☆ストレイルの眷属:ロイヤー/エンディル
☆ ロイヤー ☆
クライルが王都を去ったあと、私は件の救世主たちに会いに行った。
場所は兵士の訓練場。覗いてみれば誰も彼もが真剣に訓練に取り組み、己を高めようとしていた。
「これは……思っていた以上だな」
思わず呟くと、案内してくれた兵士が「ええ」と頷いた。
「以前クライル殿がいらっしゃった際に、打ち勝つ強さよりも生き残るための力をつけるようにと助言されまして。あの頃は救世主様のひとりを失って間もなかったこともあって、その言葉に強く影響を受けたようです」
「なるほど」
打ち勝つ力ではなく、生き延びる力……か。それは素晴らしい助言をしたものだなと感心しながら、その助言に沿って邁進する救世主たちの姿に自然と笑みが浮かぶ。
「そういう方針であれば、そのように指導しよう。彼ら全員が生きて元の世界に帰れるように」
「よろしくお願いします」
案内の兵士が深々と頭を下げる。
彼らも救世主たちを無事に元の世界に返してやりたいのだろう。そしてそう願っているからこそ、三名が攫われたことを強く悔いている。その思いは私への真摯な態度からも窺い知ることができた。ならば。
「彼らのことは共に守り育てていこうではないか。それと、そう思い詰めることはない。マルトレンに向かったふたりに関しては武聖エンディルが守り育てることになっているし、攫われた三人についても──」
脳裏に浮かぶのは、仮面をつけたサリスタ様の唯一の眷属にして我が弟分の姿。
「そちらにはクライルが向かっている。あいつに任せておけば大丈夫だ」
頼りなく見えるのに何やかんやでやり通してしまう。それがクライルという男だ。だからそう心配することはない。
それにあいつはこの世界の誰よりも救世主たちを救いたいという強い意志と決意を持っている。きっと、いや必ず、あいつならやり遂げてくれるだろう。そう信じている。
☆ エンディル ☆
「もっ、もうむり、です……!」
「うぅ、おぇええぇぇえ」
そう言って倒れ込んだのはカント。嘔吐しているのはニムだ。
まぁそれくらい走らせたしな、しょうがない。ただ……。
「ま、まだまだ……!」
「くっ、委員長に負けてられるか……!」
頑張るなぁ、あのふたり。いっそ倒れるなり嘔吐するなりしてくれたらそこで休憩! ってできるんだけど、ああも頑張られちゃ声をかけづらいわ。
しかし、そんな光景も長くは続かなかった。ハナコの足がもつれて転倒する。それに気づいて駆け寄ろうとしたヨウヘイがよろめいて脱力して座り込む。よし、今日はこれくらいにしておこう。
「はいはい、終わりだ終わり! 今日はもう終了! みんな休め!」
そう声をかけると全員がばたりと地面に倒れ伏す。気力だけで起き上がっていたようなもんだ、気が抜けたら起きてるのも辛かろう。
「食事の用意はシェラがやってくれてるから、動けるようになったら家の方にこいよ。しっかり食わねぇと鍛えても意味ないからな!」
呼びかけてみたものの、かろうじて聞き取れるくらいの声が上がるのみ。しばらくあのままにしておこう。
家に戻るとシェラがにこにこと微笑みながらこちらを振り返った。
「相変わらず厳しいですねぇ、エンディルさん」
「俺が強要してるわけじゃねぇ。あいつらが頑張るからやめ時を見失ってるだけだ」
「そのようですね。しかし適度なところで止めるのも師の役割なのではないでしょうか?」
「ぐっ……」
それは全くその通りだ。けど、何といえばいいのか……あいつらの本気を目の当たりにすると、納得行くまでやらせた方がいいように感じるんだよなぁ。
「どうしてああも頑ななんだか」
「それはきっと、彼の死の影響でしょう。まぁ一名ほど、現状を正しく識るお人がいるようですが」
「ああ」
俺もヨウスケはクライルの事情を知っているんじゃないかと思っている。シェラもそう感じているなら間違いないだろう。で、誰が教えたのかといえばクライル本人であろうことは考えるまでもなく。
「あいつなら信用できるってことなんかな」
「ならば我々もそのように接しましょうか」
「だがクライルもヨウスケも隠そうとしてるからなぁ」
さて、どうしたものかと考えていると。
「彼はどこまで知っているのでしょう。クライルさんの正体を知っているのは間違いなさそうですが、クライルさんがどのような状態にあるのかも知っているのでしょうか?」
そんなシェラの言葉に、俺は「さぁな」としか返せなかった。もし知っていたとしたらどう思うのか。どう感じるのか。想像しただけでぞっとする。
きっと俺がヨウスケの立場だったら──それ以前にクライルの立場だったら、この世界を許すことなんかできねぇ。でもクライルにそんな素振りはなかった。そしてそれは、ヨウスケも。
「……ちょっと話してみっか」
夜、みんなが寝静まるとヨウスケはひとり家から抜け出して素振りをしている。それはここにきた日から毎日欠かさず繰り返されていた。
「よぉ」
真剣な顔で剣を振るヨウスケに声をかけると、ヨウスケは鋭い視線とともに剣の切っ先をこちらに向けた。そういや気配を消したまま話しかけちまったな。そりゃそういう反応にもなるか。
「なんだ、エンディルさんか」
肩の力を抜いて剣先を下ろすヨウスケに「わりぃ、わりぃ」と謝罪する。
「ちょっと話したいんだが、邪魔か?」
「いや、別に。話って?」
「ああ、えーとだな。お前ってクライルの事情をどこまで知ってんのかと思ってな」
どう切り出そうか考えたのは一瞬。俺はまどろっこしいのが苦手だ。考えるまでもないかと思い直して直球で訊いてみる。
するとヨウスケは目を丸くして、けれどすぐに苦笑いを浮かべた。
「防音してもいい?」
「お、気が回らなくてわりぃな」
「いえいえ」
そう言ってヨウスケは防音の魔法を使った。実に鮮やかな手際。魔力にムラもなく、安定している。
剣もそうだけど、コイツは優秀だなぁと改めて思う。
「大したもんだ」
「どーも。で、俺がクライルさん──いや、アキオの事情をどこまで知ってるかって話だっけ」
出された名前に一瞬反応が遅れたが、「アキオ」というのがクライルの本来の名であることを思い出して頷く。
「どこまでって言われても、そもそもどこまで事情とやらがあるのか知らないんだけど……アキオは一度死んで、女神サリスタ様の眷属として生き返ったってことと、もう元の世界に帰れないってことは聞いてる。他にも何かあんの?」
こちらの予想に反してやけにあっさりと答えるヨウスケに驚く。
「いや……そこまで知ってるのか。なら何でお前も、何ならクライルも怒らないんだよ」
「怒る?」
俺の疑問に、ヨウスケは首を傾げた。どうにもこちらが想定していた反応とかけ離れていて、俺も首を傾げたくなる。
「普通、こっちの世界の都合で勝手に召喚されたってだけでも怒って当然だと思うんだがな。それどころかクライルは命まで落としてる。でもあいつがそのことに怒りを感じている様子はないし、お前だってあいつとは友人なんだろ? だったら友人の命を奪ったこの世界を恨んだりとかするもんじゃないのか?」
「ああ、そういうこと」
ヨウスケは納得したように頷いて視線を落とした。そしてぽつりと答える。
「そういう気持ちがなかったかって言われたら、あったよ」
予想通りの答えだったものの、それは過去形だった。不思議に思っていると、ヨウスケが顔を上げて笑う。
「でもさ、あいつは生きてたし、本人があんな感じだろ? なんか気が抜けたっていうか、本人がいいならまぁいいかって思って」
「まぁいいかって……」
「だってそう思うしかないだろ? あいつが気にしてないのに周りが騒いだって仕方ないじゃん」
「ほう」
ヨウスケはクライルが唯一正体を明かしている救世主だ。仲がいいんだろうとは思っていたが、思っていた以上だった。
何せヨウスケはクライルのために怒りもするが、同様にその怒りを鎮めることもできる。
「いい友人関係ってことか」
「ただ似た者同士でつるんでただけだよ」
さらっと笑って流すその物言いに、確かに似た者同士なのかもしれないと納得する。クライルにもそういうところがあるからな。
いずれにしても。
「まぁ、なんだ。そっちが気にしてなくても俺としちゃあ気になるもんでな。だから、俺は俺で全力でお前らに俺の武技を仕込んでやるよ」
「それはありがたいな」
そう応じるヨウスケの瞳には、静かに燃える決意が垣間見える。そこには明らかなやる気と熱意も宿っていて、俺も自然と口許が緩んだ。
こうなったらとことんだ。クライルから預かった奴らは、俺がしっかり育ててやるぜ!




