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私はアイテム  作者: 月井じゅん
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45-Ⅰ ダニエルの告白【父】

 ダニエルの父、パーカーはダニエルを海兵隊に入隊させようと考えていた。

 ダニエルは海兵隊などにはまったく興味がなかった。

 寮生活をしながら大学に通っていたダニエルは、進学について父親と話し合う為に帰省した。

 昇進した父親は忙しく、母親は父親の異例の出世を自慢していたが、ダニエルはそんな父親を尊敬しつつも、厳格すぎる父親とは意見が合わず、好きにはなれなかった。


 ダニエルは医者になるのが夢で、大学卒業後は大学院であるメディカルスクールへの進学を希望していた。

 しかし父親は長い年月を勉強に費やす事に反対し、予想通り父子は進学について衝突した。

 父親は進学などせず入隊しろと言って譲らず、若かったダニエルも、父親に自分の意見を真っ向からぶつけ、入隊はしないときっぱりと断った。


 その日の夜、ダニエルはいつものように寝る前に一杯の水を飲んだ。

 部屋に戻ろうとしたとたん、急に強い眠気に襲われ、近くにあったソファに倒れ込むように寝転んだ。

 どんどん深い海に沈むように意識が遠のき、その遠のく意識の中で、父親がゴーグルのようなものを持って自分に近づいてくるのをぼんやりと見た。

 それが夢が現実が分からないまま、ダニエルは深い眠りに落ちていった。


 翌朝、いつもよりも遅い時間に目覚めると、看護師である母親が夜勤から帰宅し、スムージーを作っていた。

 母親はスムージーをダニエルに差出しながら言った。


 「ここで一晩寝ていたの? 風邪ひくわよ。母さんは夜勤明けでもう寝るけど、お父さんが今夜また進学について話し合いたいって」


 「もう十分話し合ったよ。僕は入隊なんかしない」


 「お父さんも頑固で困ったわね」


 「僕は医療の世界で仕事がしたいんだ。母さんみたいに。母さんと父さんは病院で出会ったんだろ、父さんのどこがよかったんだよ」


 「お父さんはね、軍に入隊したばかりの頃、上官の暴力で怪我をして病院にやってきたの。その時に出会ったのよ」


 「へえ。やられたらやり返すあの父さんが?」


 「厳しく意地悪な上官は、訓練と称して、ストレス発散に、若い兵に暴力をふるっていたらしいの。お父さんは頑張って偉くなって、そいつを見返してやるんだって言ってた。じゃあ見返してやったら、私に報告してねって言ったら、本当に報告に来てくれたの。体は鍛えられてすっかり変わっていて、顔は自信に満ち溢れていた。私に報告するために頑張ったんだって。かっこよかったわ」


 「上官はどうなったの?」


 「同じようにパワハラを受けていた仲間が沢山いてね、お父さんの働きでそれが発覚し、上官は処分を受けた。お父さんは仲間も救ったのよ。それからお父さんはどんどん偉くなっていった」


 「やっぱりやられたらやり返す男だったんじゃないか」


 「ダニエル、なんてこと言うの、信用がなければなかなか昇進なんてできない世界よ。お父さんは立派よ。あなたにもそうなってほしいのよ。でもあなたはやさしくて頭がいい、母さんはあなたは医者も向いてると思うわ」


 父親は異例の若さで出世したと聞いている。

 あれほどの頑固者ならあり得る。

 しかし自分には無理だとダニエルは思っていた。

 再び父親と進学について話し合う事になったが、また喧嘩になるのだろうと、ダニエルはうんざりしていた。

 ところが、その日の父親はどこか違っていた。

 前日とは違って穏やかで余裕さえ感じた。


 「どうだ、考えは変わったか」


 「変わらないよ、何を言っても無駄だよ」


 「ダニエル、私の目をしっかり見て聞け。いいか、よく聞くんだ。おまえは海兵隊に入隊するんだ。軍の仕事が嫌なら衛生兵はどうだ。おまえの知識と興味を十分活かせる職場だ」


 ダニエルは父親の目に吸い込まれるように話に聞き入り、無意識に返事をしていた。


 「わかった。そうするよ」


 一瞬、記憶喪失のように意識が遠のき、ダニエルとは別の、もう一人のダニエルが父親にそう答えていた。

 意識を取戻しながら、そうしなければいけない様な、それが義務の様な、当然の様にも感じ、ダニエルは入隊を承諾した。

 メディカルスクールに進学したいという気持ちもあったものの、なぜか自分の中の優先順位が代わり、メディカルスクールより、父親の言う衛生兵こそが自分の行くべき所となっていた。


 衛生兵とは負傷兵の医療措置を施す役割を担っている兵士のことだ。

 高度な医療技術や知識が求められる。

 もはやダニエルには他に選択肢はなく、父親の提案を受け入れた。


 その後ダニエルは衛生兵となり、結婚もした。

 結婚した相手は父親の紹介だった。

 とんとん拍子に話しが進み2人は結婚した。

 ダニエルは彼女を好きかどうか分からなかったが、特に不満もなく、自分なりに納得のいく相手だった。


 だが結婚すると、妻はダニエルが父親の言いなりである事に不快感を示し、2人は離婚した。

 どんなに父親の事を妻に責められても、ダニエルは常に父親の言いなりだった。


 離婚して間もなく、ダニエルは日本の海軍施設へ異動が決定した。

 父親に報告すると、小さい時に日本語に触れた事があるから、日本語が理解できるはずだと言われた。

 ダニエルは日本語に触れた記憶などなかった。

 ところが不思議な事に、日本で生活してみると、聞こえてくる日本語をダニエルはたいてい理解できた。

 ダニエルは面白くなって日本語のテキストを買って日本語を勉強し、日本の小説を買いあさって読書にふけるなど、日本駐留を楽しんだ。


 ダニエルの上司は父親の部下だった。

 ある日その上司から仕事を頼まれた。

 軍の機密機器に関わる仕事だから、くれぐれも内密に、単独で動くようにと指示された。

 内容は、安藤という男を監視し、彼から機密機器を受け取ってくる、というものだった。

 そして、確実に基地に持ち帰り、上司に直接手渡すよう念を押された。

 上司は、どんな機密危機なのか、安藤が軍とどのような関係で何者なのか、詳細は説明しなかった。


  しかも上司は、その機密機器を奪おうとする者が他に現れないとも限らないから、細心の注意を払うよう、そして誰にも気付かれずに、安藤を監視するようにと釘を刺した。

 ダニエルが少々戸惑ったを表情を見せると、上司は付け加えた。

 もし全て上手くいけば、ダニエルが希望している日本駐留延長願いを無期限で認める、というのだ。

 嬉しい話しではあったが、ダニエルは条件付きの仕事に、少々不安を覚えた。


 監視……、細心の注意……、誰にも気付かれずに……。


 なぜ自分がそのような危険が伴う仕事を頼まれたのか、不思議にも思った。

 単に、日本語ができるから選ばれたのだろうか……。

 ダニエルは深く考えるのをやめ、その日のうちに東京へと向かった。

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