お次は王都へ
マルトレンを出て街道を南へと進む。
その道中で白夜から洋介たちに監視の目があることと国王陛下に呼ばれたことを伝えてもらい、日が暮れる前に王都に到着した。
およそ一ヶ月ぶりの王都だ。ドイロックやマルトレンも大きな街だけど、やっぱり王都は大きいなぁと改めて思いつつ検問の列に並ぶ。
「これはこれは、サリスタ様の神使様。お久しぶりです」
俺の番になるなりそう挨拶をしてきたのは、薄ら記憶に残っている検問官さん。たぶん俺が初めてここに来た時も対応してくれた人……だと思う。
「覚えていてくださったのですね」
「はい、貴方様の姿は一度見たら忘れられませんので」
こっちはうっすらとしか覚えてないんだけど、向こうはかなり強く印象に残っていたらしい。
「話は伺っておりますので、どうぞこちらへ。いつお越しになってもいいように馬車を用意しております」
「ありがとうございます」
こんないつ現れるとも知れない相手のために馬車まで用意してくれているとは。
そのことに驚きつつ促されるままに馬車に乗り込む。すぐに馬車が走り出し、程なくして王城に到着。手続きも何もないまま出迎えてくれた兵士さんに案内されて、あっという間に謁見の間の前に立っていた。
慌ただしくここまで来たから全く緊張していなかったものの、立派な扉の前に立つとさすがに緊張する。
少しでも緊張を解そうとこっそり深呼吸していると、扉がゆっくりと開かれた。時刻は夜に差し掛かろうとしているのに、扉の向こうには王様だけでなく、重鎮と思われる面々もずらりと並んでいる。
「中へ」
王様自ら呼びかけてくる。改めて緊張を抑え込むように大きく息を吸って、一礼。謁見の間に足を踏み入れ、玉座から一定の距離を置いて再度礼の姿勢を取った。
「急な呼び出しにも拘らず、これほど早く応じてくれたことに心から感謝を」
第一声でそう告げた王様に、俺は「いえ」とだけ返した。こういう時どう応じるのが正しいのかよくわかんないんだよな……。
「それだけでなく、使者として遣わした救世主様たちの保護にも協力してくださったとか。クライル殿にはどれほど感謝の言葉を重ねても言い足りぬな」
俺が対応に困っているのを見抜いたのだろう。王様が優しい笑みを浮かべる。そうして張り詰めていた空気が緩んだことで、ようやく俺も返す言葉と、話を切り出すタイミングを得ることができた。
「陛下のお気持ち、ありがたく受け取らせていただきます。それで、さっそくですが本題に──」
「お話し中、失礼いたします!」
やや性急かとは思ったけど、さっさと本題に移ろうとしたところで俺の言葉は遮られた。唐突に謁見の間の扉が開かれ、朗々とした声が響く。
何となく聞き覚えのある声に振り返ってみれば、案の定見覚えのある姿が視界に入った。精悍な顔立ち、ビシッと決まった騎士服、気品を感じさせる佇まいの美丈夫。
「ロイヤー……!」
思わず叫びそうになるのを堪えてその名を呟く。するとロイヤーはこちらに笑みを向け、しかしすぐに表情を引き締めてキビキビとした動きで俺の隣に立った。そして王様に向かってストレイル様の信者の礼を取る。
「エインルッツ国王陛下。突然の訪問、そして許可を得ず御前に参じた無礼極まりない我が行いをどうかお許しください。私の名はロイヤー。武芸の神ストレイル様の眷属にして、此度は時空の神ラクロノース様より遣わされた者にございます」
「なんと!」
驚き玉座から立ち上がる王様。重鎮たちもざわめいた。
「そなたがかの有名な剣聖ロイヤー殿……確かに、ストレイル様の神気を感じるな。そなたの言葉を信じよう」
「ありがたき幸せ」
さすが元貴族ロイヤー。所作がいちいち様になっている。
しかしあの礼儀正しいロイヤーが国王陛下の前に強引に出てくるなんて、ちょっとびっくりなんだけど。来てくれたのは嬉しいけど、いつものロイヤーならもっと穏便に登場しただろうに……。
さっきちらっとラクロノースに遣わされたなんて言ってたし、なんか嫌な予感がするぞ?
「しかし手順を踏まずにこの場に現れたのは何故だ? そなたは礼儀を重んじる人柄であると聞き及んでいたのだが」
「その件に関しましては心より謝罪いたします。申し訳ございません。しかし状況は刻一刻と変化しており、クライルも含め、関係者全てに急ぎ知らせねばならぬことがございます故、どうかお許しを」
あのロイヤーが礼を欠くほど急ぐような話。あっ、背筋がぞわぞわしてきた。
「おふたりは顔見知りだったのか」
「はい。ストレイル様の眷属とクライルは互いをよく知る仲です。今この場に私が遣わされたのも、クライルがこの王城にいる救世主様たちを守り、鍛える役目を担うのに最適な人材は私であろうとストレイル様に提案したからなのです」
「ほう」
おっとぉ、王様と重鎮さんたちの視線が一挙に集まってきたぞ?
「そうだな? クライル」
「え……えぇ、まぁ。しかし最終決定はストレイル様がされたのでしょうし、私の功績みたいに言うのはちょっと」
「欲のないことだ。しかし私はお前に推されて嬉しかったぞ。その期待に応えられるよう、全身全霊でもって救世主様たちを守り鍛えようではないか!」
拳を握り、宣言するロイヤーの声はかなり大きかった。すぐ横にいる俺的には耳を塞ぎたいレベルだ。
思わず顔を引きつらせていると、玉座側から「それはありがたい」という国王陛下の穏やかな声が聞こえてきた。するとすぐさまロイヤーは居住まいを正す。
「このロイヤー、我が友クライルだけでなく、エインルッツ国王陛下のご期待にも必ずやお応えしてみせます!」
そう言って真摯な表情で胸に手を当てる姿は本当に様になってるんだけどな。なのにどうしても俺はロイヤーの為人を知っているから、楽しげに輝く瞳に苦笑を浮かべざるを得ないのだった。
その後改めて王様の話を聞いてみれば、案の定俺を呼び出した理由はクラスメイトを一刻も早く元の世界に返すために今後も助力して欲しいという申し出だった。
ちなみに今回の召喚に於いてラクロノースが下級神と思われる存在からの干渉を受け、本来喚び出す予定の人数を大幅に超えての召喚になったこと、本来喚ぶ予定だった者たちに振り分ける力を全員に分散させたことに関しては、すでにラクロノースの眷属から知らされていたらしい。
必要となる魔晶石の数も王様たちは知っていた。
「三百を超える上質な魔晶石を集めるのは困難ではありますが、クライル殿のお力添えがあれば可能かと」
そう締めくくったのは宰相と思しき重鎮さん。
国政に外交に救世主問題に……と、あまりの目まぐるしさに王様はもちろんのこと、この場にいる重鎮勢はほとんど家に帰ることもできずに城に詰めているのだとか。よく見るとみんな疲れ切った顔をしている。
「それは構いません。私としてもそのつもりでしたので。ちなみに魔晶石集めに関連する話なのですが、皆様は希少石をご存知ですか?」
この国の人が相手なら隠す必要もないだろう。そう思って切り出せばざわめきが起こった。
「知っている。が、何故ここで希少石の話が?」
手の一振りで周囲を鎮めた王様が不思議そうに問いかけてくる。
「実は私、ラクロノース様にお会いする機会がございまして。聞けば、希少石ひとつで上質な魔晶石十個分に相当する力を秘めているそうです。なのでもし希少石が手に入るようであれば、積極的に集めていただければと」
「それは……どれほどの金額を吐き出すことになるか……」
渋い顔をしているのは財務大臣的な重鎮さんなのだろう。眉間に皺を寄せて唸り始めた。
やっぱり希少石は購入しようと思うと高いのか……これはエインルッツ王国側で集めてもらうのは諦めたほうがいいかな。
「無理にとは申しません。ただもし手に入るようであればと思っただけですので。ちなみに私の方でひとつ確保しておりますので──」
「なんと! 希少石をお持ちなのですか!?」
重鎮のひとりが驚愕の声を上げる。一瞬、希少石は人を狂わせるという言葉が頭を過ったので首肯しつつも「今は手元にありませんが」と告げた。
「どなたにお預けになったのかは存じませんが、手放してしまうともう手元に戻ってこないかもしれませんぞ?」
「そこはご安心ください。きっと誰がその名を聞いても安心できる御方に預かっていただいておりますので」
淡々と返しながら微笑んで見せると、横からロイヤーがこそっと……のつもりなんだろうけど、そのやけに通りのいい声のせいで全然潜められない声で聞いてきた。
「スワイズ様に預けたんだろう? ストレイル様がちょくちょく自慢されて面倒くさいと仰っていたぞ?」
「スワイズ様に!? ははぁ、神に預けたというなら確かにこの上なく安心ですな」
うん、見事に筒抜けになったな。まぁいいけど。ていうかスワイズ様、ストレイル様に自慢してるって何を自慢してるんだろ。謎だ。




