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私はアイテム  作者: 月井じゅん
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6.アイテム

 祖父母は冷静だった。

 よく現状を理解していないのか、諦めの境地なのか、それとも母と福山さんを信じ、危険はないと確信しているのか。

 祖母は昔から余計な口出しをしない物静かな人だ。

 母はそんな祖母に視線を移して言った。


 「お義母さん、大丈夫ですか? もしもお疲れでしたら横になれるお部屋をご用意しますが」

 「ありがとう。私は大丈夫よ。私に構わず続けてちょうだい」


 祖母は穏やかに答えた。

 母は祖母を気遣ってはいるが、祖父に気遣う様子はない。

 きっと祖父はずっと前から母の秘密を知っていたのだ。

 母は再び厳しい表情に戻り、話しを続けた。


 「要するに装置は人の好みや性格を変え、能力を与える事も出来る。装置にかかった人間、つまりアイテムは生身の人間だから会話もできるしロボットと違って予想外の展開にも柔軟に対応できる」


 「装置は人間をロボットの様にしてしまうの?」


 「そう。まるでロボットだけど、脳は埋め込まれた人工知能から答えを導き出すだけではなく、これまでその人が培った経験や記憶、知識、能力も総合して、最も適格と判断した行動を選択する事ができるの。そのおかげでロボットとは違い、柔軟な対応が可能となる。しかも自ら学ぶ事も出来る。外見からはその人が装置で操られているとは誰も気づかない。生身の人間だから化学燃料の必要もなく、いずれ死ぬ。地球にやさしいロボットと言えるわ」


 「なんの為にそんな事をしているの? 人体実験? 悪い事にしか聞こえないし、可哀そうとしか思えない!」


 まるでタビストック研究所だ。

 興味本位で読んだ本に書かれていた大衆洗脳、CIAの洗脳作戦思い出した。


 「健常者に装置を使用すればそう思うのが普通ね。だけど本来の装置の目的はそうではないの。装置は認知症患者が人間らしく生きられるようにと大学と病院が共同研究、開発していたものだった。ところが研究段階で未完成の装置が盗難にあったの。犯人として児嶋という大学院生が疑われた。彼は装置を研究していた教授のアシスタントだった」


 福山さんが続けた。


 「装置は使い方によって良し悪しだ。だらしのない人間に規則正しい生活習慣を記憶させると、その人物は脳に組み込まれた通りに規則正しい生活を送るようになる。あるいはギャンブル好きをギャンブル嫌いにする。恐ろしいのはその逆も可能だという事だ」


 「それって本人にとっては苦痛じゃないの? 本人の気持ちはどうなるの? 本人の意思に反しないの?」


私の疑問に母が答えた。


 「そこはまだ研究段階だった。認知症患者に試した結果では、人工知能が作動している間は感情がなくなりロボットみたいになってしまう。だけど人工知能が作動していない間はいたって本人のままよ。他にも検証が必要で、それらがクリアできれば認知症患者以外にも、障害を持った人々や精神病、依存症、凶悪犯や再犯者などの治療にも活かせるかもしれないと研究が期待されていた」


 私は装置の使い道を想像した。


 「装置は認知症患者さんとその家族にはとても助かる機器よね。私にも想像できる。認知症は着替えやトイレ、歯磨きの仕方まで忘れてしまう。でもその装置を使えば出来るようになるのよね。徘徊も改善されるし、認知症による人格変化で暴力的になってしまった性格も改善できる。人間本来の生き方を取り戻せる」


 実現すれば素晴らしい事だと私にも分かる。

 日本にこれから訪れる高齢化社会では誰しも認知症や介護は身近な問題だ。

 介護の為に生き方を変えなければならないケースも多いと聞く。

 装置はこれまでの介護を変える。

 福山さんが言った。


 「児嶋はその装置を健全な人間に使用し、理想の人間、つまり自分の意のままに動く人間を作り出そうとした。ある村に目を付け、村人全員を装置で洗脳し、自分に忠実な人間しかいない村、独裁コミュニティーを作ろうとした」


 「独裁コミュニティー?」


 「僕らが最も問題視したのは、児嶋が人々を自分に「忠実」な人間に洗脳しようとした事だ。人々は児嶋に命令された通りに何でもする。盗みもする、人殺しもする」


 「警察は装置盗難事件を「児嶋事件」と呼び、捜査に当たっていたの。ある日、匿名の電話で警察は児嶋の洗脳計画書の存在を知り、計画書を手に入れた。それによると、彼は自分の王国を創ろうとしていたの。人々を洗脳して働かせ、村をインフラ整備し小さな先進都市に生まれ変わらせようとしていた。その為にインフラ整備の知識や経験を持った技術者や建築関係者等、あらゆる専門家をターゲットとして拉致、洗脳計画を立てていた」


 「そうか、技術のある優秀な人材を集めれば、家も作れる、道も作れる、街も作れる。投資家がいればお金も増やしてくれる。もし彼らに技術がなかったとしても、装置でその技術を脳に書き込めば未経験でも熟練者になれる。加えて「忠実」ならば奴隷のように働かせることが出来る。報酬を払う必要もない」


 「その通りさ。もし農業未経験者に農業の知識をインプットすればその時点から彼らは農業のエキスパートになれる。食事もコントロールできる。ペットに餌をやるように、生命を維持できる分だけの食事さえ与えてやればそれでいい。文句も言わず病気になっても手の皮が剥けても骨折しても倒れるまでもくもくと働き、農業に一生をささげ、動かなくなれば死亡とされ普通の人間と同じく土に葬られる」


 福山さんはさらに続けた。


 「児嶋は人々を意のままに操ろうとした。まるでゲームのアイテムのように。児嶋は装置にかけた人間を「アイテム」と呼んでいた。自分に忠実なあらゆるアイテムを生み出そうとしていたんだ」


 「アイテム……」


 「アイテムは人間だ。ロボットよりも人間の手は器用ともいえる。しかも彼らは自ら学び考える。コストのかかるロボットよりも、生身の人間を自分の意のままに操ることが出来れば、化学燃料も費用もかからず、必要なくなれば土に返すことができる。ある意味、アイテムは地球にやさしく、安価で最高のロボットと言える」


 確かにロボットをつくるよりコストはかからない。

 燃料も必要ない。

 よくできてる。

 「情報」を記憶させるだけなら、豊かな知識を兼ね備えた優秀な人材となるだけで問題はないかもしれない。

 しかし「忠実」となると、その人物に悪意があれば、アイテムは危険人物にもなりうる。

 犯罪知識を記憶させれば優秀な犯罪者が生まれてしまう。

 天才犯罪集団にもなりかねない。

 児嶋のように独裁国家の建国も可能だ。

 アイテムは使い方によっては「悪」になる。

 アイテムは自分に代わり、どんな目的をも達成してくれる。

 危険な仕事もしてくれる。

 もし、児嶋に従う何百人、何千人ものアイテムが誕生したら……考えただけでも恐ろしい。

 しかし、もし私が装置を手に入れたら誘惑にかられるかもしれない。

 時間やお金をかけて専門的な勉強をしなくても、装置さえあれば一瞬で知識を記憶できるのだ。

 装置さえあれば勉強など必要なくなる。

 世の中は優秀な人材で溢れる。

 そう考えると装置はとても魅力的だ。

 アイテムの人権の問題を除けば、アイテムに支えられる社会は理想郷かもしれない。


 「アイテムなのか、アイテムではないのか、どうやって見分けるの?」


 福山さんが答えた。


 「試作段階だった装置には不測の事態に備え、ある仕掛けがしてあった。それこそがアイテムを見分ける方法だ。僕は君の家でその方法を使って奴らがアイテムであるかを確認したんだ」


 「不測の事態? 仕掛け?」


 「装置にかけられた認知症患者がコントロール不能に陥ったり暴れた時のために、第九を聴くと数十秒で眠りに落ちるよう、装置には仕掛けがしてあったんだ。クラシック好きの開発者が遊び心と警戒心から仕掛けた。これが今とても役に立っている」


 「ジイの好きな曲! 第九が眠りを誘う音楽には聴こえないけど」


 福山さんが笑って答えた。


 「そうだな。第九の仕掛けは開発者のちょっとした思いつきだったんだ。第九は開発者が大好きな曲で、自分が死ぬ時に聴きたい曲なんだそうだ。第九を聴きながら逝きたいと。その大好きな曲を思いつきで仕掛けたんだ。それがこんなに役に立つとは、仕掛けた本人も思っていなかった」


 そして福山さんはUGCについて、私の知らなかった母のいる世界について語ってくれた。

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