◆クラスメイト:桜庭花子・1/大島洋介・3
◆ 桜庭花子 ◆
この世界に来て約二ヶ月が経過した。
クラスのみんなはクライルさんと出会って以降、この世界で生き残るために真剣に鍛錬を続けている。もちろん私も強くなるために鍛錬を続け、最近は王都の外に出て実戦経験を積んでいるところだ。
そんなある日のことだった。
「ハナコよ、私の頼みを聞いてくれないか」
国王陛下から呼ばれて御前に立つと、陛下は真剣な眼差しでそう言った。
「陛下の頼みでしたら、何なりと」
この国の人たちは私たち異世界人にとてもよくしてくれている。けれどそれは間違いなく、国王陛下が率先して私たちを気にかけ、手を尽くしてくれているからだ。もし陛下が私たちをぞんざいに扱っていれば周囲の人たちも同じようにしていただろう。
だからこそ私は国王陛下には特に大きな恩を感じていた。頼み事があると言うのなら喜んで引き受けよう。そう思ったのだけど。
「実はこの一ヶ月の間に、この国のとある街から上質な魔晶石が次々と届いていてな。あまりに頻繁に届けられるものだから領主に理由を聞いてみたのだ。そうしたら」
陛下が語った内容に、私は心底驚いた。
魔晶石を送ってくれていたのは王都の北西に位置する炭鉱街ドイロックの領主様。魔晶石を入手した経緯を聞けば、街周辺に現れた巨大な魔物の討伐に成功したからだと言う。
これまで手を出せずにいた魔物をどうやって討伐したのかと問えば、街に滞在していたサリスタ様の神使様が率先して討伐してくれたからだとか。
それってもしかして……。
「領主の話によれば、その神使様はクライルという名だそうだ。まず間違いなく我々の知るクライル殿と同一人物であろう。北西の森に出現した巨大な魔物も彼の多大なる貢献があってこそ討伐できたことを思うと、私はどうしても彼に感謝の気持ちを伝えたい。が、国内でも強力な魔物が頻出するようになった今、私が王都を離れることはできなくてな」
一度言葉を切り、私を真っ直ぐ見据えながら陛下は続けた。
「ハナコならきっと、この話を聞けば自分からもクライル殿に感謝の気持ちを伝えたいと考えるのではないかと思ったのだ。ならば王都の外でも存分に戦えるようになったそなたに使者に立ってもらえないかと思ってな」
「もちろんです! 教えていただいてありがとうございます。何も知らないままクライルさんの厚意に甘えてしまうことにならなくてよかったです」
私の言葉に陛下は嬉しそうに頷いた。
「もちろん護衛はつけるが、他の街に行くのにそなた一人では心細かろう。救世主様の中からもうひとり使者を選出してくれないか?」
「もうひとり……ですか」
きっとみんな行きたがるに決まってる。その中からひとりを選ぶのは難しい。ならば誰もが納得できる、納得させられる人を選ばないと……。
「……私としては、ヨウスケがいいのではないかと思っている」
私の迷いに気づいたのだろうか。陛下がそんなことを口にした。
なぜ大島くんの名前が出たのか不思議に思っていると、陛下は優しい表情で頷いた。
「そなたが不在であるならシュンペイには残ってもらいたい。そしてそなたとシュンペイ以外で魔物を相手に存分に戦える者と言えばヨウスケかサナエが思い浮かぶが、サナエは己を鍛えるのに夢中で使者どころではないだろう。ヨウスケなら誰が相手でも公平であるし、そなたも気安いのではないかと思ったのだが」
ああ、本当に……本当にこの御人は私たちのことをよく見てくれている。
陛下の言うように、私以外で魔物が相手でも問題なく戦えるクラスメイトと言えば瀬良くん、大島くん、早苗ちゃんしかいない。ほかの子たちはまだどこか怯えが残っているから不安がある。
そして私がいない状況でクラスをまとめられるのは瀬良くんしかいないだろう。彼は人望もあるし、優秀な頭脳に慎重な性格も相まって安心してみんなのことをお願いできる。
早苗ちゃんは……今はよくわからないスイッチが入っていて、鍛錬に全力投球してるから使者として外に出ることを嫌がるかもしれない。それよりも鍛えなきゃ! とか言われそう。
一方で大島くんならお願いすれば一緒に使者に立ってくれそうだ。魔物と戦うことにも積極的だし、恐らくクラスで最もクライルさんと親しくなったのは彼だろうし。何せクライルさんが王都を去ったあの日、最後に呼び止めてまで話し込んでいたのだから。
「陛下の仰る通りです。私ももうひとりの使者は大島くんがいいと思います」
「うむ、では明日の朝食はヨウスケと三人で摂るとしよう。その際に詳細を話す故、ヨウスケにはそのように伝えておいてもらえるか?」
「はい。お心遣い、感謝いたします」
深々と頭をさげると、ふふっという柔らかい笑い声が聞こえてきた。
「心遣いに感謝するのは私の方のはずなのだが」
「私を使者に立てようとして下さった経緯が陛下のお心遣いでなければ、一体何だと言うのでしょう」
そう返せば陛下はまた柔らかく笑った。
本来であれば罰せられるであろう口のきき方をしても笑顔で応じてくれる、優しい優しいエインルッツ国王陛下。いつも包み込むように見守ってくれている、私たちの心の拠り所。
けれど、だからこそ、私は気付かなかった。この人が私たちに言い出せずにいる、私たちに関わる重大な問題を抱えているなんて。
◆ 大島洋介 ◆
委員長と一緒に国王陛下との朝食を終えた俺は、聞いた話を反芻しながらこめかみを揉み解していた。
その行為が悪かったのだろう。
「大島くん、勝手に決めてごめんなさい。使者になるのは嫌だった?」
不安そうに委員長が聞いてくる。俺は慌ててこめかみから手を離し、首を左右に振った。
「違う違う。ただ……クライルさんは何でそんなに頑張ってくれてるんだろうなって思ってさ」
正直「何やってるんだアイツ」と思ってたんだけど、「何やってる」かと言えば「俺たちのために上質な魔晶石を集めてくれている」わけで……。
お前はそういうタイプじゃなかっただろうと思う一方で、王城で話した時に垣間見えた俺に向ける謎の信頼の意味が何となくわかってしまったりもして。
そうだよな。
面倒なのが嫌で無難にやってきたけど、だからって情がないわけじゃないんだ。
「あーあ……」
そこを見抜いて俺に協力してくれって言ってきたんだ。なら似た者同士である以上、あいつもそういう理由で動いてくれているんだろう。
ただ気になるのが、やたらと急いでいるように感じられることだ。
王都から出ておよそ一ヶ月。その間にあのでかい熊並みの魔物を八体も討伐してるのは妙じゃないか? あいつの性格ならもう少しのんびりやるだろうに。それこそ異世界を自由に見て回りながらもののついでに、くらいの感じでさ。
「妙だよなぁ……」
ぶつぶつとぼやいていると、くすりと委員長が笑った。
やばっ、委員長がいることを一瞬忘れてた。
「さっきからどうしたの大島くん。百面相してるよ?」
「そっ、そうかな?」
「呆れてる顔したり、残念そうな顔したり、難しい顔したり。何か悩み事でもあるの?」
笑っていたかと思ったら心配そうな顔になる。
そんな委員長を見たら俺も笑ってしまった。
「委員長も笑ったり心配したり忙しいな。まぁ俺の悩みなんて大したことないさ。っていうかクライルさんに会って話を聞けば解決することだし、俺を使者に選んでくれて助かったよ。ありがとう」
礼を言うと委員長はほっとした表情を浮かべた。
「ならよかった。私もね、クライルさんには聞きたいことがあるの」
その声が真剣味を帯びる。視線で先を促してみると、委員長は真っ直ぐこちらを見返してきた。
「大島くんが言う通り、何で私たちのために危険な魔物と戦ってくれているのか聞いてみたい。それと、何だか魔晶石集めを急いでるように感じるの。どうしてそんなに急いで危険に飛び込んでいくのか……聞いてみたいの」
「なるほど」
委員長も急いでいるように感じたらしい。なら間違いなく秋生は何らかの理由で魔晶石集めを急いでいるってことだろう。その理由が何なのか、絶対に問い詰めておかないといけない気がしてきた。
「クライルさん、商業都市マルトレンにいるんだっけ。うまく捕まえられるといいな」
「それは大丈夫。陛下がマルトレンで足止めするように手配したって言ってたから」
おお、そうなのか。しかし足止めって一体どうやって……?
気になるけど、まぁその辺も秋生に会ってから聞いてみようかな。




