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私はアイテム  作者: 月井じゅん
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46-Ⅳ 黒田総裁の告白【一致】

 翌日、1201号室に隠しカメラと盗聴器を仕掛け、伊藤はセキを待った。

 17時少し前に、伊藤のインカムに知らせが入った。


 「セキと思われる若い男が、エレベータに乗りました」


 ちょうど17時、かちゃりとカードキーが差し込まれる音がして、静かにドアが開くと、普通すぎる、どこにでもいそうな学生が「失礼します」と言って入ってきた。

 両隣の部屋に捜査員を配置するには、大げさと思えた。

 セキは穏やかな表情だった。

 背中を少し丸めるような歩き方で、部屋の奥にいる伊藤にゆっくりと歩み寄った。

 少しだぼついた緑色でチェック柄のシャツは、長身の彼を細身に見せていたが、ボタンを掛けていないシャツの下に見える白いTシャツには、厚い胸板と鍛えられた筋肉が浮き出ていた。

 まるでスーパーマンである事を隠しているクラーク・ケントのようだ。


 「はじめまして。伊藤教授ですね。関と申します。盗聴器越しに大変失礼しました」


 関君は礼儀正しく頭を下げて挨拶をした。


 「君、ひとり?」


 「はい。今日はスタッフとの打ち合わせがあってこちらに来ていました。このあと大佐と安藤のいる基地に向かいます」


 「いったいどういう事なのだろう、なぜ君は、装置に盗聴器が仕掛けられていると分かったのだろう?」


 「昨日、伊藤教授と黒田総理を空港でお見かけしたからです。ひょっとして、と確認したまでです。これしか伊藤教授とコンタクトをとる手段を思いつきませんでした」


 関君の話し方は物静かで丁寧な口調だった。


 「安藤さんは私達が会っている事を知っているのかな?」


 「いいえ。気付かれたら大変です。総理がご一緒なら警備の方もご一緒のはずです。それなら安心して話せると思ったのです。逆にこちらが確認したいのですが、私はつけられていませんでしたか?」


 「どうだい?黒田?」


 伊藤は、ジャケットの襟に取り付けられた、隠しマイクに問いかけた。


 「黒田?」


 「伊藤とは同級生なんだ。君の後をつけて来た者はいないようだ」


 そう言いながら私とケリー大統領は、伊藤のいる1201号室に入った。


 「総理! まさかそちらは……!」


 関君は私達の登場に驚いた。

 私は関君をまじまじと見て言った。


 「君がアイテムですか。そうですか。想像とは違っていて意外でした。それにしても昨日の盗聴器越しの呼び掛けには驚きました」


 「初めまして、関です。まさか大統領までご一緒とは……」


 関君は少し戸惑った様子で言った。

 私は彼に近づき、訊ねた。


 「私達が君に見られていたとは不覚でした。君は安藤の指示でここにきたのではないとすると、どういう理由で伊藤を呼び出したのでしょう?」


 「お聞きしたかったのです。日本での捜査がどうなっているのか。なぜ安藤が野放しにされているのか。安藤は危険です」


 「君達は君達の意志で安藤と共にいるのですか? その、君たちは安藤にコントロールされているものと思っていたが」


 「児嶋さんが機転を利かせてくれたおかげで、私と竹本君は安藤に支配されずに済みました。しかし石塚君だけは安藤の指示に従うようプログラミングされています。そのせいで彼は安藤に操られ、児嶋さんをアイテムにしてしまいました」


 「石塚が児嶋君を!?」


 伊藤が表情を曇らせ言った。


 「はい。そして安藤は、忠実な海老原教授と児嶋さんに罪を被るよう命じた上、海老原教授に児嶋さんと心中するよう命じたのです。児島さんをアイテムにしてしまった石塚君の心は傷つき、今もその傷は癒えていません」


 「なんて事だ!」


 伊藤が唸り頭を抱えた。

 私は深呼吸して何とか平静を装い訊ねた。


 「君達は安藤の味方ではないのか?」


 「いいえ。私達は装置を取り返したかったのですが叶いませんでした。私達は何をすべきか、今日はそれを伺いたいのです」


 関君はこれまでの出来事を全て教えてくれた。

 私も我々の考えと計画を正直に話し、協力を願い出た。


 伊藤の決心はまだ揺らいでいた。

 大統領が信頼するパーカーという男を信用できるのか、装置が悪用されないか、伊藤は不安を脱ぎ去る事ができずにいた。

 私は、装置は正しく使用されれば世界が変わるのだと伊藤を説得し、関君にも強く協力を求めた。

 幸運にもここにきて、装置を近くで見守れる関君という誠実な若者が現れたのだ。

 私は伊藤と関君を粘り強く説得し続けた。


 「伊藤教授のお考えをお聞かせ下さい」


 そう関君が問いかけると、伊藤は少し考え込み、答えた。


 「黒田の言う通り、戦争は知識不足や貧困が招くものだと思う。貧困も教育不足が招く弊害だ。高度教育によって紛争や貧困から脱する事ができると、私も考える。心も生活も豊かであれば戦争など起きはしない。しかし、その知識不足を装置で強引に解消し、まるで大衆洗脳で戦争回避しようというやり方は道徳的に問題がある。装置が上手く作動するのか、副作用の不安もある。装置はまだ研究段階だ。本当に私の装置が人々を救い戦争をなくせるのか確証はない。ひとつ確認させて欲しいのだが、関君、君達に異変はないのだろうか。苦痛や精神不安、その・・・異常行動を起こす様な事は」


 「特に自分に異変を感じた事はありませんし、おそらく2人にもなかったと思います。不安がないと言えば嘘になりますが、もし伊藤教授が近くで見守って下されば、正直、心強いです」


 「君をアイテムにしてしまった責任は私にある。私は君達を見守るつもりだ。黒田に従いたいという気持ちもあるが、アイテムになる者の事を考えると気持ちは複雑だ」


 「教授、もし装置を奪い返したいとお考えでしたら今しかありません。装置は今、僕達の手元にあるも同然です。それでも黒田総理に従いますか」


 伊藤は目を閉じてジッと考えた。

 すると大統領が言った。


 「お願いだ! 我々に装置の力を貸してくれ。装置は世界を救う。ここにいる私達にしか出来ない事だ。是非協力して欲しい、頼む。出来るのなら君達から情報も欲しい。パーカーの様子を報告してくれ。装置を取り巻く全ての情報が欲しいのだ。これだけは言っておく。パーカー大佐は私が見込んだ男だ。テロなど起こる訳がない。安藤みたいな男とは違う。世界を良くする為に装置を彼に預けるのだ。私が全面的に協力しサポートする。プロフェッサー伊藤、どうだろう。娘さんについても安全を保障する。彼女が帰国するまで、CIAが彼女を監視しサポートする」


 伊藤は暫く目をつぶって考えていたが、改めて関君に念を押すように訊ねた。


 「君たちこそ本当にいいのか? 今なら安藤と縁を切り、私達と日本に帰る事が出来る」


 「私は帰る家も、待っている者も、行く場所も、やりたい事もありません。私はアイテムです。伊藤教授の研究に貢献したい気持ちもあり、装置とアイテムが世界に平和をもたらす道具となるのでしたら、それをサポートし見届けたいとも思います」


 「そうか……決まったな、黒田、君に従おう」


 皆の意見が一致し、ケリー大統領の希望通り、装置はパーカー大佐に託され、戦争の道具となった。

 関君達は、外国人が市民権を得る事ができる、A国軍入隊プログラムに参加した後、大統領の計らいで空軍大学に籍を置いて、アイテムとなった兵士に特別講義を行うなど、アイテム兵士の教育係やサポート役の任務を与えられた。




 黒田総裁はここまで話すと、紅茶を口に運んだ。

 私は総裁の言う事を無視できなかった。

 テロリストに限らず、犯罪者というのは生まれ育った環境に恵まれず、同情せざる負えないような厳しい環境の中で育ったケースも多いと聞く。

 日本のような豊かな国に生まれていれば、まったく違った人生だったに違いない。

 十分な愛情や幸福感、楽しみを欠いた人生が、彼らを狂わせてしまう。


 そういった問題を解決する可能性を秘めた装置が目の前に現れたら……。

 私も大統領と同じ事を想像したに違いない。

 しかも装置を活用できる環境と人材がそろっていればなおさらだ。


 「ジイはすべて知っていたのね」


 私がそう言うと、祖父ではなく黒田総裁が答えた。


 「私が口止めしていたんだ。伊藤、すまなかった」


 「いや、元はと言えば、すべて私のせいなんだ。装置の管理を怠った私に責任がある。麻紀ちゃん、内緒にしていてすまなかったね。パパが死んだのもジイのせいだ」


 「ジイは悪くないよ! ジイの研究は素晴らしいと私は思ってる!」


 「ありがとう。麻紀ちゃん。バアにも話さないとな……。由美さん、節子にも折を見て話そう」


 「そうですね……」


 母はどのように祖母に話せばいいのか分からないといった様子だ。


 「バアは気付いているんじゃないかな」


 「それはないわ、麻紀、いくらなんでも。あのお義母さんが」


 母が苦笑いした。

 しかし母は福山がクスリと笑うのを見逃さなかった。


 「福山君、あなた……何か知ってるわね!」


 母がまさかという顔をすると、総裁が「まあまあ」と割り込んだ。


 「節子さんには色々と手伝ってもらって助かっています。節子さんには口止めされていますが、スパイ活動も少々……。さすが史子君の母上だ」


 「スパイ!?」


 祖父と母が声をそろえた。

 福山さんは微笑を浮かべ、母に言った。


 「奥様は立派な成果を上げている職員だ。僕もその意外性に驚いたよ。素晴らしい活躍でスカウトさせてもらった。時々ホテルで掃除のおばさんに扮し捜査協力してもらっている」


 祖父も母も史子叔母さんも、あんぐりと開いた口が塞がらないまま、総裁の話は次の話題へと進んだ。

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