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女神様の眷属  作者: みぬま
エインルッツ王国 炭鉱街ドイロック編
39/113

●ドイロックの住人:ゼシカ

 ● ○ ●



 クライルさんは不思議な人だ。

 神使様なだけあって神聖な雰囲気を纏っているのに、素の話し方だとそんな雰囲気が吹き飛んでしまうくらい砕けていて。黙って立っていれば聖職者らしく見えるのに、荒くれ者を相手に立ち回れば瞬く間に相手を下してしまう。


 あとは……親切で優しい人だ。

 重い荷物に困っていれば助けてくれるし、店の買い物にも付き合ってくれる。弟妹がしつこく纏わりついても嫌な顔ひとつせず遊び相手になってくれるし、弟妹の面倒をよく見てくれていると思う。


 親切で優しくて、けれどどこか掴みどころのない人。


 それが私のクライルさんに対する印象だ。






「ゼシカ、昨日のあの態度はどうかと思うよ」


 店の開店準備をしていると、不意にお母さんからそんな言葉を投げかけられた。


 昨日の……。

 思い出してつい眉間に皺が寄ってしまう。


 昨日はクライルさんが引き受けた仕事、魔物調査の最終日だった。

 初日にそれっぽい魔物と遭遇して少しは成果があったと聞いてたけど、翌日以降は見かけることすらままならず。最終日に遭遇できなければ成果としては微妙だなぁとクライルさんはぼやいていた。


 でも私はこのまま魔物が出てこなければいいなと思っていた。だって未知の魔物なんだもの、危ないに決まってる。

 そう思っていたのに、結局クライルさんたちは魔物と遭遇してしまった。それも初日に遭遇した魔物とは比べ物にならないくらい大きくて強い魔物と。


 街の門前に運ばれてきた魔物の死骸を見た時は気を失うかと思った。だってあんな大きな魔物だなんて思わなかったんだもの。

 あんなものを調査していただなんて。しかもあんなものと戦ってきただなんて、想像するだけでも恐ろしい。


 クライルさんは無事だったけど、先に街に戻ってきた人たちは大怪我を負っていて生きた心地がしなかった。だからこそクライルさんが宿に戻ってきて、直接無事を確認できてほっとした。安心したら泣きそうになってしまった。

 そんなときだった。


「追加報酬が貰えるらしいんだけど、何か欲しいものとかある? これまでお世話になったお礼がしたいんだ」


 クライルさんはカラッとした笑顔でそんなことを言った。


 その言葉で気付いてしまった。クライルさんの「これまでお世話になったお礼がしたい」という言葉、それが何を意味しているのかを。


 わかってる。クライルさんは巡礼者で、ずっとこの街にいるわけじゃない。いずれ次の目的地に向かって旅に出るのだ。そんなことはわかっていたのに、「嫌だ」と言いそうになった。

 だから余計に口を開くことが出来なくて、必死に口を噤んで逃げるように自室に駆け込んだ。


「クライルさんといえば、今頃領主様のところで報酬を受け取ってる頃かねぇ。あれだけの功績を挙げたんだ、もしかしたら勲章も貰ってるかもしれないね」


 悶々としている私の横でお母さんが楽しげに話している。それを聞き流しながら私はそっとため息をついた。


 その後、お母さんが予想した通りクライルさんは勲章を貰って帰ってきた。

 何だか遠い人になってしまった気がして、何故だかこの日も素直に「おめでとう」と「お疲れさま」が言えなかった。






 翌日。

 いつも通り出かけていったクライルさんが、いつもと違ってどろどろに汚れた姿で帰ってきた。


 宿の手伝いをしていた弟妹が慌てて食堂まで呼びにきたから急いで宿に向かってみれば、カウンター横の小部屋に酷く汚れた格好のクライルさんが佇んでいた。

 その姿を見て、弟妹がパニックになった理由を理解する。


 クライルさんはただ泥まみれになっているだけではなかった。服にたくさん血の跡がついていて、見るからに痛々しい姿をしていたのだ。


「ちょっとクライルさん! どうしたのそれ!」


 思わず詰め寄ると、クライルさんは気まずそうに頭を掻いた。


「いや、その。所用があっていつもと違う仕事をしに行ったんだけど、思いがけず苦戦したというか何というか」

「これって血の跡でしょ!? 怪我したの!?」

「えーっと、怪我はしたけどもう治ったから大丈夫」


 やっぱり怪我したんだ! でももう治ったってどういうこと?

 思わず舐め回すようにクライルさんの全身を目視で確認したけど、確かに見える範囲に傷のようなものは見当たらない。でも治療した形跡もない。なのに服には血の跡が残ってて……意味がわからない。


「とにかく服を洗うから着替えて」

「気持ちはありがたいけど、着替えを持ってなくて」

「えっ? じゃあいつも同じ服を着てたの?」


 私の問いにクライルさんはこくりと頷く。

 いつも汚れひとつない服を着てたからてっきり同じ服を持ってるのかと思ってたけど、どうやら違かったらしい。


「とりあえずお父さんの服を持ってくるからそれに着替えて」


 急いでお父さんの服の中からクライルさんでも着れそうなものを見繕って持っていく。その間に弟妹も力を合わせて水を張った桶を小部屋に運び込んでいた。


「クライル、痛い?」

「死んじゃうの?」

「もう痛くないし、死なないって。心配かけて悪かったな」


 今にも泣き出しそうな弟妹の頭を優しく撫でる姿を眺めていると、こちらに気づいたクライルさんが「ありがとう」と言って私の手から服を受け取った。そして私と弟妹を小部屋から追い出す。


 そのままヨエル、ノエルと一緒にクライルさんが出てくるのを待とうと壁に背を預け──タオルを用意し忘れたことに気付いて「あっ!」と声を上げた。

 慌ててカウンター裏の棚からタオルを引っ張り出して駆け戻り、ノックするのも忘れて小部屋の扉を勢いよく開ける。


「クライルさん、ごめんなさい! タオル忘れて──」


 言葉が途切れる。

 目の前には着替え途中のクライルさんの背中。驚いて振り返ったクライルさんは仮面も外していて、大きな傷痕が走る顔と背中に言葉を失う。


「ちょっ、急に開けるなって!」


 慌てたように脱ぎかけの服を着直すクライルさんの声で我に返る。


「今っ、今の、顔と背中の傷って──」

「過去の傷だよ。もう痛くも痒くもないから大丈夫。ほら、わかったらさっさと出る!」


 再び追い出され、いつの間にか回収されたタオルに気付いて振り返る。すると閉ざされた扉の向こうから「タオルありがとう」という声が聞こえてきた。

 その声はいつも通りなのに、追い出すときの力の強さを思うと見てはいけないものを見てしまったような気がして焦ってしまう。


「ご、ごめんなさい。見られたくない傷だった?」

「そんなことはないけど……こんなの見たら普通びっくりするだろ?」


 それは、確かに。そもそもあんな大きな傷痕なのだから、生きている方が不思議なくらい──


「……だから、サリスタ様の神使様になったの?」


 再生と再起。その加護を持つというクライルさん。

 そのことを思い出して、まさかと思った。


 加護は生まれつき持っている人もいれば後天的に得る人もいて、後者の場合はなにかしらきっかけとなる出来事があるそうだ。

 もしかして、クライルさんが加護を得たきっかけは……。


「んー……秘密」


 気になったけれどクライルさんは教えてくれなかった。

 でもその声音はとても柔らかくて、言葉にされなくてもクライルさんにとってそれはとても大切な出来事だったのだと感じ取れて。


 不意に、理解のようなものが降ってくる。


 無茶をするクライルさんが心配で、いずれ旅立ってしまうことを寂しく思ったりもしたけれど。

 でもきっと、クライルさんには無茶をしてでも成したいことがあるのだろうと。ひと処に留まっていられない事情があるのだろうと。


 ならば。


「ねぇ、クライルさん」

「ん?」


 余計なことは言わない。引き止めない。

 微かに芽生え始めていたこの気持ちにも、名前を付けたりはしない。


「もしこの街を出ていってもさ」


 代わりに、()の約束をしよう。そう思った。


「また遊びにきてね」


 明るい声を意識して伝えてみる。

 すると、長い沈黙がおりた。


「クライルさん?」

「あっ、いや……そうだな。じゃあ、全部片付いたら真っ先にドイロックに戻って来ようかな」


 小部屋の扉が開く。着替え終えたクライルさんは仮面をつけた顔をこちらに向け、その口元に嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 そんなクライルさんにつられて、私もヨエルもノエルも自然と笑顔になっていた。

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