◆クラスメイト:大島洋介・5
◆ ◇ ◆
「ちゃんとした護衛がついてるのに俺の護衛っている?」
扉を閉めてから秋生がぼそりと呟く。
「いるいる。ニムさんたちはあくまで人間と一般的な魔物に対する護衛なんだよ。でかい魔物が相手だと経験不足なんだってさ。ところで今なんか魔法使った?」
この一ヶ月で必死に魔法を習得したからだろうか、秋生が話し始めるのと同時に室内に何らかの魔法が施されたのを感じ取った。
「ああ、白夜が防音してくれたんだろ。白夜、助かる」
「どういたしまして」
秋生の仮面が小さな白狐に変わって秋生の肩に着地する。前は気付かなかったけど、この白狐も神々しい感じ……神気だったか。あれを纏ってるな。
「なぁ、その白い狐も神様関係?」
「そうそう。名前は白夜、スワイズ様の眷属だ」
「どーも」
おっふ。これでスワイズ様との関わりが判明したな。あと判明してないのはラクロノース様だけか。
「どうも、二度目まして? ビャクヤって名前、俺たちの世界の言葉みたいな響きだな」
「まぁね」
何やら躱された気がするけどこれ以上は踏み込まない。上位者っぽい存在の不興は買いたくないしな。
「んで? お前と関わりのある神様はスワイズ様だけじゃないんだろ?」
「うーん……まぁ洋介に隠す意味はないか。スワイズ様以外で関わりのある神様は、ストレイル様とテックス様だな」
あれ?
「ラクロノース様とも関わりがあるんじゃないのか?」
「え?」
不思議に思って問いかけてみれば、秋生が怪訝そうな顔になる。仮面がないおかげで表情の変化がわかりやすいな。
「……何でわかったんだ? でもラクロノースとは一回会っただけで、そんなに深い関わりはない……と思いたい」
おいおい、ラクロノース様のことは呼び捨てなのかよ。
ていうか一回会ったって……直接会ったってこと? 神様ってそう簡単に会えるもんなの?
「そういえばそのことで洋介に話があるんだった。あとそっちの状況も知りたいんだけど、この一ヶ月は全然連絡がなかったな」
「それな。そもそも俺たちって常に誰かと行動を共にしてるからひとりになるのが難しいんだよ。それに部屋も完全な防音じゃないから外に声が漏れてるっぽくてさ。だから何となく連絡を取りづらかったというか」
唯一あのペンダントを使った時も部屋の中で叫んだ声ははっきりと廊下に聞こえてたみたいだし、普通の話し声なら聞こえないのかというと怪しいものがある。そう思うとどうにも連絡しにくくて、そのままになっていた。
せっかくの道具が宝の持ち腐れ……と思っていたら。
「ならキミが防音の魔法を覚えればいいんじゃないの? 教えようか?」
白夜がそんな提案をしてきた。
「是非!」
前のめりになってお願いしたら、白夜はすぐに防音の魔法を教えてくれた。
白夜、めっちゃ教え上手だった。おかげであっという間に習得できちゃったよ。ちょっとびっくり。
「話を戻すけど、ラクロノースと会った時に聞いた話を伝えとくな」
ひと段落したと判断したのだろう。秋生が話を切り出す。
ラクロノース様から聞いた話とくれば元の世界に戻るための情報のはず。俺は背筋を伸ばして耳を傾けた。
「あいつが言うには向こうの世界からこっちの世界に召喚するのと、こっちの世界から向こうの世界に送り出すのでは必要になる魔晶石の数が倍以上になるんだとさ。ただその辺はラクロノースの方である程度融通してくれるらしい。それでも必要な魔晶石はひとりあたりおよそ十個。つまり合計で三百十個必要になる」
「さんびゃく!?」
あまりの数に目が回りそうになる。えぇ、そんなに必要なの?
しかも上質な魔晶石はあのでかい熊の魔物みたいのを倒さなきゃ手に入らないんだろ?
「うへぇ……」
「まぁでも俺の方で現時点で二十個に相当する数を集めたから、残りは約二百九十個だけどな」
……ん? ちょっと待て。ついスルーしかけたけど、ひとりおよそ十個必要で、その合計が三百十個って言ったか? それだとひとりぶん足りないだろう。
そのことに思い至ると同時に、前々から疑問に思ってたアレを聞くチャンスなのではと思った。俺は覚悟を決め、ドヤ顔をしている秋生をまっすぐ見据える。
「なぁ、秋生」
「ん?」
「お前さ、もしかして……元の世界に帰る気ないのか?」
よし言った! 言ったぞ俺は!
けど言った直後から緊張と不安で心拍数が上がっていく。答えは何となく確信している。でもそれを本人から直接聞くとなると──
「帰る気がないというか、帰れないんだよ俺は」
「……ん?」
予想通りなのに何かしっくりこない言い回しに、速度を上げていた鼓動が鎮まっていった。理解が追いつかなくて首を傾げると、秋生は備え付けのソファーに座り話を続ける。
「不思議そうにされても困るんだけど……わかりやすく言えば、俺は一度死んでるんだよ。死んで、サリスタ様の力で生き返った。つまりサリスタ様の力が届かないところに行けば俺はまた死ぬことになる」
淡々と告げられた言葉に衝撃を受ける。同時に納得してしまった。
言われてみれば確かにそうだ。秋生は死んだ。なのに今こうして話ができるのは、サリスタ様が秋生を生き返らせてくれたからだ。なら秋生に作用しているサリスタ様の力が消えたらどうなる?
──答えなんて、決まっていた。
そして悲壮さも何もない平坦な声から、秋生は自分の状況をすでに受け入れているのだと理解する。
理解はしたが、目の前が真っ暗になった気がした。
「まぁそんなに気に病むなって」
ぺしっと音を立てて額を叩かれる。定まらなかった焦点を正面に向ければ、いつの間にか目の前に立っていた秋生が苦笑していた。
同時に、落ち込んでいた気持ちが恐いくらい浮上していく。これは、まさか。
「お前、奇跡の力を使ったな?」
「ここで落ち込まれても俺が困るだけだしな。とりあえずお前たちはこれまで通り生きて帰ることを最優先に頑張ってくれよ。俺はこの世界を気に入ってるし、向こうには兄貴も妹もいるから何とかなるだろ」
軽い。あまりにも軽い。それを一体誰がどうやってお前の家族に伝えればいいって言うんだ。
けれど確かに悩んだところで何かが変わるわけではない。このまま秋生に生きていてもらうには、元の世界に連れて行くことなんてできないのだから。
「わーかったよ。つぅか奇跡の力恐いんだけど。何このふわふわ感」
「一応加減したんだけどな。まだ強かったか」
まるで実験結果を確認するような秋生の様子に、もうコイツの心配をするのはやめようと決意した。
心配するだけ無駄だ。秋生にはこんなのとは比べものにならないくらい強い再起の加護があるんだ。ならばそうそう気に病むこともないだろう。
「あっ、そうだ。もう一つ聞きたいことがあったんだ。お前が魔晶石集めを急ぐ理由って何なんだ?」
「あー……それね」
危うく聞きそびれるところだった。しかし秋生は困ったような顔になる。
「それを聞いてくるってことは多分、王様側がお前たちに情報を伏せてる可能性があるんだよなぁ。それを俺が言ってしまっていいものか」
「でも自分たちの状況を知らないっていうのも酷じゃない?」
「まぁなー」
白夜の助け舟に感謝していると、覚悟を決めたのか秋生がこちらに向き直る。
「委員長の心労を増やすのもどうかとは思うんだけど──」
そう話し始めた秋生の声を打ち消すように、突如激しく扉がノックされた。必然的に会話は中断し、全員の視線が扉に集まる。そして。
「ヨウスケ殿! 至急お伝えしたいことが!」
聞こえてきたニムさんの声は、聞いたことがないほど切迫していた。




