◆クラスメイト:大島洋介・7
◆ ◇ ◆
結論から言えば、秋生と委員長、どちらの家族も俺たちの話を笑って受け流し、理解を示すことはなかった。
けれど帰らない息子、娘という現実は揺らがない。
今はまだ寄り道をしていて帰りが遅いんだと思えても、一晩経って帰らなければさすがにおかしいと思うはずだ。
だから、もしまた話を聞きたいと思ったらこの番号に連絡をくださいと伝えて、俺と瀬良、鈴木さんの携帯端末番号をメモして渡してきた。
最初から一度の説明で理解してもらえるとは思ってなかったから、やっぱりなという思いで帰途につく。
「だめだったね」
「まぁ仕方ないさ。僕だってあちらの世界を知らなかったらこんな話、信じなかっただろうし」
「だなぁ」
三人揃ってため息をつく。
そのまま何となく公園に寄って、自販機で飲み物を買って、誰からともなくベンチに座った。
早く帰って家族の顔を見たいと思う反面、秋生や委員長の帰りを信じて止まないふたりの家族を思うと心が重い。
そんな時。
俺の携帯端末が軽快な着信音を鳴らし始めた。
久しぶりに聞くその音に謎の感慨を覚えながら、ポケットから携帯端末を取り出す。そして画面に表示されている名前を確認して──
「はぁ!?」
思わず声を上げるとその声に驚いた瀬良と鈴木さんも画面を覗き込んだ。
そしてふたりも「はっ!?」「えっ!?」と声を上げる。
三人で顔を見合わせ、もう一度画面を確認したところで鈴木さんが「はっ、早く出ないと切れちゃう!」と急かしてきた。
その焦りがうつった俺は、慌てて通話ボタンを押す。そしてちょっと冷静になったところでスピーカー音声に切り替えた。
『……ん? おお? 繋がった??』
聞こえてきた声は画面に表示されていた人物──倉田秋生のものではなかった。けれど何となく聞き覚えのある声だ。
『おおーい、聞こえるか? 俺俺、俺だよ、テックスだ!』
一時期流行った詐欺電話のようなことを言いながら告げられた名に、俺たちは再び顔を見合わせた。
三人が三人とも理解が追いつかずに言葉を失っている。
『あれ? 聞こえてない? それとも向こうの音がこっちに届いてないんかな』
『テックス様……俺の携帯端末返してくださいよ』
『いやいや、だってこれ繋がったらすごいだろ? 俺天才だろ?』
テックス様の声の合間にちらっと聞こえてきた声。その声に反応して俺たちは思わず叫んでいた。
「秋生!?」「倉田か!?」「倉田くん!」
こちらの声が届いたのだろう、『うぉっ、ほら、繋がってる繋がってる!』というテックス様の興奮した声が聞こえてきた。
『うわぁ、マジか。テックス様、本当に天才ですね』
『だろー? じゃあこっちは完成ってことで、次はハナコのを……』
賞賛されて気を良くしたらしいテックス様の声が遠ざかっていく。そしてしばしの沈黙。
何となく気まずい空気を追い払うように、秋生の咳払いが聞こえてきた。
『……あー、テステス、聞こえてるってことでオッケー?』
「聞こえてるよ!」
前のめりで答えたのは鈴木さんだ。目がキラッキラしている。
『その声は鈴木さんか。あとさっき瀬良くんの声も聞こえた気がするんだけど』
「ああ、ここにいるよ」
『おお、本当にいた。ちなみに今そっちの時間って何時?』
「夜の七時を回ったところ」
画面に表示されている時間を伝えると、秋生はなるほどなるほど、と繰り返した。
『うん、よし、これでこっちでもそっちの時間が把握できるようになったな。あ、ちなみにこれ、そっちからもかけられるらしいけど通話料がどうなるかわかんないから、連絡を取りたい時はメールで……』
「待て待て。何で電話が繋がってるのかちゃんと説明してくれよ」
どんどん話を進められてもついていけない。両隣の瀬良と鈴木さんもうんうんと頷いていた。
『説明と言われても。俺が把握してるのは、テックス様がいつの間にか俺の携帯端末を接収してて改造も済んでて、ラクロノースと結託してそっちの世界の神様とよくわかんない盟約を結んで、その結果携帯端末での連絡が取れるようになった……ってことだけなんだけど』
「うわぁ」
こっちの世界にも神様っているのか。
いや、いるんだろうな……あっちの世界ほど実感はないけど。
「とりあえず、何となくわかった。そっちと通話ができるようになったことだけ理解しておけばよさそうだな」
『そういうこと。ていうかビデオ通話もできるかも。試していい?』
「いいけど……」
『じゃあ一回切るな』
「おー」
返事をした瞬間に通話が切られた。半ば呆然としたまま、俺は三度瀬良と鈴木さんと顔を見合わせる。
すると程なくして再び着信音が鳴った。通話ボタンを押すと、画面に映像が映し出される。
そこにはつい数時間前に見た顔があった。仮面は外したまま、義眼を埋め込まれている目も開かれていて、知ってる顔なのにそこにある大きな傷跡と瞳の色に違和感を覚える。
『おっ、映った!』
「こっちも映ったぞー。ていうかお前、目……」
『あっ、そうだった。さっきまでテックス様に義眼のメンテナンスをされてて、何となくそのままにしてた』
うっすら光を放っている青白い瞳孔が何とも現実味がなくて落ち着かない。
それを察したのか、秋生は目を閉じて仮面をつけた。今となってはこちらの方が見慣れた顔だなと思ってしまう。
「そう言えば今さっき秋生んちと委員長の家に行ったんだけど、こっちの話を信じて貰えなくてさ」
『だろうなぁ。どうする? 折角連絡を取れるようになったんだし、俺が直接説明しよっか?』
さらっと提案されて俺はまたもや瀬良や鈴木さんと顔を見合わせた。ふたりとも顔に「それがいい!」と書いてある。
「それが手っ取り早いかも」
「僕もそう思う」
「ごめんね、思っていた以上に説得が難しくて」
『いいよいいよ。じゃあそういうことで、日時が決まったらメールで教えて。花子さんにも事情を説明しとくから。っていうかもう時間的に家に帰った方がいいんじゃないか? 特に鈴木さんは女の子なんだし』
さらっとそんなことを言われて、思わず俺と瀬良が鈴木さんを見た。鈴木さんは照れたように頬を染めながら、「これくらいの時間ならまだ大丈夫だよ!」と答えている。
あいつって意外と女子を気遣うんだなぁ……。今まであまり女子と行動することがなかったから気づかなかった。
けど秋生の言うことも一理ある。というかそこまで頭が回ってなかった。
その後は自然と帰る流れになり、通話を切って鈴木さんを家まで送っていった。
後日。
秋生の家族には秋生本人が、委員長の家族には委員長本人がビデオ通話を使って事情を説明した。
秋生の方は割と早く説得に成功したけど、委員長の方は何度も何度も説明してやっと理解してもらえたようだ。
ただその際に秋生には難しい課題が課せられた。というのも、本当に娘を任せられるのかと委員長家族が言い出して、任せられると思える説得材料を提示してほしいと言われたのだ。
それに対して秋生が用意した説得材料というのが、あちらの世界ならではもので。
『あそこにいるでかい魔物を倒しますね』
そう言って画面の向こう側で脅威度1級の魔物を単独撃破。
それを見ていた委員長の家族は、妙に芝居がかった調子で「娘を頼む」と頭を下げた。秋生もそのノリに便乗して「お任せください」と恭しく請け合って、委員長家族と笑い合っていた。
一方で、そのどこまで本気かわからないやり取りに委員長がテンパっていたのは言うまでもない。