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女神様の眷属  作者: みぬま
エインルッツ王国 炭鉱街ドイロック編
23/113

◆クラスメイト:大島洋介・2/瀬良駿平・1

 ◆ 大島洋介 ◆



「あーくそっ……聞けなかった……」


 秋生と一緒にいたちっこい白狐から貰ったペンダント。それを服の下に戻しながらおれは天を仰いだ。

 どうしても秋生に確認しておきたいことがあったのに、どうにも聞きにくくてつい誤魔化してしまった。何だよ「体の鍛え方について」って。秋生も活き活きと答えるなよ、余計聞きにくくなっただろ!


 ったく、こっちは深刻になるであろう話題を振らなきゃいけなかったってのに、能天気な秋生の声を聞けば聞くほど予感が確信に変わっていって……あーあ。あいつ絶対元の世界に帰る気ないよな。もしくは何か事情があって帰れないのか。「元の世界に帰るためにも頑張れ!」って完全に他人事の言い草だし。


 そもそも秋生がクライルとしてこの城にいた時の様子や、直接話した時に感じた違和感。あれもそうだ。もうこのクラス(こちら側)に戻るつもりがなさそうな正体隠しに加えて、元の世界に帰るメンバーに自分を入れていないような言動。


「やっぱり一度死んだからか……? この世界の神様の眷属になったって言ってたけど、つまりあいつはもうこの世界の人間になったってこと? だからもう帰れない……?」


 うーむ……わからん! わからんから直接聞こうと思ったのに、これって実は結構重い話題なんじゃないかと気付いてしまったのがよくなかった。

 あー、気付かなけりゃよかった! これ聞き出すまでずっとモヤモヤしてなきゃいけないやつじゃんか!


「あぁもう、だぁーっもうっ!」


 やり場のない鬱憤のようなものを意味のない言葉に変えて吐き出して、ぱたりとベッドに倒れ込む。

 こうして悩むのもモヤるのもあれもそれもこれもどれも何もかも! 全部秋生のせいだ! 次に会ったら絶対文句言ってやる! いやそれだけじゃ気が済まねぇ!


「一発殴りてぇ! でも絶対負けるからできねぇ! ふざっけんな!」


 全く面倒なことになったもんだよ、くそぅ。

 ガシガシと頭を掻き毟っていると、不意に胸元からチャリ、という金属質な音がした。通信用魔道具のペンダントだ。


 これも高性能だよなぁ。あんなにはっきり相手の声が聞こえるなんて。そういえばあの白狐、テックス様お手製とか言ってたな。テックスって……まさか。

 それに秋生に体の鍛え方を聞いた時もそうだ。秋生は度々「ストレイル様曰く」と口にしていた。ストレイルって……まさかまさか。


「…………あいつ、一体何柱の神様と関わってんだよ」


 頭が痛くなってきた。これ以上考えるのはよくない、脳細胞が大量に死滅する。

 まだ外は明るいけどもう寝よう。






 ◆ 瀬良駿平 ◆



 それは廊下を歩いていたとき、たまたま聞こえてきた。


「……お、聞こえるか? アキオー?」


 踏み出そうとしていた足が止まる。声の方を振り返れば、大島洋介の部屋がそこにあった。扉の向こうから「これ本当に繋がってるんかね……」という声が続く。そしてしばしの間を置いて「あー……いや、なかなかひとりになれる時間が取れなくて」というまるで誰かと会話しているような言葉が聞こえてきた。


「アキオ……ってまさか、倉田秋生のことか……?」


 大島が気軽にアキオと呼び、親しく話す相手と言えば倉田秋生しか思い浮かばない。しかし倉田は──。


 気になって聞き耳を立てていると大島はひとりで、しかしまるで誰かと会話しているように喋り続けている。その内容は断片的すぎてよくわからなかったが、「脳筋かよ!」とか「いやそれ人間には不可能だから!」とか、相手に言い返すような言葉ばかり。一体誰と喋っているのだろうと思っていると。


「お? 瀬良じゃん! そんなところでぼーっと突っ立って、どうしたん?」


 正面から岩井がやってきた。横の部屋からは「一発殴りてぇ! でも絶対負けるからできねぇ! ふざっけんな!」という声が聞こえてくる。その声に反応して僕も岩井も大島の部屋の方へと視線を移した。


「うぉっ、なんだ洋介のやつ。ストレスか?」

「さぁ……?」


 うまいこと岩井の興味の対象が僕から大島に移動した。聞き耳を立てていたなんて知られたら軽蔑されかねないから助かった……などと胸を撫で下ろしている僕のことなど眼中にないらしい岩井は、大島の部屋の扉をノックとは思えないほど強く叩いた。


「うぉーい、洋介ー、どしたー? ストレス限界突破で爆発かぁ?」

「ちょっ、おまっ、ドアが壊れたらどーすんだよ!?」


 慌てたような声が近づいてくる。そして勢いよく扉が開かれ、大島が顔を出した。

 その背後に垣間見えた室内に人の気配はなく、誰かがいるような物音すら聞こえず……。


「……じゃあ誰と話してたんだ……?」


 疑問が口から零れ出る。


「ん? おぉ、瀬良もいたのか。深刻そうな顔してどーした?」

「あっ、いや。何でもない……」


 僕の声を拾い上げた大島が聞いてくるが言葉を濁す。そして「用事があるから」と断ってその場を後にした。

 後ろからは「つぅか銀太お前、寝ようと思ってたのに邪魔しやがって!」「でもお前、めっちゃでかい声で叫んでたじゃん!」なんていう会話が聞こえてきたけど、僕の頭の中はある人物のことでいっぱいになっていた。


 倉田秋生。


 彼の死に何も思わなかったわけではない。それは委員長も一緒で、彼の死を知ったとき僕と委員長でこれからについて話し合った。そして委員長はぼろぼろと涙をこぼしながら決断した。


「せめて生き残った私たちだけでも元の世界に帰って、倉田くんのご家族に伝えないと……!」


 僕もその意見に賛同した。けれどきっと、僕と委員長ではその決断に伴う感情が異なっていた。

 委員長は義務感を。僕は恐怖心を。


 倉田が死んだと聞いたとき、僕は全身の体温が抜け落ちるような感覚に陥った。体の芯が冷え、まるで自覚していなかったこの世界の危険性を、知らずに隣り合わせになっていた死の可能性を、倉田の死によってようやく理解した。

 倉田の死は誰のせいでもなく、誰にもどうにもできなかった。それは同行した兵士たちの多くが犠牲になったことからもわかる。不運に不運が重なって、たまたま倉田が命を落とした。


 けれどその衝撃は計り知れない。正直に言えばショックのあまり部屋に閉じこもった面々の気持ちが痛いほどわかるし、僕もそちら側になりたかった。でもなれなかった。なぜなら友人たちが僕を頼ってきたからだ。僕が折れるわけにはいかない。そう思ってしまった。


 そうして無理矢理前を向いてきたけれど、それでも倉田のことを思い出すと気持ちが揺らぐ。折れてしまいたくなる。


「いや、むしろ今は──」


 どうせならあのとき折れておけばよかったとすら思っている。だって折れていたなら僕もあの人に──サリスタ様の神使だと言うクライルさんに、立ち直らせてもらえたのだろうから。


 心が折れ、部屋に閉じこもっていたクラスメイトたちは彼の力によって見違えるほど元気になった。むしろこの先も生き残ってやるという意気込みがすごい。

 鈴木さんなんかは何故か突然やる気を出して体を鍛えまくっている大島と並んで体を鍛えている。死なない体を作るとかなんとかいうのがあのふたりの合言葉のようになっている。


 僕もあんな風に立ち直らせてもらいたかった。中途半端に空元気を出して平気な振りなんてしなければよかった。

 でもいまさら遅い。クライルさんはもう旅に出てしまったし、全員が前を向いている中で後ろを振り返ってしまったら僕は置いていかれてしまう。


「ああ……なんで僕はこう、要領が悪いんだろう」


 そんなぼやきがため息とともに吐き出される。この調子でこの先大丈夫なのだろうかと自分で自分が心配になる。でもやるしかない。やるしかないんだ。


「残された全員で生き残る。そして元の世界に帰る。それだけが僕たちの希望なんだ。だから……」


 倉田。どうか見守っていてくれ。

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