46-Ⅷ 黒田総裁の告白【ケビンの脱出】
ある日、潜入捜査官は、パーカー司令官と一緒に帽子を深く被った若い男性が軍事会社入って来る姿を目撃した。
潜入捜査官は度々、帽子をかぶった若者がパーカーと奥部屋にあるリラックスルームに出入りするのを目撃していたが、この日はじめて、それが石塚君だと気づいた。
潜入捜査官は何となく石塚君の様子に違和感を覚え、2人の後をつけた。
彼らが向かった先は、やはり奥部屋のリラックスルームだった。
装置を操っているのは石塚君かもしれないと、潜入捜査官は推測した。
潜入捜査官は監視室に潜入している同僚に報告した。
「俺も今見ていたところだ。驚いたな。俺は引き続きモニターを監視し、本部に報告する。お前は監視を続けて待機してくれ」
報告を受けた特別チームは慌ただしく動き出した。
連絡を受けた関君と竹本君はショックを受け、関君は膝を落とし愕然とした。
石塚君は5回だけ安藤の指示に従うようプログラミングされている。
その5回は児嶋君がアイテムにされたあの時に消費されたものと思われていた。
しかしそれはまだ消費されずに活きていた。
A国に来て間もなく、石塚君は基地内で安藤に呼び止められ、パーカー司令官の部屋に通された。
石塚君を忠実なアイテムと紹介した安藤は、パーカーの目の前で
「パーカー司令官に忠実であれ」
と石塚君に命令した。
「これで石塚はあなたのものです」
安藤のとった行動に、パーカーは満足気だった。
石塚君がパーカー司令官に操られているなどとは、誰も気付いていなかった。
安藤がA国から姿を消してからは、石塚君のリスクは解消されたものと関君は安心しきっていた。
石塚君には指示に従うべき人物と、その優先順位がインプットされている。
1番・・・児嶋祐樹
2番・・・関政利
3番・・・伊藤教授
4番・・・西村院長
5番・・・峰准教授
6番・・・伊藤史子
7番・・・青木龍之介
8番・・・安藤厚司(5回のみ)
児嶋君が亡くなった現在では、関君が優位に立つ。
そのおかげで、石塚君は関君の指示を忠実に守り、我々や特別チームの存在について決して口外する事はなかった。
幸いにもパーカー司令官に我々の存在を知られる事はなかった。
リーダーである関君に比べ、石塚君はパーカー司令官や安藤との接触が少なかった事も幸いしていた。
しかし軍事会社設立以降、石塚君はパーカー司令官に操られ、軍事会社で志願兵を装置にかける役目を担っていたのだった。
特別チームが慌ただしく動き出した頃、監視カメラに映らない奥部屋で、石塚君はパーカー司令官の命令に従って装置の準備をしていた。
暫くすると、パーカー司令官が一人で奥部屋から出て来る姿がモニターに映しだされた。
30分後、パーカー司令官はケビンを連れて戻って来ると、再び奥部屋へと入っていった。
奥部屋では装置の準備が整い、石塚君が気絶したケビンの頭にヘッドセットを被せようとしたところだった。
石塚君はふと我に返った。
その若者の雰囲気が誰かに似ていた。
石塚君の頭に児嶋君の顔が過った。
石塚君は混乱し、脳は誰かの指示を要求した。
自分のするべき事が何なのか、急に分からなくなった。
石塚君は混乱し、頭を抱え床に倒れ込んだ。
「どうした、イシヅカ!」
パーカー司令官は石塚君を揺さぶった。
「イシヅカ! どうしたんだ、早くやれ!」
パーカー司令官の言葉に、我に返った石塚君は、ゆっくりと起き上がった。
石塚君は無意識にケビンにヘッドセットを被せた。
あとはエンターキーを押すだけだ。
そうすれば眠っているその若者はアイテムになる。
しかし勝手に動く指に反し、体の半分が言う事を聞かない。
誰かが止めようとするかの様に、体が麻痺した感覚に陥った。
同時に、石塚君の頭に、関君と児嶋君の顔が過り、これまでの記憶が蘇ってきた。
僕はいったい何をしているんだ。
なぜこんな事をしているんだ。
床に膝を落とし頭を抱える石塚君に、パーカー司令官がイライラした様子で言った。
「もういい! 私がやる! どけっ! いつも見ているから分かる。あとはエンターキーを押せばいいだけだ!」
石塚君はとっさに端末とヘッドセットをつなぐコードを抜いた。
そしてパーカー司令官を制しようと、パーカーの腕を掴んだ。
パーカー司令官は腕を振うと石塚君の頭部を蹴り飛ばし、端末のエンターキーを押した。
頭部を蹴られた石塚君は、ふらふらしながら部屋から出ようとドアの方へ向きを変えた。
パーカー司令官はそうはさせまいと、石塚君の首筋にスタンガンを押しあてた。
石塚君が気を失い床に横たわると、パーカー司令官は、奥部屋への専用通路通路入り口のガラス扉にいる見張りを通信機で呼んだ。
奥部屋にも監視カメラはあるが、部屋のドア付近しか映さず、人の出入り以外は確認ができない。
しかしパーカー司令官と石塚君が奥部屋へ入って15分程が経過した頃、石塚君らしき姿がモニターの隅に映った。
潜入捜査官は立ち上がり、画面を食い入るように見た。
争っているように見える。
石塚君は倒れると動かなくなり、その横を通信機で話しながら歩くパーカー司令官の姿が映った。
通信機の相手はガラス扉の前に立つ兵士だった。
潜入捜査官はすぐ、待機中の捜査官に部屋で起こっている事態を説明し、他の潜入捜査官にも応援を頼んだ。
連絡を受けた捜査官はガラス扉へ急いだ。
するとパーカー司令官から連絡を受けた見張りの兵士が、ガラス扉にパスワードを入力しているところだった。
扉が開いた瞬間、捜査官は見張りの兵士を呼び止めた。
「念の為に扉を見張ってろ、俺も呼ばれたんだ。まず俺が行く」
「おう、頼む」
捜査官は奥部屋をノックして入った。
「お呼びですか、パーカー司令官」
「暫くこいつを地下に閉じ込めておけ。監視を怠るな」
「はい」
捜査官が部屋の奥に目をやると、マッサージチェアでケビンが座ったまま眠っていた。
捜査官は石塚君を担いで運び出すと、人目のつかない清掃用具置き場である小部屋に忍び込み、石塚君を下した。
「イシヅカ! おい! しっかりしろ!」
頬を叩かれ、石塚君が目を覚ました。
「大丈夫か? 俺は特別チーム潜入捜査官だ。俺が分かるか?」
「あ、はい。僕はいったい……」
「聞きたいのはこっちの方だ。ここで何をしているんだ」
石塚君は動揺した様子で言った。
「僕は、僕はどうしたらいいのでしょう。僕はパーカー司令官の指示に従うようプログラミングされているようです。パーカーの言う事を聞いてしまうんです!」
捜査官が携帯で本部に連絡すると、関君が言った。
「石塚君の中に安藤の命令が活きているようです。私が命令を取り消します」
捜査官は携帯を石塚君に渡した。
「石塚君、パーカー司令官の指示にはもう従うな。何か言われたら全て断れ。パーカーには近づくな。もう君は自由だ。パーカーの言いなりにはならない。気が付かなくてごめんよ」
「僕はなんて事を……」
石塚君は潜入捜査官と軍事会社を脱出し、伊藤の治療を受けた。
伊藤は石塚君の中にある優先順位を取り消した。
優先順位を設ける事で、場合によってはアイテムが不安定になり、混乱するという副作用が起きるようだ。
加えて、関君が石塚君を救ったように、危険を回避できる事も分かった。
石塚君を清掃用具置き場に避難させたと同時に、応援に駆け付けた捜査官は、ケビンの救出にあたっていた。
パーカー司令官は奥部屋にケビンを残したまま出て行き、不在だった。
あとの事は幹部にでも任せようと思ったのだろう。
捜査官は以前、幹部がパスワードを入力した時に、その番号を盗み見て暗記していた。
その番号を入力してみると、見事にガラス扉が開いた。
見張りの兵士には、ケビンを運び出すよう指令を受けたと嘘を言って誤魔化し、捜査官はひとり奥部屋へと、通路を急いだ。
リラックスルームと呼ばれる奥部屋に入って見ると、部屋の中央にあるマッサージチェアでケビンが座ったまま目を閉じていた。
装置の姿はどこにもない。
捜査官はケビンに声をかけた。
「おい!」
軽く肩を揺さぶると、ケビンは目を覚ました。
少し痛みを感じるようで、顔を歪めた。
「大丈夫か? 何をされたんだ?」
ケビンはアイテムかもしれない。
捜査員は警戒した。
ケビンは驚き、何がなんだか分からない、といった様子で捜査官の問いに答えた。
「マッサージチェアーに座れと言われて、直後この辺りからひどい痛みが走って……」
そう言いながらケビンは首筋をさすった。
「何か、頭に取り付けられたりしなかったか?」
「いいえ、気を失うまでは何も。パーカー司令官が僕の後ろに回ったとたんに、ひどい痛みが走って。まだ痛みと痺れが残っています」
本部の報告によると、装置の劣化の影響か、アイテムとなったものは、表情が乏しいう。
ケビンと話している限り、そのような感じは受けなかった。
石塚君が倒れたために装置の操作ができず、ケビンはアイテムにならなかったのかもしれない、そう捜査官は思った。
「とにかく、この部屋を出るぞ。歩けるか?」
「は、はい。あの、あなたはどなたですか?」
「連邦捜査局の捜査官だ。君は検査と治療を受ける必要がある。とにかく、脱出だ」
ケビンは訳が分からず、捜査官と部屋を出た。
ケビンは捜査官に「何を聞かれても答えるな。前を見たまま視線をそらすな。人の目をみるな」と指示された通り無言を貫き、見張りに怪しまれずに奥部屋から離れることが出来た。
なんとかエレベータでビル1階まで辿り着くことが出来た。
2人はの正門玄関を目指して走った。
するとすぐに、後ろからバタバタと足音がして、振り向くと兵士と幹部らが追いかけてくるのが見えた。
「外に迎えの車が来る。走れ!」
「僕は何をされたんですか!」
「今はここから出ることだけを考えろ! 走れ!」
ケビンは不安でいっぱいだった。
夢中で逃げた。
しかし警備会社も担う軍事会社だ。
あちこちにある監視カメラに姿が映し出され、逃げ切れないのではないか。
ケビンは恐怖でいっぱいになった。
まだ正門玄関までたどり着いていないのに、自動的に自動ドアが開いた。
「安心しろ! 仲間が開けてくれたんだ! とにかく走れ!」
2人が正面玄関を出ると、自動ドアは閉まり施錠され、男たちは軍事会社の中に閉じ込められた。
「もう大丈夫だ。ドアの操作をしているのは俺の同僚だ。もう彼も長くここにはいられまい。迎えが来たぞ! あの車に乗り込め!」
2人の目前に車が急ブレーキをかけて止まり、2人は飛び込むように車に乗り込んだ。
ケビンは特別チームに保護され、本部がある連邦捜査局へと連れて行かれた。
※作中にアガサ・クリスティの著作名が紛れ込んでいます(全部分ではありませんが、著作名がある部分にはあとがきで説明を加えています)。
【動く指】
ミス・マープルのシリーズです。
「動く指」というタイトルは手紙を書く指か、マープルの編み物をする指からついたと推測します。
ミス・マープルは作品の後半になってようやく登場します。
手紙をきっかけに、自殺、殺人と事件が起こります。
ラブコメ要素もあり、楽しめます。
あれこれと推理しながら、語り手の兄妹にも引き込まれていきます。
怖くもあり、中学生でも楽しめる作品かと思います。
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