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私はアイテム  作者: 月井じゅん
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39-Ⅴ 中山加奈子の告白【ダニエル】

 中山さんの声は震えていた。

 食いしん坊の千佳は、クッキーやマフィンに手を出す事も忘れて涙し、友紀と薫も涙を拭っていた。

 大学生に憧れていた普通の女の子が、復讐に10年間という長い年月を費やし、殺人まで犯した。

 今日まで誰にも打明けず、1人で様々な想いを胸に秘め生きてきたのだ。

 人を殺したという事実はきっと中山さんを苦しめているに違いない。


 そしてまた、私の知らなかった母の姿がそこにあった。

 私は、ついこないだまで母の事を、どこにでもいる普通の母親だと思っていた。

 母は毎日何を想ってキッチンに立っていたのだろうか。

 うつむいたままの中山さんを見ていて私も涙が溢れた。

 私だったらここまでできただろうか。

 たった一人で。



 母によると、ホテルで意識を取り戻すと、体は動かなかった。

 自分の置かれた状況を把握できないまま、ぼんやりとしているうちに、2つの人影が、ホテルの部屋の明かりを消して、出て行った。


 中山さん……?


 声も出ず、意識が朦朧とする中で、断片的に聞こえた単語から、中山さんが装置の存在を知っているのではないかと、母は直感したという。

 2人が出て行った後、母の意識は再び遠のいた。


 どれぐらい経ったか、目覚めた母の視界はぐるぐると回転していた。

 母は自由の利かない体で、何重にも見えるバックの中から何とか携帯電話を取り出すと、必死にUGCに連絡した。

 電話をかけながら、自分のいる場所が、中山さんのマンションではない事は、なんとなく分かった。

 しかし、窓のカーテンは閉ざされ、ベッドサイドランプだけが灯る部屋は薄暗く、朦朧とする頭と目では自分がどこにいるのか把握できなかった。


 自分の状況を上手く伝えられない母の、ただならぬ様子を察知したUGCは、GPSを頼りに母の居場所を検索した。

 同時に、中山さんのマンションで安藤を監視していた2人の職員の元に、UGCから母の非常事態について連絡が入った。

 2人は、安藤と中山さんが木箱を積んだ車で、ホテルを往復する様子を監視していた。

 その木箱を思い出した職員は、ホテルを調べるよう本部に伝えた。

 そして職員の1人は車で再びホテルへ急行し、もう一人はマンションに残って、念の為に安藤の車を調べ始めた。

 UGC本部も、GPS検索で母の居場所であるホテルを突き止め、福山さんを母の元に向かわせた。

 母は、駆け付けた職員と福山さんに無事に発見された。


 何とか母から事情を訊き出すと、福山さんは母を職員に任せて、中山さんのマンションへ車で向かった。

 マンションの近くまで来ると、福山さんはけたたましくなる警笛に気付き、踏切の方へと目を向けた。

 すると男性が線路上に座り込んでいる。

 福山さんは車を降りて踏切へ走ったが間に合わず、男性は福山さんの目の前で電車にはねられた。

 同時に、何者かが踏切を飛び超え、走り去るのが見えた。

 それは一瞬のうちに、安藤を跳ねた電車に視界を遮られ、見えなくなった。


 野次馬だろうか。

 助けようとして諦めてたのだろうか。


 直後、福山さんは目を見張った。

 無残な姿になって、線路脇に横たわる遺体が、安藤だと気付いた時、福山さんは全身の血の気が引くのを感じた。



 UGCは中山さんの不審な行動から、中山さんの留守中に、部屋の中を徹底的に調べたという。

 特に不審な物や装置は見つからなかった。

 しかしUGCは中山さんが装置に関する情報を持っているのではないかという疑いを捨てきれず、中山さんの監視を続行した。


 「一つ知らせておきたいことがあるの」


と、母は説明を付け加えた。

 母によると、UGCと特別チームには気になる人物がいるという。

 それはパーカーの息子ダニエルだ。

 現在はA国にいるが、彼は、安藤が自殺した時、日本にいたという。


 彼は海兵隊を志願し日本に駐留していたが、父親であるパーカーが、意図的に息子を日本に駐留させていた可能性が強かった。

 その息子が、アイテムを引き連れて、再び日本にやって来るのではないかと特別チームは見ているらしいのだ。

 特別チームとUGCが協力して、ダニエルの行動を監視する予定だと説明しながら、母は私達にダニエルの写真を見せた。


 「よくこの顔を覚えておいて。この顔を見たらすぐにその場を離れて、UGCに知らせる事、いいわね?」


 私達は母が差し出した写真を覗き込んだ。


 その写真を見たとたん、中山さんが表情を変え何か言いかけた。

 その様子に気付いた私達は互いに顔を見合わせ、中山さんの言葉を待った。

 中山さんは深刻な表情を浮かべて言った。


 「……ごめんなさい、ひとつ話さなかった事があります。私は安藤が死んでから『何も起こらなかった』と言ったけど、実は装置について私を訪ねてきた人がいました」


 「先輩のマンションを訪ねて来たの? そんな報告上がってないわ。UGCが来客には十分注意を払って監視していたはずよ。安藤が自殺した後は警察以外に中山さんを訪ねた者はいない」


 母が不思議そうに言った。


 「彼は、あなた方の存在に気づいていたわ」


 「気づいていた? 彼? 男性? じゃあ、彼はどうやって訪ねて来たの?」


 『気づいていた』という中山さんの台詞に、母の顔色が変わり、中山さんを追究した。


 「彼は死角を見つけて私に会いに来たの。外にあるごみ置き場よ。私を待ち伏せしていたの。ある朝、ゴミ置き場のプレハブ小屋にやってきた私に、彼は近づいた。帽子を深くかぶった金髪の彼を、私は若い住民だと思って挨拶をし、彼も丁寧に挨拶を返した。そして中に入ると彼は私に装置の入ったバッグを見せた。帽子をとった彼は外国人だった」


 「まさか!」


 「ええ。この写真の方。ダニエルさんでした」


 中山さんはダニエルと面識があったのだ。

 皆驚きを隠せなかった。

 なぜ中山さんはダニエルの事を隠そうとしたのか。

 皆が疑問に思った。


 中山さんは深く溜息をつき、ダニエルについて語り始めた。


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