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私はアイテム  作者: 月井じゅん
97/105

50.暗号表

登場人物


伊藤麻紀……主人公。大学1年生。法学部

清水千佳……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。リーダー的存在で少し太り気味

菊池友紀……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。科学好きで、今時の娘という感じ

志藤 薫……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。整った美人だが、男っぽい性格

福山…………由美の同僚

伊藤由美……麻紀の母親。UGC職員

伊藤教授……麻紀の祖父。装置の開発者。黒田総裁と峰准教授と級友

伊藤史子……麻紀の叔母。孝之の妹

黒田総裁……元総理大臣。UGC総裁

西村院長……西村病院の院長。装置の共同研究者。独特の個性を持つムードメーカ

峰准教授……H大学の准教授。児島の父。黒田総裁と伊藤教授の級友

海老原教授……H大学教授で峰の上司

安藤…………元H大学の准教授。峰准教授の同僚。装置を盗んだ真犯人。

中山…………麻紀と千佳がアルバイトしているコンビニの先輩。児島、史子、青木の級友

児島…………装置盗難の容疑者で伊藤教授のアシスタント

アルジャーノン…装置の動物実験で特別な能力を持つ児島の白いハムスター


※1回目の暗号の謎解きは 30-Ⅳ 福山の告白【隠し文字の答え】 にありました。30-Ⅲ 福山の告白【ムードメーカー登場】から読んでいただけると分かりやすいと思います。

 「児島さんがスパイだったなんて」


 驚く私の言葉に西村先生が答えた。


 「僕が黒田にお願いした仕事だったんだ」


 「先生が!?」


 「そう。僕の病院に通院している国内外の政治家やカリスマ的経営者の病状や身辺を、何者かが探り、情報を漏洩している疑いが出てきてね。彼らの情報は政局や株価に大きな影響を与え、高く売れる。もちろん当院は個人情報を厳重に管理していたよ。しかし犯人が病院関係者となると難しい。そこで黒田に調査を依頼し、黒田は看護師や職員にモテモテだった児嶋君に協力をお願いしたんだ。児島君なら情報収集しやすいだろうってね。児嶋君はその捜査中、行方不明となった。我々はあの計画書の隠し文字を見た時、児嶋君はこちらの事件に巻き込まれ行方不明になったと思い込んでしまった。しかも偶然、病院関係者に同姓同名のアンドウアツシが存在していたんだ。それで捜査も少し出遅れてね。黒田は児島君の人間性と働きが素晴らしいと言って、児島君をUGCにスカウトするつもりだったんだ。黒田は児嶋君をとても可愛がっていた。」


 「じゃあ、暗号に隠されていた別の暗号って何が書いてあったの?」


私は計画書の最後の2行にあった漢数字を思い出しながら訊ねた。


 0・0・二・八・十二・0・0・0・(九・二十三)・0・六・

 十・十六・0・14・二十・十四・3・17・5・三・九・九


 「暗号には安藤の名前だけではなくMOの行方も記してあった。児嶋君はアルジャーノンを置いて逃げる気はなかったが、MOだけは何とかして黒田に渡さなければと考えた。しかし送り先が分からない。病院や大学ではスパイや安藤、警察もいる。秘密の詰まったMOは他人の目に触れさせてはならない、西村病院の信用にもかかわる、そう考えた児嶋君はM村を思いついた。以前、僕と黒田がこのセンターを建てるのに、どこかに広大な土地がないものかと話をしていたら、児嶋君がM村を教えてくれたんだ。青木君の実家の大きな廃村と『3匹のイナゴ(175)』の話をしてくれた」


 薫が思い出して言った。


 「青木さんの実家の番地ね。小さかった青木さんにお父さんが3ー17ー5番地をを『3匹のイナゴ(175)』って教えていたという。引っ越しが多かった自分達をイナゴに例えて教えたとか」


 「そう、その村だ。村の若者は近くの都会に移住し、ダム建設の噂が拍車をかけて過疎化が進み、村は広大な荒廃農地と林地を残して廃村となった。黒田が「それはいい!」と言ってUGCにその土地を調査させていたんだ。関君が児嶋君からMOを預かり、バイク急便に配達を依頼し、MOは『3匹のイナゴ(175)』に届けられた。黒田が暗号を読み解き、MOはM村で待機していた職員が無事に受取った。それで僕の方の事件は解決したよ」


 「あの計画書のどこにそんな暗号が?」


西村院長は、これを見てごらん、iPadの画面を見せた。児嶋さんの計画書と小学生用の漢字表だ。


  洗脳計画書

  1M村を洗脳し私の独裁コミュニティ(王国)を築けるか検証する

  2洗脳者(アイテム)は私に忠実でなければならない

  3アイテムはインフラ整備に従事、村を先進小都市に発展させる

  4農業事業者アイテムに土地を耕させ、自給自足を可能にする

  5アイテムの財産は全て私が管理する

  6投資家アイテムに資金を運用させ利益を得る

  7村周辺の土地所有者をアイテムにし、外部の者の侵入を防ぐ

  8外部から次のような専門技術者を拉致、洗脳、アイテムにする

  ターゲット

  ・独身、且つ又身寄りがない者、あるいは家族と疎遠の者

  ・インフラ整備に関して技術のある者

  ・プラント企業社員や化学機械の専門知識がある技術者

  ・農業従事者

  ・税務署職員や司法書士、行政書士、弁護士等

  ・土木関連、建設業者、大工など職人経験がある者

  ・元自衛隊員、元警察官または警備に精通した者

  ・コンピューター関連技術者

  ・飲食店経営経験者、あるいは料理人

  ・投資家他、金融

  ・ガス、水道、電気事業者、医療関係者・・・等あらゆる技術者

  以上私の王国を築けるか、アイテムが私に一生を捧げるか検証する

  児嶋祐樹 M村にて 二月二十日


  0・0・二・八・十二・0・0・0・(九・二十三)・0・六・

  十・十六・0・14・二十・十四・3・17・5・三・九・九

挿絵(By みてみん)


 「UGC職員なら手紙の最後にあった九・九で「緊急」と分かるんだ。黒田はUGCで使用している子ども向けの漢字暗号を児島君に教えていた。児嶋君はそれをスキャンしてMOに保存した。この漢字暗号は本当に子どもが使うんだ。虐待されている子どもとUGC職員がやり取りする手段に用いている。UGC職員なら皆持ってる暗号表だ」


 「これが暗号?」


 私達は目をぱちくりさせた。


 「使い方は超簡単だ。漢字を組み合わせてもいいし、頭の読みだけとってもいい。【縦軸2・横軸2】は【】だ。【縦軸3・横軸3】は【】だ。こうやって斜めに見ていくと、【(SOS)】となっているのが分かるだろう?」


挿絵(By みてみん)


 「本当だ!」


 私は漢字表に釘付けになった。

 千佳たちも食い入るように見ている。


 「ちなみに、【縦軸9・横軸9】は緊急の【(SOS)】で非常事態が発生していると判断できる。例えば「助けて」なら18・18【】、15・15【】、11・11【】、21・21【】。或いは5・8【助】を用いてもいい。使い方は様々だ。この漢字表のおかげで子ども達の漢字の成績がいい。子どもがよく勉強したり、成績が良かったりすると虐待が減る事もあるそうだよ」


挿絵(By みてみん)


 「へー!!」

 「すごい!!」

 「これなら部屋に貼ってあっても、ただの漢字表ね。虐待する親は暗号表だなんて気づかないわね!」

 「よく出来てる!」


 私達は目をキラキラさせて西村先生を見て言った。

 私は感心した。


 「ちなみに、中学生にはシーザー暗号を勧めている。Help meはアルファベットを3文字分ずらしてKhos phと暗号化する。おかげで彼らは英語の成績がいい」


挿絵(By みてみん)



 へー!と私達は再び関心しながら漢字表を見た。


 「さて、暗号に隠された暗号についてだが、暗号は計画書の最後にあった2行の漢数字に隠されている。よく見て。アラビア数字が混ざってるだろう? 」


 0・0・二・八・十二・0・0・0・(九・二十三)・0・六・

 十・十六・0・14・二十・十四・3・17・5・三・九・九


 「14、3、17、5だ。アラビア数字はそのまま数字として読み解くんだ。漢数字は漢字表の縦軸と横軸に当てはめていく。0と(カッコ)は無視だ。そうすると【縦軸二・横軸八】には【記】があるだろう? そして【縦軸十二・横軸九】には【録】、【二十三・六には【媒】、【十・十六】には【体】がある。【14】は漢字ではないから、そのまま【14】と読む。【二十・十四】は【時】。【3・17・5】もそのまま読む。 解読すると【記録媒体14時3ー17ー5届急】MOが14時に3ー17ー5(3匹のイナゴ)に届く急げ、だ。そして未来の日付は、配達予定日を表していたんだ」


挿絵(By みてみん)


 「なるほどねー!」


 千佳が溜息交じりに、感心しながら言った。


 「そんな暗号が隠されていたなんて。ここは3匹のイナゴがあった廃村……青木さんのお父さんが見たらびっくりするでしょうね」


 「ははは、そうだね。ここはリハビリテーション研究センターなんて名前がついてるけど、認知症患者専用の巨大複合施設なんだ。治療はもちろん、庭園を散策したり、自由に買い物したり習い事をしたり、水族館まで楽める。職員用にホテル並みの宿泊設備も整っている。豪華な社宅も用意してある。警備も厳重で敷地の周りは10メートルを超えるぶ厚いコンクリート塀だ。外からも内からも越えられない。敷地外を徘徊されて患者さんが行方不明になったり事故にあわれたら大変だからね。もしもの時や敷地内での迷子に備えて重度の患者さんにはGPSを埋め込んである。あらゆる不測の事態に備えて監視カメラも100台以上設置してある。偵察衛星で空からも見渡せる。セキュリティーは万全だよ」


 「すごい! 楽しそうだし安全ね。病院とは思えない」


 「そこが大事なんだ。このセンターで楽しんで余生を過ごしてもらいたいんだよ。建物の裏は庭園ではなく畑だ。患者さんが年間を通じてイチゴ狩りやぶどう狩り、芋ほり等も楽しめるんだ。外の畑を見たかい? あそこでは農業のプロが美味しい作物を育ててる。ここは自給自足なんだ。土いじりは脳にも健康にも精神にもいいしね」


 へー! と再び私達は声を上げた。


 「僕も土いじりが大好きなんだ。庭園も患者さんと職員で手入れをする。もちろん僕も。病棟は半分に分かれていてね、半分は装置を必要としない軽度認知症患者さんの治療施設、もう半分はアイテム棟で装置の力を借りなくては人間らしく生きられない患者さんの為のリハビリ施設だ」


 「そうか、認知症患者の施設という事は、ここは装置の研究施設でもあるんですね。装置とアイテムがここに存在する事になる。だから厳重なセキュリティーが必要なんですね」


 「千佳さんの言う通りだ。悪い言い方をすると、ここは装置の実験場だ」


 「でもこれだけ広いと管理も大変ですね。火事とか何かあったら逃げるのも助けるのも大変そう」


 冷静な薫が言った。


 「そうなんだ。それに装置を欲しがる悪い奴が現れたら怖いなあって僕もずっと思ってて。そしたら黒田から、開院前に一度、大がかりな避難訓練をしてはどうかと提案があってね。それはいいって事になって、パーカー一味に忍び込ませてセキュリティーが万全かチェックしようという話しになったんだ。それなら本番さながらの避難訓練と完璧なセキュリティーシステムを備える事ができる」


 ええっ? と私達は一斉に驚きの声を上げ、千佳が動揺した様子で言った。


 「パーカー一味やアイテムに忍び込ませて……? ってまさかわざと彼らにセンターを襲わせるつもり?」


 「その通り。パーカー一味をセンターに誘き寄せる作戦だ。その為にセンターの偽ホームページを開設して、伊藤の死後、装置の研究はこのセンターが引き継ぎ、センター内に新型装置があると匂わせた。しかも敵が装置を見つけやすいよう、さりげな~く装置の保管室の画像も掲載しておいた」


 「そのシナリオ、私達が大学に入るずっと前からあったに違いないわ! UGCならやりかねない!」


 千佳が呆れて言った。


 「まあ、そういう事になるかな。我々はその準備を数年かけてずっとしていたからね。それに某国の手引きでパーカー一味やアイテムが日本に不法侵入を企んでいるという情報もあって、のんびりしてられなくなってね。実際、UGCが何人か捕まえたらしいけど、ピーターらしきアイテムと数人の行方がまだ分からないんだ。UGCが把握していない侵入者もいるかもしれない」


 「なんですって!?」


 千佳が声を上げた。


 「暗殺実行犯のピーターが日本に?」


 私は急に現実味を帯び凍りいた。

 友紀がぼそっと言った。


 「そんな大事なこと、何も聞かされずに連れて来られたなんて。本当に恐ろしい所ね、UGCって」


 「そんな訳で、君達は避難訓練に招待されたって訳さ。UGCは彼らを現行犯逮捕したいんだって。某国にモノ申すにも明確な逮捕理由が欲しいんだ。ばっちり録画して反論なんてさせないよ」


 「これで分かったわ、避難訓練の準備が整ったから私達は引き会わせられ、知らず知らずのうちに装置とアイテムについて情報を与えられ、能力も試されていた、全ては計画通りって訳よ」


 薫の意見に私達は「絶対そうに違いない!」と言わんばかりに頷いた。

 すると後ろから母の声がした。


 「避難訓練では実際に装置を守るだけじゃなく敵も捕えてもらうわよ。戦うだけじゃなく自分の身を守る術も学べるいい機会よ」


 先程から後ろに母と史子叔母さん、福山さんがいた事に私は気付いていた。

 私は呆れて反論する気にもならなかった。

 友紀が言った。


 「それにしてもこんな事してて大学は大丈夫? もうすぐテストよ。単位取得できるのかしら。勉強、全然してないわ」


 「ホントね。せっかく大学生になれたのに」


 友紀の言葉に千佳が相槌を打つと、福山さんが言った。


 「最近の大学は出席をとらないんだし、麻紀ちゃんはちょっと教科書見れば覚えられるんだから大丈夫だろ? それに君達3人は捜査で大学生やってるんだ、卒業するもしないもこちらで操作するから成績は心配しなくていい」


 「やったあ!」


 3人が嬉しそうに声を上げるのを見て私は訊ねた。


 「私も成績が悪くてもUGCが卒業させてくれる?」


 「それはママが許しません。あなたは捜査で大学に入学したんじゃないの。あなたは自分で進学を選び、受験し、合格した。あの大学で勉強がしたかったんでしょ? 学費はママが負担してます。勉強しなさい」


 「それは分かってるけどさぁ」


 すねた私に千佳が言った。


 「由美さんの言う通りよ。私達は裏口入学だけど、麻紀は自分の力で入学したのよ、すごい事だわ。卒業も自分の力ですべきよ」


 そうよ、と薫が続けた。


 「麻紀、UGCの力を借りての卒業なんて、嬉しくないはずよ。UGCに借りを作る事にもなるわよ」


 「それもそうだね。仕方ない、勉強してきちんと卒業するか」


 「その意気よ。私達応援してるから」


 母と史子叔母さんが3人のナイスフォローに胸をなでおろした。

 すると福山さんが小声で私に言った。


 「暫く授業には出席できないが、麻紀ちゃんの代わりに出席している職員が見やすいノートをとっていてくれているはずさ。全て終わったらそのノートを丸暗記してテストを受ければいいさ。彼の作るノートはすごいぞ。天才ノートだの、スマートノートだの呼ばれるようなスペシャルノートだ。きっと今後の勉強にも役に立つ」


 「本当? やったあ。ありがとう、福山さん!」


 福山さんは悪戯っぽく微笑むと、歩き始めた。


 「さあ、ではセンターの見学会をスタートするとしよう!」


 西村先生がそう言うと、福山さんを先頭に、私達は施設を歩き始めた。


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