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女神様の眷属  作者: みぬま
エインルッツ王国 商業都市マルトレン編
66/113

◆クラスメイト:鈴木早苗・3/瀬良駿平・2

 ◆ 鈴木早苗 ◆



 それは、あっという間の出来事だった。


 夕食後、各々自由に過ごしている時間。鍛錬で疲れ果てていた私はぐっすりと眠っていた──はずなのに、唐突に目が覚めた。目が覚めてからは胸騒ぎがしてすっかり目が冴えてしまって、不安に駆られていたら不意に物音がした。次の瞬間には乱暴に布団を引き剥がされ、口を塞がれていた。


 恐怖で喉が引きつる。声を出したくても出せないでいるうちに魔法をかけられ、私の意識は急速に落ちていった。




 次に気がついた時には薄暗い場所にいて、ガタガタと床が揺れていた。この揺れはおそらく馬車だろう。時々小石を踏んでわずかに跳ねる。


 そんな揺れを感じながら、ここはどこだろうと周囲を見回してみた。けれど薄暗さに目が慣れていないせいか、よくわからなかった。

 そうしているうちに靄がかっていた意識が段々と鮮明になってきて、意識を失う前の状況を思い出して心臓が跳ねる。


 たぶんだけど、私は誘拐されたんだ。あんなに厳重に警備された王城にいたのに、こうも簡単に攫われてしまうなんて。


 動揺したのは一瞬のこと。すぐに意識を切り替える。

 城の警備網を突破して侵入し、気絶した人間を外まで運び出したということは、誘拐犯はかなりの手練れだろう。手引きした人間もいるだろうし、犯人は単独ではなく複数だと予測できる。なら下手に騒がない方がいいかもしれない。


 となると、私にできることは限られている。とりあえず自分が置かれている状態を把握しようと、改めて目を凝らしてみた。おそらく元は白なのだろう、幌らしき天井が見えた。

 薄暗いのは外が夜だからかな。けれど果たしてこの夜があの恐ろしい思いをした夜なのか、それともその次の日の夜なのか……。


「誰かいるか……?」


 思案に沈んでいると、不意に潜められた声が聞こえてきた。この声は……瀬良くん?


「いるいる。これ、どういう状況?」


 それに応じた声があった。男子の声だ。これは……ええと、岩井くんかな。


「わ、私もいるよ。たぶんだけど私たち、攫われたんだと思う」


 岩井くんに続いて私も声を潜めて応じてみた。すると息を飲むような音がした。


「その声は鈴木さん? 攫われたって、どういうこと?」

「私、ご飯のあと疲れて寝てたんだけど、急に目が覚めちゃって。そうしたら物音がして、口を塞がれて、たぶん眠りの魔法か何かで意識を落とされたんだと思う。気付いたらここにいたの」


 瀬良くんの問いに答えると、瀬良くんが「なるほど」と呟いた。


「俺は全然わからなかったなー。いつの間にか寝てて起きたらここにいた感じ」


 深刻そうな瀬良くんの声とは裏腹に、岩井くんはこんな状況でも相変わらずなようだった。何だか安心する。

 それは瀬良くんも同じだったみたいで、ふふ、と小さく笑う声が聞こえてきた。


「僕もだ。こんなことを言うのは不謹慎かもしれないけど、ここに鈴木さんがいてくれてよかった。僕と岩井だけだったら何も状況がわからなかっただろうから」


 そんな風に言ってもらえるとちょっと嬉しい。けれど今は喜んでる場合じゃない。


「それで、どうしよう? 逃げた方がいいよね?」

「いや……こうして怪我を負わせないように連れてきたってことは、僕らを傷つけたり、ましてや命を奪おうとしてるわけじゃないんだと思う。でも逃げたらその限りじゃないかもしれない」


 なるほど。それは確かにそうかもしれない。


「じゃあ大人しく捕まっとく?」

「それが一番安全だと思うけど……」


 岩井くんの声に瀬良くんが応じた時。幌の前方、恐らく御者台の方で人が動く気配がして、話し声が聞こえてきた。


「首尾は?」

「目標の半分だ。ふたりは見つけたが、もうふたりはいなかった。手が余ったから別のひとりも連れてきたが……」

「残りふたりは?」

「国王の遣いでマルトレンに向かったらしい。すでに手は回してある」


 どうやら誘拐犯たちの声らしい。けれど話の内容は要領を得ない。

 目標の半分。ふたりは見つけた。もうふたりはいなかった。別のひとりを連れてきた。残りふたりは国王の遣いでマルトレンに──。

 ああ、見つからなかったふたりっていうのは桜庭ちゃんと大島くんかな。でもそれ以外はよくわからない。


「目標が半分だった以外に問題はなかったか?」

「五十三番がへまをした。眠らせる前に警備兵に見つかって追われていたからな。もう連れ去りには気づかれている」


 チッと舌打ちが聞こえてきた。


「五十三番はどうなった」

「合流地点には現れなかった。残ったメンバーが探してるが、捕まった可能性もある。今城内で下手に動くと怪しまれるから、こちらの手で処分するのは諦めた方がいいだろう」

「……五十三番は自裁すると思うか?」

「しないわけがない。我々はそのように仕込まれているからな」


 ジサイって何だろう? でも「こちらの手で処分」っていうのはどういうことか予想がつく。

 こういう秘密作戦っぽいもので敵の手に落ちたら、例え仲間であっても証拠隠滅のために処分──つまり殺害するっていうのは定番だもんね。ということはつまり、ジサイっていうのもきっと自決のような意味の言葉なんだろう。


 それはわかったけど、淡々と命の取捨選択をする会話にはぞっとする。だって、それだけ簡単に命を奪ったり捨てたりできる人たちってことでしょう? ならやっぱり、私たちの命だって安全なわけじゃないのかも。油断してることろで襲われる可能性も──


 だめだ、それは絶対にだめ。

 だって私は決めたんだから。倉田くんに救われたこの命は絶対に守るんだって。そしてみんなと一緒に元の世界に帰って、倉田くんの家族に謝罪しに行くんだって。命を救ってもらったことを感謝していると伝えに行くんだって、そう決めたんだから。


 だから絶対に、私は生き延びる。絶対に瀬良くんと岩井くんも死なせない!





 ◆ 瀬良駿平 ◆



 馬車を何度も乗り換えて、その間も何度となく魔法で意識を落とされて。たいした話し合いもできないまま、僕らは誘拐犯たちの目的地に運び込まれたようだった。


 最後に意識を失わされて次に目覚めた場所は、豪華な天井の大きな部屋。傍らには見たこともないくらい綺麗な女の子がいて、組み合わせた自らの手に額を押し付けてすすり泣いていた。

 全く状況が見えないな……。


「……あなたは?」


 このまま考えていても埒が明かないだろう。そう思って声をかけると、女の子はきつく閉じていた瞳を開け、組み合わせていた手を解いた。


「目を覚まされたのですね! ああ、よかった……よかった!」


 そう言って僕の手を取り両手で包み込んでくる。涙に濡れたその瞳に安堵が広がり、固かった表情がふわりと綻ぶ様は……とても、綺麗だった。

 それを間近で見てしまい、頬が熱くなるのを感じる。


「私はフォンファール帝国の第二皇女、ティエラ・フェン・フォンファールです。この度は私の父がこのような暴挙に出たこと、心よりお詫び申し上げます。どんなに詫びたところで、許されるとは思っておりませんが……」


 何かを堪えるように口を引き結んだティエラと名乗った女の子は、ハンカチを取り出してそっと涙を拭いた。


「ご友人方も別室で眠っておられますが、どうやらあなた方には強力な従属魔法がかけられているようです。その前にも何度も意識に影響を及ぼすような魔法をかけたと聞きました。とても危険な状態だったのです。でもこうして目覚められて本当によかった。ほかの御二方も無事に目を覚ましてくださるといいのですが」


 告げられた内容に血の気が引く。

 何度も魔法で意識を落とされていたのはわかってたけど、あれは目覚めなくなる可能性があるような、そんな危険な魔法だったのか!? しかも、従属魔法って……!


「ふたりはどこに!?」


 いても立ってもいられず起き上がると、ティエラさんに強い力で押し戻された。


「まだ起きてはなりません。ご友人方は信頼のおける我が二番目の兄と妹に預けております。見知らぬ土地、見知らぬ者たち……それもあなたたちを拐かした者たちの巣窟では安心して欲しいと言っても信用してもらえないかもしれませんが、どうか万全になるまでお休みください。あなたもまだ危険な状態にあるのですから」


 静かに優しく諭される。けど、それが僕の癇に障った。そしてそれをきっかけに、この世界に来てから押し込めていたありとあらゆる不満までもが爆発する。


「危険な状態って……そんなの、そっちがやったことだろう! 勝手に召喚して、勝手に誘拐して、勝手に命の危険に晒して! 僕たちはこの世界に来たくて来たんじゃない! なのにどうして僕らがこんな目に遭わなきゃいけないんだ!」


 もう僕の精神は限界だった。この場に僕を頼ろうとする友人たちがいないのも大きい。


 突然知らない世界に連れてこられて、倉田の死に衝撃を受けて、死の恐怖に晒されて。

 それでも僕らを守ろうと、元の世界に返そうと頑張ってくれている人たちの中にいたから我慢できていた。気心の知れた友人たちの中にいたから、押し込んでおくことができた。


 けれどここは違う。僕らを害する人たちがいる。友人たちからも引き離されている。心の支えを失って、自分でも暴走する感情を抑えることができない。


「かえせ……僕たちを、元の世界に帰せ。倉田の命を返せよ!」


 しかし掴みかかろうとした手は、結局何も掴めなかった。目の前で悲痛に歪むティエラさんの顔を見てしまったら、全身の血を沸騰させていた怒りが萎んでいく。振り上げた手が力なく下りていく。


「なんで、そんな顔するんだ……」


 わからない。どうしてたったそれだけで怒りが鎮まってしまったのかも。


「許されるとは思っておりません。私たちは過ちを犯したのです。それは揺るぎない事実。あなたの怒りを受けるのも当然のこと。けれどこれだけは覚えていていただけませんか?」


 微かに震える声で、けれど強い意思を湛えた瞳でティエラさんはまっすぐ僕の目を見つめていた。

 そしてこう告げたのだ。


「私は──フォンファール帝国第二皇子派は、救世主様たちを必ず守ってみせます。そしてエインルッツ王国と連携し、あなた方を元の世界に帰してみせる。例えこの命を懸けることになろうとも!」

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