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私はアイテム  作者: 月井じゅん
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39-Ⅱ 中山加奈子の告白【殺意と実験】

 安藤は死ななかった。

 残念で仕方がなかった。

 苦しむ安藤を見て、ざまあみろと思う自分を、恐ろしくも思った。

 紫陽花の葉はすぐに処分して証拠は消した。

 一緒に食事した私が無害だった為、安藤は急性アルコール中毒という診断で終わった。


 入院した彼を甲斐甲斐しく看病すると、安藤は一層、私を信頼するようになった。

 私は工学部卒業後、大学院に進学し、医療工学科を専攻した。

 大学院修士1年、30歳の時、とうとう安藤は児嶋君について触れた。


 「君と初めて出会ったあの日、泥酔していたヤツは、医療機器に関する研究をしていたんだ。彼は君と同じ専攻だった。君なら彼の研究を引き継げるんじゃないだろうか」


 児嶋君を誘拐した後については話してくれなかったが、安藤は私に児嶋君の後を継いで欲しいと言った。

 真相が分かるかもしれないと思った。

 私は承諾した。


 安藤は私をA国に連れ出し、ホテルの部屋で私に装置を見せた。

 ホテルに到着すると、すでに誰かが私達の代わりにチェックインを済ませていて、部屋には「装置」が置いてあった。

 誰が持ってきたのか尋ねると、安藤は、深入りはするなと言って教えてくれなかった。


 装置は近未来的な形をしたヘッドセットと、薄型の端末がつながっていて、とても医療機器とは思えなかった。

 装置は、端末に入力された情報を、人工知能として人間の脳に書き込む事が出来るいう。

 確か児嶋君は脳化学に興味があった。

 こんなものを児嶋君は研究していたのかと、児嶋君について新たな世界を発見した。

 装置はA国人の持ち主に返さなければならず、私はメモを書き留めたり写真をとる事しかできなかった。


 この程度で、操作した経験もない「装置」というものを、作れる訳がなかった。

 それでも児嶋君が作っていたものだ、私もやってみたいという気持ちはあった。

 私の生活は研究で忙しくなった。

 安藤は私が働く事に不満だったが、私はアイデアが生まれると言ってクラブも売店も辞めなかった。

 私も用済みになれば殺されるかもしれない。

 そう警戒し、私は外とのつながりを絶やさなかった。


 しかし勉強に集中できなくなり大学院を辞めた。

 私は悪戦苦闘した。

 安藤は私の研究がなかなか進まない事に苛立ちを見せるようになり、怒鳴るなど本性を表し始めた。

 安藤は依頼主である装置の持ち主には頭が上がらないどころか、その人物を恐れていた。

 安藤の事だから、きっと大口を叩き、出来ない約束でも交わしたのだろう。

 彼の性格ならやりかねない。

 装置は10年以上が経ち、不具合が見られる為、今では使われていないと聞いた。


 「今では使われていない」


 私はとても気になった。

 過去に誰かに使用したという事だ。

 その人はどうなったのだろう。


 「私には絶対に逆らわない忠実な部下が3人いるんだ。私が絶対服従の魔法をかけたんだよ。私が2人に死ねと言ったら本当に死んでしまったんだ」


 安藤がクラブで言った台詞を思い出した。

 「洗脳」という言葉が私の頭に浮かんだ。

 安藤は装置を使って「死ね」と命令したのではないだろうか。

 児嶋君は装置で洗脳され殺されたのかもしれない。


 私はその装置を安藤に使う事を思いついた。

 装置で安藤を操れないだろうか。

 自白剤を使うより確実に真実を聞き出せる。

 彼をコントロールできる。


 なんとかして装置を完成させたいと思ったが、私には限界だった。

 安藤も、催促してくる依頼主に追い詰められている様子だった。

 いいタイミングで大学の建て替え工事が決まり、旧棟を解体し新棟の建設工事の為、売店は長期間の閉店が決定した。


 私は長期休暇をもらい、再びA国で、装置をじっくり観察する事にした。

 そこで私は提案した。

 装置を日本に持ち帰り、修理してはどうかと。

 ゼロから作る事は無理だが、修理なら出来るかもしれない、装置を日本に運べないだろうかと。


 「いい案だ」


 安藤が依頼主に連絡すると、依頼主は劣化した装置を持て余していたらしく、私の提案を受け入れた。

 私は安藤から真相を聞き出し、復讐を果たす為、何としてでも装置を完成させようと心に決めた。

 装置は依頼主が日本に送ってくれる事になった。

 私が持ち帰るのは問題があるようで、装置は船で運ばれたらしく、私の手元に届いたのは数か月経ってからだった。

 なぜそんなに時間がかかるのか、安藤は説明しなかったが、私は余計な詮索せず研究と修理に没頭した。


 費用は依頼主持ちで、想像以上の金額を用意してくれた。

 いったい依頼主とはどんな人物なのだろうか。

 こんな金額を用意できる人物は普通ではない。

 大企業の経営者だろうか。

 もし修理に失敗したら私はどうなってしまうのだろう。


 安藤は私と依頼主を会わせようとしないどころか、修理しているのは男性だと嘘をついていた。

 私という存在は、安藤の身を守る、切り札だったようだ。

 私という存在を隠しておくことで、安藤は、もしも自分の身に何か起これば、装置が手に入らなくなるぞと、依頼主を遠巻きに脅していた。

 安藤はそうする事でしか自分を守れなかった。


 試行錯誤を重ね、修理には半年かかった。

 安藤をコントロールする為の装置だが、この装置にかかった人間は誰しも私の思い通りになる。

 よくよく考えてみると恐ろしい機械だ。


 まずは人体実験が必要だ。

 安藤で試そう。

 そう考えているうちに完成を知った安藤は


 「誰かに試そう」


と言い出した。

 安藤は「忠実」にこだわった。

 忠実、なるほど、それが装置を欲しがる理由かと、やはり装置が恐ろしい存在である事を私は改めて認識した。

 装置は依頼主らにとって重要な役割を果たす代物なのだ。

 あれだけの大金を用意できる人物はそうはいない。

 後で聞いた話によると、装置は艦艇で運ばれたようだった。

 という事は軍や国家、何か大きな組織が絡んでいるのかもしれない。

 テロなどよくない組織かもしれない。

 私は急に恐ろしくなった。


 安藤は、装置の実験には身寄りのない人物がいいと言い、由美を指名した。

 由美の接待を受けた事がある安藤は、由美が私の親友であり、身寄りがない事を知っていた。

 私は反対した。

 児嶋君を拉致した時の様に、由美にも同じ事をやりかねない。

 私は由美に全て告白しようと決心した。

 私にもしもの事があった時の為にも、誰かに装置の存在と、安藤の悪事を知っておいてもらった方がいい。


 私はクラブに勤務中、20時を過ぎた頃、体調不良を訴え、由美にマンションまで送ってもらう事になった。

 安藤はいつも20時頃現れる。

 おそらく今日はもう来ないだろう、そう判断した私は一芝居打った。

 安藤は私のマンションの合鍵を持っているが、私が留守でいない部屋には、滅多めったにやって来ない。

 私は、由美に装置を見せ、これまでの事を全て打ち明けるつもりだった。


 ところが予想外にも、由美を連れてマンションに帰った直後、安藤が部屋を訪ねて来たのだ。


 「あれ、仕事はどうしたの?由美さんまで」


 安藤は驚いた様子で言った。


 「あなたこそ、どうしたの? 私が留守の間に訪ねて来るなんて」

 「近くで人と会う約束をしてるんだ。それまでここで時間をつぶそうと思って。2人は仕事はどうしたの?」


 由美が、私がクラブで倒れた事を安藤に説明すると、安藤の目が光った。

 安藤は元気そうな私を見て、勘違いをした。

 私が由美を装置の実験台にしようとしていると思い込んだのだ。

 由美を今すぐ帰さなくては。

 私は焦った。


 「由美、ありがとう。もうお店に戻って。今日はごめんなさい」

 「いいのよ。安藤さんがいらっしゃるなら安心ね。お店に戻るわね」

 「いや、由美さん、せっかく来たんだ。今日は仕事は休んで、ここで私と一杯どうですか。ママには僕から上手く言っておくよ」

 「でも……」


 安藤は強引に由美をソファーに座らせ、ウイスキーをオン・ザ・ロックスで勧めた。

 ありがとう、と言って由美はウイスキーを飲みながら、私が倒れた時の状況を安藤に説明した。


 しかし由美は話の途中で黙り込み、グラスの中を覗くと、首をかしげた。


 安藤は以前処方していた睡眠薬を、由美のグラスに大量に入れたのだ。

 由美は、味に違和感を覚えた様子だった。


 「何か、つまみはないかな」


 安藤は冷蔵庫の方を見ながらそう言って席を立った。

 そして由美の後ろに回ると突然、由美の首にスタンガンを押し当てた。

 スタンガンは安藤が改造した威力が強く危険なものだ。

 私は思わず叫び声をあげたが、由美は安藤の手を交わし、安藤は、由美から予想外の反撃を受け狼狽した。

 睡眠薬が効いているようで、動きがぎこちなくも、由美は素人とは思えない動きで安藤を制し、強烈な一撃を腹に喰らわせた。

 安藤は床に倒れ、気を失った。

 脳震盪を起こした様だった。

 由美も睡眠薬が効いたのか、そのままバランスを崩し、ソファーの上で意識を失った。


 私は倒れる由美を心配するより、動かなくなった安藤に目を奪わた。

 絶好のチャンスだった。

 きっと由美は眠らされただけだ。

 私は由美を介抱するより先に、すでにプログラミングを終えていた装置を安藤に装着し、急いで端末のエンターボタンを押した。


 上手くいったか……?


 私は安藤の顔を覗き込んだ。

 上手くいっていれば、安藤は私の意のままに動くはずだ。

 私は、


 「やはり装置の事は誰にも知られてはならない」


と思い直した。

 由美に話してはならない。

 まるで研究室の様な隣部屋を、由美には見せられない。

 それに、もし装置が失敗していれば、安藤は再び由美に危害を加える。


 安藤が目を覚ます前に、由美をこの部屋から出さなければと思った。

 私は、とっさに、船で装置が届いた時、梱包に使用されていた木箱に目を留めた。

 人ひとり入りそうなその木箱は今、収納を兼ねたヴィンテージインテリアとして部屋の隅に置かれている。

 私は急いで折り畳み式の台車をトランクルームから出して来ると、木箱を乗せてソファまで運び、ソファに横たわる由美を足からゆっくりと木箱に入れた。

 人ひとり動かすのは、かなり大変だったが、なんとか木箱に由美を収めることが出来た。

 体育座りの状態で収まった由美に「ごめんね」と言いながら、木箱の蓋を閉めた。


 すると安藤がクラクラする頭を抱えながら起き上った。


 「ちきしょう、なんて女だ。由美はどうした?」


いつもの安藤だった。


 「帰ってもらったわ。それよりこの木箱を車まで運んでくれる?」


 私は安藤の目をまっすぐ見て言った。

 装置の成果を確認する為、手始めに、木箱をホテルまで、私の車で運ぶよう指示してみた。

 安藤は一瞬仏頂面を浮かべたが、


 「ああ、分かった」


と台車に手を伸ばし、運び始めた。

 一瞬、催眠状態に陥ったような表情を見せたが、動きはとても自然で、操られている様には見えなかった。


 安藤は指示通りに木箱を私の車に乗せ、ホテルへと車を走らせた。

 ホテルに到着すると、由美の名前でチェックインし、ツインルーム2泊を申し込んだ。

 怪しげな木箱の荷物については、割れ物のアンティーク雑貨など高価な商品が入っているから自分達で運びたいと言ってベルボーイを断った。

 木箱に人が入っていると知れたら大変だ。

 私達は木箱を部屋に運び入れると、木箱から由美を出してベッドに横たわらせた。

 安藤は私の意のままだった。


 児嶋君もこうして操られて殺されたのだろうか。

 安藤の感情や、彼の意志は、どうなっているのだろう。


 色々と気になりつつも、とにかく効果があるうちに、早く安藤から真実を聞き出そうと思った。

 薬で寝ている由美の傍らで、私は安藤に真実を語らせた。


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