ちょっともう(寝不足で)限界です
翌朝、俺は王様に退城の挨拶を済ませるなり王都を後にした。そして現在は大急ぎでエンディルたちの元に向かっている──のではなく、マルトレンの北西に向かい、そこからいくつか山を越えつつ廻り道をしながら東に向かっている。
というのも、マルトレンに近付くなり幾つか視線を感じたからだ。
けれどそのどれもが途中で消えていった。さすがに全力疾走の山越えについてくる猛者はいなかったようだ。でもそのおかげでストレイル様の加護がどんなものか把握することができた。
ストレイル様の加護は恐らく身体強化的な加護なのだろう。体力とか脚力とかが以前より上がっているのを感じる。ありがたや。
そうして完全に追跡を巻くとさらにいくつか山を越え、ようやく目的地、エンディルの棲み処であるマルトレン北東の山に到着した。さぁて、これが最後の山登りだ──と一歩踏み出すと。
「ちょっと待った」
白夜の声に足を止める。
「どした?」
「今は急いでるんだし、キミひとりなら瑠璃に協力して貰えばすぐに山頂に辿り着けると思うんだけど」
そうして提案されたのは、山頂付近に瑠璃の一部をアンカーとして打ち込み、そこからロープ状に伸びた瑠璃の体を伝って一気に登る方法だった。
普通に全力疾走で山道を登ろうとしていた俺は目から鱗だったんだけど──これが脳筋と言われる所以なのだろうか。
……深く考えるのはやめておこう。
そんなわけで、快く協力してくれた瑠璃の体を伝って山をほぼ垂直に登っていく。こういうの何ていうんだっけ。ロッククライミング? やったことがないからよくわからん。
その割に体の動かし方というか、どの部位をどう動かすのが最善かがわかるのが不思議だ。何となくこれがテックス様の加護なんじゃないかなとか考えているうちに山頂に到着した。
「着いたー!」
「お疲れさま」
白夜の労いの言葉に合わせて瑠璃も腕輪に戻り、ぽよんと揺れる。動き詰めで火照っている皮膚に瑠璃のひんやりした感触が気持ちいい。
ちなみに王都を出てからここに着くまでかかった時間はおよそ二日半。追跡を振り切るため寝ずに突き進んできたからものすごく眠い。けど追跡を完璧に巻いた達成感でハイにもなっている。
「あー、今寝たらめっちゃいい夢見れそう!」
「そりゃあよかったな!」
応じた声はエンディルのもの。俺の声を聞きつけたのか気配から察したのか、今回も襲撃を仕掛けてきた。しかし。
「はっはー! 温い!」
こちとらテンションだだ上がり中だ。するりと回避して錫杖を構える。
「なんだぁ? やけにテンションたけぇな?」
「二徹してるからな。くっそ眠い!」
「じゃあ寝ろ!」
「なら攻撃すんな!」
いっそ笑い声すらあげながらエンディルとやりあっていると、何事かと様子を見にきた洋介たちが姿を現した。よしよし、みんな無事だな。
「王城の方はロイヤーが到着してるし、こっちも大丈夫だな?」
「おう、任せろ!」
「なら状況説明したらすぐに出るから、あとはよろしく!」
「んん?」
俺の言葉にエンディルの動きが止まる。その隙を見逃さず錫杖をくるりと回して石突きをエンディルの鳩尾に突き込んだ。咄嗟に後方に飛んでたけど、手応えからしてなかなかいい感じに入ったんじゃないだろうか。
その証拠に、珍しくエンディルがうずくまる。
「ちょっ……手加減しろって」
「手加減は相手のためにならないんだろ?」
前回言われた言葉をそのまま返せば「違いねぇ」と口惜しげに呟く。そんなエンディルを見下ろしながらさっさと報告を済ませることにした。
「みなさんも聞いてください。現状、マルトレンは危険です。怪しい人物を複数名捕らえたものの全員自害したそうで、他に仲間がいないか現在調査中とのことでした。それと、王都の方は攫われた三名以外はみんな無事です。現在はストレイル様の眷属であるロイヤーが城にいますので、一定の安全が確保されていることを保証します。それと」
一瞬どこまで伝えるべきか迷う。けれどすぐに決断して言葉を続けた。
「攫われた三名についてはフォンファール帝国にいるらしいので、私がこれから様子を見に行ってきますね」
「アキ……クライルさんが行くのか?」
「ラクロノース様からのご指名なので」
洋介ってちょいちょい俺の名前を呼び間違えるよな……いやどっちも合ってるんだけど、周りにクラスメイトがいるときは気を付けて欲しいもんだ。
「注意して欲しいのは、いまシュンペイ殿たちがいるのはフォンファール帝国ですが、誘拐に関しては他国の関与も疑われている点です。救世主の引き渡しを要求している国は他にもありますし、引き続き警戒を怠らないでください」
「わかりました!」
勢いよく返事をしてくれたのは委員長だ。責任感の塊である委員長の表情は真剣そのもので……なのに不安になるのは何故なんだろう。
「だがそうなると困るのは物資だな。俺が調達に向かうとして、その間ここの守りはどうする?」
至極真っ当な意見を口にしたのはエンディルだ。それは考えてなかったな……と思ったら。
「それならボクからスワイズ様に応援を頼んでみるよ。今回の件は五柱の神々が注視してるからね。力を貸してくれると思う──あ、さっそく眷属を手配してくれたみたい」
白夜が言うなり目前の空間が歪んだ。そこから現れたのは、学者然とした服装のモノクルをつけた女性。
彼女はふわりと地面に下り立つときょろきょろと周囲を見回し、白夜を見つけるなりぱっと表情を輝かせた。
「白夜様! お久しぶりです」
「久しぶり、シェラ。事情は把握してる?」
「はい!」
シェラと呼ばれた女性は元気よく頷くと、改めて周囲を見回した。その目がピタリと俺に向けられる。
「あなたがサリスタ様の眷属の方ですね、初めまして。私はスワイズ様の眷属のシェラと申します」
「初めまして、クライルと申します。スワイズ様はお元気ですか?」
「はい! あなた様から連絡が来るのを心待ちにしているようですよ」
「あっ……最近バタバタしてて忘れてた」
思いがけない返しについ素が出る。するとシェラさんがくすくすと笑った。
「クライルさんがお忙しいのはわかっていらっしゃいますからお気になさらず。全てが終わったら、是非我が主に連絡してあげてください」
「はい、必ず」
俺の答えにシェラさんは満足そうに頷くと、今度はエンディルに向き直った。
「お久しぶりです、エンディルさん。ことが落ち着くまでの間、お世話になりますね」
「おう、お前さんが来てくれたんならこっちも安心だ。男だらけの中に女ひとりってのは心細かっただろうしな」
エンディルの視線は委員長に向けられている。つられるように視線を動かしたシェラさんは委員長を見つけるなり駆け寄り、その手を取った。
「初めまして、シェラと申します。エンディルさんの言う通り、女の子がひとりしかいないじゃないですか! 今日から私もお世話になりますので、仲良くしてくださいね」
うぅむ、シェラさんはふんわりした外見だけど中身は結構パワフルだな。物怖じしないし、初対面でもぐいぐい行くタイプらしい。
委員長もややたじろぎながら「よ、よろしくお願いします」と返している。
その後もシェラさんは次々と残るメンバーとも挨拶を交わしていった。その光景をぼんやり眺めているうちに気が抜けて、眠気が強まってくる。
それを察した瑠璃がぽよんと揺れた。大丈夫か問われた気がするけど……やばい、意識が飛びそう。
「無理せず寝なよ。それくらいの時間はあるでしょ」
「さっきまでのテンションだったらいけると思ったんだけどな……」
「はいはい。瑠璃も心配してるし、寝ないなら強制的に眠らせるよ」
そう言って白夜は巨大化すると、俺を咥えてひょいとその背中に放り投げた。背中から着地するタイミングで瑠璃が肥大化して柔らかく受け止めてくれる。その感触があまりにも心地良くて──だめだ、もう……限界……。




