不穏な帝国事情
「ここはフォンファール帝国の皇都ランゼイで、皇城の名前がぺイリール。この国は今でこそ独裁国家と呼ばれてるけど、何代か前までは緩やかに国を治めていた印象があるよ」
と、この国について教えてくれたのは白夜。
ちなみにゼケットさんが顔パスだったため入城にはさほど手間取らなかった。
というか、ゼケットさんの提案で白夜には俺の腰ほどの大きさに変化してもらい、敢えてその姿を晒すことでゼケットさんの連れがサリスタ様の眷属とスワイズ様の眷属であると知らしめる形を取ったんだけど、これが効果覿面。ゼケットさんが何を言うまでもなく最上級の応接間に通され、間もなく皇帝から挨拶したいという旨の伝令がやってきた。
「いやぁ、さすがにサリスタ様とスワイズ様の眷属ともなれば皇帝と言えども放置できませんよねぇ」
ニヤリと浮かべられたゼケットさんの笑顔は実に黒かった。腹黒さが滲み出ていた。
主人が主人なら、眷属も眷属ということだろうか。何というかこう、含みのある言動に共通点を見出してしまう。
「ボクとしてもこれくらい威圧しといたほうがいいと思うから協力してるけど、あまり面白がらないでくれる?」
「これは失礼を。しかしこれを面白がらずにいられますか。彼らからしたらラクロノース様から監視されるのだって十分脅威でしょうに、どうにも侮られていましたからね。そこにサリスタ様とスワイズ様の監視もあるぞ、と上乗せされて皇帝もさぞ慌てていることでしょう。愉快でたまりませんね」
やっぱり真っ黒だこの人。そんなことを考えていると、再び伝令兵が姿を現す。
「ご歓談中失礼いたします! 皇帝陛下より、謁見の際、第一皇子殿下の同席を許可していただきたいとのこと」
「おや、であるならば是非第二皇子殿下と第二皇女殿下の同席もお願いします。あと当然ながら、我が主がこの世界のために遣わした救世主殿たちも」
すかさずゼケットさんがそう返すと、兵士の顔色がさっと青くなった。
「そっ、そのようにお伝えいたします!」
慌てて退室する兵士を見送りながら、俺は首を傾げる。
「もしかして、私たちがここに来た理由を理解していないんでしょうか?」
現時点で神の眷属がフォンファール帝国を訪問する理由なんて、救世主──つまるところ瀬良くんたちに会いに来た以外に考えられないと思うんだけど。
不思議に思っていると、ゼケットさんは苦笑いを浮かべた。
「いえ、理解していないのではなく、明言されてないから気づかぬふりをしているんですよ」
「小賢しいよね」
心底嫌そうに白夜が相槌を打つ。
なるほど。でもここで隠す意味なんてあるんかね。少なくとも俺にはそういう駆け引きとかよくわからないから何の効果もないと思うんだけど。
「今この国は従来の思想を引き継ぐ皇帝派と、他国との融和を推進する第二皇子派に別れてましてね。ご友人方を攫ったのが皇帝派、保護しているのが第二皇子派なんですよ」
徐にゼケットさんがこの国の状況を説明してくれる。
そんな事情があったとは。んでもって瀬良くんたちを誘拐したのはこれから会う皇帝なのか。
今の話を聞く限りだと断然第二皇子に好印象を受けるわけだけど、それでも瀬良くんたちがこの国にとどまっている理由が気になる。有力者に保護されていても、誘拐犯がすぐそばにいる状況ではこの国を脱出するのは難しいということなんだろうか?
「皇帝はこう考えたでしょうね。素知らぬふりをしてクライルさんや白夜様と面会し、うまく言いくるめて自分たちの味方につけてしまおうと。例えば救世主たちを拐かしたのは第二皇子派で、自分たちは拉致された彼らを保護すべく手を尽くしている、とか」
……は?
「でもゼケットさんから事前に話を聞いていればそんなの意味がないのでは」
「そこは彼らとて為政者です。口はうまいのでしょうし、こんなにも誠実に尽くそうとしている自分たちを信じてくれという体を取るでしょうね。私と皇帝、どちらの言い分を信じるかはあなた次第です」
「へぇ」
何だか色々と面倒そうだな。そもそも俺はあまり頭がいい方じゃないし、政治とか腹の探り合いとかからっきしだから他人事のように思えてしまう。
けど何となく、どちらを信じればいいのかはわかる。
俺から見てゼケットさんは間違いなくラクロノースの眷属だ。そして帝国の人間が瀬良くんたちを攫ったのだと教えてくれたのはラクロノースであり、その言葉を信じて俺はフォンファール帝国にやってきたわけで。
「ゼケットさんからしたら不快に思われるかもしれませんが、私はラクロノースのことをあまり敬っていません。ですが、クラスメイトたちを元の世界に帰すと約束してくれた。だから私はラクロノースを信じますし、その眷属であるゼケットさんの言葉を信じます」
「ははっ、随分はっきり言いますね。でも不快だなんて思いませんよ。うちの主があなたをからかって嫌われた可能性こそあれど、親切に接して好かれた可能性など微塵もないでしょう。それでも我が主は、あなたから信用を獲得できるくらいにはちゃんと接したようですね」
おい、ラクロノース。眷属からこんなけちょんけちょんに言われてるぞ?
ていうか眷属から見てもそんな感じなのか、あの神様は。つまり俺のラクロノースに抱く印象は普通……いや、むしろマシなくらいなのかもしれない。
「……それで、私はどう振舞えばいいですか?」
まぁそういうあれこれは置いといて、今はこれから直面する事態に備えよう。そう思って問い掛ければ、ゼケットさんはそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。
「私の言う通りにしてくださると? ではひとつだけお願いします。謁見中は何があろうとも、決して怒りに身を任せぬように。それさえ守っていただければ、何とでもなります」
「怒り……」
そう言えば俺、最近本気で怒った記憶がないな。最近というか、眷属になってからというか。イラッとするくらいはあってもその程度だし。
とは言え、たまたまこの体になってからそういうことがなかっただけで、何がきっかけで怒りに身を任せるような事態になるとも限らない。
「わかりました、気をつけます」
素直に頷くと、ゼケットさんはにこりと微笑んだ。そのタイミングで伝令兵が現れる。
「失礼します! ゼケット様からのご要望ですが、第二皇子殿下が謁見に同席されることになりました。第二皇女殿下および救世主様につきましては、現在調整中です」
「なるほど、そちらの意思はよくわかりました」
兵士の言葉に、先ほどとは違う種類のにこりとした微笑みを浮かべるゼケットさん。何だか部屋の温度が微妙に下がったような気が……。
「それで、先ほどから謁見謁見と仰ってますが、それはつまり我々に足を運ばせるということですよね? にもかかわらずまだ待たせるつもりですか?」
「……! はっ、あの……もう一度確認して参ります!」
ゼケットさんに凄まれて顔色を悪くした伝令兵は、再度部屋を飛び出していった。なんかちょっとかわいそう。




