40.中山さんの危機
登場人物
伊藤麻紀……主人公。大学1年生。法学部
伊藤由美……麻紀の母親。UGC職員
清水千佳……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。リーダー的存在で少し太り気味
菊池友紀……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。科学好きで、今時の娘という感じ
志藤 薫……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。整った美人だが、男っぽい性格
中山…………麻紀と千佳がアルバイトしているコンビニの先輩。児島、史子、青木の級友
ダニエル……パーカーの息子
アルバイトに行くと、中山さんはいつものようにレジに立っていた。
私達と目が合うと中山さんは優しく微笑み、歩み寄った。
私達が何を言ったらいいのか戸惑っていると、中山さんは私達の背中をポンと軽く叩いて言った。
「さあ! 元気に仕事仕事!」
「はい!」
私と千佳が笑顔で返事を返すと、中山さんはちょっと間を置いてから言った。
「昨日はありがとう。話せてよかったわ。背負っていた思い荷物を降ろしたような気持ちよ。2人とも、過去にしばられてはダメよ、私がいい見本。あなたたちは前を見て進むのよ。過去にこだわってはダメ」
「中山さん……」
私は泣きそうになった。
「いつか私の失敗を思い出して、あなたたちが過去に縛られない人生を選択してくれれば、私の人生も無意味ではなくなる。自分の幸せを考えて生きてね!」
「中山さん!」
千佳はもう泣いていた。
千佳は昨日から泣きっぱなしだ。
千佳はバックヤードにあるスタッフルームへ駆け込んで鼻をかんだ。
「伊藤さんが由美の娘さんで、ふみちゃんの姪っ子さんだったなんて。なんだか不思議。急に姪っ子が出来たみたいで嬉しいわ」
「じゃあもう「ひとり」じゃありませんね! 末永く親子共々よろしくお願いします」
「伊藤さん……」
中山さんは目に涙を溜めて笑って言った。
その後も、私達はコンビニでのアルバイトと監視を続けた。
何事も起こらない日々が続き、やはり中山さんは大丈夫なのではないか、そう思い始めた時、UGCが危惧した通り事件が起きた。
辺りは真っ暗でもうすぐ20時になろうとしていた。
アルバイトから帰宅すると、薫がコンビニの監視カメラを見ていた。
私達がアルバイトの間は、薫と友紀が交代で監視カメラを見ている。
友紀は処分するファッション雑誌やアイドル雑誌、科学雑誌を積み上げ、ビニール紐でくくっていた。
千佳はお風呂セットを小脇に抱えると、部屋を出る前に画面を覗き込んで言った。
「中山さんはお掃除中か。店員の藤木さんの姿が見えないけど、スタッフルームかしら?」
「そうみたい。今日は忙しそうだったわね」
薫は画面から目を離さず、千佳に聞いた。
「そうなの。今日はお客さんが多かった上に、品物がいっきに入荷して品出しが大変で……ねえ、なんか様子が変じゃない?」
薫も異変に気付き、立ち上がった。
「え?」
お風呂へ行こうとスリッパを履こうとしていた私は、お風呂セットを抱えたまま2人のところに駆け寄り、画面を覗き込んだ。
友紀も雑誌をくくる手を止め、ビニール紐を持ったまま画面に駆け寄った。
中山さんが何かに怯えた様子でモップを構え、後ずざりしている。
薫が画面の隅、入口付近を指さした。
「誰かいる! 友紀、画面を4方向に切り替えて!」
画面が4分割され、コンビニ内の様子が各角度から映し出された。
「なんなの、あの大男は!」
中山さんが大男に向かってモップを振り回している。
拡大すると外国人のようだ。
するとスタッフルームから男性店員の藤木が出てきた。
果敢にも藤木はモップを降り回す中山さんの前に立ちはだかり、大男に何か言うと、大男は藤木に掴みかかった。
2人はもみ合いとなり、中山さんが藤木に加勢しようとモップを構えた瞬間、藤木は殴り飛ばされぐったりと床に倒れた。
すると入口からもう1人、キャップを被った細身の男性が現れた。
乱闘に巻き込まれ、キャップが脱げると、金髪があらわになった。
彼は近くに合った消火器を手に取り、構えた。
中山さんは大男と金髪の外国人にモップを投げつけ、コンビニの外に出た。
「キャー! 中山さんが襲われる! 藤木さんも救出しなきゃ! UGC職員は何してるの!」
千佳が叫んだ。
「友紀、外のカメラに切り替えて! 職員はどこ!?」
薫がそう言うと、画面は外に切り替わった。
職員の姿はない。
「私、見てくる!」
私は勢いよくドアを開けて4階廊下の窓を開け、耳を澄ました。
「中山さんの叫び声が聞こえる!」
私は神経を集中させて耳を澄ませば、遠くの物音まで聞こえる特殊なアイテムの耳を持つ。
コンビニは寮からよく見える位置にある。
多少建物と木々に遮られるが、コンビニ前の通りはよく見渡せた。
千佳が部屋から飛出してきてパニック気味に言った。
「中山さんが外に出た! 敵は4人! コンビニに外人2人、外に覚えのない顔のスーツ男が2人! どうしたらいいの! 職員はどこよ!? 同じ画面を見てるはずよね!」
千佳は頭を抱えた。私は神経を集中し、中山さんを見失わないよう目で追った。
すると薫が部屋から出てきて言った。
「私行ってくる! みんな腕時計型通信機をつけてオンにして! 麻紀、通信機で実況中継をお願い!」
薫は折り畳み式自転車を抱えて駆け出した。
「薫! 危ないわよ!」
「千佳、あんた足遅いからここに残って麻紀を守って! それとUGCに連絡入れて!」
薫は駆けだした。
「私も行くわ!」
友紀は持っていたビニール紐を握りしめたまま駆け出し、薫を追った。
千佳は通信機で母に呼びかけた。
「由美さん! 中山さんが4人に追われてる! 2人は外国人よ!」
「本部の監視部からも連絡があった。警備の職員はどうしたの!?」
母の緊迫した声が通信機から聞こえた。
「ママ、いつもいる職員達の姿は見えない! 薫ちゃんと友紀ちゃんが助けに行ったの! すぐに職員よこして!」
「薫! 友紀! 戻りなさい! まだ戦った経験もないくせに!」
薫と友紀は怒鳴る母を無視して中山さんを追った。
「薫ちゃん、中山さんは11号館と12号館の間の道を、芝生広場に向かって走ってる。薫ちゃんは2号館を右に曲がって! 近道するの、まっすぐ行けば中山さんがいる道に合流できる!」
「了解!」
薫は折り畳み式自転車にまたがり、勢いよく飛び出した。
私は耳を澄ました。
足音が複数聞こえる。
中山さんの後ろに目をやると、細身の外国人、その後ろを大男、そしてスーツ姿の男性が1人、続いて走っている。
辺りは暗く、道の両脇に等間隔に置かれたセンサーライトの灯りだけが頼りだ。
「麻紀、状況はどう?」
自転車を漕ぎながら薫が尋ねた。
「中山さんは今、芝生広場の中央辺りを17号館に向かって走ってる。中山さんの後を細身の外国人と、その後ろを大男、続いてスーツ姿の男性が追ってる。中山さんと薫ちゃんが合流した後はどうしよう。職員が来るまでどこかに隠れなきゃ。どこにしよう!?」
「了解! あとは私とルーシーに任せて!」
「ルーシー? ルーシーって誰?」
私が聞きなれない名前に首をひねると、中山さんを追っている細身で金髪の外国人が、日本語で叫ぶのが聞こえた。
「加奈子さん! 僕です、ダニエルです!」




