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女神様の眷属  作者: みぬま
エインルッツ王国 商業都市マルトレン編
59/113

再びマルトレンへ

 行きは他の人が落ちないかハラハラしながら登った山道も、自分ひとりだとあっという間に下り切った。

 念のため山裾の森を西側から抜け、朝を待ってマルトレンに入る。あまり意味はないかもしれないけど、用心に越したことはないだろう。



 街に入ると朝早い時間にも拘わらずメインストリートはすでに賑わっていた。その様子を横目にさりげなく道の端に寄って、改めて街中の様子を窺ってみる。


 うーん、特におかしな感じはしないな。本当に間諜なり何なりが入り込んでいたのだろうかと疑問に思うくらい、何の変哲もない日常がそこにある。

 とは言え、まだ油断はできない。とりあえず領主様のところに行って状況を聞いてみよう。


 そんなわけでさっそくメインストリートを避けて裏道に入り、領主邸を目指す。

 ちなみにテックス様から仮面をもらって以降、白夜は基本的に俺の肩に乗っている。なのに誰もその姿に驚いたり注視したりしてこないんだよな。たぶんだけど、姿を隠す魔法か何かを使っているんだろう。


 そんなことを考えているうちに領主邸に到着した。しかしここではたと気付く。前はヴェントさんが一緒にいたからすんなり入れたけど、俺単独でどうやって中に入れて貰えばいいんだろう、と。

 門番さんに事情を説明したら何とかならないかな。


「あの……」

「あっ! お話は伺っております、どうぞ中へ」


 門番さんは俺の顔を見るなりあっさり中に通してくれた。あまりの肩透かしっぷりに言葉を失っていると、邸の扉が静かに開かれ、中からヴェントさんが現れる。

 迅速すぎる対応に思わず門番さんを振り返れば、門番さんの後ろに魔法使いらしき女性が控えていた。目礼されたので会釈を返す。

 えーと、これは伝達の魔法を使ったってことでいいんかな?


「クライル殿、どうぞこちらへ」


 この領主邸は前庭を広く取っていない。なのですぐこちらに到着したヴェントさんの案内で領主邸に入る。

 歩きながら念のため邸内の気配をざっくり確認したけど、現時点で怪しい動きをしている者はいなそうだ。


「よくぞご無事で」

「領主様とヴェントさんのご助力のおかげです」

「皆様もご無事ですか?」

「はい、信頼できる御方に預けて参りました」


 小声でのやりとり。それでも言葉を濁しながら互いの状況を確認していく。


 領主邸では使用人が五人ほど捕らえられたそうだ。緊急時に姿が見えなかったこと、状況が落ち着いてからも姿を現さなかったことから邸内を徹底的に探し、脱出を図ろうとしているところを確保。しかし全員が自害し、出自も偽られていたことから、どの国の手の者かはわからなかったとのこと。


「現状としては、他に怪しい者がいないか探っているところです。なのでまだここに戻られるのは危険かと」

「そうですね、彼らはこのまま戻らない方がいいでしょう」

「……クライル殿も、なんですけどね」


 ヴェントさんに苦笑を浮かべられて、首を傾げる。俺も?


「あ……そうですね。ああ、もう、どうしてこう考えが足りないのか」


 しばし思考してその理由に思い当たり、自分で自分にがっかりする。

 洋介たちがこの邸から脱出する際に俺が同行していたことは相手側にも知られている可能性が高い。なのに俺がのこのこと領主邸に姿を現した。となればどうなるか。考えるまでもない。敵の手の者が残っているならば動向を監視・追跡されること請け合いだろう。

 あーあ、本当に馬鹿だな俺。


「しばらく向こうに戻るのはやめときます……」


 肩を落としてそう告げると、ヴェントさんは慌てたように手を振った。


「ああっ、そういう意味ではなく……いえ、そういう意味もあるのですが、クライル殿自身の身の安全も気がかりでして」


 どうやらヴェントさんは俺の心配もしてくれていたらしい。

 それはそれで言われてみれば確かに、と思い至る。けど同時に、もし俺に手を出してくるようならそこから相手を割り出せないだろうかとも考えてしまうわけで……。


 いや、こういうのを慢心って言うんだよな。ドイロックでも反省したのに、またやらかしそうになってしまった。


「ご心配いただきありがとうございます。しかし状況を把握できてよかったです」

「そうですか。お力になれたなら光栄です」


 そう言ってヴェントさんが立ち止まった場所は、見るからに立派な扉の前。扉を守るように立っていた護衛兵が扉をノックし、「クライル殿がお見えです」と声をかけた。室内からは「どうぞ」という領主様の声が返ってくる。

 どうやら俺がここに来たことは領主様にも伝わっているらしい。まぁそうでなければこんなすぐに面会が叶うわけがないか。


 護衛兵が扉を開けると、そこはいかにも執務室と言わんばかりの部屋だった。領主様は正面に置かれた大きな机の向こうに立っており、俺の姿を認めるなりふくよかな体を揺すりながらこちらにやってくる。


「どうぞ中へ」

「はい、失礼します」


 にこやかな顔。けれどどこか穏やかではない空気。

 いまだに解けない警戒心の名残らしく、その瞳もどことなく剣呑な光を宿していた。


 室内に入るとヴェントさんが下がり、護衛兵が扉を閉める。すると必然的に室内は俺と領主様のふたりだけになった。

 何というかニムさんやカントさんもそうだけど、俺に対して警戒心がなさすぎなんじゃないかな。疑う素振りが見られないというか、護衛兵を締め出すなんて……と思っていたら。


「挨拶は省かせていただきます。実は国王陛下から、もしクライル殿が戻って来られたら急ぎ伝えて欲しいとお言葉を賜っておりまして」


 おっふ。そっか、それだぁ。国王陛下が信頼してくれているからニムさんもカントさんも、そして領主様も俺を信用してくれてるのか。なるほどなるほど。

 ひとり納得しながら続く言葉を待っていると、領主様はひと呼吸置いてこう告げた。


「至急王都に来て欲しい、とのこと。陛下はクライル殿が救世主様たちのために力を尽くしていらっしゃることをご存知です。恐らく今回拐かされた方々のことも含め、お話があるものかと」

「そうですか……」


 これだけ切羽詰まった状況だ、頼れるものには頼りたいということなんだろう。そんな意図が透けて見えてもこちらとしては否やはない。


「わかりました。ではすぐにでも向かいましょう」


 問題があるとすれば、洋介たちへの連絡だけど……それはあとで白夜にお願いしてみよう。


「ありがたい。本当に、貴方が救世主様たちの味方でよかった」


 ここで自分の国の味方だと言わない辺りがこの国の領主様らしさだと思う。傲慢さのない、謙虚な姿勢が滲み出ている。

 そんな言葉を受け取って、こちらからは脱出時の助力への感謝と辞去の挨拶を述べると、領主邸を後にした。


 さっそく王都に向かうべく歩き出す。

 すると歩き出して間もなく、様子を窺うような視線を感じ取った。やはりまだ間諜か何かがその辺に潜んでいたらしい。

 でも今から向かうのは王都だし、そこにクラスメイトがいることは周知の事実だ。追跡されて困ることはないだろう。


 とは言え、捕まえられそうなら捕まえようかなと思ってたんだけど……俺がマルトレンを出て王都方面へと歩き出すと、追ってきていた視線は消えてしまった。

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