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女神様の眷属  作者: みぬま
エインルッツ王国 商業都市マルトレン編
56/113

武聖エンディル

 翌日は日が昇ると共に目を覚まし、朝食代わりの携帯食糧を口にして早々に登山を再開した。

 ちなみに委員長からは交替で夜間の警戒をしていたのにどうして自分を起こさなかったのかと問い詰められたけど、カントさんが対応してくれてことなきを得た。とは言っても委員長は納得してなさそうだったけど。


 なにはともあれ、その後の登山は順調。足場が狭いということもなく、ただひたすら急な上り坂を登って昼前には山頂に到着した。

 しかし山頂と言っても素晴らしい眺望が広がっているわけではない。目の前に広がっているのは休息を取った広場よりさらに広い平場と、その周囲を囲うように岩の柱が不規則に並んでいる光景だ。

 まるで岩山の天辺をくり抜いて平らにしたような……くり抜いたんかな……くり抜いたんだろうな……。


 疲労で座り込んだ面々を横目につい遠い目をしていると、背後に気配を察知。振り向き様に錫杖を掲げ、襲いくる斬撃を受け止めつつ襲撃者を確認する。


「よぉ、久しぶりだなぁ! クライル!」


 うへぁ、分かっちゃいたけどやっぱり知ってる顔だったよ!

 目の前には見覚えのある髭面のストレイル様の眷属──エンディルがいた。真紅の曲刀を振り下ろした姿勢で、実に楽しそうな笑顔を浮かべている。


「武聖ってお前かよ、エンディル!」

「よしよし、ちゃんと覚えてたな。褒めてやろう!」

「とか言いながら攻撃すんな!」


 次々と叩き込まれる斬撃を錫杖で往なす。しかし筋力で劣っていることもあって後退しながら受け流すので精一杯。

 不意を突かれたのもよくなかった。向こうが優位に立って勢いよく攻め立ててくるこの状況では流れを変える隙がない。


 それでも速度でついていけること、筋力で劣っていても対応可能な範囲だから多少は余裕がある。心配事があるとすれば、卵が割れないかだけど……。


「そりゃあ何だ? 神鳥の卵か?」

「崖の途中にあった巣で拾ったんだよ──っていうか、ちょっとは手加減しろよ!」


 どうやらエンディルも卵に気づいたらしい。しかし攻撃の手が緩むことはない。剣と錫杖が打ち合わされる音が間断なく鳴り響く。


「手加減したらお前のためにならんだろうが!」

「あーもう! 鬱陶しい!」


 しかしまぁ、ここにいたのがエンディルでよかったかもしれない。ニムさんが言ってた通り、こいつは卑怯な手口を嫌うタイプだ。洋介たちを匿うのにも力を貸してくれるだろう。


「つうかお前、もう同行者連れてくるくらい地上に馴染んだのか」

「馴染んだっていうかちょっと問題が発生してさ、そのことで話が──って速度上げんな!」


 いいタイミングで洋介たちの存在に気づいてくれたから事情を説明しようとしたのに、どうやらあちらさんはテンションが上がってきたらしい。斬撃の速度が上がった。

 一応この速度でもまだついていけるけど、散々攻撃を流されていながら一切体勢を崩さない相手には舌打ちしそうになる。


「ぶ、武聖殿……! どうか剣をお収めください!」


 勇気を出して声をかけたのだろう、若干震える声でカントさんが呼びかけた。

 でもせっかくの勇気も何の意味も成さない。こいつに話を聞いてもらいたければ気が済むまで相手をしてやるしかないのだから。


「カントさん、この武聖とやらはある程度相手をすれば話くらい聞いてくれるので少々お待ちください!」


 散々口調を崩していたものの、相手がカントさんなら敬意を払う。それが面白くなかったのだろうか、エンディルの剣速がさらに増した。


「お前でも殊勝な態度がとれるんだなぁ?」

「もともと敬意を払える相手には敬意を払ってただろ?」


 例えば神様とか神様とか神様とか。

 あ、一柱を除く。


「つまり俺には敬意を払えないと」

「敬意を払って欲しけりゃ今すぐ剣を収めて話を聞け!」

「やーなこった!」


 何が「やーなこった!」だ、このジジィめ!

 見た目こそ三十代半ばに見えるけど実年齢はその数倍に及ぶ。なのにこの態度!


「子供か!」

「俺なんてまだ赤子みたいなもんさ」

「誰と比べてんだよ?」


 優に百を超えててまだ赤子を自認するとか、一体何基準なの。


「ストレイル様」

「ばっかじゃねぇの?」


 返ってきた答えに思わず真顔になってしまう。神様と比べたらみんな赤子どころかこの世に誕生すらしてないわ。


「──で、何の用でここまで来たんだよ?」


 攻撃の手を緩めないまま問いかけられて、ようやく話を聞く気になったかと内心胸を撫で下ろす。


「ラクロノースの召喚の件は知ってるだろ?」

「おまっ……神様相手に呼び捨てかよ!」

「いいんだよ、許可はもらってるから。で、知ってるよな?」


 問いを重ねるとエンディルは押し込むような一撃を放って距離を取った。そして曲刀を鞘に収める。

 ふぅ、これでやっと落ち着いて話ができるな。


「知ってるに決まってんだろ」


 まぁそうだよな。エンディルは俺がどういった経緯でサリスタ様の眷属になったのか知ってるんだし。


「召喚の儀が行われたエインルッツ王国の意向については?」

「知ってる知ってる。救世主たちを元の世界に返そうって考えてるんだろ?」


 結構知ってるじゃん。なら話が早い。


「そうそう。それで他の国が救世主を自分たちの国に引き渡せって言ってきたらしいんだよ。で、多分国王陛下はそれを突っぱねた。結果、人攫いが発生した」

「はぁ? なんだそら」


 エンディルの声が一際低くなり、ぞっとするような殺気が放たれる。俺は慣れてるから平気だけど、向こうにいる四人は竦み上がってるな。しかし話を中断するわけにもいかない。しばらく我慢してもらおう。


「状況は?」

「すでに三人がどっかの国の手先に連れ去られたらしい。で、そこにいるふたりもマルトレンにいるところを狙われてここまで逃げてきた」

「なるほど……つまり追いかけてくる人攫いどもを懲らしめればいいんだな?」


 おぉう、殺気が強まってしまった。あんまり殺気が強くなりすぎると後ろの四人が気を失ってしまうかもしれない。エンディルの思考をもうちょっと穏やかな方向に誘導しなければ。


「それは憲兵の仕事だろ。地上のことは地上の人たちに任せて、俺らは俺らにできることをしよう。んで俺が考える最善は、あのふたりをここで匿いながら強くすることなんだけど……どう思う?」


 追手を殺すのではなく逃げ延びてきたふたりを守る方向に話を持っていく。するとエンディルは殺気を治めてにやりと笑った。


「なるほど、俺に弟子を取れと」

「あっ、そういうことになるのか」


 そこまでは考えてなかった。ちらりと背後を振り返ると、青ざめながら話の行方を見守っている洋介たちの姿が。さすがに弟子入りを勝手に決めるのはだめだよなぁ。

 とりあえず意思確認をすべく四人に駆け寄った。


「えーっと、望めば武聖殿が弟子入りさせてくれるそうなんですけど」

「おまっ、今さら取り繕ったっておせぇよ!」

「いやいやあれはほら、荒っぽいことをしてると口調も荒くなるやつですから」


 洋介の言葉に笑って返すと、恐る恐るといった感じでニムさんが口を開いた。


「あの……クライル殿は武聖様とはどういったご関係で?」


 ああ、ね。そりゃ気になるよな。

 でもどう説明したらいいんだか……と思考を巡らせていると、エンディルが俺の肩に腕を回してきた。


「こいつなー、羨ましいことに俺の主の唯一の弟子なんだよ」

「は? 羨ましい? 何も知らずに弟子入りさせられた俺の気持ちも考えて」


 あの地獄の特訓が羨ましいだなんて、頭がおかしいと思う。

 だと言うのに。


「だから羨ましいっての」


 これである。意味がわからない。


「吐こうが限界がこようがお構いなしに続く鍛錬を味わいたいと?」

「俺なら耐えられるね!」

「このマゾヒストめ……」


 なんでこう脳筋って暖簾に腕押しなんだろう。

 げんなりしつつ洋介たちの方に向き直ると、ニムさんとカントさんがガクガクと震えていた。えっ、何? どうしちゃったの??


「ぶっ、武聖殿の主って……」

「ま、まさか」


 あ……!


「ヨウスケ殿、ちょっとこの卵預かってもらえます?」

「へ? いいけど」

「エンディル、ちょっと面貸せ」

「おっ、やるか?」


 師匠が誰なのかバラされてちょっと苛つきながらエンディルの肩を掴む。しかしエンディルはめちゃくちゃ乗り気でついてきた。

 この脳筋め!


「この脳筋め!」


 折角だから心の中だけじゃなく直接言ってやる!


「お前もなー」

「俺は違うし!」

「違わねーし!」


 うぁあ〜、ものっすごいストレス!

 しかしこれ以上言葉を交わす必要はないだろう。語るべきことは全て一撃一撃に込めて叩きつけてやる!


「覚悟しろよ!」

「そりゃこっちの台詞だ!」


 斯くして、実に幼稚なぶつかり合いが始まった。

 うん、ちゃんと幼稚だって自覚してたさ。はぁ。

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