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女神様の眷属  作者: みぬま
エインルッツ王国 商業都市マルトレン編
52/113

山腹の洞

 北東の山は途中まではなだらかな傾斜の穏やかな山だった。しかし登るにつれて様相が変わっていき、土は岩肌に、木々は岩壁へと変貌する。同時に傾斜もきつくなっていった。

 なんというか……いかにもストレイル様の眷属が好みそうな修行場だ。


 そんな山道を黙々と登っていく。

 一日の疲労が蓄積している上に追われているという精神的負荷もあって、さらに言えば夜の山道は危険だというのもあって、日が昇るまで休息を取ってきたものの……道はますます険しくなっていき、足場は狭く、片側はほぼ垂直の岩壁、もう片側もほぼ垂直に落ち込む崖へと変わっていけば気も滅入る。



 そしてそれは、そんな険しい山道で起こった。



「あっ……」


 小さな声。傾く委員長の体。


 委員長が足を踏み外した。そのことを理解するなり、すぐ後ろを進んでいた俺は咄嗟に手を伸ばした。しかし僅かに間に合わない。


「先に進んでいてください!」


 残る三人に呼びかけ、委員長を追って谷底へと身を投げ出す。洋介が何か叫んだけど鋭い風の音が聴覚を阻害してよく聞き取れない。そんなことよりも委員長を回収しなければ。


「瑠璃!」


 呼びかれば全て承知だと言わんばかりに瑠璃が体を伸ばし、委員長を確保。そのままこちらに引き寄せてくれたけど、委員長は気を失っていた。しかしこれは好都合。


「瑠璃、頼む!」


 再び瑠璃に呼びかけて岩壁から突き出している木に引っかかることに成功。縄状になった瑠璃が木と体に巻きつき、岩壁に衝突する前にクッションになってくれて事なきを得る。

 その後何度か振り子のように振り回されて、ようやく落ち着いたところで周囲を見回してみた。

 しかし、上を見ればどこから落ちたのかわからないほど切り立った岩肌。左右を見ればわずかに湾曲しながら伸びていく岩肌。下を見ればすとんと落ちている岩肌……。


「おっふ。これどうしたらいいんだろ」

「ねぇ、あれって洞じゃない?」


 委員長を抱えて宙ぶらりんになりながらぼやくと、白夜が何かを見つけたらしい。意識を誘導され、斜め下を見てみる。すると白夜が言う通り、絶壁の中に黒い横穴らしきものが見えた。


「とりあえずあそこに行くか。瑠璃、ちょっとずつ伸びてもらっていいか?」


 声をかけると瑠璃からは「了解」という意思が伝わってきた。指示通り瑠璃がゆっくりと伸びてくれて、少しずつ下へと下がっていく。洞の横に来たら伸びるのを止めてもらって岩壁を蹴りながら洞に近づき、無事洞の中に到着。

 平らな足場を確保したところで瑠璃には腕輪に戻ってもらい、念のため奥に魔物がいないか確認してみる。


「何もいないみたいだな」

「でもこんな所に穴があるのも不自然だからね、警戒は緩めない方がいいよ」

「了解」


 とりあえず一時的とは言え安全地帯を確保できたので、抱えていた委員長を地面に横たえる。そこでふと気になった。


「あれ? 委員長たちって旅の荷物とか持ってないのか?」

「王都とマルトレンの往復なら大した準備は要らなかったんじゃない? それにあの時は急いでたから荷物を持ってこれなかったのかも」


 それはあり得る。そうなると心配なのは洋介たちの方だ。こっちは俺が旅用の道具を揃えているからいいとしても、洋介たちは食糧もなくて困っているのでは……。

 それに俺がいなくなったことで魔物が寄ってきてるかもしれない。あんな狭い足場で魔物に襲われたらひとたまりもないだろう。


「これは早いところ合流した方が良さそうだな」

「ていうかキミ、ペンダント使えばヨースケだっけ? あの人とは連絡取れるでしょ」

「あっ!」


 白夜の指摘に呆然としてしまう。ペンダントの存在を完全に失念してた……。

 ということで、白夜に頼んでペンダントに魔力を流してもらう。しばし待つと、応答があった。


『アキ……じゃない、クライルさん! 無事か!?』

「はいはい、無事ですよ。ご心配をおかけしたようで」

『委員長は!?』

「もちろん無事ですよ」


 委員長がいつ目覚めるかわからないのでなりきり聖職者バージョンで応じていると、洋介は腹の底から吐き出したような深いため息をついた。


『……っとに、びっくりさせんなよ』

「いやいや、絶対に何とかなると思ってたので」

『へぇ? その自信の根拠は?』


 あ、これちょっとキレてるな。確かに目の前で谷底に飛び込まれたら肝も冷えるか。


「最近、有能な仲間が増えまして。その仲間のおかげで途中にある木に引っかかることができたんですよ。で、近くにあった洞に避難しました」

『そっかぃ。はぁ〜、もう。本当に、もう。このやろう』

「ごめんごめん」


 何となくいつもの口調で謝ると『ははっ』という笑い声が聞こえてきた。


『まぁ無事ならよかった。で、こっちとは合流できそうか?』

「さぁ? まだこの洞がどこに通じているのかもわかりませんし、崖を登るのが一番確実ですけど……それはハナコ殿には厳しいかなと」

『そんなん俺でも厳しいわ! でも他に手がなければそれっきゃないのか……はぁ』

「とりあえずそれは最終手段ですね。ただこちらとしてはヨウスケ殿たちの心配もありまして。魔物に襲われたりとかしてませんか?」


 やたらとため息の多い洋介にとりあえず状況を訊いてみる。


『クライルさんがいなくなって間もなく魔物に襲われたけど、今のところ問題なしかな』

「そうですか。あと気になるのは食料などの旅の必需品を所持しているかなのですが」

『あっ、そうか……ちょっと聞いてみる』


 ニムさんとカントさんに訊いているのだろう、しばしの間があって『少しはあるみたいだ』という返事がきた。


「少し……がどれくらいかよくわかりませんが、合流するまで保たないようであれば最悪魔物を食べてでも生き延びてくださいね。あと水場の確保もしてください」

『その辺はニムさんとカントさんが詳しそうだから大丈夫。発火石も持ってるらしいし』

「ならよかった」


 そうとわかれば向こうの心配は不要か。多少強めの魔物が出てもここまでの道中の様子なら対処できそうだし。


「それではこちらは合流に向けて周囲を探ってみます。何かあったらすぐに連絡を」

『了解。気をつけてな』

「そちらもお気をつけて」


 通信を切ると、声がうるさかったのだろうか。委員長が小さく呻いて身動ぎした。そのまましばらく様子を窺っていると、うっすら目が開いたので声をかけてみる。


「目が覚めましたか?」

「んん……クライルさん……?」


 まだ意識がはっきりしていないのだろうか、ぼんやりした顔で視線を彷徨わせているので近づいて顔を覗き込んでみる。するとようやく委員長の焦点が定まった。


「体調に問題はありませんか?」

「だい、じょうぶです……!」


 自分が横になっていたことに驚いたのか、慌てて起き上がる委員長。耳まで真っ赤になってるけど、あの高さから落ちたんだし気を失ったからって恥ずかしがることはないと思うよ?


「ここは?」

「崖の途中にある洞です。何とか下まで落ちずに済みましたが、かなり落ちてきてしまったようですね。ヨウスケ殿たちと合流しようと思うのですが、動けますか?」

「問題ありません。助けていただいてありがとうございます」

「どういたしまして。早速ですが、とりあえずこの洞がどこに続いているのか確認してみましょうか」


 先に立ち上がって手を差し伸べる。すると躊躇いがちに手を取って委員長も立ち上がった。

 あ、そうだ。


「そういえばハナコ殿は明かりの魔法は使えますか?」

「え? いえ、明かりの魔法は未習得です……」

「なるほど。なら」


 リュックを漁ってカンテラを取り出す。底面に小粒の魔晶石を放り込んでおくとそこから魔力を引き出して周囲を照らしてくれる、魔力がない人でも使える魔法道具だ。

 これもマルトレンで購入したものだけど、正直買うかどうか迷ったんだよな。買っておいて良かった。


「こちらをどうぞ。私は明かりがなくても問題ないので、ハナコ殿が持っていてください」

「あ、ありがとうございます。助かります」


 素直に受け取った委員長を先導して、洞の奥へと歩き出す。幸い足元はザラついた岩肌で、足を滑らすことはなさそうだ。

 そのまましばらく歩いていくと、洞の奥、やや広くなっている空間に木の枝や枯れ草を雑に編んで作ったようなものが置かれていた。思わず立ち止まると続いて歩いてきた委員長が背中に衝突する。


「うぅ、すみませんっ!」

「いえ、こちらこそ急に止まってすみません。ただちょっと気になるものが」


 そう言って前方を指し示せば、委員長もカンテラを持ち上げてそちらを見た。そして息を飲む。


「これって……巨大な鳥の巣、でしょうか?」

「そのように見えますよね。これはまずいかな」


 巣があるということはこれを作った生き物がいるはずで、この大きさの巣が必要ということはそれなりに大きな生物であるはずで。……ちょっと想像したくないな。

 しかしここで立ち止まっていても仕方がない。慎重に巣に近付き、そっと中を覗き込む。すると巣の中央には三つの割れた卵の残骸と、一つの割れていない卵があった。


「……この子は卵から孵れなかったのでしょうか」

「恐らく。命の気配はありません」


 よく見れば巣も割れた卵の殻もうっすらと汚れていて、乾燥が進んでいる。きっとこの割れていない卵の親と兄弟は孵らなかった卵を残してすでに去ったのだろう。


 何気なく手を伸ばして卵を手に取ってみる。割れていない卵は不思議と汚れておらず、ずしりと重かった。サイズは片手で抱えられなくもない大きさだ。


「まだ奥がありそうですね。行ってみましょう」

「はい」


 卵を抱えて歩き出した俺に、委員長は何も言わなかった。白夜も瑠璃も何も反応を示さなかったから、この卵を持ち出すことに問題はないのだろう。

 そう判断して、改めて洞の奥へと歩き出す。どうかこの先が上り坂になっていますように。

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