、ですね」
俺の目から見てもそうとわかるほど小さく、色味も微妙な魔晶石が積み上がっていく。
そしてその結果を聞く度にがくりと肩を落とす鈴木さん。励ます岩井くん。難しい顔をする瀬良くん。
「ちなみに、上質な魔晶石というのはどういうものなんですか?」
瀬良くんの問いに俺は答えあぐねる。何せ今手元に上質な魔晶石がないからな。でも今日積み上げた魔晶石と上質な魔晶石を見比べればその差は歴然……うん、やっぱり実物を見てもらおう。
そう判断してしばし意識を集中し、周囲を探る。するとちょうど良さそうな魔物の気配を感知した。
「ちょっとついてきてください」
そうして三人と護衛兵たちを引き連れて気配の方へ近づいていくと、魔物の方も俺たちに気づいたらしい。のそりとこちらを振り返った。
おや、あの魔物は……。
「ひぅっ……」
鈴木さんの喉からおかしな音が漏れる。しかしそれも仕方のないこと。何せ、その魔物は。
「あれは!」
「あいつって、まさか!?」
瀬良くんと岩井くんも気づいたようだ。
そう、こちらに気づくなり猛然と突進してきた巨体の魔物は、俺が死ぬ原因となった巨大緑熊だった。もちろん別個体だけど。
「下がっててくださいね」
俺はそう声をかけるなり瀬良くんたちから距離を取るべく走り出した。ストレイル様の加護のおかげで体が軽い。あっという間に巨大緑熊に接近し、突進してくる巨体を飛び上がって回避する。
幸い巨大緑熊は俺を標的にしているようで、急ブレーキをかけこちらを振り返った。
立ち上がれば見上げるほどの巨体。俺にとって死の象徴であり、恐怖で足を竦ませたこともある相手だ。
でも一度は克服し、倒したおかげだろうか。今は全く怖くない。いっそ、ボス岩モグラの方が恐いくらいだ。
「ふんっ!」
再び距離を詰めるべく助走をつけて跳躍し、巨大緑熊に肉薄する。自分でも驚くほどの速度と跳躍力で接近、反応が遅れた巨大緑熊の額に全力で錫杖の石突きを突き入れた。その衝撃で脳が揺さぶられたのだろう、巨大緑熊が後方へと倒れる。
俺は気絶し仰向けに倒れた巨大緑熊の上に下り立ち、心臓の位置に石突きの照準を合わせた。そして。
「瑠璃、頼む」
呼びかけると即座に瑠璃が槍の穂先を形成する。それを確認するなり錫杖を深く深く巨大緑熊の胸に突き刺した。心臓を貫かれた巨大緑熊は一度びくりと体を跳ねさせ、しばらく痙攣した後、ぴくりとも動かなくなる。
「スムーズに倒せるようになったね」
「……何か、びっくりするほど呆気なかったな」
白夜の評価に素直に答えると、白夜が笑った。
「迷わず向かっていったくらいだし、最初からいけると思ってたんじゃないの?」
「うん、まぁ。それはそうなんだけど」
そんな会話を交わしていると、巨大緑熊の息の根が止まったのを確信したのだろう。瀬良くんたちが駆け寄ってきた。
「クライルさん、大丈夫ですか!?」
「うっわぁ、エインルッツであいつを倒したのがクライルさんだって話、本当だったんだなぁ!」
やや青い顔をした瀬良くんと興奮気味の岩井くんが声をかけてくる。
一方鈴木さんは呆然と巨大緑熊の亡骸を見上げていた。
「心臓を一突きとは……!」
「これはすごい」
「2級37番の魔物がこうも容易く討伐されるなんて」
護衛兵たちも巨大緑熊によじ登って状況を確認しては感嘆の声を漏らす。そうか、この魔物は2級37番なのか。
確か級が脅威度ランクのようなもので、その後ろの番号が脅威度毎の管理番号だったはず。で、級は番号が若い方が脅威度が高いんだったかな。つまり巨大緑熊はかなり脅威度の高い魔物と言えるだろう。
それを思うとエインルッツの兵士さんたちが気絶した巨大緑熊に止めを刺すべく、徹底的に拘束した上で急所という急所に剣を突き刺したのも頷ける。
頷けるけど……それでもあの光景は若干トラウマなんだよなぁ。
そんなことを考えながら遠い目をしていると。
「もしかして、このレベルの魔物じゃないと上質な魔晶石は手に入らない……?」
ぽつりと落とされた瀬良くんの言葉に、あっと思う。
このレベルじゃないと上質な魔晶石が手に入らないなんて誤解だ。巨大緑熊が2級の魔物なら多分3級、場合によっては4級の魔物でも上質な魔晶石は手に入るはず。
「いえ、ここまで大物でなくとも大丈夫ですよ。私がこれを討伐したのは魔晶石を見せるためなので」
頼むからこのレベル帯の魔物に挑もうなんて考えないでくれよ……!
そんな願いを込めながら慌てて説明しつつ、解体用ナイフを取り出す。そして早いところ上質な魔晶石を見せてしまおうと巨大緑熊の心臓付近に突き立てた。
しかし筋肉が発達しているからか、なかなか刃が入っていかない。というか、血抜きするのを忘れていた。咄嗟に回避したけど刃が入った瞬間勢いよく血が吹き出してきて、若干面倒なことになってしまった。
「手伝います!」
自分の失敗に辟易していると、そう言って護衛兵たちが剣を抜いた。確かにこのサイズだとナイフより剣の方がよさそうだ。なので手持ちの刃物が解体用ナイフしかないことを伝えて、魔晶石を取り出す作業は彼らに任せることにした。
そうして地面に下りたものの、巨大緑熊の下にいた瀬良くんたちはいまだ呆然とした様子で魔物の亡骸を見上げていた。
一体何を思っているのか……気になりつつ何気なく観察していると、やがて意を決したように鈴木さんがこちらに向き直り、話しかけてきた。
「クライルさん。どうやってこの魔物を仕留めたのか、教えてください!」
発せられた言葉に俺は首を傾げる。
危うく「見てたんじゃないの?」と言いかけて慌てて口を閉じ、咳払いをひとつ。
「単純に脳に衝撃を与えて気絶させて、急所を突き刺したんですよ」
「気絶させて、急所を突く……なるほど」
大した答えではないんだけど、どうやら鈴木さんには思うところがあったらしい。思案げに再び巨大緑熊を見上げ──その瞬間、ぞわりと全身に鳥肌が立った。
唐突に、滲み出すように巨大な気配が上空に生じたのを感じ取る。
「クライル!」
白夜の緊迫した声。
反射的に俺は嫌な気配の方を振り仰いだ。そして気配の主を視界に収め──
「うっそだろ」
まだ遠い。けれど俺の視覚が特殊なおかげでその姿をはっきりと捉えることができた。
翼を持つ巨体。凶悪な容貌。捕食者の視線。
知識としてなら知っている。あれは、竜だ。
「さすがファンタジー世界……」
「感心してる場合じゃないよ。ボクらはともかく彼らは無事じゃ済まない」
そんなこと言われてもな。
「見通しがよすぎてどこにも隠れる場所がないんだけど」
「緊張感がないなぁ……まぁいいや。彼らはボクが守るから、魔物の方はキミがなんとかして」
なんとかしてって。無茶振りにも程があるだろ。




