42.知らなかった能力
登場人物
伊藤麻紀……主人公。大学1年生。法学部
清水千佳……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。リーダー的存在で少し太り気味
菊池友紀……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。科学好きで、今時の娘という感じ
志藤 薫……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。整った美人だが、男っぽい性格
伊藤由美……麻紀の母親。UGC職員
伊藤教授……麻紀の祖父。装置の開発者。黒田総裁と峰准教授と級友
福山…………由美の同僚
西村院長……西村病院の院長。装置の共同研究者。独特の個性を持つムードメーカー
中山…………麻紀と千佳がアルバイトしているコンビニの先輩。児島、史子、青木の級友
ダニエル……パーカーの息子
パーカー司令官……現在の装置所有者
職員が近くにいる事を伝えると、薫と友紀は緊張の糸がほどけたように、へなへなとその場に座り込んだ。
大男は麻酔銃で撃たれた上、3度も階段から落とされたのに、まだ職員達を手こずらせていた。
中山さんとダニエルは職員に保護され、不安そうに寄り添っていた。
私はアイテムの耳と目を使ったせいか、全身がだるく、疲れ切っていた。
「みんな無事でよかった! 薫ちゃん、友紀ちゃん、お疲れ様!」
薫と友紀に目を向けると、まだ、はあはあと息を切らたまま、地面に座り込んでいた。
薫が言った。
「麻紀、すごいね。その距離と暗闇で、よく中山さんとダニエルの行方を目で追えたわね。それに近くにいる私達でさえ聞こえないダニエルの声が聴こえたんだもの、驚いたわ。それにしても階段で大男が私に気付いたって、どうして分かったの?」
「大男がちらっと横目で薫ちゃんを見たのが分かったの。もしかすると彼も視力や聴力がいいのかも。きっとアイテムよ」
「私、あんな近かったのに、暗くてそこまで分からなかったわ。すごい能力ね!」
薫が関心してそう言うと、友紀が言った。
「ホント、助かったわ! 麻紀、ありがとう」
「それより、自転車のルーシーの事、私全然知らなかった。私もルーシーに認められれば、乗らせてもらえるの?」
薫と友紀が顔を見合わせて笑った。
「薫が先にルーシーの存在に気づいたの。重量は軽いし、GPSや通信機能以外にも、そんな特別な機能があるなんて、私は夢にも思っていなかったわ! 私はたかが自転車と思って詮索しなかったの。まさか自転車がしゃべるとはね!」
薫がルーシーについて説明を始めた。
「授業が午後だけの日は、朝はパトロールと散歩を兼ねて自転車に乗っているの。ハンドルの小型端末を立ち上げると、ルーシーへようこそって端末の画面に文字が出るのよ。走行中は大学構内のどこにいるのか、現在地が地図上に記されて、とても便利なの。まあ、そこまではカーナビと一緒だから、驚きはなかったんだけど。ある日、自転車に乗ったら、いつものように画面に「ルーシーへようこそ」って表示されて、冗談で「おはよ、ルーシー」って返事をしてみたの。そうしたら「おはよう薫」って返事が返って来たのよ。驚いてひっくり返りそうになったわ」
薫はくすくす笑いながら話を続けた。
「あとは直接ルーシーから色々教わったのよ。ルーシーには私達4人しか乗れないの。私達以外の誰かがルーシーに乗ろうとしても、ペダルも踏めない、ハンドルも動かない、ピクリとも動かなくなるらしいわ」
おそらく祖父が作ったのだろう。
ルーシーはバッテリー切れで、普通の自転車となり横たわっていた。
窓から薫と友紀を見ながら話をしていると、職員に付き添われて、中山さんとダニエルが2人に近づいてきた。
「あの、ありがとうございました。助けて下さって。お怪我はないかしら? 伊藤さんのお友達の、薫さんと友紀さんよね」
中山さんは申し訳なさそうに言うと、友紀が笑顔で言った。
「大丈夫です。大変な目に遭いましたね。ご無事で何よりです」
「おかげで助かりました。本当にありがとう。2人とも無事で本当によかった。勇気があるのね。すごいわ、2人とも」
「麻紀のおかげです」
「伊藤さん?」
「麻紀と千佳もあっちで見てますよ」
そう言って薫が大学の目の前にある学生寮を指差すと、明りの灯った窓に人影が見えた。
私が飛び跳ねながら両手を振ると、微かに動きを見て取れた中山さんが手を振り返し、ダニエルも両手を振ってくれた。
緊張しっぱなしだった千佳は廊下に座り込み、ぐったりしていた。
大男はやはりアイテムだった。
その上、薬物まで投与され、人並み外れたパワーを与えられた代わりに、脳は破壊されていた。
祖父が彼を治療する事になり、治療には新型装置を利用するらしく、彼は観察保護対象として暫くUGCの施設で様子を見る事になった。
大男に殴り飛ばされたコンビニ店員の藤木さん、そして芝生広場で大男に蹴りを喰らったスーツ姿の男性は、共にUGCの職員だった。
他の職員は、大学周辺で不審車両が発見され、コンビニを藤木さんに任せ、不在になっていたという。
並々ならぬパワーを持った、あの大男の出現は、UGCにとって想定外の出来事だったようだ。
ダニエルと中山さんは再会を喜んでいた。
お似合いのカップルだ。
2人を意識して見ていると、会話が聞こえてきた。
これでは盗み聞きになってしまうと思い、その場を離れようとした時、ダニエルが気になる台詞を言った。
「加奈子さん、僕に気を付けて下さい。僕はおかしいかも知れません。そして助けて欲しいのです」
「何を言ってるの? ダニエル。意味が分からないわ」
中山さんは何の冗談かと、笑いながら言った。
「僕は……アイテムかもしれません」
「ダニエル!」
中山さんが叫ぶように言った。
私はすぐに、腕時計型通信機の向こうにいる母に、ダニエルがアイテムらしい事を告げた。
廊下に座り込んでいた千佳は驚いて私を見上げた。
外を見てみると、ダニエルがあっという間に職員に囲まれ、まるで犯人を連行するかのようにバンの後部座席に押し込まれるのが見えた。
母の命令だろうか。
「ダニエル!」
中山さんがエンジンのかかったバンに駆け寄ると、職員に制止され、ダニエルを乗せたバンは暗闇に消えて行った。
残された中山さんも職員に促されて別の車に乗り込み、車は走り去った。
再会したのもつかの間、2人は引き離されてしまった。
私は母に、ダニエルがアイテムだと言ってしまった事を、後悔した。
また、私が中山さんとダニエル2人の会話を盗み聞きした事も知られてしまい、なんとなく、ばつが悪い思いだった。
私が無口になると千佳は私の気持ちを察したらしく、さりげなく言った。
「聞こえちゃったんだからしょうがないでしょ。麻紀は悪気があって聞いた訳じゃない。それにダニエルがアイテムだって、いずれは分かった事よ。気にしない!」
「千佳ちゃん……」
「うらやましい能力だと思っていたけど、意外と苦労もありそうね。私達は何があってもあなたの味方よ」
千佳はそう言って立ち上がると、私の頭をポンポンと軽く叩いた。
「ありがとう、千佳ちゃん」
千佳は、ダニエルがアイテムだという事を、薫と友紀には知らせなかった。
アイテムだと確定はしていないので、UGCからの連絡を待って報告するつもりなのだろう。
もしもアイテムだとしたら、ダニエルはUGCの施設に保護され、祖父と西村先生の治療を受ける事になるはずだ。
母は、私達の勝手な行動にかなりお怒りで、その日の夜中、412号室に忍び込み、眠い目をこする私達に延々と説教をすると、深夜に帰って行った。
翌朝、私は強い睡魔に襲われ起きられず、大学を休んだ。
母のお説教を聞いている間も、いつになく強い眠気に襲われ、居眠りする私に、母はますます腹を立て、怒りを爆発させていた。
母が帰った後、どのようにして布団に入ったか、覚えていない。
千佳達は、起きない私を、母のお説教を一晩中聞いていたための睡眠不足だろうと思っていた。
しかし、午後になっても目覚める気配のない私に、千佳たちはパニックを起こした。
3人がパニック状態で母に連絡すると、母もパニックを起こし、私はUGCの医療センターに運び込まれた。
どうやらアイテムの目と耳を使うと、かなり体に負担がかかるらしく、私は死んだように眠っていたらしい。
UGCの医療センターのベッドで目覚めた時には、ここはどこかと、私自身もパニックに陥った。
この事件をきっかけに、私のアイテムとしての能力が、UGC内で知れ渡るところとなった。
大男の件で怒り心頭だった母は、一転して心配性となった。
私の身をかなり心配し、何も手につかない状況だったと、福山さんが教えてくれた。
千佳は、私がアイテムだという事が敵にバレないよう、パーカー一味に誘拐されないよう、十分に気を付けなければならない、と薫と友紀に言い聞かせていた。
私にアイテムの能力を極力使わせない、使った時には目を離さないこと、と3人がルールを話し合っているのを、私は離れた場所からアイテムの耳で聞いてしまった。
心配してくれる3人に嬉しくもあり、盗み聞きする度に罪悪感が残り、能力が煩わしくもあった。
今回の出来事で、私は知らなかった自分の能力を知った。
普段気にしていなかったが、私の目は視力がいいだけではなく、良く目を凝らすと、暗闇でも遠方までよく見渡せる事を知った。
集中すると様々な音を聞く事が出来るが、勉強やスポーツ以上に疲れる事も分かった。
どうやら耳を澄ますと、全ての音が耳に入ってくるが、特に目で追っているモノに対して、かなりの集中力が働くらしく、目で追っている範囲の音は、他の音よりも鮮明に聞こえるようだ。
それには相当体力を奪われるらしい。
私のアイテムの能力や副作用は、まだ自分では気づいていないだけで、他にもあるのかもしれない。
私は、自分が観察対象である必要性を、ようやく理解できた。
今後また、自分の身に何かが起こるのではないかと、恐怖にも似た不安を感じていた。




