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私はアイテム  作者: 月井じゅん
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38.過ぎし日

登場人物


伊藤麻紀……主人公。大学1年生。法学部

伊藤由美……麻紀の母親。UGC職員

伊藤史子……麻紀の叔母。孝之の妹

黒田総裁……元総理大臣。UGC総裁

峰准教授……H大学の准教授。児島の父。黒田総裁と伊藤教授の級友

青木…………児島と史子の親友

児島…………装置盗難の容疑者で伊藤教授のアシスタント

安藤…………元H大学の准教授。峰准教授の同僚。装置を盗んだ真犯人。

パーカー司令官……現在の装置所有者

清水千佳……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。リーダー的存在で少し太り気味

菊池友紀……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。科学好きで、今時の娘という感じ

志藤 薫……学生寮で麻紀と同じ部屋に住む。整った美人だが、男っぽい性格

中山……麻紀と千佳がアルバイトしているコンビニの先輩。児島、史子、青木の級友

 「2人は、私達を会わせる為にお食事会を?」


 私が困った顔をしていると、母が歩み寄って言った。


 「先輩ごめんなさい、私は立花由美ではなく伊藤由美と言います。正直に言います。私は先輩と安藤を調査している捜査員です」


 「何を言っているの? 突然、訳が分からないわ。なんのお話?」


 中山さんの顔が強張るのが分かった。


 「私は先輩に近づく為に、あのクラブで働いていました。私は安藤と先輩を監視する捜査員でした」


 「捜査? 警察? 安藤の捜査って……安藤の何を捜査していたの?」


 「正確には児嶋さんの事件を調べていました。それで安藤をマークしていたところ、先輩が現われたんです」


 「児嶋ですって? 由美、あなた今、児嶋って言った?」


 「はい。児嶋祐樹さんの事件を調べています」


 中山さんは絶句した。

 仲の良い友人だと思っていた人物が捜査目的で自分に近づいたと知った上に、児嶋さんの名前を出され、中山さんの受けた衝撃は大きかった。


 「まさか……そんな。由美は児嶋君を知っているの!?」


 「由美と児嶋君に、面識はないわ」


 背後から女性の声がして振り向くと、1組の男女がノックもなしに入って来た。

 女性は金髪でショートカット、体のラインにそった黒いTシャツと黒いパンツが引き締まった体を想像させ、その歩き方には独特の雰囲気と威圧感があった。

 筋肉質な腕を大きく振りながら近づいて来る女性を、中山さんは驚きと恐怖の目で見た。


 「中山さん、私! 史子(ふみこ)、ふみこよ!」


 中山さんは何が起こったのだろうと困惑の表情を浮かべた。


 「中山さん、私よ! H大学の伊藤史子(ふみこ)!」


 再び名前を聞いたとたん、中山さんは目を大きく見開き、探るような目で史子(あやこ)叔母さんを見ると、はっと両手で口を塞いだ。


 「中山さん、全て僕のせいなんだ。あの日、君の話をきちんと聞かなかったから。僕があの時、児嶋を探しに行けばこんな事にはならなかったんだ!」


 一緒に入ってきた男性が中山さんの傍に駆け寄り、足元に土下座した。

 震える声に、中山さんはそれが青木さんだと気づいた。

 驚きで口を押さえた中山さんの両手は震えていた。


 中山さんは立ち尽くし、私達は掛ける言葉もなかった。

 中山さんは震える手を伸ばし、青木さんの手をとり、青木さんを立たせた。

 青木さんは、中山さんの顔を見る事が出来ず、下を向いたまま涙をこらえているのが分かった。

 中山さんは声を詰まらせながら言った。


 「青木君と……ふみちゃんなの……?」


 「そうよ! 今までごめん!」


 そう言って史子(あやこ)叔母さんは中山さんに抱きつき泣いた。

 青木さんも2人の肩を抱いて泣いた。

 とうとう3人は再会した。


 「中山さん、ごめんなさい、話したい事が沢山あるの。だけど場所を変えるわ、さ、行きましょう!」


 涙を拭きながら史子(あやこ)叔母さんが言った。


 「え? 何? 史子(あやこ)叔母さん、何かあったの?」


 「あやこ……おばさん?」


 中山さんが不思議そうに言った。


 「あ、私、史子(あやこ)叔母さんの姪なんです」


 「伊藤さんがふみちゃんの姪? 由美はお母さん? いったい何がどうなってるの?」


 中山さんは混乱したようだ。


 「とにかく行きましょう、地下に車が待っているの、さあ!」


 混乱する中山さんを引っ張るようにして、全員部屋を出た。


 さっきまで礼儀正しかったホテルマンが鋭い視線で周りに目を配り、素早く私達をエレベータに乗せた。

 ホテルマンとは思えないような身のこなしの彼らにガードされながら、私達は駐車場で待機していたミニバスに押し込まれる様に乗った。


 車内にある中央のテーブルには、お寿司やオープンサンドなどの軽食が用意されていた。

 それを見た千佳の目が輝いた。

 テーブルを囲んで黒い革張りの座席シートがあり、まるで高級な移動会議室だ。

 全員が乗り込むと、史子(あやこ)叔母さんが言った。


 「気が利いてるじゃない! UGCが用意してくれたようよ。ホテルの食事には劣るけどがまんしてね」


 「史子(あやこ)叔母さん、なぜホテルじゃだめなの? 何があったの?」


 「このホテルにパーカーの仲間が向かっているらしいの。アイテムらしいわ。どうやら敵は動き出したようよ。敵がいると分かっている場所に、麻紀と中山さんを置いておく訳にはいかないの。これからホテル内を一斉捜査ですって」


 「アイテムですって? ふみちゃんはアイテムを知っているの?」


 中山さんがそう言うと私達は顔を見合わせた。


 「中山さんはアイテムをご存じなんですか!!」


 「伊藤さんも、アイテムを知ってるの!?」


 母は、やっぱりね、という顔で史子(あやこ)叔母さんを見た。

 アイテムという台詞に驚く中山さんに「私もアイテムなんです」と私が言ったら中山さんは悲鳴を上げるかもしれない。


 「中山さんには私達の過去から聞いてもらうわ。児嶋君が誤認逮捕されてから今日までの事を」



 史子(あやこ)叔母さんは、これまでの事件の概要を掻い摘んで語り始めた。

 UGCの存在や、黒田元総理やケリー元大統領、児嶋さんのお父さんである峰准教授の存在などについては触れなかった。

 史子(あやこ)叔母さんは簡潔に説明したつもりのようだったが、それでも30分近くを要した。

 それだけ語りつくせない沢山の出来事があり、長い年月が経っていた。


 バスはいつの間にか暗いトンネルに入り、そのまま地上に出る事なくトンネル内で停車した。

 横を見ると歩道があった。

 歩道の先は行き止まりで、行き止まりには20段ほどの階段と、その上には扉があった。


 階段下には警備員のような人たちが待機していて、バスに近づき、バスのドアを開けた。

 彼らに誘導されて階段を上がり扉の中へ入り奥へ向かうと、そこには見覚えがあった。

 UGCが管理している音楽ホールだ。

 ここでは全てが録画録音されている。

 UGCの目があちこちで光っている施設だから安全だ。


 私達は広いロビーラウンジに通された。

 3階分はあるだろう高い吹き抜けに、豪華な絨毯、そしてゆったりとした間隔にレイアウトされたテーブルとソファー。

 誰もいないラウンジは音楽もなく、しんと静まり返っている。

 職員に促されてソファーに着席すると、上品な制服を纏ったレセプショニストらしき女性達が現れ、美しいカップに紅茶を注いだ。

 続いてクッキーやマフィンやフィナンシェ等が出され、彼女達は一礼すると退室し、私達だけになった。



 今日、私達とホテルで優雅にお食事をするはずだった中山さんは、思わぬ形で職場の同僚と級友に再会した。

 中山さんは、史子(あやこ)叔母さんと青木さんが生き方を変え、危険を侵して真相を探っていた事を知った。

 きっと想像すらしていなかったことだろう。

 お互いがすれ違いながら安藤と装置を追い、真相を探っていた。

 とうとう3人は再会した。


 児嶋さんが亡くなったのは24歳の時、そして母と同じ年の史子叔母さんは今44歳。

 史子(あやこ)叔母さんと中山さんは20年ぶりの再会だ。

 いったいどんな気持ちだろう。

 中山さんは不安げに辺りを見回していた。

 史子(あやこ)叔母さんは、どうぞ楽にして、と中山さんに紅茶を勧めて言った。


 「私達はあなたを巻き込みたくないと思って連絡をしなかった。あなたに会いにも行かなかったし、どうしているのか、見にいく事もしなかった。もっとあなたを気にかけていればと後悔したわ。青木君もあの日の事をずっと悔いていた。まさかあなたが1人でここまでするなんて、私達はこれっぽっちも想像していなかった。私達は政府のバックアップがあってここまでやれた。だけどあなたはたった1人でここまでやってきた。たった一人で……相当の苦労があっただろうと思う。力になれなくて本当にごめんなさい」


 「いいえ、あなた達もそれどころではなかったでしょう。家族を置いて日本を離れたのだもの。私は命を落とすような危険を侵す程ではなかったし、あこがれていた大学生にもなれたし、こうしてあなたたちにも再会できた。あなた達の選択は正しかったのよ」


 中山さんは誰も責めなかった。史子(あやこ)叔母さんの苦難は、今の史子(あやこ)叔母さんを見れば分かる。

 中山さんの知っている史子(あやこ)叔母さんは今の史子(あやこ)叔母さんとは全く違うはずだ。


 「ふみちゃんは私に話を聞かせる為だけに来たんじゃないわよね。姪っ子さんに嘘をつかせて私を呼び出したのは、聞きたい事があるからよ。全て話すわ。私が安藤を殺したところまで、全てを」

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