ラクロノースからの伝言
時刻はすでに夜。今夜は王様の厚意で城に宿泊することになったので案内された部屋で一息ついていると、扉がノックされた。
「クライル、話があるんだが」
聞こえてきた声はロイヤーのもの。そう言えば駆けつけてくれたお礼を言ってなかったなと思い、部屋に通す。
室内に入ったロイヤーは備え付けのソファーに腰を下ろし、俺にも座るよう視線で促してきた。そして俺が座るのを待って、話を切り出す。
「話というのは、ラクロノース様からお前に直接伝えるよう言われたものなのだが」
「ラクロノースから?」
つい気を抜いてラクロノースを呼び捨ててしまい、ロイヤーに睨まれる。そうだった、ロイヤーの前では多少取り繕わないといけないんだった。
正直に言えば、俺にとってラクロノースは認識を改めた今でも、どうしても他の神様と同列には考えられない。
一方でロイヤーにとって神という存在はすべからく畏敬と崇拝の対象だ。そしてロイヤーは礼儀礼節の鬼でもある。つまり俺の神様呼び捨て案件は許されざるものなわけで。
これは怒られるな……と覚悟を決めたものの、待てど暮らせど怒りの声は聞こえてこなかった。どうしたんだろうとロイヤーを見てみれば、眉間の皺がものすごいことになっていた。何というか、今声をかけてはいけない気がする。
「……お前は、ラクロノース様から友人と認定されているそうだな。だからそのような気安い呼び方も許されているのだろう。しかし、それでも、礼節というものは必要だと私は思うんだ」
「あっ、はい。なんかごめんなさい」
いつの間に友人認定されたんだと思いつつも、ロイヤーの複雑な心中を察して謝っておく。
ロイヤーからしたら尊敬すべき対象のラクロノース。その友人だという俺。神と人が友人だなんて通常ではあり得ない関係性だ。だから俺のあの態度を怒っていいのかわからないのだろう。
「わかってくれたならいい。それで、ラクロノース様からの伝言なのだが……例の卵はサリスタ様の手に渡った、羨ましいから自分にも何か見繕って欲しいと仰っていた」
「……は?」
例の卵とは神鳥の卵のことだろう。あれがどういう経緯でかは知らないけどサリスタ様の手に渡ったというのは理解できる。けど、問題はそのあとだ。羨ましいから自分にも何か見繕って欲しいという言葉の意味がわからない。
「何の話かわからないが、それが一つ目の伝言だ。二つ目に、ラクロノース様はフォンファール帝国に眷属を送り込み、救世主たちを丁重に扱うよう要求し、これ以上愚行を犯さぬよう警告したそうだ。そのまま眷属を居座らせて監視しているから、お前の友人たちの安全は確保されていると伝えて欲しいと」
それは朗報だ。けどやっぱり最初の伝言がなぁ……。
「三つ目に」
「え、まだあるの?」
「これで最後だ。お前と面識のある神々が、お前に加護を与える用意をしている。現時点でストレイル様とテックス様が加護を与えているから、把握しておくようにと」
「んんん?」
俺、ストレイル様とテックス様から加護をもらったの? そんな実感はないんだけど。
「ちなみにどんな?」
「詳細は秘密だそうだ。私には教えてくださらなかった」
なんだそれ。そんなんでどうやって把握すればいいんだよ。
っていうか。
「そもそも俺はサリスタ様の眷属なのに、他の神様の加護ってもらえたりするもんなの?」
「普通はないな。でも今のお前は間違いなく複数の神の神気を纏っている。はっきり言って私から見ると同列の眷属とは思えないくらいだ。少し神に近付いているというか」
「神に近付いてる!?」
信じられない言葉につい復唱してしまった。
いやいやいや、絶対いやだ。断固拒否する。元の俺に戻して!
「ちなみに加護を取消してもらうのって……」
「神からの賜り物を消すだと!?」
「あっ、すみません、ごめんなさい」
訊く相手を間違えた。これはまたの機会に……って、あれ? こういうのって誰に訊けばいいんだろ。
くそぅ、ちょっと泣きそうだ。
「まぁしかし神に近付いているというのは大袈裟か。眷属としてより上位の存在になったとでも思っておけ」
「もうその時点で無理。嫌だ」
「贅沢な」
理解できないと言わんばかりに顔をしかめるロイヤーに、俺は項垂れるほかなかった。しかしここで見捨てないのがロイヤーという男だ。
「一体何がそんなに嫌なんだ」
「……俺はサリスタ様の眷属がいいんだよ。それ以外の何者にもならなくていい」
だって俺は一度死んで、それを受け入れた。だから本当は生き返らなくてもよかった。
けれどサリスタ様が引き留めてくれた。死なせてしまったことを申し訳ないと言ってくれた。そんな神様に救い上げてもらったことを、幸運だと思った。だからこのオマケの人生を生きてみようって思えたんだ。
「私なら幸運だと思うところだが……やはりわからんな。すまない」
「いや、うん。俺もうまく伝えられる気がしない」
何だろうなぁ、これも一種の崇拝みたいなものだと思うんだけど……俺はサリスタ様の気持ちに報いたいだけで、他に何も望んでないし、必要だとも思ってなくて……ああ、やっぱりうまく説明できない。
決して他の神様の厚意を無碍にしたいわけじゃないんだけど、なんかこう、しっくりこないんだよなぁ。
「しかし、お前も友人たちを助けるとなると何かと大変だろう。神々の加護はありがたく受け取っておけ」
「うん……わかった。うん」
「全く納得していないようだな」
渋々頷く俺に、ロイヤーは苦笑した。しかしこればかりは仕方がない。気持ちの問題ってやつだ。いつか受け入れられるようになるのかもしれないけど、今はどうしてもすっきりしない。
「……死ぬなよ、クライル」
不意に投げかけられたロイヤーの言葉に顔を上げる。ロイヤーは至極真剣な顔でこちらを見ていて、今度は俺が苦笑した。
「サリスタ様の加護もあるし、そう簡単にやられないって」
「ふむ、それもそうか」
あっさり納得されちゃう辺り、やっぱり再生の加護は強いんだなぁと思う。
神界で特訓してた時も熱くなりすぎたストレイル様の眷属たちに瀕死寸前までやられたことがあったけど、すぐに復活できたしな。あれを見ていたロイヤーなら、俺にかかっている再生の加護の強さはよくわかっているだろう。
「まぁお前なら心配いらないか。で? 私はここに残ってお前の友人たちを守りながら鍛えればいいんだな?」
「うん、頼む。ロイヤーは後進育成とか大好きだろ?」
「ふふ、その通りだ。喜んで引き受けよう」
「ありがとう」
礼を言うと、ロイヤーは嬉しそうに微笑んだ。
くっ、イケメンの笑顔には空気清浄効果でもあるんだろうか。心なしか室内空間の爽やかさが増した気がする。
「弟分の頼みだ、誠心誠意応えようじゃないか」
改めて請け合ってくれたロイヤーはやる気に満ちている。この様子なら城に残っているクラスメイトたちの心配もなさそうだな。ならば。
「とりあえず俺は明日にでもエンディルのところに行ってくるよ。んで、こっちの状況を伝えたらすぐにフォンファール帝国に向かう」
「忙しいな」
「本当にな。できればもっとゆっくりこの世界を見て回りたいんだけど」
まぁ何をしたいか自分で選んだ結果が今の状況なのだから、しょうがない。
「この件が片付いたら好きなだけ見て回ればいい」
「うん」
頷く俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でるロイヤーの目はどこまでも優しい。
弟分と口にしている通り、ロイヤーのみならずストレイル様の眷属たちは神界で俺の面倒をよく見てくれていた。だからこんな風に子供扱いをされても不快さはない。
まぁそのせいもあって、俺も彼らに甘えている自覚はある。同時に強い信頼も寄せている。
「明日は朝早く出るのか?」
「そのつもり。フォンファール帝国にいる瀬良くんたちも気になるし」
「そうか……気を付けて行けよ」
「わかってる」
なんか元の世界にいる実の兄より弟思いの兄貴分だな。
そんなことを考えながら部屋を出ていくロイヤーを見送った。




