ドイロック式異世界生活開始!
「神使様ー、まだ寝てんのかー? 大寝坊だぞー」
「……んぁ?」
コンコンと扉を叩く音と男性の声に、深く沈み込んでいた意識が浮上する。
「ほら早く起きて」
半覚醒の状態で視線を巡らせていると、元の姿に戻った白夜に頬をぺしぺしと叩かれた。まだ頭がぼんやりしてるけどとりあえず起き上がる。しかし。
「昼になっちまうぞー?」
「ええっ!?」
宿屋の店主さんの言葉で完全に目が覚めた。
ここは素泊まり宿だ。そんな時間ならもう客には退室してほしいだろう。
「すみません、すぐ出ます!」
「まぁ神使様が今日もこの部屋に泊まるってんなら別にいいけどな。そうでないなら掃除させてくれや」
慌ててベッドから下りたところでかけられた言葉に、つい動きが止まる。
「え、今日も泊まっていいんですか?」
「泊まってくれるのか? こっちとしては大歓迎だぜ」
うぉぁああ! 地上にも神はいたのかぁぁあ!
「神様サリスタ様地上にその化身を遣わしてくださりありがとうございます!」
「うぉっ、ものすごい早口だな神使様。そんなに宿泊先に困ってんなら好きなだけいてくれて構わないぞ」
くっくっと一頻り喉で笑った店主さんは「起きたんなら水桶用意しとくから下りてきな!」と言い残して去っていった。
はぁぁ〜、ちょっと俺、異世界に来てから人に恵まれすぎなのではないだろうか。嬉しいことなんだけども、どこかでその反動が来そうで恐いわぁ。
自分なりに部屋を整えて一階に下りると店主さんがカウンター横の小部屋に水を張った桶を用意してあると言うのでお礼を言って、示された小部屋に入る。
うむ、入ったはいいがこれは顔を洗う水ということでいいのだろうか。
「白夜さんや」
「なに」
「この水は何をするための水なのかね」
教えて、知恵袋さん!
全くもってこの世界の常識を知らない自覚があるので迷わず訊いてみれば、白夜は「ああこれね」と呟いてから教えてくれた。
「これは体を洗うための水だよ。そっちに布も用意されてるだろ? その布を濡らして体を拭くの。本来は部屋に水桶を持っていくんだけどキミ、盛大に寝坊したからね。あの店主はキミがここで体を清めてる間に部屋の掃除をしたいんだろ」
なるほど、そういう感じなのか。なら郷に入っては郷に従え精神で早速。
昨日あれだけ動き回ったというのに不思議と汗臭くないしベトついた感じもしないけど、とりあえず体を清めていく。王城では風呂が用意されてたから、何気にこういうのは初体験だ。
体を拭き終え、服を着直すと小部屋から顔を出す。するとカウンターにいたのは宿屋の店主さんではなく、小さな男の子と女の子。十歳くらいだろうか。顔がそっくりだし、年齢も同じくらいだから双子かな?
「あっ、神使さま。お水と布はそのままそこに置いといていいからな」
「あと、お母さんがご飯用意してるから表のお店においでって言ってたよ」
男の子、女の子が交互に伝えてきた内容から、ふたりが店主さんたちのお子さんだということがわかる。
店主さんの代わりに店番をしてるのかな。小さいのにしっかりしてるなぁ。
「ありがとうございます」
感心しながらお礼を言って宿を出る。建物沿いに表側に回り店に入ると昼前という時間帯のせいか割と空いていた。
「やっと来たね、神使様。お寝坊さんだねぇ」
カラカラと笑いながら奥から現れたのは昨日俺が店員さんだと勘違いしていた女性。本当はこの店の店主さんなんだよなぁ。宿屋の店主さんと呼び名が被る。
「うちの旦那から聞いたよ、しばらくうちに泊まってくれそうだって」
「こちらからお願いしようと思っていたところだったので、思いがけず延泊させてもらえてありがたいです」
「ふふっ。うちはサリスタ様を信仰してるからね、サリスタ様の神使様なら大歓迎さ」
そんな会話をしている間に、別の店員さんだろうか? 昨日は見かけなかった女の子が料理を運んできてくれた。
慌ててポーチに手を伸ばすと「これはサービスするよ」と店主さんがウインクする。
「しばらく留まってくれるなら関わることもあるだろうし、紹介しとくね。この子はうちの長女のゼシカ」
「えっ!? 娘さん!?」
ちょっ、奥さんまだ三十代前半くらいじゃないの!? その子どう見ても俺と同じ年くらいなんだけど!
「あっはっは! まぁよく驚かれるよ。この子を産んだ時は神使様と同じくらいの年だったっけ。ちなみにあたしはサリア。旦那がガディル。よろしくね」
「よろしくお願いします、神使様」
ぽんぽんと娘さんの背中を叩く奥さんことサリアさんと、ぺこりとお辞儀をするゼシカさん。ちょっと年の離れた姉妹だと言われても納得できてしまいそうなくらいサリアさんの外見年齢が若い、若すぎる。
そのことに驚きながらも一旦飲み込んで、俺からも自己紹介することにした。
「私はクライルと申します。よろしくお願いします」
「そう、神使様はクライルさんっていうのかい。そんじゃ、クライルさん。ひとつ注文だ」
ゼシカさんに倣ってお辞儀をし、顔を上げるなりサリアさんにずいっと詰め寄られた。そしてもし目が見えていたら焦点を合わせられなかったんじゃないかと思うくらい間近に指を突きつけられる。
「その馬鹿丁寧な話し方はやめとくれ。ドイロックは荒っぽい人間が多い街でね。だからどうもクライルさんのその口調がむず痒くてしょうがないんだよ」
俺に突きつけていた指を引っ込めて腕をさする仕草をするサリアさんの横でゼシカさんがくすくすと笑う。
「母はこういう人なんです。なので、もし難しくないようであれば母の願いを聞いてもらってもいいですか?」
「あー……その、サリアさんはいいとして、ゼシカさんは敬語継続します?」
そう問いかけてみればゼシカさんは「そっか」と言わんばかりに目を瞬かせて咳払いをひとつ。
「クライルさん、私たち家族には気楽に接してね」
「了解。じゃあ改めてサリアさん、ゼシカさん。今日からよろしく」
これも郷に入っては郷に従え。本当は外面のいい見習い聖職者になりきっていたかったけど、ドイロックにいる間はこの街に染まってみるのもいいかもしれない。
異世界での人生もまだ始まったばかりだし、慣れるまでは余計な気を張らずに過ごしてみよう。




