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女神様の眷属  作者: みぬま
エインルッツ王国 商業都市マルトレン編
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商業都市マルトレン

 四方八方から聞こえてくる呼び込みの声、値切る声、他愛のない会話。広く取られた道には数えきれないほどの露店が並び、多くの人々がひしめき合っている。


 そんな環境に一時間と耐えられなかった俺は、静かな場所を求めメインストリートからの脱出を試みた……はずなんだけど。


「おかあさーん! うわぁあん!」


 肩の上で泣きながら母親に呼びかける少女に付き合うこと数時間。この少女を見つけた場所からできるだけ動かないようにしていたらいつの間にか周囲にほかの迷子たちも集まってきて、気が付けば迷子保護所みたいになっていた。

 どうしてこうなった。


「その子うちの子です! ありがとうございます、神使様!」


 内心途方に暮れながら順番に迷子を肩に乗せて親に呼び掛けさせていたら、女の子の母親が来たらしい。目に涙を浮かべながら少女に向かって手を伸ばす。しかし。


「しんしさま、そのひとおかあさんじゃない!」


 少女が叫ぶ。うむ、これで何人目かな?


「人攫いとは感心しませんね。衛兵さーん!」


 衛兵さんに呼びかけながら自称母親の腕を掴む。すると背後の路地で警戒していた衛兵さんが飛び出してきて、自称母親改め人攫いを引っ捕らえた。


 どうもこの街には迷子を攫って人身売買を行う悪人がいるらしく、明らかに余所者な俺が迷子を保護しているのを見て親を名乗る輩が次々と現れる。

 まぁ俺もこの子らの親の顔なんてわからないから最初はうっかり引き渡しそうになったんだけど、子供の方が自分の親じゃないって言うから渡すわけにもいかず。


 そんなこんなで人攫いをとっ捕まえたのはいいけど対処に困っていたら、近くの露店主さんが衛兵を呼んでくれたのだ。そうしたら何故か親とはぐれた子供たちが続々と集まってきて、その様子を見ていた衛兵さんが応援を寄越してくれて……現在に至る。


 協力者は衛兵さんだけじゃない。左右で露店を開いている店主さんも目を光らせてくれているので、迷子にとってここは安全地帯となっていた。




 結局その後も日が沈むまで迷子に付き合って、最後は衛兵さんに子供たちを任せてその場を離れた。途中適当な店で軽く夕食を摂って、確保していた宿に戻るなりベッドに倒れ込む。


「ふぅ……とんだ一日だった」

「結局買い物しなかったね」


 今日は商業都市マルトレンに到着して二日目。意気揚々と街の探索に出てみたものの、まさかこんなことになろうとは。


 っていうかさ、この街の人って迷子がいても放置なんだよな。まぁ近くの露店主さんや通りすがりの人たちもちらちら迷子の様子を見てたから気にはかけていたんだろうけども。

 あとあんな大量の迷子が発生する街ってのもどうよ。何も対策してないんだろうか。


「あー……」


 こりゃこの街にいる間ずっと迷子が気になって落ち着かないな。どうしたもんか。


「別の街に行く?」


 俺の内心を読み取ったように白夜が問いかけてくる。それに対して俺は「そうするか」と即答した。すると瑠璃も同意するようにぽよんと跳ねる。


「ここからだと東に行けば港街オーシェンド、北に行けば山越えになるけど長閑な農村がいくつかあって、その先に辺境都市ロンティアがあるよ」

「港街か……ここみたいに人がすごいんだろうな」

「いや、他国や遠隔地との交易の要ではあるけど露店が少ないから、ここみたいに道いっぱいに人がいるようなことはないよ」


 そう言われると迷うなー。マルトレンの賑わいにわずか一日で疲れ果ててしまった身としては、長閑な農村っていうのもかなり魅力的だ。でもまだ俺はこの世界をよく見れていないというか、よく知らない。そういう意味ではオーシェンドの方が魅力的なんだよなぁ……。


 などと迷っていると、部屋の扉をノックする音が。宿にいて人が尋ねてくるなんて想定外だからちょっとびっくりした。

 一体誰なんだと思いつつ、仕方なく起き上がる。


「どちらさまですか?」

「お休みのところ申し訳ございません。こちら、クライル殿のお部屋で間違いありませんか?」


 おや、俺の名前を知っている? どういうことだ?


「合ってますけど……どちらさまですか?」


 先ほどと同じ問いを繰り返せば、扉の向こうの人が慌てたように「失礼しました!」と声を上げた。


「私はマルトレンの領主フーシル様の従者をしております、ヴェントと申します。フーシル様よりこの宿に宿泊しているサリスタ様の神使様、クライル殿を領主邸にお招きするよう命じられております」


 マルトレンの領主様が俺を?

 よくわからないけどとりあえず扉を開いてヴェントさんと対面する。扉の前にいたのは二十代前半と思しき青年だった。その整った服装と丁寧な物腰から領主様の従者という言葉に信憑性がでてくる。


「なぜ私を?」


 俺の問いかけにヴェントさんは恭しく一礼し──そうして聞かされた理由に、俺は「はぁ?」と素の声を上げてしまった。




 聞かされた理由。それは、国王陛下が遣わした使者がマルトレンに到着するまで俺を手厚くもてなすよう、国王陛下から領主に命が下ったというものだった。


 ちょっと王様、どういうことだよ?

 ていうかどうして俺がここにいることを知ってるんだ? 俺がマルトレンに到着したのは昨日の夕方だぞ? どんなに急いでもここと王都を往復するには──いや待て。この世界には魔法があるんだった。遠隔地と連絡を取る方法があってもおかしくないか。


 いずれにせよ、領主様からの申し出を断れるはずもなく。


「よくぞいらした、クライル殿!」


 ふくよかな男性、マルトレンの領主様の出迎えを受け、俺は領主邸の中へと招き入れられた。


 しかし王様もやり手だ。領主が国王から命じられているという事実をそのまま俺に伝えさせるとか、そんなの絶対に断れないじゃん。断ったら領主様の面子が潰れるんだろ?

 そんで断れないことを見越した上でこういう手段を取ったんだとすると、敢えて使者を立ててまで俺に伝えたい用件があるということだろう。うーん、王様は一体俺に何を伝えたいんだろうか……。


「衛兵隊から報告が上がっております。本日は我が街で迷子を多数保護してくださったとか。人攫いの捕獲にもご協力いただいたそうで」


 思考に沈みかけていると、領主様から話しかけられた。


「ああ、はい。あの……その件で気になったことをお聞きしてもよろしいですか?」


 振られた話題にこれ幸いと問いかけてみれば、「どうぞどうぞ」と許可が出たので早速聞いてみる。


「毎日あのように多数の迷子が発生しているのでしょうか? 人攫いも出ているようですし、何か対策を取られたりとかは……」


 俺の問いに領主様は眉尻を下げた。


「その件に関しては我々も手を焼いてるところでして。人攫い対策で衛兵隊には警邏を優先させて、迷子に関しては各家庭での対応を求めているのですが……結果は芳しくありません」


 まぁそう簡単にはいかないか……と思いながら聞いていたら突然領主様がにこりと微笑んだ。


「しかし今日の報告を聞いて思うところがありまして。今後はクライル殿のように迷子の保護を優先した方が良さそうですね。見知らぬ者が親だと名乗り出れば子供の方が拒絶する。そうやって子供を保護しながら人攫いを見分けて捕らえる方法もこれからは取り入れていこうかと」

「それは……お力になれたのなら光栄です」


 そもそもこれまで子供の保護が後回しだったのが気になるところだけど、俺の常識がこの世界の常識なわけではないだろうし、そこは口を噤んでおく。

 とりあえずこの街の迷子問題は少しはマシな方向に舵を切っただろう……と思いたい。


「夕食はすでに摂られたとのことで、部屋の用意をさせていただきました。マルトレンに滞在中はご自由にお使いください」

「お心遣いありがとうございます」


 領主様自らの案内でいかにも高貴な人を宿泊させるような部屋に通された。国王様効果が凄すぎる。個人的にはもっと質素な部屋がいいんだけど、そんなこと言えるわけもなく。

 故に表向きは笑顔を崩さず、内心では渋々と、案内された部屋を拝借することと相成った。

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