炭鉱街ドイロック
「うへぁ、やっと見つけた……」
ここは炭鉱街ドイロック。何とか日が沈む前に街に入れたものの、一泊お世話になろうと思っていた教会を見つけるのにとんでもなく手間取ってしまった。
何せ街中が迷路のように入り組んでいて、道を聞いても複雑すぎて覚え切れない。一本曲がる角を間違えれば元の道に戻るのにも一苦労という……。
「マッピングが必要な街とか……なんてダンジョン……?」
そんな感想を抱いてしまっても仕方がないと思う。
何はともあれ、目的地には到着した。あとは教会の人を探して宿泊の許可を──と思ったものの。
「明かり……ついてないよな?」
「そもそも人がいる気配がないね」
白夜の言う通り、気配を探ってみても教会内に人の気配が全く感じられない。これはさすがに予想外なんですけど……。
仕方がないので道ゆく人にこの教会について聞いてみた。すると。
「少し前なんだけどね、司祭さまがお亡くなりになったの。だから後任がくるまで無人になっているのよ」
「あらぁ〜」
それ以外言葉が出てこない。
ていうか無人のまま放置って、それ大丈夫なの?
「ちなみに宿泊可能かってわかりますか?」
「さぁ……ただあなた以外にもこの教会を訪れた巡礼者はいたけど、私の知る限りみんな宿の方に行ったわね」
「なるほど」
これは宿屋コースだな。
「ありがとうございました」
「いいえ。神使様の旅にあまねく神々の導きがあらんことを」
親切に教えてくれた女性が笑顔で去っていく。あの文句は王様からも言われたな。旅人とか巡礼者に対する定形句なのかな。
……なんて意識を逸らしてもなんの解決にもならないので。
「宿を探しますか……」
再びあの迷路を歩くのかと思うとげんなりするけど、さすがに道端で眠るわけにもいかないしな……頑張って探そう。
まぁ、予想通りというかなんというか。
道に迷いましたね。ええ、それはもう見事に迷いましたとも。ここは一体どこだ!
時刻はとっくに夕飯時を過ぎており、宿は無理でもせめて食事にはありつこうと目についた飲食店に入店する。するとむわりとした熱気に襲われた。
店内を見回してみれば炭鉱街だからか客層は屈強な男性が多く、大声で喋ったり酒をあおったりしている。
そんな彼らが発する熱気に気圧されながら店内を進み、かろうじて空きのあったカウンター席を確保。宿の心配はあるけどとりあえず一息つけそうなことに安堵していると。
「お客さん、注文は決まってるかい?」
こちらに気付いた女性店員さんがやってきた。折角来てもらったんだし今すぐ決めて注文してしまおうと壁を見回す……が、メニュー表が見当たらないな?
「えぇと、ここってメニュー表みたいなものってないんですか?」
「メニュー表? ああ、あれね。あれって絵師に依頼して作るもんなんだけど、ここの荒くれ者どもがすぐにダメにするから置くのをやめたんだよ。だからメニューが知りたかったら周りを見るか、あたしに直接きいとくれ」
なんちゅう理由!
しかしないのなら仕方ないか。言われた通り周りを見て、美味しそうな料理をみつけては店員さんに聞いてみる。すると丁寧にその料理について教えてくれた。なるほど〜。
「ではあちらと同じ料理をお願いします。あと適当に飲み物も」
「はいよ。お客さん、ここは初めてだろう? この店では代金は料理を配膳したときに払ってもらってるんだ。この街の飲食店は大体同じ方式だから覚えといたほうがいいよ」
「そうなんですか。ご親切にありがとうございます」
礼を言うと女性店員さんはひらひらと手を振って去っていった。その姿を見送ってから、改めて店内を見回してみる。
雰囲気はこれぞ炭鉱街! という感じだ。仕事終わりの屈強な男たちが一日の疲れを吹き飛ばすように飲めや食えや騒げやしている姿が目につく。
騒々しいのに居心地良く感じるのがなんとも不思議で、何だかちょっと楽しい気分になってくるな。
そんな感想を抱いていると、先ほどの店員さんが料理と飲み物を運んできた。配膳されるのを待って説明された通り代金を支払う。
「まいど!」
「あっ、そうだ。ひとつお尋ねしたいんですけど」
「なんだい?」
「この近辺で空き部屋がありそうな宿って心当たりあります?」
俺の問いに店員さんは目を瞬かせ、ぽんと手を打った。
「そっか! あんた神使様みたいだし、ドイロックには巡礼の旅で立ち寄ったのかい?」
「ええ、まぁ」
「なるほどねぇ、つまりあんたは教会に泊まれなくて困ってるわけだ。なら、とっておきの宿を教えてあげるよ」
そう言って店員さんが教えてくれたのはこの店の裏手にあるという宿屋。「部屋も空いてるから安心しな!」と言われ、料理を腹に収めた俺は早速教えてもらった宿に向かった。
ぐるりと店の横を回るだけだから迷うことなく宿屋に到着。道端で一夜を明かさずに済んだことに安堵しながら宿に足を踏み入れた。すると。
「おっ、あんたがうちの女房が言ってた神使様か。部屋はバッチリ確保してあるぞ!」
俺の姿を認めるなり、カウンターに座っていた男性が声をかけてきた。実にいい笑顔。というか。
「女房?」
「表通りの店に気っ風のいい女店主がいただろ? あいつは俺の女房でね、ついさっきこっちに来て部屋の確保を頼まれたんだよ」
えっあの女性店員さん、店員さんじゃなくて店主さんだったの!? で、この人の奥さん? そりゃ「とっておきの宿」を知ってるわけだ。旦那さんの宿屋が裏手にあるんだもんな。
「それにしてもアンタ、サリスタ様の神使様なんだろ? いやぁ、神使様なんて初めて見るけどなるほどなぁ。こりゃ一目みりゃわかるってもんだ」
「そんなにわかりやすいですか?」
「ああ。その服や錫杖もだが、アンタ自身からこう、神々しいオーラみたいなもんが出てるからな!」
なるほど、サリスタ様からもらった服や錫杖はサリスタ様の力の残滓で神々しく見えるとか、俺自身も神の加護持ちであるとわかる程度には神気を発してるとか白夜が言ってたやつか。
「自分ではよくわからないのですが……。あっ、それで、部屋を確保していただいてるんでしたよね。ありがとうございます。代金は前払いですか?」
「そうだ。銀貨三枚……と言いたいところだが神使様は教会に泊まれなくて困ってんだよな? なら銀貨一枚でどうだ?」
まさか半額以下まで値引きしてもらえるとは。
「いいんですか?」
「構わないさ。部屋を確保してるって言っても普通に空いてただけだしな。できることならタダにしてやりたいんだが、こちらも商売なんでね。悪いな」
「いえ、十分ありがたいです。それではお言葉に甘えて……」
少ない所持金から銀貨を一枚取り出し、宿の……恐らくこの店の主人であろう男性に手渡した。
「まいど。そこの階段を上って鍵についてる札と同じ刻印がある部屋がアンタの部屋だ。ちなみにうちは素泊まりのみ、朝食はまた女房の店で食べてってくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
いろいろ助けてもらったし、朝食は奥さんのお店でいただくつもりだ。
あとできれば明日以降もこの宿を確保したいなぁ。でも値引きしてもらった手前、連泊を希望するのは申し訳ないような気も……。
ぐるぐると考えごとをしている間に札と同じ刻印の部屋に到着した。
中に入ってみると、ひとり用のベッドと机と椅子がひとつずつ。壁には上着をかけるためのフックが取り付けられていて、ひとりで素泊まりするなら十分な広さと設備が揃っている。
窓もひとつあり、今は青っぽい月が少しだけ覗いていた。
「ふぁ……ねっむ」
今日はかなり走り回った上にドイロックでは迷いに迷って精神的に疲れたからな……休めると思った瞬間にものすごい睡魔が襲ってきた。
「特にやることもないんだし、さっさと寝れば?」
「そっすね」
素っ気ない言い方だけど早く休めと言ってくれてるんだな。
なんやかんやで神界からのつきあいだ。白夜が言わんとしてることを正確に受け取って、上衣が皺にならないよう丁寧に畳んでからベッドに潜り込む。
ああ、やっぱり城のベッドとは違うな。でもこれはこれで、旅行先の旅館に泊まった時みたいな特別感があっていいな……。