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私はアイテム  作者: 月井じゅん
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47.シナリオの最終楽章

登場人物


伊藤麻紀……主人公。大学1年生。法学部

清水千佳……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。リーダー的存在で少し太り気味

菊池友紀……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。科学好きで、今時の娘という感じ

志藤 薫……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。整った美人だが、男っぽい性格

伊藤由美……麻紀の母親。UGC職員

伊藤教授……麻紀の祖父。装置の開発者。黒田総裁と峰准教授と級友

黒田総裁……元総理大臣。UGC総裁

児島…………装置盗難の容疑者で伊藤教授のアシスタント

安藤…………元H大学の准教授。峰准教授の同僚。装置を盗んだ真犯人。

パーカー司令官……現在の装置所有者

関・石塚・竹本……大学生でアイテム

中山…………麻紀と千佳がアルバイトしているコンビニの先輩。児島、史子、青木の級友

スカイ……5人組のアイドルスター 

 自信家の参謀総長は退役後は大胆にも大統領選に出馬するか、退役軍人長官に指名される未来を期待していた。

 しかし、暗雲が立ち込めた。

 政界復帰が難しいとされていたケリー元大統領が復帰したからだ。

 そのニュースで国内は沸き、連日ケリーの顔がテレビに映し出されると、参謀総長とパーカーは地団駄を踏んでそれを見ていた。


 暗殺事件に参謀総長が関係していたという証拠はないが、ケリーの復帰が参謀総長の未来を左右するのは明白だった。

 そして参謀総長は、希望する未来を手に入れる為には装置の力を利用するしかないと、装置に目を向けた。

 装置は人も国も支配できる。

 参謀総長とパーカーの頭には常に装置の存在があった。

 ますます装置への欲を高めた参謀総長は某国に協力を仰ぎ、アイテムやパーカーの組織を民間飛行機、貨物用輸送機、軍用輸送機や貨物船に分散させ、あらゆる手段で日本に送り込むと、伊藤の拉致を計画した。


 伊藤を探し出す事は、そう難しい事ではなかった。

 孝之君は殺される前に、自分は開発者の息子であると名乗っている。

 我々は伊藤をあえてあの家に留め、伊藤を見守り続けながら敵が動くのを待っていた。

 そして伊藤家が襲われた場合は、伊藤を死んだ事にしようと、前もってシナリオを書いていた。

 それは伊藤が死ぬ事で彼らに装置を諦めさせ、同時に国内にいるアイテムらを一網打尽にしようという考えからだった。


 我々は、ケリー元大統領とスカイをおとりに、敵を誘い出す計画を企てた。

 それが麻紀ちゃんが行った、あのコンサートだ。

 機会さえ与えれば、参謀総長は再びケリーの暗殺を企てるだろうと我々は考えた。

 出世を阻まれた参謀総長と、全てを失ったパーカーにとって、その元凶であるケリーはとにかく邪魔な存在だ。

 スカイも脅威の存在に違いない。


 そこで我々はケリーが日本に滞在し、スカイと接触するという嘘の情報を流した。

 日程や会場、そして会場からホテルまでのルートなど、参謀総長の耳に届くように仕向けた。

 ケリーは大統領という職に就いた事で一生シークレットサービスに警護される人生を送る。

 その警護は州警察や軍と協力して行われ、参謀総長の立場なら、こちらから機会を与えさえすれば、その情報を簡単に入手できる。

 参謀総長は我々の作戦とは知らず、情報を入手すると、パーカーと某国に伝えた。

 予想通り、UGCがマークしていた某国の諜報部員とアイテムらが動き出した。


 彼らの検挙が第一の目的ではあったが、同時に我々には試したい事があった。

 その仕掛けが、麻紀ちゃんと由美君だった。


 装置開発者である伊藤の情報を、どこまで敵が掴んでいるのか、伊藤の家族の顔をどこまで把握しているのか、伊藤の家族が姿を現したら敵はどう出るのか、我々は確かめようと試みた。

 予想通り、敵は麻紀ちゃんを捕えようとした。

 敵は、伊藤を拉致する為に、麻紀ちゃんを脅迫材料にしようとした。


 この時点でシナリオの実行が決定した。

 敵は罠にかかり、コンサート会場は君が見た通りの騒ぎとなった。

 我々はアイテムと某国のスパイと思われる一味を捕え、スカイと海外の政府関係者、つまりケリーが事故死したとニュースを流した。

 参謀総長は作戦成功に得意げだったに違いない。


 スカイと海外の政府関係者死亡のニュースが発表された直後、ケリーは参謀総長の自宅を訪れた。

 閑静な住宅街は、元大統領の突然の訪問に沸きたち、参謀総長の豪邸に建つ大きな門の前には、人だかりができた。

 敷地内で車を磨いていた運転手が騒動に気付き、屋敷へ駆け込んだ。

 運転手と入れ替わるように、まるで軍人のような出で立ちの男達が、バタバタと門までやって来た。

 彼らは、驚きと戸惑いの表情でケリーを見た。

 恐らく参謀総長も、監視カメラに映るケリーの姿に驚いたに違いない。

 ケリーは、参謀総長宅のインターホンを押した。


 「お騒がせして申し訳ない。散歩でちょっと通りかかりましてね。私が日本で事故死したなどと噂が流れているようですが、私はこの通りピンピンしています。もう少しこの辺りを歩いたら退散します。では、失礼」


 ケリーは監視カメラに向かって帽子を取り一礼した。


 「あ、そうそう、日本にいる友人から伝言です。あなたのご友人にお会いしたそうですよ。某国の方もご一緒とか。親友のパーカーさんに、よろしくお伝え下さい」


 ケリーは鋭い視線で監視カメラを睨むと、今度は人だかりに笑顔を向けて手を振りながら、パレードさながら歩き始めた。


 「私の人気もまだまだだな」


 ケリーはシークレットサービスに悪戯いたずらっぽくささやくと、人だかりが求める握手に答えながら少しだけ散歩を楽しみ、車で去って行った。


 「パーカーは何をしている!」


 参謀総長はこの時、計画が失敗した事を知り、いきどおった。


 「あいつらは死んだのではないのか! イトウはどうなったのだ!」


 死んだはずのケリーが、まるで失敗をわざわざ知らせに来たかのように、目の前に現れた事に、参謀総長は悔しさと怒りを露わにした。

 怒りに任せて監視モニターの液晶ディスプレイを剥ぎ取り、窓に向かって投げつけると、ガラスの砕ける音が辺りに響き渡った。




 黒田総裁はそこまで話すと一息ついた。

 我が家が襲われたのは全てUGCのシナリオだったのだ。

 あれは突然起きたのではなく、起こるべくして起こった。

 UGCはなんて恐ろしい組織なんだろう。

 そこに母は所属し、千佳は職員となった。

 私の思いは複雑だった。

 友紀が総裁に質問した。


 「あのぅ、もしかして最近よくテレビで見かける、紛争地域で活躍している日本人やボランティア団体ってまさか」


 「ああ、あれが関君とアイテムたちだ」


 千佳が驚いた様子で声を上げた。


 「あれがアイテムの関さん!? もしやとは思っていたんだけど。日本人ボランティアとA国軍による人道支援のお蔭で、荒れ果てていた土地が緑を取戻し、キレイな水と豊かな作物が子ども達の胃を満たすまでになったって、私も何度もテレビで見たわ! 以前は銃を持っていた少年達が今ではペンを持つようになったって。最先端なビルが並ぶ街は緑も豊かで、伝統的な衣装をまとった人々が歩き、そのミスマッチな風景が美しくて印象的だったわ。驚きの技術で街が蘇ったって紹介されてた。全て装置のお蔭なんですね!」


 私も何度か見たニュースの映像を思い出し、うなずいた。

 すると中山さんが独り言のように言った。


 「装置のお蔭で……」


 「い、いえっ、装置だけではなく、計画実行した総裁や関さん達の尽力のお蔭でもあります」


 千佳が慌ててそう付け加えると、中山さんが言った。


 「全ては総理の計画だったんですね……正直、安藤が真犯人だと分かった時点で逮捕していれば、と最初は驚きと怒りで話を聞いていました。装置を戦争の道具としてA国に持ち出す行為は武器輸出三原則(現在では防衛装備移転三原則)に反するかもしれません。ですが安藤を利用すれば全て安藤のせいにできる。私も総理のお立場なら同じ事を考えたかもしれません。総理のなさった事を非道徳的だと非難する人もいると思います。ですが装置は平和への近道を記すツールとなり、総理は戦争を終結させ、苦しむ人々を救った。素晴らしいと思います」


 いや、私は……、という総裁の言葉を遮り、中山さんは続けた。


 「私はずっと考えていました。なぜ児嶋君は命を落としたのか、誰が一番悪いのか。安藤が装置の存在を知ったりしなければ――私があの時、警察に相談していれば――児嶋君がアイテムにさえならなければ――考え出すときりがなく、しかし、やはり悪いのは安藤、安藤の歪んだ心なんだと、私は思ってしまうのです。しかし結局は、そう自分に言い聞かせ、自分のした行為を正当化しようとしてしまう私が、最も歪んでいるのではないかと思うのです」


 中山さんはテーブルに視線を落とし、続けた。


 「平和を願って装置を利用した総理とは違い、私は装置を悪用しました。私は装置で人々を救おうなんて考えた事はありません。私は安藤に復讐する為だけに装置を利用しました。私は自分が恐ろしいんです。あんな事ができる自分がいるとは私自身、気付いていませんでした。私はこの苦しみと恐怖からは一生逃れられそうもありません。私はやはり、皆さんが思っている様な人間ではないのです」


 沈黙が流れた。

 暫くして総裁が口を開き、厳しい表情で言った。


 「中山さんが自分のした事に苦しむのは理解できる。しかし君は我々が血眼になって探していた装置を悪の手から引き離し、破壊してくれた。君がそうしなかったら現状はもっと違っていたかもしれないのだよ。君は装置をもっと利用する事ができたはずだ。しかしそうはしなかった」


 「ですが……」


 「私のした事は罪に値する。しかし私達の行為を罪だの、道徳に反していると言うのはきれい事だ、ただの理想論だ。特に平和ボケしている日本人に理解は難しいだろう、と正直、私は思っている」


 総裁の顔がさらに険しくなり、私は一瞬、恐怖を感じた。

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