友人を引き摺り込んでみる
それから数日間は王城に留まって、クラスメイトの話し相手や武術指南という名の欠点指摘作業をしながら過ごした。みんな真剣に俺の話を聞いてくれたし、今の時点で打てる手は全て打てたと思う。
なので。
「そうか、もう行ってしまうのか」
もう大丈夫だろうと判断して王様に出立の挨拶をすると、残念そうな顔をされてしまった。けれど引き止められることはなく。
「そなたのおかげで塞ぎ込んでいた救世主たちも生きる気力を取り戻してくれた。心より感謝している。その働きに我々はどう報いればいいのか……」
「彼らのことはサリスタ様も気にかけておりましたし、その御心に添ったまでのこと。私こそこのように立派な城に宿泊させていただき、感謝申し上げます」
遠回しに「結構です」と伝えてみると、王様は一度目を見開き、けれど困ったように笑って「そうか」と呟いた。
「我々がこの恩を忘れることは決してないだろう。何か困り事があれば遠慮なく頼って欲しい。どうかそなたの旅に、あまねく神々の導きがあらんことを」
「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」
とりあえず挨拶はクリアできたっぽいので丁寧に一礼して、王様の執務室を後にする。
あとはさっさと城を出て──
「クライルさん、待って!」
うぉっと、びっくりした。
危うく階段を踏み外しそうになりながらも踏みとどまり、声の方へと振り返る。視界に映ったのはこちらに駆け寄ってくる委員長と洋介の姿。珍しい組み合わせだ。
「これはこれは。ハナコ殿とヨウスケ殿」
「あのっ、もう行ってしまうというのは本当ですか?」
「はい。ろくに挨拶もせず申し訳ありませんが、巡礼の旅の途中ですので……」
そもそもクラスメイトの状況がわかればいいなぁ程度の心算で王都に来て、思ったより状況が深刻っぽかったから直接会うことにしたのだ。
けれどもう深刻な状況からは脱したし、生存率を上げるための手も打てた。これ以上ここに留まる理由はない。
「そうですか……もっと色々教えていただきたかったです」
いつもの頼もしさはどこへやら、心許なく笑う委員長の姿にちょっとびっくりする。
でも、そうだよな。こんな状況だし、さすがの委員長も不安なんだろう。
そうは思っても、いい励ましの言葉は思い浮かばないんだけど。
「私に教えられることなんて大したことないですよ。ただ、私は巡礼の旅をしています。なのでいつかどこかで再会する日がくるかもしれません。その時は気軽に声をかけてください」
言葉を選びながらそう伝えると、委員長は柔らかい微笑みを浮かべた。
「そうですね、そんな日が来るのを楽しみにしています。クライルさん、このたびは本当にお世話になりました。道中お気をつけて」
「ええ、みなさんもお元気で」
よしっ、いい感じに乗り切ったぞ。
ってことで、今度こそ脱出──
「あー、クライルさん? ちょっと俺とふたりで話さない?」
そういえばいたな、洋介。引き止めてくれるな、俺は一刻も早く旅に出たいんだ。
「申し訳ありませんが、そろそろ行かなければ」
「大丈夫、時間は取らせないから。な!」
やんわり断ったのに躱された!
洋介は俺の肩を掴み、ぐいぐいと押しながら城の外に出る。背後を振り返れば委員長が申し訳なさそうに頭を下げていた。
これは……逃げたら怪しまれそうだな。くそぅ。
「で? どーしてそうなった、秋生」
バレてーら。
いや、何となくこいつにはバレるんじゃないかと思ってた。洋介って妙に勘がいいというか、鋭いところがあるからな。けどどちらかと言うと鈴木さんの方が俺の正体に迫ってる気がして、彼女を躱せたことでどこか安心していたのだ。
現実って厳しいなぁ。
いずれにせよ、もう洋介に誤魔化しはきかないだろう。
ならば。
「どうしてこうなったのかって言われたら、死んだから、だな」
バレたのならいっそのこと協力者に仕立て上げてしまおう! ということで、素の口調、素の声音できっぱり答えれば、洋介の眉間に皺が寄った。
「本当に、死んだのか……?」
「本当に死んだんだよ。白夜、ちょっと仮面解除して」
「はいはい」
面倒臭そうに返事をしつつも白夜が元の姿に戻って俺の肩に着地する。そうして仮面がなくなったことで傷痕の残る俺の顔が晒された。
「これと同じようなのが背中にもあるんだけど、致命傷は顔の方だな。背中をやられた記憶はあるけど顔の方はやられる直前の記憶しかない」
そう告げると、俺の顔を見たからか、俺の話を聞いたからか、それとも白夜の存在に驚いたのか。洋介は絶句して目を見開いた。
口を動かして何か言おうとしてるみたいだけど、言葉になっていないので肩を竦めてみせる。
「まぁ今こうして生きてるし、信じてもらえなくてもしょうがないけどさ」
「……いや、その傷で生きてる方がおかしいだろ」
どうやら俺が死んだことは信じてもらえたらしい。洋介は小さくため息をひとつ、仕切り直すように俺と向き合った。
「それで? 死んだはずのお前がどういうカラクリでここにいるんだよ?」
「そりゃあ、女神サリスタ様に救い上げてもらったからだ」
「……はぁ?」
洋介は思いっきり怪訝な顔をした。
まぁ、いきなり女神様に助けてもらいましたとか言われてもピンとこないよな。でも無理に理解してもらう必要もない。
「そんなことより、洋介。お前、俺に協力する気はないか?」
「協力?」
やや強引に話を切り替えると、洋介が片眉を持ち上げる。
「そう。率先して体を鍛えて、周りを巻き込んでいってほしいんだ」
そう伝えると洋介は目を瞬かせ、けれどすぐに俺の意図に気付いて苦笑を浮かべる。
「お前……随分らしくないことをするな」
「そっちだって断らないだろ?」
そんな言葉を交わしながら笑い合う。
元々俺と洋介は似た者同士だ。どちらも事なかれ主義で、でもだからと言って他人なんてどうでもいいとは思っていない。
それがわかっているからこそ、洋介は俺がクラスメイトを見捨てられないことに気付いた。一方で俺は、洋介がこちらの申し出を断らないと確信している。
「しょうがねぇな」
「よし、頼んだ!」
無事協力者を得てほっと胸を撫で下ろすと、白夜が存在を主張するように前足を俺の頬に押し付けてきた。
「話は終わった? で、ソイツはキミにとって信用できるヤツってことでいいの?」
「ん? ああ、そうだな。一番話が通じるやつって感じかな」
「そ。ならこれあげるよ」
そう言って白夜は洋介に向かって何かをポイッと投げた。咄嗟にキャッチした洋介は渡されたものを摘み上げて不思議そうに眺める。
ペンダント?
「テックス様お手製の通信用魔法道具だよ。ほら、こっちはキミの分」
と、白夜は俺にも同じデザインのペンダントを渡してきた。野郎同士でお揃いかよ……と思わなくもないが、それはそれとして。
「テックス様、めっちゃ親切だな」
「構いたがりの自慢したがりなんだよ」
ああ、なるほど。言われてみれば確かにそんな感じだな、あの神様。
そう納得していると、再び白夜が頬に前足を押し付けてきた。
「ほら、用は済んだんでしょ? もう行くよ。そっちの人もそれは肌身離さずつけといてよね。使い方はペンダントに触って魔力を流すだけだから」
やけに急かしてくる白夜を見れば、呆れたような顔をしていた。どうせ自分じゃ話の切りどころを見つけられないんだろ? と言わんばかりの顔だ。
実際その通りなので、白夜の助け舟に全力で乗っかることにする。
「そんじゃ、洋介。あとは頼むなー」
「は!? ちょっと待て、まだ話が途中──」
「それはまたの機会に!」
さっと距離を取り、洋介を振り切って走り出す。
まだまだ鍛え足りない洋介を巻くのなんてチョロいもんだ。城門を抜ける時だけ速度を緩めて門番さんに挨拶して、あとはスタコラと王都を駆け抜けた。