別れと旅立ち
その後もドイロック周辺で魔物を討伐して回り、領主様経由で王都に送った上質な魔晶石は八個になった。約一カ月の成果としては上々なのではないだろうか。
これでドイロック近郊の危険そうな魔物は討伐し終えたし、さらに魔晶石を集めるべく俺は拠点を移すことにした。次に目指すのは商業都市マルトレンだ。
街を去る前に何かと便宜をはかってくれた領主様にお礼と出立の挨拶をしに行くと、残念そうにしながらも旅の無事を祈ってくれた……のだけど。
「どうしても受け取ってもらえませんか」
この街にとって脅威だった魔物を何匹も討伐した謝礼を受け取って欲しいと言われて丁重にお断りしたら、ものすごくしょんぼりされてしまった。でも魔物討伐の報酬はその都度もらってたしなぁ……。
それに。
「私としては、この街の人たちが安心して暮らせるようになったのならそれで十分です」
これに尽きる。何せドイロックは俺にとってこの世界に於けるホームタウンだからな。
そんな気持ちを込めて改めてお断りすると、何を言っても無駄だとわかってくれたのか領主様が折れた。
「わかりました。ならばいつクライル殿がドイロックを訪れてもいいように、色々と準備しておきますね」
「え?」
「確かこの近くに貴族が住んでいた空き家があったはず。買い上げて手入れしておきますので宿の心配はしなくて大丈夫ですよ。それと街の住人にはクライル殿を見かけたら盛大な拍手とともにお迎えするよう通達しておきますね?」
楽しげな笑顔を浮かべる領主様とは対照的に俺の顔は引きつっていたと思う。領主様が冗談を言うような気安い性格なのはわかったけど正直反応に困るんですけど!
そんな笑い飛ばしていいのかよくわからない冗談なんて──って、あれ? 領主様の目が本気っぽく見えるんだけど気のせい?
結局嘘か誠か判然としないまま改めて感謝の意を伝えられて、領主邸を後にする。すると門前に髭隊長やオリスさん、ロッセさん、ユギスさんが待ち構えていて別れを惜しんでくれた。けど、結局領主様と似たようなことを言われたので早々に逃げ出した。
領主様周りの人たちは人を揶揄うのが趣味なんだろうか?
楽しげな笑い声を後ろに、次は仕事斡旋所に向かう。
拠点を移す場合は仕事斡旋所で紹介状と会員証を発行してもらうと実績の引き継ぎができるそうで、実績を引き継げばまた一から信用を勝ち取らずともこれまで通りの仕事を紹介してもらえるそうだ。
そうして訪れた仕事斡旋所ではキールさんとグラドさんに会えたので、事務処理待ちをしている間に別れの挨拶を済ませておく。
「クライルさんのおかげで巨大な魔物との戦い方がちょっとわかった気がするよ」
「俺もだ。今までは深く考えずに突っ込んでたんだけどよ、これからは弱点も探るようにするぜ」
口々にそう言ってキールさんは仕事をしに斡旋所を出ていき、グラドさんも受付から呼ばれたのでその場で別れた。俺もようやく呼ばれて紹介状と会員証を入手して仕事斡旋所を後にする。
さて、あとは……。
「やだー!」
「クライル行っちゃだめ!」
昨日のうちに送別会まで開いてくれたガディルさん一家に最後の挨拶をと思って荷物を回収しがてら立ち寄ったら、双子に足を抱え込まれてしまった。もともと人懐こい子たちだけど随分と懐かれたもんだなと思いながらそれぞれの頭を撫でる。
「また来るから」
「いつ!?」
「あした!?」
いやさすがに明日はないだろ……とは思うものの、それをそのまま口にするほど無神経ではない。
さてどうしたものかと思ったら、サリアさんとガディルさんが双子を引き剥がしてくれた。
「ほら、わがまま言うんじゃないよ。クライルさんが困ってるだろ?」
「それに、ちゃんと教えただろ? 巡礼者ってのは神様にまつわるいろんな場所を旅していく人たちのことを言うんだ。ここで足止めするわけにはいかないんだよ」
……本当は巡礼者じゃないんだけどな。でも足を止められないことに変わりはないから、確認するように見上げてきた双子に頷いてみせた。するとヨエルとノエルは目に涙を溜めながら顔を見合わせ、頷きあってから再びこちらに向き直る。
「わかった。待ってるからな!」
「またね!」
もう一度ぎゅっと足にひっついてきたふたりに名残惜しさを感じながら「約束する」と返して顔を上げる。
正面にはガディルさん、サリアさん、そしてゼシカさんが笑顔で立っている。その三人のもとに双子が駆け戻るのを確認して、地面に置いていた荷物を背負った。
「それじゃあ、そろそろ行くよ。今まで本当にお世話になりました」
「こっちこそ。この街全体があんたに世話になったようなもんだからな!」
「本当にねぇ。ありがとう、クライルさん」
豪快に笑うガディルさんに同意するサリアさん。反応に困って苦笑いを浮かべると、ゼシカさんが一歩前に出た。
「道中気をつけて。クライルさんの旅にあまねく神々の導きがあらんことを」
「ありがとう」
こうして俺は、およそ一カ月過ごしたドイロックに別れを告げた。
商業都市マルトレンへと続く街道を歩く。道中で魔物に遭遇することはなく、たまにすれ違う人が挨拶してくれるので挨拶を返しながら進んでいく。
「何だかドイロックに向かった時と全然違うなぁ」
「そりゃそうでしょ。あの時は森を走り抜けてから街道に出たんだし、時間も遅かったからね」
白夜曰く、旅人は日暮れ前に街に入っているか野営の準備を済ませているのが普通らしく、それ以降の時間帯に街道を歩いている人はほとんどいないのだとか。
理由は、魔物が明かりを目印に寄ってくるから。さらに言えば、暗い中での戦闘は人間にとって不利だから、らしい。
「まぁキミには関係ない話だね」
「だな」
何せ神気のおかげで弱い魔物は寄ってこないし、暗くてもよく見えるから何の不便もない。
「はっきり言って旅向きの体質だよなー」
「サリスタ様の眷属でよかったね」
「それは常々思ってる」
「くふふ」
即答すると珍しく白夜が声を上げて笑った。特徴的な笑い方だなぁと思っていると、しみじみと白夜が呟く。
「サリスタ様もキミがいれば安泰だろうね」
「ん? どゆこと?」
「神様にとって眷属の有無っていうのは結構重要でね。地上での知名度、つまり信仰心にも影響するんだよ。だからキミが地上で活動して存在を認知されるだけでもサリスタ様の力になるってこと」
そうなのか。
そう言えば、これまで会った人たちにはサリスタ様の神使は希少だとか言われてたけど、俺以外のサリスタ様の眷属っているんだろうか?
そんな疑問を抱きながら街道を進んでいくと、遠目に大きな街並みが見えてきた。
魔物の侵入を防ぐ壁はドイロックより低く、背の高い建物が壁の向こうから頭を出している。見た感じ、中心部に向かうほど背の高い建物が増えていく印象だ。
「あれがマルトレンか」
「そう、この国で一番商業が発達してる街だよ。散財には気をつけてね」
白夜が注意を促すほど魅力的な商品がたくさん売られてるってことだろうか。ただでさえ高かった期待値がさらに高まっていく。
そして期待の高まりとともに商業都市マルトレンとの距離も近づいていき、日が傾き始めた頃、俺たちは無事に商業都市マルトレンに到着した。




