時空神と女神様
一息ついてから討伐した魔物たちの魔晶石を回収する。案の定ボス岩モグラの魔晶石は大きくて上質なものだったので、キールさんとユギスさんにお願いして譲ってもらった。
と言ってもふたりとも元々そのつもりだったようで、交渉も何もなくすんなり譲ってもらえたんだけど。
かわりに雑魚岩モグラと巨大ミミズもどきの魔晶石はふたりで分けてもらうことにした。そもそもキールさんとユギスさんがほとんど倒したんだし、一番価値が高いボス岩モグラの魔晶石を俺がもらってしまったのだから妥当な配分だろう。
こうして取り分を決めた俺たちは、ようやく帰途についたのだった。
ドイロックに到着するとさっそく上質な魔晶石を領主様に預け、王都に送ってもらえるようお願いした。
快く請け合ってくれた領主様はボロボロの俺たちを見て怪我の治療を申し出てくれたんだけど、俺は再生の加護のおかげですでに完治してたし、キールさんやユギスさんもかすり傷だからと丁重にお断りして辞去した。
そうして外に出ると、すっかり日が落ちていた。街行く人も家路を急ぐ人、これから飲食店に向かう人、すでに出来あがってご機嫌になっている人と様々で、日中とはまた違った賑わいを見せている。
「今日はありがとうございました」
そんな景色を見遣ってから、今日一日お世話になったふたりにお礼を言う。するとユギスさんとキールさんは苦笑いを浮かべた。
「いえいえ、お力になれたならよかったです」
「オレたちは小物掃除と気絶してる魔物に止めを刺しただけだけどね。それで、次はいつ廃坑に行く予定?」
問われてしばし考え、クラスメイトたちのことを考えると出来るだけ早いほうがいいだろうと判断して「明後日にでも」と答える。
ちなみに明日は武器を探しつつ破損したスコップの買い替えや携帯食料などの消耗品を補充する予定だ。
「わかった。じゃあ朝の鐘が鳴る頃に迎えに行くから、ちゃんと待っててよ」
「今日みたいに置いてかれると困っちゃいますしね」
「その節は申しわけありませんでした」
からかい混じりに言われて俺もわざと真面目ぶって謝罪すると、ふたりは笑いながら手を振って去って行った。
しばらくその背中を見送って、宿に帰るべく雑踏の中へと足を踏み入れる。
途端に景色が一変した。
人の声や気配が一瞬にして遠ざかり、目の前には淡い色が漂う静寂の空間が広がっている。
「うわぁ……この景色、見覚えがあるぞ?」
「まぁキミの知る場所とはちょっと違うんだけどね……」
景色らしい景色のない空間。けれど何もないわけではない場所──神界だ。
そう当たりをつけて呟けば、やや警戒した声音で白夜が応じた。そんな白夜の様子を不思議に思っていると、ぞわりと背筋に悪寒が走る。反射的に背後を振り返れば、喉元に鋭く光る刃が突きつけられていた。
「ふむふむ、反応速度は合格点。でも凶器に気付けなかったから減点かな」
少しでも動けば刃が皮膚を切り裂く。そういう位置に刃物を突きつけられていては声も出せない。
仕方がないので視点を移動させて相手を確認してみれば、そこにはにこやかな表情の青年──いや、男神がいた。
全てを塗りつぶしてしまいそうな漆黒の髪、どこまでも吸い込まれていきそうな灰色の瞳。どことなくサリスタ様を思い起こさせる美しい容貌……。
「初めまして、アキオくん。わしは時空の神ラクロノース」
すっと引いた刃を虚空へと消し去り、目の前の神──ラクロノースは笑みを深めた。
「話にはきいてたけど、本当にサリスタの眷属なんだね。あの堅物がこんな形で地上のいざこざに干渉するなんて全くの予想外だったよ」
微笑むその顔はサリスタ様に劣らないくらい美しい。
けれど見惚れることはない。俺の中で不信感が膨れ上がる。
「……時空の神であるラクロノース様が、俺に一体何の用ですか?」
出会い頭のこともあって警戒心を隠すことなく問いかければ、一瞬驚いたような顔をされた。けれどすぐにおかしそうに笑いだす。
「ふふふっ。いやいや、いいねぇ。気にせずわしのことは呼び捨てにしてくれて構わないよ。むしろ愛称のラスの方で呼んで欲しいなぁ。うん、それがいい」
「俺はよくない」
「君に拒否権があると思ってるの?」
なんなんだこいつ。笑顔のままものすごい圧をかけてくる。神様からのプレッシャーなんて一介の人間に耐えられるわけないだろ……!
震えそうになる体を叱咤するように歯を食いしばる。そんなこちらの様子を眺めながら、ラクロノースは益々笑みを深めていった。
「そうそうアキオくん、地上で希少石を発見したよね?」
「……」
否定も肯定もせず沈黙を返す。けれど気にした様子もなくラクロノースは続けた。
「そう警戒しなくても大丈夫だよ。横取りしようなんて思ってないから。ただ、そう。アキオくんに提案があってさ」
両手を広げ、芝居がかった動作で首を傾けるラクロノースに、どう反応したらいいのかわからない。どうやっても拭えない不信感と不気味さに沈黙を続けていると。
「ラクロノース様」
白夜が本来の姿に戻り、俺の肩に着地した。その声は今まで聞いたことがないくらい緊張を孕んでいる。
しかし。
「アキオで遊ぶのはおやめください。そんな調子では本格的に嫌われてしまいますよ」
出てきた言葉は意外なものだった。
え、俺遊ばれてんの? 嫌われるって、どういうこと?
疑問符ばかりが頭を埋め尽くす中、不意にさっきまで感じていたラクロノースの不気味さが消えた。かわりに「ふふっ」という柔らかい笑い声が耳に届く。
「アキオくんに嫌われるのは困るなぁ。何せアキオくんは──」
言いかけたラクロノースの姿がブレる。直後、さっきまでラクロノースがいた場所に深い藍色の槍が突き刺さった。
「サリスタの眷属だからね?」
いつの間にか俺の隣に立っていたラクロノースが親しげに肩を組んでくる。認識が追いつかないでいるうちに、突き刺さった槍がじわりとにじむように形を変え、見覚えのある姿を形作った。
「妾の眷属に手を出すな、ラクロノース。これ以上彼を害するならば」
「しないしない! だから怒らないでよサリスタ」
ラクロノースの言葉に、姿を現した女神──サリスタ様はじっとりとした視線を向けた。けれどすぐに視線を逸らし、俺の方を見る。そしてふわりと微笑んだ。
「変わりないようだな、アキオ。地上で過ごす日々は充実しているか?」
向けられた美しい微笑みに息を飲む。けれど不思議と肩の力が抜けて、自然と口許が緩んだ。
「はい。サリスタ様のおかげで楽しく過ごせています」
自然体で応じる俺に、肩を組んでいたラクロノースがずしりと体重をかけてきた。
「わしには警戒心しかなかったのに、サリスタには気を許してるんだ?」
「当然だろう? アキオは妾の眷属だからな」
俺に代わって答えたサリスタ様はどこか自慢げで、何だか可愛らしく見える。
思いがけず親近感を覚えていると、俺とサリスタ様を交互に見たラクロノースが「へぇ」と呟いて笑みを浮かべた。
「サリスタ、いい拾い物をしたね」
「拾い物? アキオは物ではないぞ」
「相変わらずお堅いなぁ。ま、いいか。せっかくだからサリスタも立ち会ってよ。アキオくんと一緒にこの世界に招いた異世界人たちを元の世界に帰す条件について話そうと思ってたんだ」
思いがけない言葉に振り返ると、肩を組んでいるラクロノースが俺と視線を合わせてきた。その表情は実に楽しげで、真剣な話をするような雰囲気ではなく。
それでも俺は真剣に、すがるように問いかけた。
「帰して、くれるのか?」
「もちろん。でも彼らをむこうの世界に帰すには魔晶石に封じられている力が必要でね」
一度言葉を切ったラクロノースは困ったようにため息を吐く。
「ただ、こっちの世界に喚ぶのに対してむこうの世界に送るには倍以上の力が必要なんだよ。だからこの世界に召喚した時と同数の魔晶石を集めればいいと考えてるなら全然足りないって話をさ、しなきゃと思って」
「なんだって!?」
てことは上質な魔晶石を三百個集めても必要数の半分以下にしかならないってこと!?
それは……さすがに……。
「ラクロノース」
「うわぁサリスタこわ〜い。ちゃんと救済措置は考えてるから凄まないでよ」
絶望に打ちひしがれていると、ラクロノースがサリスタ様から隠れるように俺の後ろに移動してきた。
「いくら何でも上質な魔晶石を六百なり七百なり集めるのは時間がかかりすぎるし大変だろうから、わしの手持ちも放出するよ。でもそれでも彼らを向こうの世界に返すには足りないんだ。だから質のいい魔晶石をひとり当たり十個ほど用意してもらいたいんだけど……」
ラクロノースは励ますように俺の肩を叩く。
「希少石なら魔晶石より膨大な力を抽出できるから、ひとり一つあれば足りる。だからね、希少石も積極的に探してみてよ」
だからさっき希少石の話を持ち出したのか。希少石があれば魔晶石の必要数を大幅に減らせるよ、と。
しかし意外というかなんというか。第一印象ですっかり俺の中から信用も敬意も消え去ってしまったラクロノースは、その印象とは裏腹にちゃんとした神様のようだった。
二年C組のために手持ちの魔晶石を放出してくれるって言ってるし、本当はいい神様なのかもしれない。
それにラクロノースの話の通りなら希少石をひとつ手に入れてる現状、必要となる魔晶石の数は残りおよそ三百個。元々集めるつもりだった数と同数の魔晶石を集めればいいのだ。それなら何とかなりそうな気がする。
一旦落としてから持ち上げられた気がしなくもないけど、ちょっと気持ちが上向いてきたぞ。




