39-Ⅷ 中山加奈子の告白【ダニエルへの想い】
登場人物
伊藤麻紀……主人公。大学1年生。法学部
伊藤由美……麻紀の母親。UGC職員
伊藤史子……麻紀の叔母。孝之の妹
青木…………児島と史子の親友
児島…………装置盗難の容疑者で伊藤教授のアシスタント
中山…………麻紀と千佳がアルバイトしているコンビニの先輩。児島、史子、青木の級友
安藤…………元H大学の准教授。峰准教授の同僚。装置を盗んだ真犯人。
パーカー司令官……現在の装置所有者
福山…………由美の同僚
清水千佳……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。リーダー的存在で少し太り気味
菊池友紀……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。科学好きで、今時の娘という感じ
志藤 薫……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。整った美人だが、男っぽい性格
ダニエル……パーカーの息子
目を覚ますと自分のベッドに横たわっていた。
何があったのか思い出そうとする前に、ダニエルが寝室に顔を出した。
「具合はいかがですか? 倒れたんですよ、覚えてますか?」
「私、倒れたんだ」
「すみません、僕が加奈子さんを怖がらせてしまったから」
「あなたのせいじゃないのよ」
「そういえば僕、名前を言っていませんでした。ダニエルです」
「ダニエルさん、ご心配おかけしてすみません。ろくに食事もとってなかった上に眠れなくて……久しぶりに眠った気がします」
なぜだろう、初対面なのに不思議な信頼感があり、心に巻かれた鎖が解けていく様に、ダニエルとの間には柔らかい空気が漂っていた。
「こちらこそすみません、出て行こうか迷ったのですが、おひとりにするのも心配で勝手に居座ってしまいました」
「では、お部屋の中をご覧になった……?」
「はい、すみません」
「すみませんばっかり」
「ほんとですね、すみません。あ」
2人で顔を見合わせて笑った。
笑うのは久しぶりだった。
私がベッドから降りようとすると、ダニエルの手が自然と伸び、私をエスコートしてくれた。
私とダニエルは研究室となっている部屋に入った。
「ダニエルが依頼主だったの?」
「依頼主?」
「ダニエルが安藤に装置を修理させたの?」
「ソウチ?あの残骸の事でしょうか。僕はただの使いの者です。依頼主とは軍か、僕の父だと思います」
「軍!? お父様!?」
「はい。恐らくですが。僕の上司は父の部下です。きっとソウチは軍の機密機器だと思います。ソウチを作っていたのは安藤さんですか? ここが作業場ですか?」
私は再び軽い眩暈を覚えた。
「加奈子さん!」
ダニエルは私を支えようと手を伸ばした。
「ありがとう、大丈夫よ。ダニエル、あなたは装置がどういうものか知らないの?」
「いいえ、何も。日本人は器用で丁寧だから、ある機器の修理を依頼したと上司から聞きました。これは極秘事項だそうです。僕はあの残骸が上司の言う機密機器なのかを確認しに来ただけです。僕は安藤さんから機器を預かり、今日、上司に届ける予定でした」
「あなたは今日あれを持って上司に会いに行くの?」
私は驚いて言った。
「上司に会うのは延期になりました。上司にあの残骸についてはまだ何も報告していません。僕は何も知らないのです。これが「ソウチ」だという事も今初めて知りました」
「よかった……!」
私は胸をなでおろした。
「加奈子さんは踏切で「ソウチ」をお探しになっていたのでしょうか?」
「そうよ。私を見張っていたのね?」
「すみません」
「いいのよ、依頼主があなたのお父様なら仕方がないわ。またすみませんって言った」
2人は笑った。
「ダニエル、あなたの上司が言う機密機器とは、この装置の事よ。そしてこれを作ったのは私。正確には修理を依頼されたの」
「加奈子さんが! すごい!」
「あなたはこれがどんな物か本当に知らないの? これは戦争の道具よ。人を殺せるの。安藤は私に何の説明もなくこの装置を修理させた。これは人々を支配しコントロールする恐ろしい機器よ」
「人々をコントロール? 殺せる? これが? 言っている意味がよく分かりませんが……」
「ダニエル、私は2日前の深夜、これを試してみたの。安藤に」
ダニエルは、はっとした。
私の目から涙がこぼれ、震え出すのを見て、ダニエルは言葉の意味を理解した。
「僕は誰にも言いません! 大丈夫、もうソウチはない! それにこの事を知っている者は誰もいません!」
「私は恐ろしい装置を作り出してしまったの! だから安藤と一緒に破壊したの! 依頼主がこの装置を諦めてくれる様に願いをかけて。私は人殺しよ!」
「加奈子さん!」
ダニエルは私を抱きしめて言った。
「大丈夫、上司にはソウチは失敗したと伝えます。それを苦に安藤さんは自殺したのだと報告します。これでつじつまが合う。あなたを人殺しにはしません」
ダニエルは私が眠るまで傍にいてくれた。
ダニエルは食事を作ってくれたり、楽しい話で私を笑わせてくれた。
極限に達していた私の精神状態は、少しずつ落ち着きを取り戻し、冷静に話ができるようになると、私はダニエルにこれまでの事を全て打明けた。
「人を殺した事は辛くても、安藤が死んだ事は辛くはない」
そう話す私に、ダニエルは軽蔑の言葉を投げかける事も、責める事もしなかった。
なぜ私は、今朝初めて出会ったこの外国人に、こんな話をしてしまうか、自分でも分からなかった。
ダニエルは静かに私の話を聞いてくれた。
ダニエルは、外で私を監視している人物が装置を狙っているとすれば、いつ侵入してくるか分からないからと、戸締りや来客には気を付けるよう、また、疑われないよう、まるで研究室のあの部屋を片づけた方がいい、と言い残して翌日の午後、基地に戻った。
それきり彼とは会っていない。
その後、装置について訪ねて来た者は誰もいない。
安藤は死に、由美は姿を消し、私はまた1人になった。
まるで皆が卒業した時のように。
児嶋君はこの世からいなくなり、ふみちゃんと青木君はそれぞれの居場所を見つけて飛び立った。
そして誰もいなくなった売店に、翼も行き場も友も失った私は、再び舞い戻った。
中山さんの話に皆が衝撃を受けた。
母も、史子叔母さんと青木さんも険しい表情で中山さんの話を聞いていた。
中山さんがどれほど悲しく、苦しい日々を送っていたのか想像するのは、親友だった史子叔母さんと青木さんにとっても辛いにことに違いない。
ダニエルはパーカーの息子とは思えない人物像だ。
中山さんがダニエルについて隠していたのは、ダニエルが巻き込まれるのを避ける為だ。
中山さんはダニエルにどんな想いを寄せているのだろう。
ダニエルは今どうしているのだろうか。
考えを巡らせていると、福山さんが音楽ホールに姿を見せた。
そして、タワーホテルの一斉捜査でパーカーの部下であるアイテムが1名確保されたと報告してくれた。
UGC職員は、メガネをかけた彼を拘束すると、外で待機していたバスに乗せ、ボディスキャナや最新機器で全身隈なく調べた。
すると彼のメガネには小型カメラと録音機能が、手にはICチップが埋め込まれていたという。
ICチップでは居場所だけではなく、脈拍数、血圧、呼吸が分かるようになっていて、その目的はアイテムの生死、或いはアイテムのデータを収集し分析する研究目的とUGCは推測した。
ボディチェックなしで彼を本部に連れ込んでいたら、UGCの存在が敵に知られていたかもしれない。
また、彼は囮か捨て駒の可能性が高いとの事だった。
敵は彼を泳がし、こちらの反応を観察していたのではないか、そう福山さんは推測した。
複数のアイテムが既ににコンサート会場と私の家に姿を現している。
度重なる失敗で慎重になっているのかもしれない。
或いは何らかの計画を実行する為、こちらの動きを探り、タイミングを計っているのかもしれない。
中山さんが標的になっているかどうかは、ダニエル次第だ。
中山さんの話からはダニエルが裏切るとは思えない。
もし敵に拉致されれば、装置が安藤の元に運ばれた時のように、人知れず艦艇や船でA国に連れて行かれてしまうだろうと福山さんは警告した。
私たちは震えた。
それを避ける為、UGCの指示に従って身の安全を確保し、くれぐれも勝手な行動を起こさないようにと、史子叔母さんからも念を押され、私達は解散した。
中山さんは、警備や今後について説明を聞く為に音楽ホールに残り、私達はUGCの車で寮へ向かった。
千佳達は疲れたのか、後部座席でぐっすり眠っている。
私は車の中で色々と考えていた。
母の事、史子叔母さんと中山さんの事、そしてダニエルの事。
明日はアルバイトだ。
どんな顔をして中山さんに会えばいいのだろう。
明日の事を考えると気が重かった。
※作中にアガサ・クリスティの著作名が紛れ込んでいます(全部分ではありませんが、著作名がある部分にはあとがきで説明を加えています)。
【そして誰もいなくなった】
アガサ・クリスティーの代表作です。
超有名ミステリー小説でオマージュ作品もたくさん出ています。
私は、児童書ですが、はやみねかおるさんの夢水清志郎シリーズを夢中になって読みました。
夢水清志郎シリーズでも『そして五人がいなくなる』というオマージュ作品があり、おすすめです。
小学生でしたら夢水清志郎シリーズから読んでもいいかもしれません。推理小説が大好きになります。
小学生高学年から【そして誰もいなくなった】は楽しめると思います。読むべき作品です。
次は 45-Ⅱ ダニエルの告白【苦悩】 に1作品名が隠されています。
是非探してみて下さい。




